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女子ボートレーサーと市役所職員  作者: 池井 けい
第12章 役所の事件簿
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104/110

104 ◎『ボートレース浜名湖』の舟券師(前編) ~『波高(はこう)』を見る~

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 小説家の富田が『ボートレース浜名湖』を舞台に、熟練の舟券師との出会いを通じて「舟券攻略の神髄」を学ぶ物語です。二部構成。

【あらまし】

 第一部:舟券師との出会いと「現場」の観察眼

 富田はトークショー出演後の浜名湖で、自らを「舟券師」と名乗る謎の男と出会います。コーチ屋を警戒する富田に対し、男は「現場百回」の信念を体現するような鋭い洞察力を披露します。

●緻密な分析: 男はレースのスタート展示において、風速・波高、選手のスタートタイミング、さらに「A級選手ゆえのプレッシャー」や「ピット離れのミス」といった心理面までをも読み解きます。

●的中: 男の助言に従い、富田は自信を持って「3-4」の舟券を購入し、見事に高配当を的中させます。富田は、勝つための情報収集には「データ」と「現場での観察」が不可欠であると痛感します。

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【主な登場人物】

富田竹夫とみた・たけお

立場: 小説家(エッチな小説などを執筆。テレビや雑誌の対談にも出演する有名人)。

特徴: ボートレース(競艇)が大好きだが、最近は舟券がさっぱり当たっていない。以前「舟券師を主人公にした小説を書きたい」「本物の舟券師に会ってみたい」とメディアで発言していた。レース後に「たら」「れば」で後悔しやすい性格。


由利源吾ゆり・げんご

立場: 富田の話し相手。美浦市役所税務課主任

特徴: 独身。富田から「ボートレース浜名湖で出会った舟券師(望月・杉山)」の話を聞かされ、その謎解きに付き合っている。ボートレースの知識やギャンブラーの心理にも理解がある。


●舟券師(第1部) /(仮名)望月猛太もちづき・もうた

立場: 富田が「ボートレース浜名湖」の1階スタンド最前列で出会った男。

特徴: 自称「舟券師」。悪質な「コーチ屋」やスリではなく、リュックサックに水筒とパンを入れて黙々とレースを観察している。当日の風速・波高、選手の心理や進入コースの意図、過去のデータ(ランチタイム戦のイン1着率など)を完璧に頭に入れている非常に知的な人物。


●舟券師(第2部) /(仮名)杉山坊人すぎやま・ぼうと

立場: 富田が「過去」にボートレース浜名湖で出会い、今回のエピソード後半で語られる人物。

特徴: 見た目は80歳ぐらいの高齢男性。35歳で会社を辞めて以来、ボートレース一本で生きてきた筋金入りの独身ひとり暮らし。親戚付き合いもなく、正月もレース場にいる。「ボートレースは仲間内のお金の取り合い」「勝つためにはレース場の特性(浜名湖の広さや水質)を知るべき」という独自のギャンブル哲学を持つ。

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【前書き】

●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております

●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました

●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです

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【01】 第一部『ボートレース浜名湖』の舟券師、望月猛太


 ボートレース好きで有名な小説家の富田は、『ボートレース浜名湖』に来ていた。主催者からイベントのお呼びが掛かり、10時20分からのトークショーに出演した。

 トークショーが終わると、富田は東京へは帰らず、一般席でレースを楽しむことにした。第1レースが終わった頃、富田は、1階の水面付近に立っていた。そこに、どこからともなくひとりの男(仮名)望月猛太もちづき・もうたが富田に近づいて来た。


望月「先生、ボートレース場では人気者ですね」

富田「いや、そうでもないですよ」

望月「朝のトークショー、私は見ませんでしたが、随分人が集まっていたみたいですね」

富田「そうですね」

望月「先生、舟券の調子はどうですか? 当たってますか?」

富田「ここのところ、当たったことが無いですね。前回は戸田に行ったのですが、やられっぱなしです」

望月「そうですか。いいレースがあったらお教えしますよ」

富田「地元の方ですか?」

望月「ええ」

富田「コーチ屋とかだったらご遠慮しますよ」

 『コーチ屋』とは、客に自分の予想を教え、もし当たったら現金を要求する悪質な人物のことである。

望月「いえ、コーチ屋ではないです。一応、舟券師と言うんですかね? 自分で言うのも恥ずかしいのですが。ほら、先生がテレビや雑誌の対談でよく『舟券師の小説が書きたい』と言ってたじゃないですか?」

富田「ええ、確かに言いました」

望月「そして、そのあと『もし舟券師の方がこれを見ていたら、ぜひ会いたいですね』とも話されていませんでした?」

富田「言いました」

望月「それで、声を掛けたんですよ」

富田「そうでしたか。それは大変失礼しました」

 富田がそう声を掛けられたのは、第2レースが始まる前だった。

富田(この男、本当に舟券師だろうか?)

 富田は、すぐにそう思った。なかなか舟券師が自分から寄って来て、こんなに簡単に声を掛けて来るとは思えなかったからだ。

富田(この男、何を企んでいるんだろう? コーチ屋でなければスリ? ひったくり? 置き引き?)

富田は、持っていたセカンドバッグをギュッと強く握りしめた。

 それから望月はずっと黙っていた。第2レース、第3レースを見送り、その間はほとんど動かず、背負っていたリュックサックから保温水筒を取り出して飲んだり、袋から小さなパンを取り出して食べたりしていた。

富田(こうして望月を見ていると、『コーチ屋』ではないことは確かなようだな)

 富田はひとりで2度うなずいた。

富田(『コーチ屋』なら出来るだけ多くの客に声を掛けて、バラバラの舟券を教え、カモにしていかないといけない。それなのにこの男、この場からまったく動かない)

富田(見ようによっては、木の陰に隠れ、獲物を狙っている虎のようだ)

 望月は富田の方を見ることもなかった。望月は、ここ1階のスタンド最前列から黙々とレーサーの動きを注視していた。


 この望月が、やっと話し始めたのは、第4レースのスタート展示が終わったときだった。

望月「うむ? おかしいぞ?」

富田「えっ? なにが?」

望月「すべてがおかしい」

富田「なんだろう?」

望月「わかりませんか?」

富田「まったく」

望月「1号艇です」

富田「1号艇?」

 富田が出走表とモニターに目をやった。


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【出走表】

浜名湖 初日 第4レース 予選 ヴィーナスシリーズ ランチタイム戦


1号艇 原沢佑歌  30歳 A1級 0.16 勝率5.85 モーター×

2号艇 笹崎佳世  29歳 B1級 0.21 勝率3.36 モーター◎

3号艇 出石舞輪  25歳 B1級 0.18 勝率4.00 モーター○ 

4号艇 土元実優  29歳 B1級 0.17 勝率4.44 モーター-

5号艇 中筋宏予  30歳 B1級 0.19 勝率4.52 モーター△

6号艇 柴橋百華  18歳 B2級 ―――― 勝率1.32 モーター-

 ※『級』のあとの数字は平均スタートタイミング

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【スタート展示】

気温20度 曇り 風速0m 水温21度 波高0cm

スタート展示(コース内から)134526 

スタートタイミング(コース内から)F06.09.03.23.12.11

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富田「1号艇ねぇ、フライングしてますね。そのことですか?」

望月「そうです」

富田「でもスタート展示ではよくあることでしょう?」

望月「あると言えばあるかも知れないが」

富田「おかしいですか?」

望月「おかしいですよ。あきらかに!」

富田「う~ん、さっぱりわからない」


望月「先生だから、言いますが」

富田「わかっています。本当は誰にも言えないんですよね」

望月「ええ。手の内を見せたら終わりですからね。トランプのポーカーだってそうでしょう」

富田「ポーカーはやりませんが、ババ抜きはそうです」

望月「ははははは。先生、冗談が言えるんですね、エッチな小説を書いてるだけかと思ってましたが」

富田「『エッチな小説を書いてるだけ』とはひどいなぁ」

望月「ははははは」

富田「小説の中で笑いも取りたいのですが、エッチ小説のエッチの真っ最中には書けないですね」

望月「どうしてですか?」

富田「笑うことで小説の主人公が中折れ、また読者のモノがしぼんじゃうと、話が終わっちゃうんですよ」

『中折れ』とは、挿入中に勃起が終わり、ふにゃっとなる状態のことである。

望月「ははははは」

富田「私の商売は、読者を興奮させてなんぼですからね」

望月「うんうん」


富田「で、さっきのスタート展示のどこがおかしいんですか?」

望月「先生、さっきのスタート展示のときの『風速』と『波高はこう』、波の高さですね、把握してます?」

富田「いや、全然。『波高』なんて今まで気にしたこともない」

望月「そうですかぁ。それはいけませんね」

富田「……」

望月「風速ゼロ、波の高さもゼロ、浜名湖でこんな条件は珍しいし、レーサーにとっては最も走りやすい条件となる訳ですよね」

富田「そうでしょうねぇ」

望月「それなのにスタート展示とは言え、インコースが『F06』の『非常識なフライング』って、なんなの? って普通考えますよね」

『非常識なフライング』とは、スタートタイミングがコンマ『F05』以上のことである。分かり易く言うと、100分の5秒以上早いスタートのことである。


富田「うん、うん。やっぱり舟券師ともなると、ありとあらゆる所をチェックしているんですね」

望月「おまけに、このレース、初日第4レースの『ランチタイム戦』ですよ」

富田「『ランチタイム戦』って?」

望月「『ランチタイム戦』とは、1号艇がA級選手で、他5選手がB級選手のレースです」

富田「それは知らなかった」

望月「私の集計した過去のデータでは、1号艇が1着になる確率は77%、そして1号艇が3着以内になる確率は実に97%です」

富田「そこまで記憶しているんですか?」

望月「勝つためには当然です」


富田「じゃぁ、1号艇1枠から相当売れますね」

望月「ええ、もちろん売れますよ。でも、」

富田「『でも』、なんですか?」

望月「そのA級の1号艇も、100回に3回はコケるんです」

富田「あっそうか、そう言う考え方もあるんですね。でもたった3回ですよ」

望月「そう、100回の内のたった3回です」

富田「100回全部1号艇をはずして買っていたら、お金が持ちませんよ」

望月「そうですね。でも、」

富田「また『でも』ですか?」

望月「このレース、においませんか?」

富田「何がでしょう?」

 富田が自分のお尻の方に顔をやり、

富田「クンクン」

望月「いや、そういうことではなくて、」

富田「ははははは」


望月「あの1号艇、スタートが全然合ってないんですよ」

富田「えっ!」

 富田が驚いた。

望月「今日は初日です。そして選手全員が、今開催初めてのレースとなる訳です。2号艇はスタート展示でピットから出遅れ、5コースに出ました。また、1号艇はただひとりのA級だから『勝って当然!』と言うプレッシャーが相当掛かってますね」

富田「うんうん」

望月「1号艇はスタート展示で、なんと『F06』のフライング。今頃パニックに陥っているんじゃないですかねぇ?」

富田「はぁー、まったく気づきませんでした」

望月「このレース、ひょっとしたら、さっき言った3%になるかも知れませんよ?」

富田「『3%』? うん? ああ3%ね。1号艇がコケる確率だ。えっ!」

望月「ちょっと、買ってみたいな、このレース」

富田「でも、」

望月「『でも』なんですか?」

富田「お返しをされましたね。ははははは。でも、1号艇がコケたら何号艇が来るんですか? 2号艇か?」

望月「いや、私はそうは思いません」

富田「えっ?」

 富田が、再び驚いた。


望月「だって、2号艇はスタート練習(展示)さぼっちゃいましたからね」

富田「えっ? どういうこと?」

望月「2号艇は、本来2コースでスタート練習(展示)をしたかったはずです。それが、ピット離れが悪かったために5コースになっちゃったわけです」

富田「そうそう、2号艇が5コースでした」

望月「本番では、やはり2号艇は2コースを取ると思いますよ。その方が上位を取れる確率が圧倒的に高いですからね」

富田「2コースの練習をしてなくとも、2コースに入るんですか?」

望月「はい、練習をしていなくとも。左回りの競技ですからね。できるだけ左側を走りたいでしょ」

富田「2号艇が2コースに入って、本番、ちゃんとスタート切れるんですかね?」

望月「いや、無理でしょう。練習不足です。何より出走表がその証拠を示しています」

富田「えっ!」


 富田が慌てて出走表を見直した。


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【出走表】

浜名湖 初日 第4レース 予選 ヴィーナスシリーズ ランチタイム戦


1号艇 原沢佑歌  30歳 A1級 0.16 勝率5.85 モーター×

2号艇 笹崎佳世  29歳 B1級 0.21 勝率3.36 モーター◎

3号艇 出石舞輪  25歳 B1級 0.18 勝率4.00 モーター○ 

4号艇 土元実優  29歳 B1級 0.17 勝率4.44 モーター-

5号艇 中筋宏予  30歳 B1級 0.19 勝率4.52 モーター△

6号艇 柴橋百華  18歳 B2級 ―――― 勝率1.32 モーター-

 ※『級』のあとの数字は平均スタートタイミング

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望月「『A』とか『B』とか『級』の後に数字が書いてありませんか?」

富田「あるある。『0.16』とか、『0.21』とか」

望月「それは、最近の平均スタートタイミングなんです。その選手が大体どのくらいでスタートするかです」

富田「全然見てなかったなぁ」

望月「1号艇は、スタートしてから100分の16秒後にスタートラインを通過したという意味です。同じように2号艇はスタートしてから100分の21秒後にスタートラインを通過したことを表しています」

富田「6号艇は新人でデータがないけれど、2号艇だけが20台で、あとは10台だ」

望月「そうです」

富田「2号艇はスタートが遅いんだな」


望月「選手によっては、スタートが良くわからないとき、隣に合わせてスタートするケースがあるんですね」

富田「そうなんだ」

望月「隣が舟を起こした(走り始めた)から自分も舟を起こす。隣がスロットルレバー(アクセル)を握ったから自分もレバーを握る」

富田「ふむふむ」

望月「このケースでは、2号艇は、2コースでのスタート練習をしてないわけです。ですから1号艇のスタートを見ながらスタートするということもあり得ますね」

富田「そうかぁー」

望月「逆に3号艇は、スタート展示で2号艇をまくるほどの勢いでピットを出ました」

富田「ええ、そうでした」

望月「やる気が十分に見えましたね。若さと言うんでしょうか。しかも、若い選手ではありますが、浜名湖には慣れていて、今のスタートも『09』と、フライングぎりぎりの『01』とか『02』のスタートではなく、スタート勘がしっかりした、自信のあるスタートに見て取れましたね」

富田「そうですか、私は何も考えずに見ていました。あのスタート展示だけで、そこまでわかるんですか?」

望月「いやいや、いつもこうして自信過剰になって負けてしまうんです。ははははは」

富田「またまた、ご謙遜を」


望月「とりあえず、このレース、私は勝負します」

富田「じゃぁ、私も今回だけ、特別に同じ目を買わせていただきます」

望月「では『3-4』で」

富田「『3-4』ですね」

望月「3号艇がまくれば、4号艇が続くでしょう?」

富田「2番手は絶対ではないんですね?」

望月「はい、絶対ではないです。ただ、過去のデータでは、3号艇がまくった場合、4号艇が2番手というケースが多いです」

富田「ふむふむ」

望月「もちろん、イン(1号艇)がなんとか残って2着と言うこともありますが、それでは妙味が無い(配当が付かない)し、ここで3号艇にまくられたら、インで残すのは難しいと思いますよ。浜名湖はコースが広いから、みんなブンブン全速で回ってきますからね」

富田「そうなんですか?」

望月「ええ。では、時間が無いので私はすぐに売り場に行きます」

 望月が急いで勝舟投票券売り場に行った。富田も望月を追うように、財布を握り締め売り場に向かった。


 勝舟投票券売り場。

富田(うーん、いくら買おうかな? あの男の言うことではあるけれど、絶対に当たるという保証はないしなぁ。でも、この『3-4』が本当に来て100円しか買ってなかったら、あの男『オレを信用してないのか!』って言われそうだし。そう思われても困るしなぁ。うーん、千円、3千円、5千円、1万円?)

 結局富田はハズレても精神的に傷つかない金額で『3-4』の券を購入した。


12時44分。本番が始まった。


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【出走表】

浜名湖 初日 第4レース 予選 ヴィーナスシリーズ ランチタイム戦


1号艇 原沢佑歌  30歳 A1級 0.16 勝率5.85 モーター×

2号艇 笹崎佳世  29歳 B1級 0.21 勝率3.36 モーター◎

3号艇 出石舞輪  25歳 B1級 0.18 勝率4.00 モーター○ 

4号艇 土元実優  29歳 B1級 0.17 勝率4.44 モーター-

5号艇 中筋宏予  30歳 B1級 0.19 勝率4.52 モーター△

6号艇 柴橋百華  18歳 B2級 ―――― 勝率1.32 モーター-

 ※『級』のあとの数字は平均スタートタイミング

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♪ファンファーレとともに、6名の女子レーサーが水面に出てきた。


実況「進入コースはインから1、2、3、4、5、6。枠番通りです」

 富田と望月は、固唾を飲んで6選手の動きをジッと見つめていた。

富田(望月の言う通り、2号艇が2コースに入った……)

実況「1号艇が舟を起こした、同じように2号艇も舟を起こした」

富田「ふむふむ」

実況「10秒前、5秒前、3、2、1、スタート!」


 スタートライン。

 明らかに1号艇、2号艇が出遅れ、3、4、5コースのボートが半艇身から1艇身、前に出た。

 富田が望月の顔を見ると、まったく表情を変えずに、じっと6選手の動きを冷静に見つめていた。


 1マーク。

 3号艇がまくり、それに4号艇が続いた。4号艇は、まくり差しの形となり、バックストレッチ、3号艇が外側、4号艇が内側を走行した。


 2マーク。

 3号艇が外側から押し切り、4号艇がそれに続いた。

富田(望月の言う通り『3-4』、しかも一本買いで)

 相変わらず、望月はニコリともせず、1位から6位までの走りを注意深く見ていた。


 ゴールライン。

実況「3号艇ゴールイン、4号艇ゴールイン!」

富田「やりましたね! あなたの言う通りでした」

望月「いやぁ、まぐれです」

富田「とんでもない。待機水面からスタートライン、そして1マークまで、すべてあなたの予想通りに選手が走りました。見事と言うしかありません」

望月「偶然です」

 富田の賛辞にも関わらず、望月は決して驕らなかった。


 富田は近くの場内モニターで、本番のスタートタイミングを確認した。

 1号艇から順に、26、29、16、19、19、23。

富田(完全に1、2号艇が遅れている)

 モニターに第4レースの結果が映った。

 『結果着順345126』

富田(1号艇は、4着か)

 モニターに配当金が映った。

『配当金:3-4 5260円。3-4-5 21900円』

富田「おっ!!!」

 富田は、思わず声が出てしまった。

 富田は自動払戻機で払戻金を受け取った。500円が26,300円になった。25,800円の儲けである。

富田(あ~、こんな事なら、1万円買っておくんだった。そうすれば50万円ぐらいになったものを)

 富田の悪い癖だった「たら」「れば」で後悔するのは。


 富田は、配当金を受け取り、望月の居る所に戻った。男は相変わらずレースとレースの合間に必死で練習している選手たちを目で追いかけていた。

富田「お陰様で久々に、払戻金を受け取ることが出来ましたありがとうございました」

望月「たまたまですよ」

富田「これ少ないですが、ご祝儀と言うことで。私が当てた分、配当金が落ちたでしょうから」

 富田が5千円を望月に手渡そうと差し出した。


 望月はそれを見ることもなく、水面上を見ながら、

望月「結構ですよ。その代わり私のことをもし小説に書くのでしたら、私が誰にも付きまとわれないようにしてくださいね」

富田「わかりました。約束は必ず守ります。ところで、払戻には行かないんですか?」

望月「ええ、すべてのレースが終わってからですね」

富田「やはり、レーサーの練習をチェックしないとダメですか?」

望月「損しないための最低条件ですね。よく刑事さんたちが、『現場百回』って言うじゃないですか?」

富田「聞いたことがあります」

望月「『犯人を捜すのにヒントは必ず現場にある。だから現場に百回足を運んで答えを見つけるんだ』というような意味だと思うんです」

 望月はずっと水面を見ながら、富田を一度も見ることなく話した。

富田「そうですね」


望月「例えは悪いですが、レースで1着と2着を当てるのは、主犯と共犯を探すようなものです。そして、ここが現場なんです」

富田(しゃべり方、話の内容からして、やっぱりこの男、頭がいい)

富田「なるほど。確かにそうですね。恐れ入りました」

望月「細心の注意を払い、最新の情報を水面から吸い上げるんです」

富田「私より、あなたの方が作家に向いているかも?」

望月「ははははは」


富田「あなたの話を聞いていてわかりました。舟券師になるには、頭が良くないと出来ないんだと」

望月「思い過ごしですよ」

富田「いえいえ、ご謙遜を。豊富な過去のデータを記憶し、現場で最新のデータに置き換え、選手の動きからやる気や体調をチェックする」

望月「……」

 男は図星だったのか黙り込んだ。

富田「いい勉強になりました。今日のことは一生忘れないでしょう」

 望月は、その話を無視して、

望月「次のレースは見送ります」

富田「儲けさせてもらったので、今日は、あと食事をして場内をブラブラ見学して帰ります。また、お会いできることがあるようでしたら……、楽しみにしてます。では、」

 望月が初めて富田の方を向き軽く会釈して、すぐにまた水面を見始めた。

 富田は望月の邪魔をしないように静かに『ボートレース浜名湖』のレストランへと歩いて行った。

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