第九十三話「行動開始」
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反逆の狼煙。
性質上殺人犯や窃盗犯などではなく、数多くの政治犯を内部に抱える大監獄ダイオンプリズン。
六つの階層から成り立つその地下迷宮めいた巨大な監獄は常に拷問と責め苦に彩られており、常に囚人たちの絶叫がこだまするこの世の地獄である。
EMSに反抗を企てた凶悪極まりない政治犯は五階層よりも下に収監され、彼らに従った者や主人に反抗した奴隷など一般的な反逆者はそれよりも上にいると言うわけだ。
基本的に徹底して家畜の教育を施されている和人たちがEMSに反抗することは滅多にないが、奴隷として酷使される爬人たちはしばしば反逆する。
犯罪者を収監するための施設というよりかは爬人を見せしめにするための場所と考えるべきかもしれない。
「……(ふむ、大体この監獄の作りはわかった)」
その性質ゆえにこれまで入る者がほとんどいなかったという第六層唯一の囚人冥月は、無限の闇と静寂の中で理気をさらに鋭敏に鍛えており、認識空間を広めることにより大監獄内部の作りをほぼ掌握しつつあった。
現在冥月のいる第六層に囚人はいないが、その一つ上層に位置する第五層にはロベルト・イェンセンを含めた複数人の囚人がいる。
さらにその上、第四層以降ともなると夥しい数の囚人が収監されており、理気による幻視だけでも火あぶりやら水責めやら、非人道的な責め苦に晒されているようだ。
「……(脱出するためには……?)」
唯一といえる大監獄の出入り口は極めて厳重に警備されており、冥月個人ならばともかく、ロベルトを庇いながら突破するのは難しそうである。
「……(こちらはダメか、次は……?)」
意識を集中させて監獄全域にまで認識範囲を広げてみると、一つ異質な場所を探知した。
恐らくは死体処理場、弱々しい理気が空気中に溶け出し始めている肉身、すなわち死体がたくさん集められている場所である。
第四層中心部に位置するその広大な穴にはベルトコンベアで次々と死体が運ばれているが、その縦穴内部の理気を辿ってみると、かなり深いところにまで繋がっており、そこから通路は大監獄外部に位置するとある監獄塔に至ることを突き止めた。
「……(第四層か、問題はどこに繋がっているのかということだが……)」
死体を処理するための穴にしか見えないが、どうもその先からは不思議な生命反応が出ている。
ラクィア大陸のオットー=ティーネ・オフィルアスの研究所で感じた気配、すなわち『複製人間』に近い気運だ。
「……(だが、逃げ道はここしかない、か)」
しばらく目を閉じて思考をまとめると、冥月は静かに立ち上がり、全身から力をみなぎらせて拘束具全てを瞬時に消滅させる。
強い理気を帯びたためか冥月が着ている衣服は先ほどまでの囚人服ではなく、黒いキャソック。どうやらまたしても変化したらしい。
「……(理気による物質の変換、『理気変換』とでも言うのか?)」
今更構っている場合ではない、冥月は鉄格子の一本を引き抜くと剣のイメージを思い描きながら理気を込めた。
すると単なる鉄の棒でしかなかったそれは、一瞬の後に輪郭が歪み冥月の愛刀麒麟剣に姿を変える。
「……これで支度は出来たな」
剣の刀身に理気をこめるとともに一閃、まるで飴細工か何かのように鉄格子は切り裂かれた。
途端に鳴り響く警報、どうやらヤーハンのゲネシスソイミートタワー同様、脱獄を図るとこのような形で警備兵に異常を知らせるらしい。
「……来い」
長銃を手に駆けつける兵士たち、しかし冥月は剣を振るうことはせずに手の中に現れた鞘に麒麟剣を納める。
「牢に戻れ、さもなくば……」
「私を先に進ませる。そうであろう?」
「……お前を先に進ませる」
すでに周辺空間を掌握していた冥月の『戯法理術』が瞬時に発動し、兵士らは長銃を下ろす。
「……第五層ロベルト・イェンセンの元へ行く、案内せよ」
「ロベルト・イェンセンの牢に案内する」
冥月を攻撃することなく、むしろ兵士らは彼を警備するかのような陣形をとった。
そのまま冥月らがいる第五層を抜けてロベルトを含めた重大な政治犯の収監された領域へと立ち入る。
「……これは、ひどいな」
第五層のあちこちではEMSの獄卒たちが囚人たちに数々の責め苦を与えていた。
ある者は車輪に引っ掛けられて身体を押しつぶされ、またある者は身体の穴という穴に焼けただれた硫黄を流し込まれ、ある者は色が変わるほどの極低温の短剣で身体中を貫かれている。
「……(私の世界に伝わる地獄とは、EMS世界の大監獄の有り様が伝わったものではないか?)」
そう思わずにはいられないほどの陰惨な光景に冥月は瞬時に第五層、そして大監獄に満ちる理気を把握すると口を開いた。
「我が名は麒麟将冥月っ! 人間が人間を一方的に傷つけることなどなんびとにも許されてはいない。ただちに非人道的行為を辞め、悔い改めよ!」
冥月の強い意志が宿る言葉は類稀なほどに強い『戯法理術』へと姿を変え、絶叫鳴り止まぬ地獄に響き渡る。
「「「ははあっ!」」」
EMS獄卒らは責め苦に遭っていた囚人たちを解放すると、厳重な鍵を外して囚われていた政治犯たちも解き放ち始めた。
第五層だけではない、あちこちの階層で同じことが起こっているらしく数分後にはあちこちから響いていた叫び声も止み、囚われていた政治犯たちも概ね出てきたらしく、冥月の周りに集まっている。
「よし皆の者、今から我々はこの大監獄ダイオンプリズンという名前の無間地獄より脱する。この場で死にたくない者は続け!」
血気盛んな野太い声、先ほどまで責め苦を繰り返され、衰弱していた者たちとは到底思えぬほどの体力だ。
EMSに反抗するほどに危害溢れる者たち、そのままでは単なる荒くれ者だろうがひとたび受けた恩は忘れぬ者たち、皆一様に冥月の下知を待っている。
「お連れしました」
看守の言葉に振り向くと、冥月同様に囚人服を身につけて青年がその場に立っていた。
スラリとした長身に冷淡な瞳をした、どこか近寄りがたいそんな雰囲気を纏う青年である。
「……まさかこれほど早くに来るとは思いませんでしたよ」
かなり痩せている上に牢屋にいる間ほとんど剃らせてもらえなかったのか、髭がずいぶん伸びてこそいるが、その青年はまさしくロベルト・イェンセン、冥月が助けに来た人物である。
「久しぶりだなロベルト、随分と髭が伸びたな?」
「伸ばそうと思って伸ばしたわけではありません。これだけの期間閉じ込められていては勝手に伸びるというもの、早くスッキリしたいところです」
心底嫌そうに顎を撫でるロベルトに苦笑いする冥月、ともあれ目的を果たした今ここにいる必要はない。
すぐさま冥月は精神を集中させて、大監獄内部の理気を掌握した。
「……やはり出入り口は機械が固めるか、ならばやはり予定通りに行くしかなさそうだな」
この人数で正面から出るのは骨が折れる作業、ならば予定通り第四層にある唯一外に繋がる穴、死体廃棄用の穴を使用するべきだろう。
「あれだな」
そしてその穴はすぐ近くにあった。第四層の一角、巨大なダストシュートを思わせる形状をしているがその大きさたるや破格のもの。
どんな大男であっても詰まることなく下まで滑り落ちることが出来るであろう構造だ。
「冥月、本気でこのダストシュートを使うつもりですか?」
「……他に道はない」
正面から出て行くことが出来ない以上使用できる抜け道はここしかない。どこに繋がっているかまではわからないが、少なくとも大監獄からは抜け出せるであろう。
「危険であることはわかっている。それ故にまずは私が行く」
さすがに血気盛んな元囚人たち、いまさら死体が投げ込まれていた穴など恐れないのか、放っておくと次々飛び込みそうな雰囲気すら冥月には感じ取れた。
「では、後ほど会おう」
ダストシュートを開くと、冥月はなんの躊躇いもなく身体を滑らせ闇の中へと、身を滑り込ませる。
「……相変わらず無茶をする男ですね……」
囚人たちが先達に倣って次々とダストシュートから脱出する中、ロベルトは少し見ない間にさらに磨かれた冥月の規格外ぶりに苦笑した。
「しかし、無茶をせねばEMSに楯突くことなど出来ない、か」
ロベルトもここまで来ると覚悟を決める他ないだろう。囚人らが脱出する合間を縫って闇が続く管路に足をかけると、そのまま意を決して奈落の底へと滑り落ちていった。
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「……さて、ここからは未知の領域だな」
第四層の穴に飛び込んだのは冥月とロベルトだけではなく、ここに来るまでの間に牢を抜けたり破壊したりで収監されていた牢屋から脱走してきた者たちもいる。
かなりの数がいるが、さすがに大監獄に収監されている者たちはみんな独立心が強いらしく、看守が冥月によって意識を誘導されている隙にほとんど全ての囚人が逃げ出してきたらしい。
「感じ的にはゲネシスソイミートタワー、EMS人の研究施設によく似ていますね」
本来ならば死体が運ばれて来るであろうベルトコンベアから降りると、ロベルトは周囲に並ぶ機材を調べ始めた。
「……やはりそうですね。ここはヴァスティーユのゲネシスソイミートタワーのようです」
おそらく大監獄の監獄塔を一つゲネシスソイミートタワーに改装したのだろう。
そして大監獄の近くにゲネシスソイミートタワーを建設した理由は死体を即座に誘拐に回して汎用タンパク質に分解するためであることは間違いない。
「もっとも、今のセオディアは別のことも研究してるがな」
極点にて交戦したネクロスを素体とした兵士、衛兵センチネル。恐るべき力と力を備えるクローン兵以上の脅威だ。
セオディアがその技術をどこから手に入れたかは不明だが、間違いなくごく最近手に入れた力。
そのため急遽、大監獄に隣接する監獄塔の一つにゲネシスソイミートタワーの設備を移したのだろう。
「とにかく先に進むとしよう」
どうやらいかなる理由からか、ゲネシスソイミートタワー内部には見張りの兵士はほとんどいないらしく、理気で内部を探りながらも冥月は首を傾げた。
「……いささか拍子抜けだが、何か狙いがあるのか?」
「とりあえず進んでみましょう。話しはそれからです」




