116 ♡海斗「お城と一緒に暮らしたい」
【10】 海斗「お城と一緒に暮らしたい」
数日後、奈美の家。
美は家族の今後について、ひとつの方向を打ち出していた。
奈美(やりなおそう。今からやり直そう。すべて過去を忘れ、過去を捨てて、誰も知らない所で海斗と二人でスタートしよう)
奈美(日本でここから一番遠い所で。どこへ行っても知ってる人に絶対合わない、そんな所。沖縄か北海道かな。どっちがいいだろう? 海斗に決めてもらおう)
奈美「ねえ、海斗」
海斗「うん、なに?」
奈美「海に潜るのと雪合戦するのと、どっちが好き?」
海斗「旅行するの?」
奈美「ここを出て、どこかへ引っ越そうかと思ってさ」
海斗「引っ越すの?」
奈美「嫌?」
海斗「ううん、引っ越したい!」
奈美「じゃぁ、どっち?」
海斗「お城と一緒に暮らしたい」
奈美「お城?」
海斗「お城は、眺めもいいし、誰も攻めてこないから」
奈美「わかった、考えるわ」
奈美はひとり風呂に入って考えていた。
奈美(意外だったわ。海斗が『お城』が好きだったなんて。そうか、埼玉県に有名なお城なんてひとつもないものね)
奈美(『誰も攻めてこないから』って言ってたけれど、海斗、学校でいじめられているのかな?)
奈美(日本だと、お城でどこが有名なの?)
奈美(大阪? 姫路? 名古屋?)
奈美(いやだなぁ。いい所だけれど人が多すぎて、住むにはどうかなぁ。私には、)
【11】 奈美と海斗、松山市へ
翌日、奈美がパートをしている職場で。
仕事中に、同じパートの女性が話しかけてきた。
パートA「この前の電話、話しているのが聞こえちゃったんだけれどさぁ」
奈美「はい」
パートA「『どこに主人は居るんでしょうか?』とか、言ってたけれど、だんなさん、行方不明なの?」
奈美「えっ、あっ、それは……」
返答に詰まっていた。
パートB「この前の電話、警察だったんでしょう?」
奈美「……」
パートB「だんなさん、無事だったの?」
奈美「えっ?」
パートB「だって、あなた『無事ですか?』って、真剣な表情で聞いてたわよ」
奈美「ええ、まぁ。ごめんなさい」
奈美は、急いでトイレに逃げ込んだ。
トイレに入っても、奈美の鼓動が高鳴っていた。
奈美(困ったわ。内緒にしていたのに)
奈美(なんて答えたらいいんだろう? どんな表情をして戻ったらいいんだろう?)
奈美(なんか、責められている感じ)
奈美(『せめられる』って。海斗が言ってた『誰も攻めてこない』って、このこと? 学校で、今と同じようなことを言われてるんだわ、きっと)
奈美(なんで、もっと早く気付いてやれなかったんだろう)
◇
翌日、奈美は、電話してパートを休んだ。
どうしても仕事に行く気にはなれなかった。
奈美(大人の私でさえ、こうなんだから、海斗はもっと学校へ行きたくない日もあったろうに)
奈美(あの子、私には言わなかったけれど、頑張って来たんだわ、きっと……)
◇
数日後の土曜日。
奈美と海斗は松山市へと向かった。今後の生き方を決める上で、どうしても夫に合わない訳にはいかなかった。
パチンコ店に着いたのは、夕方になってからだった。
奈美と海斗は、電話で聞いたパチンコ店に直接入って行った。
カウンターで、奈美はそこに居た係員に話しかけた。
奈美「すみません、松島と申しますが、」
係員「はい」
奈美「主人とちょっとだけ話すことはできますでしょうか?」
係員「ちょっとお待ちください」
係員が席を外した。そしてすぐに来たのは、夫ではなく、この店の経営者、北村史郎だった。
北村「ようこそお越しいただきました。私、ここの経営をしております北村と申します」
奈美「松島の妻です。この子は海斗です」
海斗がぴょこんと頭を下げた。
北村「そうか、海斗君か。よく来てくれたね。新幹線で来たのかい?」
海斗「うん」
北村「そう。新幹線は楽しかった?」
海斗「うん」
北村「乗ったのは初めてかい?」
海斗「うん」
北村「そうか、それは、良かったな。おじさんも乗りたいけれど、なかなか乗れないんだ」
海斗「どうして?」
北村「うん、仕事が忙しいから、ここから離れられないんだよ」
海斗「そうなんだ」
奈美「ほんと、お客さんがたくさん居るわ」
北村「土曜日だからね」
奈美「すみません、そんな忙しい時にお邪魔しちゃって。また出直して来ますから」
北村「いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないんです。どうです、ここはやかましいから、すぐそばの喫茶店へ行きませんか?」
奈美「……」
北村「旦那さんは、もうすぐ休憩時間に入りますから、そしたら私と入れ替わることにして」
奈美「はい」




