112 ♡警察官「なにか隠してます?」
【03】 警察官「なにか隠してます?」
完全に油断していた。3年の歳月が、博之の注意力を低下させていた。
警官A「なにか身分を証明するものありますか?」
博之「いえ、ありません」
警官「これからどちらへ?」
博之「スーパーマーケットへ酒を買いに」
警官「お名前は?」
博之、一瞬詰まった。
警官「……」
警官(何を隠しているんだ?)
博之「松島です」
警官「下のお名前は?」
博之「ひろいちです」
警官「松島ひろいちさんね」
博之「……」
警官「家はこの近く?」
博之「歩いて5、6分」
警官「家まで行けば、身分を証明するものありますよね」
博之「まぁ」
警官「じゃぁ、家まで行きますから、身分証明を見せていただけます?」
博之「いえ、急いでますから」
警察「お酒、買うのに急いでいるの?」
博之「まぁ」
警察「お酒は、いつでも買えるでしょう? 何だったら運転免許証か何か見せていただいたら、スーパーマーケットまでお送りしますよ」
博之「運転免許証は持ってないんです」
警察「では、社員証は?」
博之「無いです」
警察「無職ですか?」
博之「いえ、働いてはいますが」
警察「どちらで?」
博之「パチンコ店です」
警察「どこの?」
博之「モナコホール」
警察「ああ。近いじゃないですか」
博之「……」
警察「家に保険証はありますよね」
博之「あると思うけど、どこに置いたか。全然使ってないですからねぇ」
警察「では、預金通帳かキャッシュカード」
博之「ええ、ありますよ。じゃぁ、あしたパチンコ店に来てください。そこでお見せしますよ」
博之は明日までに逃げようと考えた。
警察「いやいやいや。それでは職務質問にならないのですよ」
博之「……」
警察「わかりました。じゃぁ先に一緒にお酒を買いに行きましょう。その後で、パトカーでご自宅までお送りしますから、そこでちょっとキャッシュカードを拝見させてください」
博之「いえ、そこまでしていただかなくとも。とにかく明日お見せしますから」
二人のやり取りを見て、もうひとりの警察官が無線で応援を要請した。数分後にはもう1台のパトカーが来て停止した。
博之(もうダメか)
警察「何かやましいことでもあるんですか?」
博之「……」
警察「なにか隠してます?」
博之「……」
博之が黙秘に入った。
博之(まずいなぁ。絶体絶命か)
さらに、もう1台パトカーが来た。これでパトカーが合計3台となった。近所から人が出て来て集まった。
警察「だんなさん、申し訳ないんだけれど、本人確認が出来ないんで、署までご同行願えますか。そこでお話ししましょう」
博之「……」
警察「何も話してくれないんですねぇ」
博之「……」
警察「何も悪いことをしてないのなら、署に来てもすぐ帰れますから。ねっ」
警察官二人が博之の両脇を抱え、パトカーに乗せた。
博之はもうどうすることも出来なかった。
【04】 留置場で取り調べ
翌日、警察署。
警官「もうしばらく、居てもらうことになるな」
博之「はい」
博之は、あれから夜遅くになって、自分が以前税務署に勤めていたことを話し始めた。結局、時間とともに博之は観念して、すべてを話したのだった。
取調室。
博之「本名は、松島博之です」
警官「生年月日は?」
博之が素直に生年月日を言った。
警官A「照会、頼む」
もうひとりの警察官Bに、犯歴照会を頼んだ。すぐにもうひとりの警官Bは部屋を出て行った。
しばらくしてから、出て行った警察官Bが照会結果を持って戻って来た。
警官B「犯歴はありませんが、『行方不明者届』が出てますね」
警官A「埼玉県の美浦市に住んでいたんだ。どうやってここまで来たんだい」
博之「夜行バスで」
警官「そうか。東京駅から松山駅までのがあるからな」
博之「そうです、それで?」
警官「奥さんも子供さんも居るんじゃないか。なんで、家出したんだ?」
博之「照会された回答でわかっているんじゃないですか?」
警官「いやっ、何も」
博之「えっ?」
警官「何かあるのか?」
博之「ひき逃げを」
警官「どこで?」
博之「和光市で」
もうひとりの警官が、
警官B「問い合わせてきます」
部屋を出て行った。
そして、1時間ほどが経過した。
警官が戻って来た。
警官B「そのひき逃げ事件は数年前のものらしいです」
警官A「そうか?」
博之「はい」
警官B「78歳の男性が車に轢かれて亡くなっています」
博之「やっぱり」
肩を落とした。
警官B「でも、轢いた犯人は捕まってますよ」
博之「えっ!!! どういうこと?」
警官B「松島さんがその男性を轢いたのは、2台目、ひょっとしたら3台目以降かも知れないな。詳しいことは、明日にならないとわからないが」
博之「えっ!!!」
博之の顔が驚きの表情に変わった。
博之「それは、本当ですか?」
警官B「今、深夜だから、詳しいことは明日にならないと」
博之「新聞の小さな記事で死亡とだけ書いてあったのは見ましたが、詳細はまったく知りませんでした」
警官「交通事故は、なかなか新聞に載らないからな」
博之「では、私が指名手配になっている訳では?」
警官「なってない」
博之「……」
警官「そう思って、逃げていたのか?」
博之「はい」
博之がうなだれた。
警官「明日になればわかるが、轢かれた男性は、1台目ですでに死亡していかも知れないしな?」
博之「もし、そうだとしたら私の罪は?」
警官「ほとんど無いと言ってもいいんじゃないかな」
博之「そうですか……」




