100 ▼爽香の「腰タンタン」(後編) ~『腰をタンタンと動かした』~
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戸田 4日目 1レース 予選 オールレディース一般戦
1号艇 速水爽香 23歳 B1級 勝率3.33 モーター- 53543
2号艇 荒瀧朝香 41歳 A1級 勝率6.43 モーター- 26332
3号艇 入間幸恵 43歳 B1級 勝率4.00 モーター◎ 45554
4号艇 潮崎浩美 45歳 B1級 勝率3.90 モーター△ 45653
5号艇 藤咲美樹 43歳 B1級 勝率3.61 モーター× 62422
6号艇 大城千夏 24歳 B2級 勝率1.91 モーター○ 13414
※『モーター』のうしろの印はモーターの予想印。その後の数字は前走成績
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水面上の爽香。
爽香(スタートタイミングがさっぱりわからないわ。こういう時は、)
爽香は大時計を見ずに、ヘルメット越しに隣の2号艇荒瀧朝香をじっと見た。
爽香(おっ! 隣が舟を起こした!)
2号艇荒瀧朝香がスロットルレバーを握り始めた。
爽香もそれに合わせて、スロットルレバーを握り始めた。
爽香(私は隣を完コピ(真似)するだけよ! 名付けて『ミラースタート』)
実況「スタート5秒前」
2号艇荒瀧朝香が前傾姿勢を取った。
爽香もそれに合わせて、前傾姿勢を取った。
実況「スタート1秒前」
2号艇荒瀧朝香が、体をボートに沈めた。
爽香もそれに合わせて、体をボートに沈めた。
実況「スタート!!!」
2号艇がスタートし、わずかに遅れて爽香もスタートした。
爽香(フフフフフ。うまく行った!)
爽香はスロットルレバーをフルに握り締め、1マークへと向かった。
爽香(いい感じ! 悪くない! 2号艇とは50センチ差)
1周1マーク。
爽香(いつもどおりのターンをすればいい。無理はしない!)
爽香がスロットルレバーをゆるめた。そして、ターンに入った。
技量のある2号艇が差し、エンジンの伸びが良い3号艇がまくって来た。お決まりのパターンである。
爽香(止まらずにターンが出来た。背中にボートは刺さってない! 良し!)
爽香の右に3号艇、左に2号艇、横一線でバックストレッチを並走。
爽香(1着は無理か? でも3着以内に入ればいいわ。賞金がもらえるから)
爽香(そうだ! 腰を浮かせて『タンタン』と2度前後に腰を動かし、ボートを押してみよう!)
爽香が前後に2度、体全体を動かした『タンタン』と。
爽香(えっ!!! 見る見る内に2号艇と3号艇が下がり、視界から消えたわ!)
後方で新人の6号艇がターンに失敗し転覆した。すぐに、危険信号灯が点滅した。『危険信号灯』は黄色と赤色のランプが同時に点滅し、競技者全員に事故があったことを知らせる。
2号艇と3号艇は、正面ピット側に、黄色と赤色のランプの同時点滅が見えたので、スロットルレバーを緩め、後ろを振り返ったのだった。
自動車F1レースの『レッドフラッグ』と同様に、ボートレースでも『危険信号灯』が点くと、追い抜きは禁止される。厳密には事故艇付近からであるが。
爽香(『腰タンタン』の技、効き目あるわー!)
爽香は効き目があると、大きな勘違いをしていた。
爽香が『危険信号灯』に気付いたのは、第2マークを旋回し、ホームストレッチで大時計の横を見た時だった。
爽香(あらっ? 事故があったんだ)
爽香が前方1マークを見ると救助艇が止まっていた。
爽香(救助艇の外側を回らないと、また即日帰郷になっちゃうわ)
爽香にとって、デビュー直後の痛い経験がここで生かされた。
第1ターンマーク、爽香は転覆した6号艇と救助艇の外側を走った。
爽香(6号艇には悪いけれど、お陰でもう抜かされることが無いから、1着確定!)
爽香(新人の大城さんありがとう! 感謝しかないわ)
爽香がそっとほくそ笑んだ。
それから1分後、
実況「1号艇ゴールイン、2号艇ゴールイン、3号艇ゴールイン」
爽香が難なくゴールインした。
爽香(やったー! 10万円ゲットだぜぃ!)
【05】 速水爽香、勝利インタビュー
爽香がピットに戻り陸に上がるとインタビュアー(取材)の女性が待ち受けていた。
取材「おめでとうございます!」
爽香「ありがとうございます」
爽香が軽く会釈した。
取材「速水選手、1コースは初めてですよね?」
爽香「はい、初めてです」
取材「それで1着なんてすごいですね!!」
爽香「へへへへへ」
茂木の部屋。
3人がテレビを見ながら、
丹沢「あいつ、変な笑い方をするなぁ」
由利「あの笑いは、本心が出ているよな」
茂木「よっぽど嬉しかったんでしょうね」
丹沢「テレビなんだから、少しは笑いを隠せよ!」
由利「ははははは」
レース場。
取材「普通、初めての1コースで1着なんて取れないですよね?」
爽香「ええ、そうらしいですね」
茂木の部屋。
丹沢「『まぐれです』とか、もっと謙虚に言えないのかねぇ?」
由利「ははははは」
レース場。
取材「スタートはどうでしたか? 思い通りでしたか?」
爽香「ええ、思い通りのスタートでした」
茂木の部屋。
由利「ウソつけぇ。何が『思い通り』だ! 大時計を見ないで、隣の選手を見ていたくせに」
由利がツッコミを入れた。
丹沢「ははははは」
レース場。
取材「バックストレッチでは、3艇がラップ(並走)状態でしたが、抜け出せたのは?」
爽香「『腰タンタン』と動かしましたから」
茂木の部屋。
由利「はぁ??? 『虎視眈々』は、動さないだろう?」
由利がツッコミを入れた。
茂木「『虎視眈々』って、『すきを狙って』の意味ですかね?」
丹沢「きっと『腰をタンタンと動かした』の意味で使ってるんだろうよ?」
茂木「まさか?!」
由利「ははははは」
レース場。
取材「えっ?」
インタビュアーが爽香の言ってる意味が分からず、思わず言ってしまった。
爽香「あっ、なにか?」
取材「いいえ、なんでもないです」
爽香「はい」
茂木の部屋。
由利「ほら、インタビュアーも焦っているぞ」
丹沢「ははははは」
レース場。
取材「1着を取った感想は?」
爽香「10万円ゲットしました!」
茂木の部屋。
丹沢「いやらしいなぁ、金の話はするなよ」
由利「ははははは」
茂木「感想になってないですよ」
丹沢「ははははは」
由利「ははははは」
レース場。
取材「では、最後にファンの皆様にひとこといただけますか?」
爽香「私のファンなんているのかなぁ?」
取材「それは、いますよぉ!」
茂木の部屋。
丹沢「ここに3人居るだろうが!」
由利「うん」
茂木「うんうん」
レース場。
突然爽香が両手人差し指で、両目の目尻を引っ張った。爽香の両目が細長くなった。
爽香「ファンの皆様、ながーい目で見てくださいね」
爽香の顔がアップになった。
取材「ありがとうございました」
茂木の部屋。
丹沢「あ、バカだねぇ~、あいつは」
爽香の顔のアップに耐え切れず、テレビの画像が次のレースへと切り替わった。
丹沢「ひどいインタビューだったねぇ」
茂木「いや、これで結構人気が出るかも知れませんよ」
由利「まぁ、飾ってないから、あれはあれでいいのかもな」
丹沢「そうか。ファンに期待させてもいけないし、」
茂木「今度、速水さんに会ったら『虎視眈々』の本当の意味を伝えましょうか?」
丹沢「いや、言わなくていいんじゃない?」
茂木「えっ、そうなんですか?」
丹沢「うん。注意すると上から目線みたいでどうかな。それに、知らない方が本人幸せだろうし」
由利「うん、確かに。いいんじゃないの、このままで。みんなが笑えるし」
丹沢「うんうん」
由利「このまま全国的にこの使い方が広まったら、新語・流行語大賞がもらえるかも知れないからな」
茂木「そう言う考え方もあるんですね」
茂木が頷いた。
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【後書き】
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は爽香の「初イン・初勝利」という記念すべきエピソードでした。 ……が、感動の初勝利のはずが、どこか締まらないのが爽香らしいところですね。
佐郷先輩が使った「虎視眈々(こしたんたん:隙を狙う)」という言葉を、爽香が「腰タンタン(腰を前後に動かしてボートを押す技)」だと勘違いしたまま勝利し、インタビューでドヤ顔で答えてしまう……というシュールなオチがこの回の見どころです。
インタビューでの「10万円ゲット!」発言や、変顔(長い目で見てください)のサービスなど、ヒロインらしからぬ奔放さですが、茂木たちが言うように「飾らない魅力」として読者の皆様にも届いていれば幸いです。
ボートレースの世界では「水の上にも三年」。 技術も知識も、そして言葉の使い方もまだまだ未熟な彼女たちですが、少しずつ、それでいて型破りに成長していく姿をこれからも描いていければと思います。
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