118 ♡ビジネスホテルへ
【14】 ビジネスホテルへ
奈美「バカね。そんなことを考える方がおかしいわよ」
博之「そうかなぁ?」
奈美「そうよ。それより、今後のことよ、ねぇ、海斗はここに住みたい? それとも戻りたい? それとも、もっと他の所へ行きたい?」
海斗「ここがいい。あのおじさんやさしかったし、お城があるから」
奈美「ふふふふふ。そうよね、あのおじさんやさしかったよね」
海斗「うん。戻るのは嫌だ」
奈美「そうね。じゃぁ、帰ったら転校の手続きをするね」
海斗「うん」
そこに、注文したカレーライスが来た。博之はすぐに食べ始めた。
奈美「海斗が、お城が見たいんですって。社長さんが『後でお父さんに言っておく』って言ってたけれど、」
博之「そうかい。まだ聞いてないけれど、明日は仕事だから、今度いつか必ず行こう」
海斗「ほんと?」
博之「本当だとも。松山城は有名な観光地だからね」
奈美「海斗、良かったね」
海斗「うん」
博之「海斗にもいろいろ迷惑をかけたね。ごめんね。学校でいじめられなかったかい?」
海斗「お父さんに会ったら忘れた」
博之「そうか、海斗もいろいろあったんだな。海斗、今までで一番つらかったことはなんだった?」
海斗「お父さんが居なくなったこと」
博之「本当にごめんな」
博之がテーブルに両手をついて海斗に謝った。
海斗「もういいよ。ここに住んですべて忘れるから」
博之「海斗、じゃぁ今までで一番嬉しかったことはなんだい?」
海斗「僕バカなのに風邪をひいたこと」
博之「うん?」
奈美「風邪をひいたからバカから抜け出せたと思ってるのよ」
博之「ははははは」
博之が店中に聞こえるような大声で笑った。
奈美「世の中、バカが大事なのよ。その内バカが大切になる時代が来るから」
海斗「ほんと?」
奈美「ほんとよ。バカなお母さんが言うんだから本当よ」
海斗「良かった」
奈美「海斗が大きくなるに連れてわかるから。頭なんて良くなくていいのよ」
海斗「うん、わかった!」
その後、博之は奈美と色々話をして、自分の部屋の鍵を奈美に渡した。奈美が部屋を見たいと言ったのがその理由だった。そして、博之が戻ってきたら予約してあるビジネスホテルに奈美と海斗が帰ると言うのであった。
博之「じゃぁ、仕事に戻らないと」
奈美「うん。じゃぁ、その辺をぶらぶらして、あなたが帰る頃には、部屋に居るから」
博之「うん、わかった」
博之がパチンコ店に戻って行った。
◇
夜11時、パチンコ店閉店。
博之は、後片付けをしていた。そこに社長が近づいて来て、
社長「明日、休んでいいよ」
博之「えっ?」
社長「息子さんと奥さんがわざわざ埼玉からやって来たんだ。一緒にお城を見に行くんだな」
博之「えっ?」
社長「息子さん、お城が好きらしいじゃないか。松山城を見てもらうのは、愛媛県民にとっても嬉しいことだからね」
博之「でも、日曜日で、お店も混みますから、」
社長「どうってことないって。お城を見るチャンスは、明日しかないんだから。明日にはお子さん帰るんだろう」
博之「まぁ、」
社長「とにかく、家族でお城を見て来るんだな。そして、次は家族で『3人のお城』を造ることだよ」
博之「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
博之が社長に深々と頭を下げた。
社長「うん」
博之「明日、家族が電車に乗ったら、私、出勤します。午後には帰ると思うので」
社長「そうか。それは助かるな」
博之「はい、では、明日は、朝から城に行ってきます」
社長「うん。息子さんの信頼を取り戻すんだね」
博之「はい」
夫博之が店を出た。博之の住む共同住宅までは近かった。
夫「ただいま」
妻「いつもこんなに遅いのね」
夫「いや、シフトによっては、早く帰れるさ」
妻「そう、体、壊さないでね」
海斗は、夫の布団で寝ていた。
夫「海斗は寝ちゃったか」
妻「ええ、疲れたんじゃない」
夫「眠くないのかい?」
妻「私は、電車でずうっと寝ていたから」
夫「なるほど。そうだ、社長が、明日休みをくれたんだ。『家族と一緒にお城を見に行くように』って」
妻「わーっ嬉しい! ほんと社長さんてやさしいのね」
夫「でも、『家族が電車に乗ったら出勤します』って言ってきちゃったよ」
妻「そうよ。甘えてばっかりじゃ居られないわよ」
夫「うん。でも、とにかくいい社長だよ」
妻「良かったわね、いい職場で。税務署に勤めていたころがウソのよう」
夫「うん、」
妻「ホテルに戻らないと」
夫「布団が3組あれば泊まれるのに、残念だね」
妻「でも、どうしよう。海斗が寝てるし」
夫「私が負ぶって、3人でタクシーで行こう」
妻「じゃぁ、そうしてくれる」
夫「うん」
夫は海斗を負ぶって妻と大通りに出た。少し待つとタクシーが捕まり、3人はビジネスホテルへと向かった。
【15】 失踪以来、家族での夜
奈美はホテルのフロントでチェックインし、3人は部屋へと向かった。部屋に入り、夫は眠っている海斗をベッドに寝かせた。
奈美「良かった、ツインの部屋を取って。ダブルじゃ海斗がこんなにのびのび寝られなかったかも」
夫「そうだね」
妻「コーヒー飲む?」
夫「うん、いいね」
妻「今、お湯を沸かすわ。そうだ、お風呂にもお湯を入れるから入って行く」
夫「いいのかい?」
妻「当たり前でしょう」
夫「すまないね」
妻「いやぁね」
夫「なにか、夢を見ているみたいだな」
妻「これが現実よ。今までが悪い夢を見ていたのよ」
夫「そうか、そう思えばいいんだな」
妻「そうよ。今は今、昔は昔。お風呂に入って、過去は洗い流すのね」
夫「うん」
妻「先に入る?」
夫「そうだな」
妻「お風呂に入ったら、自分の部屋に戻るのが億劫なんじゃない?」
夫「それはそうだけれど」
妻「ここで寝て行けば。明日の朝、あなたの部屋に寄って、そこからお城に行けばいいんだもの」
夫「そうだね」
妻「コーヒー入ったわよ」
夫「ありがとう」
夫がコーヒーを飲み始めた。
夫は、妻のやさしさと海斗の寝顔を見て、涙が出てきた。
夫「くすん」
妻「どうしたの?」
夫「くすん。涙が、」
妻が近くにあったティッシュボックスを夫のそばに置いた。
夫「海斗の寝顔と、入れてもらったコーヒーにやられた」
妻「そう、」
夫「コーヒーで泣くなんて思わなかったな」
涙声だった。
妻「それだけ、つらかったのね」
夫「……」
夫はうつむき、黙ったままコーヒーを飲みほした。そして、浴室へと立ち去った。
10分も経たない内に夫は腰にバスタオルを巻いて出てきた。
夫「お待たせ」
入れ替わるように妻が風呂に入った。
夫は、バスタオルのままベッドに横になり体を休めた。
夫「ふーっ」
天井を見つめながら深―い深―いため息をついた。
夫(数年分のため息だったかも……)
夫(自分のあとの残りの人生は、この二人のために捧げるんだ。それが、自分と家族にとって、幸せになる唯一の方法なんだ)
自分に言い聞かせていた。
妻も10分と経たない内にバスタオルを巻いて出てきた。そして、そのまま夫の上に覆いかぶさった。
妻からキスをした。夫は布団をずらし、妻を布団の中へと引き込んだ。
奈美は夫の背中に両腕を回し、自分の体を強く押し付けた。
夫(何年ぶりの感触だろう……)
妻(この感触よ……)




