第九十四話「圧迫破れる日」
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迫る核心。
大監獄に併設されたゲネシスソイミートタワーの内部はヤーハンにあったものとほとんど変わらないらしく、生体子宮や変異体の『貯蔵庫』さらには汎用タンパク質の保管タンクとあちこちに実験用の設備が見てとれた。
「……やはり大監獄で死んだ者たちをここで再利用していたらしいな」
生体子宮の『材料』は和人女性の子宮。
理気を通じて物質に残る残留思念を紐解けば、たまに根も葉もない罪でヴァスタ大陸に住む若い和人女性を捕縛し、ただちに処刑、生体子宮の材料にしていたらしきことが伝わってくる。
「……構造自体はヤーハンのゲネシスソイミートタワーとほとんど変わらないようだ」
施設内部の理気を通じて構造を把握したらしい冥月は左右の通路に並ぶ『生体子宮』を嫌なものを見るような目でしばらく見つめた。
「……ロベルト、生体子宮を開発したのは誰だ?」
「……え?」
突然飛んできた冥月の質問に対してロベルトは虚を突かれたらしくしばらく無言のまま立ち尽くしていたが、すぐさま咳払いをして口を開く。
「EMS神話に名を連ねる『超越者』ソーラ・エンプーサと呼ばれる人物です」
『超越者』これまでなんとなく聞いた単語だがその意味するところを冥月は知らない。
それを察したのかロベルトは長く伸びた顎髭を触りながら口を開いた。
「遥か昔、神代の時代にこの世界に生きていた悪鬼羅刹の類、有角の麒麟族とその子孫たる爬人を討ち滅ぼした神のごとき超人」
「それが超越者とやらなのか?」
麒麟族にとっての仇敵、恐らくはその存在から逃れるために古代の麒麟族たちはラクィア大陸に逃れ、大陸規模で強力な障壁を張り巡らせたのだろう。
「そうです。彼女の力は圧倒的であり神のごとき力を振るい、EMSを建国したと伝わります。そしてそんな『超越者』と唯一渡り合えたのが『白麒将』こと『敵対者』の名で知られる麒麟将ツクヨミ」
白麒将ツクヨミ、確か前にラクィア大陸でスサノオが話していた名前だ。
銀髪の聖女リーナとともに麒麟族や和人、爬人のために戦ったとされる伝説の麒麟将である。
「最終的にソーラ・エンプーサはツクヨミを倒すことは出来なかったそうですが、この世界のどこかにその力の一端を封印したと伝わります」
各地に残る麒麟族の遺跡たる『禁足地』や『首塚』のなかにその力があるのではないかという仮説を立てる学者もいるようだが、未だに定説は出ていないそうだ。
「そんな彼女がEMSの叡智、生体子宮の原型を編み出したとされます」
「……それにしてもソーラ・エンプーサ、か……」
どうにも気にかかる名前である。初めて聞いたはずの単語だが、随分昔に聞いたことがあるようなそんな不思議な既視感を感じたのだ。
「その話し、もう少し詳しく聞きたいのだが……」
アレーナルベルスの書斎にあった書物にもEMS建国者のことは必要最低限のことしか書かれてはいなかった物語。
本来ならば気に留める必要もないことなのかもしれないものの、どうにも気にかかる。
「EMS人にとって『超越者』の物語は寝る前にベッドの中で母親から聞くようなもので、専門家と呼べるような人すらほとんど……」
「……研究するに能わずではなく、する必要がないという風潮がある、とかか?」
誰もが知るような話しであるならば今更研究する意味はないと言えるかもしれないが、冥月は微かに眉根を寄せるとそう訊ねていた。
それはなんとなく口を突いて出た言葉であったのだが、ロベルトは冥月の言葉に顔色を変える。
「その通りです。『子供の寝物語をあえて研究するなど、大人がやるべきことではない』と……」
なぜわかったのか、というロベルトの視線に正面から応えると、冥月は微かに首を捻ってから答えた。
「私にも何故わかったのか正確には答えることはできない、しかし……」
目の前にあるためかなんとなく『生体子宮』のことを思い出したのである。
あれを使わぬ者は『畜生と変わらない』として蔑まれる風潮により、EMS人たちは自然と『生体子宮』を使用するようになっていった。
これが『生体子宮を使用させたい何者かによる策謀ならば、調べられたくないが故に『超越者』の研究を敬遠させるように世論を動かすことくらいはするかもしれない。
「……だが冷静に考えてみよ。ツクヨミの力も超越者ソーラもまた同じ子供の寝物語に関わらず、前者のみ研究されているのはおかしい」
「……あっ!」
冥月の鋭い指摘にロベルトは思わず口を抑える。何故これまで気づかなかったのかと言わんばかりにその瞳は動揺のあまり揺れ動いていた。
「そうですっ! 麒麟族のオーバーテクノロジーが眠るという『禁足地』の伝承も本来ならば単なる夢物語のはずでした。しかしそれは実在が確認される前からあちこちで調査がされているほどに積極的な学問でした」
何故かように同じ分類になるであろう二つの事柄にここまで違いがあるのか、冥月は目を伏せながらも理気の導きに耳を傾け、熟考する。
「……『超越者』ソーラ・エンプーサについて知られたくないのとは逆に、麒麟族の力、特にツクヨミの力については知りたいと考える者がいる」
「っ!」
普通に考えればそれしか答えはない。片方の学問を敬遠させ、片方は積極的にやらせるとなればどちらを調査させたいかは明白というものだ。
「……もしそれが真実だとして、一体誰がそのようなことを……?」
ロベルトの言葉にしばらく冥月は考えこむと、壁に備え付けられた巨大なシリンダーの中に浮かぶ『生体子宮』に目を向ける。
「誰かまではわからないが、恐らく『生体子宮』を流行させたい誰かだろう。やり口がなんとなく似ている気がする」
心底正体を掴めずに混乱するロベルトとは対照的に、冥月のほうはこれまでの戦いの中で見聞きした情報を元にして仮説を立てていた。
「……(まず一つ目、EMS人は自然の形による妊娠出産を避け、生体子宮による人工授精と代理出産に頼っている)」
前にアルルが言っていた情報である。自然な形での妊娠出産は和人や爬人の行い、即ち『畜生の行為』と忌避され、それ故に大半のEMS人は貴賎の別なく母親の胎内からではなく生体子宮から産まれてくるのだ。
「……(だがラクィア大陸に残されていた施設では生体子宮内部で異様な寄生虫が寄生するのを確認した)」
複製人間やら培養人間やら非人道的な実験を繰り返していたオットー=ティーネ・オフィルアスの実験施設。
冥月が発見した際には調査しきれず、アルルが訪れた際には電力の供給が停止していたが、それでも得るものはあったと言えよう。
さらにはエルリクムに向かう戦いの中、オリンフィアの体内から現れた寄生虫。
それと同じものが生体子宮に繋がれていたクローンの嬰児から発見され、クローン軍全員に寄生しているのを証明するかのように追い込まれた兵士らは本来ならばありえない、異形の怪物に姿を変えた。
「……(そして『生体子宮』を使えば寄生虫の管理もしやすい、となれば『生体子宮』の使用を促進する者はEMS人が寄生されていた方が都合が良いということ)」
わざわざ世論を誘導してまでするような大掛かりな工作、それ相応の見返りがあって然るべきである。
「……(あの虫の生態で今のところわかっていることは負の思念に由来する理気で活性化すること、そして確定的ではないが宿主を蟷螂の怪物に変えること、あとは人間の脳髄に寄生すること、か)」
EMS全体で何故か頭の解剖が認められていないのも忘れてはならない。アルルが解剖した結果寄生虫はいずれも脳髄に寄生し、人格に影響を与えるばかりか肉体を変容させる可能性すらも孕んでいるのだ。
「……(ここから導き出され仮説は一つ、EMS内部にあの寄生虫を取り憑かせたい者がいて、その者は自分に都合が良い世論操作を行える極めて社会的地位の高い者、ということだな)」
まだ何が目的かはわからないが、EMS内部にあの寄生虫を利用しようとする者がいるのはほぼ間違いないだろう。
まだまだ生態については謎だらけのため、その黒幕が何を企てているかは推測することすら出来そうにない。
「……(しかしいずれは暴かれるのだろうな)」
そして、それは決して遠い未来ではないと冥月はなんとなく思っていた。
「……どうやら貴方は私と違って何らかの仮説を得たようですね」
「これでもあちこちで苦労したからな。肝心なことはまだわからぬが」
神妙な顔つきで目を伏せるロベルト。和人として社会からずっと蔑まれてきた冥月よりも生まれた時からEMSを知る彼のほうが生態子宮や寄生虫の関係についての衝撃は大きいのだろう。
「そう焦らずともいずれ私が真相を暴いてやる。EMSにとって都合が良い真実とは限らないがな」
寄生虫の発覚を恐れるかのように頭の解剖を禁止している時点でEMS側が何かを隠しているのは明白なことだ。
そして隠す必要があると言うことは、不都合な真実がそこには含まれているということでもある。
「……さて、そんなことよりもまずはここから脱出すること、だな」
まだ何やら考え込んでいるロベルトの背中を押すようにして、冥月は廊下の先を見つめた。
廊下の天井には丸い太陽とその内側で交差する鎌の図案、即ちEMSの国章が刻み込まれている。
直前まであの蟷螂に似た寄生虫について考えていたためか、この図案にも何らかの意味があるような気がしてならない。
「ロベルト、EMS人は何故鎌と太陽の図案を大切にするのだ?」
内心ロベルトは冥月の内から生じる知的好奇心に半ば呆れながらも、和人としてどころか並のEMS人以上の学術的な探究心に対しては、密かに舌を巻いていた。
EMS人であっても中々興味を抱かないような類いの質問に対して、ロベルトは足を止めることなく、天井を見上げながら口を開く。
「鎌は両手で農耕、すなわち全力で労働に取り組むこと、周りにある丸はたしかに農業を支える太陽だがもう一つ重大な意味があります。それは……」
「『尾を食むウロボロスの環』、太母の象徴です。司祭よ」
この場に似つかわしくないような涼やかな女性の声に、冥月とロベルトは弾かれたように振り向いていた。




