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女子ボートレーサーと市役所職員  作者: 池井 けい
第5章 戸籍のプロフェッショナル、戸部考一(とべ・こういち)
50/58

50 ■『エッ・マニュアル夫人』のDVD(後編)

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【あらまし】(ドタバタ公務員ミステリー!)

 募金盗難の責任を部下に押し付けようと画策する住民課長。窮地に立たされた戸部と早苗は、疑惑を晴らすべく「調査委員会」という決戦の場に臨む。


 戸部には頼もしい(?)助っ人、河津と柄本課長の「変態トリオ」による秘策があった。差し出された怪しいタイトルのDVDに早苗は呆れ顔だが、実はそこに事件解決の鍵が……。


 ラストのスカッとする展開から一転、柄本課長を襲った「痛すぎる悲劇」まで目が離せないドタバタ公務員ミステリー!

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【主な登場人物】

戸部考一 40歳男 美浦市役所住民課主任

君本早苗 40歳女 美浦市役所住民課主任

河津八郎 52歳男 美浦市役所住民課主任

鬼塚厳司 55歳男 美浦市役所住民課長

柄本玄太 52歳男 美浦市役所収税課長

調査委員会委員

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【前書き】

●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております

●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました

●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです

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【01】盗難事件調査委員会


 数日後、募金盗難事件に関する調査委員会の開催が決定した。

 開催前日の午後5時半。窓口業務が終了した住民課では、職員たちが三々五々に帰路につき始めていた。


早苗「こんなことで、わざわざ調査委員会まで開かれるの?」

戸部「私たちが退職届を出さなかったからね。どうやらうちの課長が各所に根回しして、開催までこぎつけたらしい」

早苗「……こういうことだけは、仕事が早いのね」

戸部「保身のためさ。すべてを部下のせいにして辞めさせれば、自分の管理責任を最小限に抑えられるからな」

早苗「なるほどね。どこまでも自分のため、か……」

戸部「明日は我々二人が被疑者として呼び出される。君本さん、大丈夫か」

早苗「大丈夫なわけ、ないでしょう」

戸部「心配無用だ。私がなんとかする」

早苗「『なんとかする』って、具体的にどうするの?」

戸部「何も考えていない。完全に行き当たりばったりだ。だが、絶対に君だけは何としてでも守る。それだけは信じていい」


 そこへ、河津と収税課長の柄本がやってきた。住民課長が退庁したのを見計らって現れたようだ。


河津「いよいよ明日、委員会に呼ばれるんだって?」

早苗「はい……」

戸部「ええ、まあ」

河津「収税課長が戸部さんに、明日の緊張をほぐすためのDVDをくれるそうだ」

戸部「わざわざすみません」

早苗「なんのDVDなんですか?」

柄本「『エッ・マニュアル夫人』だ」

早苗「……まっ!」

柄本「これを見ると気が休まるんだ。私の精神安定剤だよ」

早苗「なんでよ!」

河津「やはり男という生き物は、女性の美しい曲線美に触れることで精神が安定するものなんだよ」

戸部「……ありがとうございます。助かります」

戸部は神妙な面持ちで軽く頭を下げた。

早苗「この変態トリオ!」

 吐き捨てるように言うと、早苗は足早に立ち去ってしまった。


柄本「今日中に必ず見ておいてください」

戸部「はい、承知いたしました」

 戸部は再び、深く頭を下げた。


 翌日午後1時半。募金盗難にかかる調査委員会が幕を開けた。


 員席には人事部長、危機管理部長、防犯くらし課長、顧問弁護士、そして警察OBの職員らが居並び、重苦しい空気が漂っている。

 戸部と早苗は会議室の隅に座らされ、正面には事務局として人事課長と人事係長が陣取った。


人事課長「ただいまより、募金盗難に関わる調査委員会を開催いたします。まず始めに住民課長より、事件の経過説明をお願いいたします」

住民課長「はい。こちらに、くだんの募金箱を持ってまいりました」

 住民課長は募金箱を手に取り、委員全員に見えるように掲げた。

住民課長「先週末までは確かに重みのあった募金箱が、週明けには極端に軽くなっていることに気付きました」

人事課長「異変に最初に気付いたのは誰ですか?」

住民課長「住民課職員の河津です。本人を廊下で待機させております。人事係長、河津を呼んでいただけますか?」


 促された人事係長がドアを開け、河津を室内へ招き入れた。河津はそのまま部屋の隅に立たされる。


人事課長「募金箱が軽くなっていることに気付いたのは、あなたですね?」

河津「はい」

人事課長「それは、いつのことですか?」

河津「朝の7時半ごろです」

人事課長「始業は8時半のはずですが、なぜそんなに早く登庁していたのですか?」

河津「その日に限ったことではありません。私は毎朝7時には来るようにしています」

人事課長「何のために」

河津「フロアの掃除や、窓口受付の準備をするためです」

人事課長「その時、周囲に誰かいましたか?」

河津「誰もいません。私一人でした」

人事課長「……ということは、あなたが募金を盗もうと思えば盗めたわけですね?」

河津「まあ、そうなります」

人事課長「『まあ』ではなく、物理的に可能だったということですね」

河津「はい」

人事課長「そもそも、朝の掃除は新人にさせていないのですか? どこの課もそれが通例のはずですが」

河津「若い職員には、少しでも長く寝かせてやりたいと思いまして」

人事課長「それでは新人教育になりませんね」

河津「……」

人事課長「まあ、その件はいいでしょう。今日の議題ではありませんから。とにかく、あなたにも盗む機会はあった。よろしいですね?」


 その詰問するような口調に、背後で控えていた早苗が声を上げた。

早苗「そんな言い方、あんまりです!」

人事係長「静粛に。許可のない発言は認められません」

人事課長「続けて。河津主任、あなたは住民課長にその旨を報告したのですね?」

河津「いえ、違います」

人事課長「では、どうしたのですか?」

河津「募金箱を管理している交付窓口担当の小林静子さんが出勤するのを待ちました。彼女に『募金箱のお金は、どこかへ寄付したのかい?』と尋ねたのです」

人事課長「小林さんの答えは?」

河津「『まだ寄付はしていない』とのことでした」

人事課長「それからあなたが課長へ報告を?」

河津「いえ、私ではありません。小林さんから報告してもらいました」

人事課長「住民課長、相違ありませんか?」

住民課長「はい、間違いございません」

人事課長「わかりました。河津主任、下がって結構です」


 河津が退室した。


人事課長「では次に、先週末の退庁時の状況を確認します。最後に住民課を出たのは誰ですか?」

住民課長「戸部です」

人事課長「では戸部主任、前へ」

 戸部が指示された位置に立った。

委員「罪を認めるかね」

戸部「いいえ。盗んだのは、私たちではありません」

委員「しかし、状況証拠は君たちを示している」

 委員が警備日誌を突きつけた。

戸部「ならば、こちらからも証拠を提示させていただきます」

 戸部は懐から一枚のDVDを取り出した。

戸部「今からこれを再生します」


 会議室のモニターに映像が映し出された。

 映っているのは警備員の背中だ。しかし、その人物は交付窓口で何度もポケットに何かを詰め込む不審な仕草を繰り返している。

「おおっ……!!!」

 会場から驚きの声が漏れた。

 その後、委員会はあっという間に幕を閉じた。


早苗「あのDVD、なんでもっと早く出さなかったの?」

戸部「大勢の前で出した方が、証人が増えるからね。住民課長と人事課長だけに渡していたら、恐らくもみ消されて終わりだったろうさ」

早苗「……充分あり得るわね。組織って怖いわ」


 後日。2階のトイレで、柄本課長と戸部が連れ立って用を足していた。

柄本「良かったな、戸部君」

戸部「すべて、課長のお陰です」

柄本「いや、私は河津君に頼まれただけだ。真の功労者は彼だよ」

戸部「……そうですね」

柄本「それにしても、一つだけわからないことがあるんだ」

戸部「何でしょうか」

柄本「夜十時ごろの映像なんだがね……画面の右上隅に、相当ボケてはいるが、人のような影が映っていてな」

戸部「はい」

柄本「君と君本さんが、まるで幽霊のように、スッと机の下へ消えてしまうんだ。あれは何だったんだ?」

戸部「っ……!」

 戸部の背中に冷や汗が流れた。

柄本「あれは何だったんだろうなあ」

戸部「……コマ落ちです。何らかの不具合で画像がスキップされたのでしょう」

柄本「そうか、そうだよな。ははははは!」

 柄本は豪快に笑いながらズボンのチャックを上げ、トイレを後にした。


 収税課の自席へ戻る道すがら、柄本は独りごちた。

柄本「『コマ落ち』じゃなくて、恋に落ちた『恋落ち』なんじゃないのかねえ。ははは、まあ、野暮なことは言いっこなしか」

 自席に着いた柄本は、何やら股間のあたりをゴソゴソと探っている。

 部下が怪訝そうに覗き込むと、課長は両手で股間を押さえていた。

部下「……課長、どうしたんですか?」

柄本「慌ててトイレを出ようとしたら、チャックに……『あそこ』を挟んでしまったんだ」

 柄本は苦悶の表情を浮かべた。部下たちは必死に笑いを堪え、クスクスと肩を揺らしている。

柄本(あいつらを庇って、自分がこんな痛い目に遭うとはな……)

 柄本課長は、涙目で股間を押さえながらも、なぜか満足そうに笑うのだった。

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【後書き】

 お役所という閉鎖的な空間で巻き起こる「募金盗難事件」を巡る攻防戦をお届けしました。自分を守るために部下をトカゲの尻尾切りにしようとする住民課長と、その裏をかいて「公開処刑」に近い形で真犯人を突き止めた戸部さんの対比は、書いていて(あるいは読んでいて)スカッとするものがあったのではないでしょうか。


 それにしても、今回一番の「功労者」は、間違いなく収税課の柄本課長ですね。 彼が差し出した『エッ・マニュアル夫人』のDVDが、単なるエロ本代わりの緊張緩和剤ではなく、実は決定的な証拠映像(の入ったディスク)をカモフラージュするための「器」だったとしたら……。戸部さんと河津さん、そして柄本課長の連携は、まさに大人のチームプレーと言えるでしょう。


 物語の最後に、柄本課長が「恋落ち(コマ落ち)」に気づきつつも、それを野暮に追及せず、最後はチャックで痛い目を見るという自虐的なオチで締めてくれました。彼のような食えない上司が味方にいるのは、戸部さんたちにとって心強い限りです。

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【作者よりお願い】

 最後は収税課長が全部持っていってしまった気もしますが……(笑)。 絶体絶命のピンチを切り抜けた戸部と早苗のコンビを、これからも応援していただけると嬉しいです。

『お疲れ様、収税課長!』と思ってくださった方は、ぜひポイント評価やブクマで応援をよろしくお願いします!」

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