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果物粥

 二人を乗せた馬は、概ね常歩なみあしでマイカに向かった。普通なら駈歩かけあしで日の暮れないうちに戻れただろうが、起きたばかりのベルムがいてはそうもいかない。

 途中何度も休んだので、まだマイカまでは距離があるのに、すっかり日が暮れてしまった。


 仕方なく、ベルムたちは街道の脇に適当な倒木を見つけ、その傍らに野営を張った。そこで一晩を明かすことにする。


「ここに座ってて」


 ネドラは倒木にベルムの背を預けさせ、食事の準備に取り掛かった。石を輪状に並べ、枯れた草や木をその中に雑然と積む。

 ベルトから一本の杖を取り出してそこに向けると、杖先から火がほとばしり、たちまち焚火がぱちぱちと楽しげな音を立て始めた。

 仄かな明かりが周囲を照らし出す。


 火がしっかりと維持されているのを確認し、ネドラは鞍の荷物入れから小さな鍋を取り出した。そこに水と麦、干した果物と塩を入れ、蓋をして火にかける。


 その間にティリルは、倒木のうろに布切れを敷き、居心地の良さそうな寝床を拵えた。


「そんなに手をかけなくてもいいのに」


 ベルムは無言で手を動かすネドラを見つめた。火の光が、整った横顔を照らす。


「何言ってるの。しっかり食べなきゃ」


 ネドラは荷物入れから今度はベーコンを取り出したが、

「流石にまだ無理か」

 と呟いて元に戻す。


「だな」

 ベルムは少し残念に思ったが、胃がそれを受け付けないことも分かっていた。


「それじゃあ、じっとしてて」


 鍋が煮えるのを待つ間、ネドラは膝をつき、緑の宝石が付いた杖をベルムに向けた。温かな感覚が体に広がり、気分が楽になる。


「これを続けていれば、体調はすぐに良くなると思うわ。筋力は動いて取り戻すしかないけれど」


「叔父さんにもらったやつを使わないの?」


 洞の中から、ティリルが顔を出した。


「あれはもっと重症の時に使うのよ。こんなところで使ったら、今度は私が倒れてしまうかもしれないわ」


 ベルムはネドラの手と、ベルトに並んだ杖に視線を落とした。

 三本は銀製だ。それぞれ先端に、細く削り出された赤・緑・青の宝石が付いており、妖しく輝いている。


 もう一本は銀ではない。ベルムが見たことのない金属だった。

 宝石はついていない。代わりに、縦に彫られた溝に薄い動物の骨のようなものが埋め込まれていた。

 四本の中で、この杖だけが特に異彩を放っていた。


「さっきの焚火もそうだったけど、魔道具?ってのを持ってるんだな」


「ええ、私はこれがないと魔法を使えないの。心得があるなんて嘘ついて悪かったわね」


 ネドラは目を伏せ、杖を向けたまま魔力を流し続ける。身体の奥底から気力が湧いてくるような感覚を覚え、ベルムは微笑んだ。


「いや、魔力を練ることができるだけで十分”心得”さ。それすらも出来ずに、修行を断念する奴も大勢いる」


 ディンキーに師事し、弟やジギーとともに過ごした鍛錬の日々を思い出す。結局、近隣の村を含めても、まともに魔法を扱えるようになったのはベルムを含めた三人だけだったのだ。


「そうね……そうかもね……」

 その言葉に励まされたのか、ネドラの頬がわずかに赤くなった。


 こそばゆい沈黙が流れる。

 鍋の蓋がカタカタと音を立て、そのを遮った。




―――

「ふぅ、美味かった」

 食べ終えると、ベルムは椀を地面に置き、腹を軽くたたいた。


 まともな食事は半月ぶりらしいが、ネドラの魔法のおかげで吐き戻すことなく食べることができた。

「ありがとう」

 つくづく頼もしい同行者である。ベルムは倒木から背を浮かせ、頭を下げた。


「いいよ。魔道具のおかげなんだから」

 ネドラはこちらを見ることもなく、後片付けに勤しんだ。その横顔は、心なしか少し笑っているようだった。


 ベルムは満足そうに脚を伸ばして体をほぐしたが、ふと真剣な表情になり、倒木に立てかけたつるぎに目をやった。

 一息ついたことで、焦燥感に襲われたのだ。


(早く行程を取り戻さなくては)

 剣を手に取り、少しだけ刀身を抜く。曇りのない金属が、眉間にしわを寄せたベルムの顔を映した。


「そういえばさ」

 ベルムの心中とは反対に、ティリルは洞の中で寝転びながら、呑気に脚を組んだ。 

「ここってシノ村の近くでしょ、一回戻る?ディンキーの剣の顛末も気になるし」


「そんな暇はない」

 ベルムは険しい表情で首を横に振った。


「そうよ」

 ネドラもそれに賛同する。

「カダヒは山岳地帯よ。もたもたしてたら雪が降るわ」


「間に合うか?」


「ムルランまで船を使って、そこから馬に乗り換えれば多分。船について、知り合いを当たってみるわ」


「助かる」

 ベルムは大きく息を吐き、倒木に体を預けた。

 何とか巻き返せるようだ。安心して身体の力が抜ける。


「でも、今回の件でいいこともあったよ」


 ティリルの言葉に、ベルムたちは同時に疑問の目を投げかけた。

 一体何が良かったのかと首をかしげる。


「魔族は転送の祠のことを知らないはず……ベルムの居場所を見失ったんじゃないかな」


「ああ……」

 ベルムの口から声が漏れる。

 思ってもみなかった視点に、少しだけ救われる思いがした。

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