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女子ボートレーサーと市役所職員  作者: 池井 けい
第5章 戸籍のプロフェッショナル、戸部考一(とべ・こういち)
43/58

43 ■漢字で「憂鬱」は書けないけれど、「給与」は書けるでしょう?編

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【あらまし】(市役所を舞台にしたエピソード)

 朝、君本早苗が住民課長鬼塚厳司に呼ばれた。

課長「『きゅうよ』って漢字はどう書くんだっけ?」

 早苗はメモ用紙に『給与』と書いた。

 鬼塚課長とはいったい?

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【主な登場人物】

鬼塚厳司 55歳男 美浦市役所住民課長

君本早苗 40歳女 美浦市役所住民課主任

天満稔江 37歳女 美浦市役所住民課主任

戸部考一 40歳男 美浦市役所住民課主任

若石元気 26歳男 美浦市役所住民課主事

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【前書き】

●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております

●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました

●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです

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【01】 鬼塚課長と漢字


 月曜日の朝、美浦市役所住民課。

 始業前、

早苗「あーあ、また今週が始まるのね。憂鬱だわ」

戸部「『ゆううつ』か、あの漢字は書けないなぁ」

早苗「ええ、無理よ。あーあ、薔薇のような日々が来ないかしら?」

戸部「『ばら』も漢字が書けないなぁ」

早苗「無理よ。カタカナでいいんじゃない?」

戸部「『漢字』で思い出したけれど、課長は、漢字が苦手みたいだな」

早苗「そうよ。課長、漢字がわからないと、すぐに私が呼ばれるのよ」

 そこに課長が出勤して来た。


 8時半、仕事開始。

課長「君本さんちょっと」

 君本早苗が住民課長鬼塚厳司に呼ばれた。

早苗「はい」

課長「『きゅうよ』って漢字はどう書くんだっけ、ここに書いてくれる?」

課長が小声で言った。早苗が課長の机上に置かれたメモ用紙に

『給与』と書いた。

課長「うん、もういい」

 早苗が下がった。


 別の日。

課長「君本さんちょっと」

 君本早苗が住民課長に呼ばれた。

早苗「はい」

課長「『がっこう』って漢字はどう書くんだっけ、ここに書いてくれる?」

 課長が小声で言った。早苗が課長の机上に置かれたメモ用紙に

『学校』と書いた。

課長「うん、もういい」

 早苗が下がった。


 課長が書類を持って席を外した。君本早苗が座っている島で、

戸部「君本さん、」

早苗「はい?」

戸部「課長、何だって?」

早苗「『がっこう』って漢字はどう書くんだっけ、って聞かれたわ」

戸部「また、国語の先生か」

早苗「この前は『きゅうよ』って漢字を聞かれたわ」

戸部「『きゅうよ』って『給料の給与』かい?」

早苗「そうよ」

若石「嘘でしょう! 『がっこう』と『きゅうよ』ですか?」

早苗「うん」

若石「そんな職員が居るんだ?」

稔江「パソコンで調べればいいのに」

早苗「パソコンも使えないのよ」

稔江「えーっ!」

若石「小中学校で、漢字習わなかったのかな?」

戸部「『小中学校には、ほとんど通ってなかった』ってある職員から聞いたよ」

若石「高校は?」

戸部「行ってない」

若石「よく市役所の試験に受かりましたね」

戸部「課長が入所した昭和47年頃は、試験が無かったみたいだ」

若石「そうなんですか?」

戸部「その頃は政府が『日本列島改造』を推し進めていて、建設業に行けば市役所の2倍以上の給料がもらえたんだよ。誰も市役所なんかに就職しなかったらしい」

若石「市役所で昇任試験、昇格試験も無かったんですか?」

戸部「その頃は『年功序列』と言って、職歴の長い順に役職が上がって行く仕組みだったんだ」

若石「実力に関係無く?」

戸部「そう」

若石「そんな時代があったんですね」

戸部「うん」


早苗「この前は『エム(M)』と『エヌ(N)』を書いてくれって言われたわ」

戸部「君本さん、英語の先生もやってるんだ」

若石「漢字が書けないのなら、英語はもっと無理ですよね」

早苗「そうよね」

戸部「そのたびに、教える方も辛いけれど、聞く方も辛いだろうな?」

早苗「気にしてないんじゃないの? 気にするくらいなら今からでも勉強するでしょう?」

戸部「なるほど、もっともだ」

 戸部がすぐに納得した。

稔江「以前、飲み会で、部下から『課長、何か欲しいものはありますか?』と聞かれたことがあってね、」

早苗「課長、なんて答えてた?」

稔江「しばらく考えてから『もっともっと、これ以上の能力が欲しいな』と言って豪快に笑ってたわ」

戸部「本当は『これ以上の能力』ではなく『人並みの能力』が欲しかったんだろうな」

早苗「そうなんだ、なんか悲しいわね」

戸部「能力が無ければ、この世界、上に媚びるしかないからな」

早苗「そうね、組織の中で生きるには、それしか生き延びる方法が無いわよね」

稔江「課長、上から来た仕事はどうするんでしょう?」

戸部「すべて部下に丸投げさ」

稔江「なるほど。道理で、この課の職員の仕事量が多い訳だわ」


 数日後。

課長(俺もこの課に来て色々と仕事をして来たなぁ。人口の増加に花束贈呈。市長の命令でも、どんな仕事でもこなす。大したもんだ。俺に不可能と文字はないんだな……)

課長が自席で文章を書き始めた。そして、『不可能』という漢字を書こうとしてふと考え始めた。

課長「私の辞書に『ふかのう』という文字は……、う~ん『ふかのう』書けないなぁ~。」

課長「君本君!」

 また早苗が呼ばれた。

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【後書き】

「ふかのう」という文字が書けない、という物理的な壁にぶつかった課長。でも、彼には「君本君!」と叫ぶだけで解決できるという、最強のショートカット機能が備わっています。 実力主義とは程遠いところで、悠々と(漢字は書けませんが)生きる課長と、それに振り回される住民課の面々。そんな彼らの、少しシュールで「憂鬱ゆううつ」な日常の一コマを楽しんでいただければ幸いです。

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【作者よりお願い】

 結局「不可能」も書けなかった課長ですが、彼の辞書にはこれからどんな言葉が書き込まれていくのでしょうか……。早苗さんの苦労はまだまだ続きそうです。

「自分の職場にもこんな人いる!」と感じた方は、ぜひポイント評価やブックマークで応援をお願いします!

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