101 ■別れの一本道(その1) ~結婚から離婚まで2カ月?~
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【あらまし】(痛快・市民防衛サスペンス)
美浦市役所の住民課で働く戸部考一のもとに舞い込んだ、ある1通の離婚届。それは、同僚の天満稔江が、毎朝の通勤路で見かけていた「幸せの絶頂にいたはずの女性」の離婚届だった。
あまりにも早すぎる離婚、そして不自然な転出理由に違和感を抱いた住民課の面々は、独自に調査を開始する。浮かび上がってきたのは、甘いマスクの裏に隠された男の奇妙な足跡と、傷ついた女性たちの影。
「市民のため、そして女性の敵は許さない!」――お節介で熱い市役所職員たちが、それぞれの専門知識と執念のチームワーク武器に、姿なき悪の正体を暴くために立ち上がる!
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【主な登場人物】
===美浦市役所 住民課(中心人物たち)===
●戸部考一
役職:主任
特徴: 朝早くから溜まった事務処理をこなす真面目な職員。窓口に届く書類の些細な違和感から「何かがある」と見抜く鋭い洞察力の持ち主。同僚の早苗とは軽妙な冗談を言い合う仲。
●君本早苗
役職:主任
特徴:戸部の隣の席で働く、明るく行動力のある女性職員。被害に遭った女性の心に親身になって寄り添い、悪事を許さない強い正義感を持つ。
●天満稔江
役職:主任
特徴:電車通勤。毎朝、駅から市役所への一本道ですれ違う人たちの様子をよく観察している。その観察眼と持ち前の行動力が、物語を大きく動かすきっかけを作る。
●丹沢純也
役職:主事(ベテラン窓口担当)
特徴:窓口での応対能力に優れたベテラン。機転が利き、相手に気づかれないように重要な情報を引き出したり確認したりするテクニックを持つ。
●若石元気
役職:主事
特徴: 職員たちの会話に独自の推察(時に鋭い)を交えて入ってくる若手職員。
●宮入芽衣/ 明石春菜/ 新川直道
役職:住民課の職員たち
特徴:住民課の仲間。気になる事件に対して一致団結し、チームの一員として協力する。
===他の市役所職員===
●由利源吾
所属:税務課
特徴: 丹沢の同期。丹沢からの頼みを受け、税務の観点から個人の申告状況などを調査・バックアップする。
===警察関係者===
●鹿島香介
所属:美浦警察署 刑事課
特徴:戸部と頻繁に連絡を取り合う刑事。漢字の書き取りは少し苦手だが、柔道に秀でており、市民の安全のために市役所と密に連携して動く。
===物語の鍵を握る人物たち===
●河合郷見
特徴:32歳。ショートカットで小柄な女性。以前は明るく元気な姿が見られていたが、ある時期を境に大きなマスク姿で市役所に現れるようになる。
●木常咲彦
特徴:35歳。端正な容姿を持つイケメン。非常に短いスパンで婚姻と離婚(転籍)を繰り返している、数々の疑惑に包まれた男。
●星名乃亜
特徴:29歳。初婚の女性。木常と共に、ある土曜日に婚姻届と転居届を提出しに美浦市役所へやってくる。
===その他(エピソード内の言及)===
●セーラー服の女学生
冒頭の激しい雨の中、傘もカバンも持たずにずぶ濡れで歩いていた少女。住民課の職員たちが彼女の行動の理由をあれこれ推測する。
●佐藤 翔 / 亮 / 恭子
警察の鹿島刑事が、捜査関係の照会で市役所に身元確認を求めてきた西町の住民(世帯)。本編の主軸とは別の、日常の捜査案件として登場。
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 ずぶ濡れの女学生
朝6時半、強い雨が降っていた。戸部考一主任は、戸籍の事務処理が溜まっていて、2時間早く市役所へ向かった。
市役所の前の道、セーラー服の女学生が、傘もカバンも持たずに歩いていた。
考一は反対側の歩道から、その姿を確認していた。
朝8時20分、美浦市役所住民課に、職員が次々とやって来た。
戸部が君本早苗主任に話をしていた。
戸部「今朝6時半のことなんだけれど、」
早苗「うん」
戸部「市役所の前の道を、セーラー服の女学生が傘もカバンも持たずに歩いていたんだよ」
早苗「えっ、今日もそんなに早く来たの?」
戸部「うん」
早苗「もう! またサービス残業?」
戸部「でね、私には理解できなかったんだよ、その女学生の行動が」
早苗「その年で、まだ、女学生に興味があるの?」
戸部「ははははは。セーラー服っていいよなぁー」
早苗「わかったわ。そのうち町会の古着回収に出たら取っといてあげるわよ」
戸部「そうだな」
それを聞いていた天満稔江主任が、
稔江「相変わらず、お二人は仲が良さそうですね」
早苗「いやぁーよ、こんな人」
稔江「怪しいなぁ」
戸部「セーラー服の女学生は、なんで朝6時半に歩いていたんだと思う?」
早苗「町会のラジオ体操に行ったのよ。じゃぁなかったら、犬の散歩の下見」
戸部「君本さんじゃ、そのぐらいの答えしか浮かばないだろうな」
早苗「まっ!」
戸部「傘もカバンも持ってなかったんだよ」
稔江「じゃぁ、その子、ずぶ濡れ」
戸部「ああ、びしょびしょだった」
早苗「わからないわ。その子、何をしに出掛けたのかしら?」
若石「出掛けたんじゃないですよ、きっと」
若石が、会話に入って来た。
早苗「きっとって? なに?」
若石「女学生が彼氏の家に泊まって、朝帰りしたんですよ」
早苗「すごい!」
稔江「それ、経験から?」
若石「もう、天満さん、勘弁してくださいよ」
戸部「そうか」
若石「その子、泣いてませんでした?」
戸部は、そのときのことを思い出していた。
戸部「そう言われれば」
戸部は、女学生が下を向きながら悲しそうな顔をしていたのを思い出した。
若石「彼氏の家に泊まって、朝、雨が降っていたら、普通、彼氏が傘を貸しますよね」
戸部「うん」
若石「彼女は、朝、泣きながら飛び出したのかも知れませんね」
稔江「こいつ、やっぱり経験しているな。悪党!」
若石「勘弁してくださいよ」
早苗「ふーん」
早苗は、親身になって考えこんでいた。
稔江「女性で気になる、と言えば、私も気になる女性がいるんです」
戸部「どんな人?」
稔江「今日は、もう時間がないし、明日の帰りに話します」
戸部「そうだね。明日、聞かせてもらうよ」
【02】 一本道で毎朝すれ違う女性
住民課の業務もほぼ終わった午後5時半、
稔江「私が気になっている女性の話なんですが」
戸部「そうだった、その話?」
稔江「私、電車通勤だから、毎日朝決まった時間に、美浦駅から美浦市役所までの一本道を歩いて来るんです」
戸部「ふむふむ」
稔江「約800mの直線なので、毎朝、すれ違う人が同じなんです」
戸部「ふむふむ」
稔江「その中でも、いつも会う明るく元気な、ショートカットで小柄な女性が、ちょっと気になったんです」
戸部「女性が女性を意識することもあるんだ」
稔江「ええ。彼女は市役所の近くに住んでるみたいで、駅の近くですれ違う時は彼女に時間の余裕がある時で、市役所の近くですれ違う時は、時間に余裕がないときなんでしょうね、楽しそうに元気に走っているんです」
戸部「そうか、一本道だから、すれ違う位置で、彼女が電車に間に合うかどうかわかるんだ。なるほどなぁー」
稔江「そうなんです。でも、遅れそうでも彼女明るいんです。ニコニコしていて、笑顔が素敵なんです。それで、意識するようになって」
戸部「ふむふむ」
稔江「最初に見かけたときは、明るく元気でひとりでした。その後は、すっごいイケメンの彼氏と並んで歩いていました」
業務を終えた職員が数人、稔江の話を聞きに集まって来た。
芽衣「私、イケメンは苦手」
稔江「数日後には、手をつなぎ、その数日後には薬指に指輪が」
早苗「幸せの上り階段ね」
芽衣「いいなぁ、羨ましい」
稔江「ところが、一か月も経たないうちに、女性がひとりで歩くようになったんです」
春菜「えっ、どうしたの?」
稔江「その後、泣きながら歩いている日もありました」
丹沢「それは私でも気になるな」
早苗「不幸への下り階段?」
春菜「別れたの?」
稔江「それがよくわからないんです」
芽衣「どうしてですか?」
稔江「ここ、4日間ぐらいすれ違ってないんです」
春菜「えっ!」
芽衣「やっぱりイケメンはダメですよ」
早苗「戸部さん、最近受けた離婚届の中にその人らしいのある?」
戸部「いや、ないな」
丹沢「2日前に、夫婦なのに奥さんだけ転出という届けを受けたけど」
稔江「えっ、本当?」
丹沢「うん」
稔江「どんな感じの女性?」
丹沢「大きなマスクをしてたよ」
稔江「大きなマスク? 変ねぇ。そんなの一度もみたことないけれど。他には?」
丹沢「30歳くらいのショートカットで小柄な女性だったな」
稔江「えっ!」
早苗「えっ!」
戸部「ひょっとして?」
丹沢「防犯ビデオで確認しますか?」
稔江「うん」
集まっていた仲間たちが、モニターのある部屋に移動した。丹沢が画面の時刻表示を基に、話題のシーンを映し出した。
大きなマスクをした女性と丹沢が話をしているシーンだった。
稔江「あっ、この人よ!」
芽衣「丹沢さん、何を話しかけているんですか?」
丹沢「夫婦の別居だから、理由を聞いたんです」
民法第752条では『夫婦の同居義務』を規定している。このことから、住民登録担当者は、別居する場合、理由を聞いている。
稔江「なんて、言ってました?」
丹沢「『父親の介護のため、私だけ実家に戻ります』って言ってたけれど」
稔江「そう。なら、いいんだけれど」
早苗「うーん?」
戸部「うーん?」
稔江ら仲間の調べで、女性は河合郷見(かわい・さとみ・32歳)。男性は住民票から木常咲彦(きつね・さきひこ・35歳)であることが分かった。
【03】 郵便で届いた離婚届
翌日。美浦市住民課。
戸部の元に、開封された封筒が届いた。郵送担当者が住民課に届いた郵便物を開封し、各担当者に配付した。
戸部「うむ」
封筒から書類を取り出し眉をしかめた。
早苗「どうしたの?」
戸部が黙って、封筒から取り出した離婚届を早苗に渡した。
早苗「あらっ? 『河合郷見』って昨日、ビデオで見た女性じゃない?」
戸部「うん」
稔江「えっ!」
向かいに座っていた天満稔江が早苗の席にやってきて、郵便で届いた離婚届を覗いた。
稔江「ほんとだ。離婚じゃない?」
戸部「うん」
稔江「『父親の介護のため、私だけ実家に戻ります』って、嘘だったのね」
戸部「うん」
稔江「なんで、そんな嘘を?」
早苗「そのことについて触れられたくなかったか、早く忘れたかったか、そんな所じゃない?」
稔江「そっかぁ」
戸部「彼女が相当傷を負ったんだろうな」
早苗「ええ」
稔江「ひどい!!!」
戸部が端末機の画面で、『河合郷見』の戸籍を見ていた。
戸部「何かあるな」
早苗「えっ! 『何か』って?」
戸部「わからないけれど、『何か』が。ちょっと調べてみるよ」
早苗「うん」
稔江「調べたら教えてね」
戸部「うん」
【04】 離婚が早すぎる!
数日後。美浦市住民課。始業前。
戸部の仲間が数人集まっていた。
早苗「『郷見』さんの名前、珍しい漢字を当てているけれど、親御さんは『故郷を懐かしく忘れず見て欲しい』そんな大人になって欲しいと願って付けたんでしょうね」
戸部「その『河合郷見』のことだけど」
早苗「なに?」
戸部「少しわかったことがあるんだ」
早苗「えっ?」
戸部「まず、結婚して離婚するまでたった2カ月間だったんだ」
稔江「えっ! そんなに早く別れたの?」
戸部「うん。これだけでも、かなり怪しい」
芽衣「普通、早くてどのくらいで離婚届が出されるんですか?」
戸部「私の事務経験から言えば、1年だね」
芽衣「そうなんだ」
戸部「外聞もあるし、合わないと分かっても、1年くらいは我慢するのが普通だからね」
早苗「離婚後の準備もあるしね」
芽衣「ふーん」
戸部「それと、婚姻届の写しを見たんだが、離婚歴があって、」
稔江「えーっ!」
戸部「前の奥さんとは、4カ月前に分かれている」
稔江「じゃぁ、前の奥さんと別れて、2カ月後に『河合郷見』さんと結婚したってこと?」
戸部「うん、その通り」
早苗「怪しいわね」
芽衣「完全アウトよ!」
怒りをあらわにした。
稔江「ひどい!」
戸部「もうちょっと、調べてみるよ」
稔江「お願いします」
早苗「何か手伝えることがあったら言ってね」
戸部「うん」
稔江「うちらの仲間に、伝えておきます」
早苗「そうね」
1週間後。美浦市住民課。始業前。
稔江「ねぇねぇ、聞いて聞いて!」
早苗「どうしたのよ、そんなに興奮して」
稔江「今朝『木常咲彦』がひとりの女性の後をずうっとおいかけていたのよ」
丹沢「本当かよ?」
稔江「本当よ」
早苗「もう?」
稔江「うん」
丹沢「次を探しているのか?」
稔江「そんな感じだったわ」
早苗「ってことは、結婚詐欺?」
戸部「この前、君本さんに頼んだ『木常咲彦』の戸籍謄本、それが郵送されてくればわかるさ」
『木常咲彦』は、本籍を転々と変えていた。
早苗「ええ、公用申請で頼んだわ。今日あたり、郵送されてくるんじゃない?」
戸部「悪いな」
早苗「女性の敵だからね」
戸部「いや、男性にとっても敵だ。男性の品位を落とす」
丹沢「そう、男性の面汚しです!」
若石「放って置けませんよ!」
【05】 次のターゲット
1週間後。美浦市住民課。始業前。
稔江「今朝は『木常咲彦』と、新しい女性が一緒に楽しそうに話をしていたわ」
早苗「もう、次を?」
稔江「でしょうね」
早苗「この前、後をつけていた女性?」
稔江「いえ、違いました。別の女性でした」
若石「えっ! 手あたり次第ってこと?」
早苗「すごいのね」
芽衣「イケメンだとしたら、ひっかかっちゃうかも」
戸部「うん、いろいろ誘い文句も周到に準備しているだろうからな」
丹沢「私、後で勤務先と収入を調べてきます」
戸部「うん、頼むよ」
昼休み、丹沢純也は、同期で税務課の由利源吾に、『河合郷見』と『木常咲彦』の件を話した。
丹沢「……と、いうことなんだ」
由利「ひどい奴だな」
丹沢「うん」
由利「わかった。後で調べて連絡する」
丹沢「いつも助かるよ」
由利「なんとしても、次の犯罪は未然に防いでくれよ」
丹沢「うん、そのつもりだ」
午後3時。
木常が住民課にやって来た。戸部考一が木常に気付いた。
戸部「うん? あの男、何しに来たんだ?」
宮入芽衣が受付をして、男は帰って行った。
帰った後に戸部が芽衣に聞いた。
戸部「あの男、何しに来たんだ?」
芽衣「名前のフリガナ変更と婚姻届の用紙が欲しいとのことでした」
戸部「そうか。ありがとう」
夜、丹沢と源吾は、成り行きで一緒に外食することにした。食事をしながら、
由利「男の方は、未申告だ」
丹沢「未申告?」
『未申告』というのは、税金の申告がされてないということだった。
丹沢「源泉徴収票も来てないのか?」
由利「うん」
丹沢「会社員ならば、会社から市役所税務課へ送られるはずだよな?」
由利「うん。会社から1月中に送付してもらっている。恐らく、こいつは会社員ではないな」
丹沢「とすると、木常は毎朝どこに行っているんだ?」




