第九十二話「麒麟将捕縛」
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捕縛の噂。
麒麟将冥月をヴァスタ大陸総督、セオディア・ジェイゲンが捕らえたという情報は瞬く間に各大陸に広がっていった。
特に反女王連盟の側にいる者たちにとっては女王派が長らく手を焼いていた反逆者の頭目をセオディアが手にしたという情報はまさに吉報である。
女王派に対して不信感を抱いていた者たちも一気に自軍に取り込めるため、自首という情報は伏せつつ冥月逮捕をセオディアの手柄として積極的に喧伝していた。
反女王連盟の通信を傍受したボティスにより一応遠く離れたラクィア大陸首都、エルリクムにも冥月逮捕の一報はもたらされている。
「十中八九なんらかの作戦でしょうね」
しかしながら莉乃やアルルと言った麒麟将側の人間は心配していなさそうである。
「……そうだな、冥にいがそんなヘマをやらかすはずがない」
夕暮れ迫るエル・エリクシアの練兵場。全身から滝のように汗を流しながらも、莉乃は運動場の隅で胡座をかきながらそう呟いた。
メアリ・デルフィア対策のために苛烈さを増す修行ではあったが、休憩中にそんな話しをするくらいの余裕はある。
本来ならば仲間が捕縛されたとあれば心配するところではあろうが、誰よりも彼の実力を知る莉乃から見ればその程度脅威にすら映らない。
「……私も同じ意見です。おそらくヴァスティーユの厳重な監視をパスするために敢えてそのような行為に出たと考えるべきでしょう」
アルルはバイザーを光らせながら少ない情報から持論を述べたが、それがおそらく正解なのであろうという自負があった。
EMS人である彼女はヴァスティーユの警備がどれくらい厳重なのかを十分すぎるほどに把握しており、尋常な手段では大監獄ダイオンプリズンに至ることすらできないことも理解している。
それ故に逮捕されたと聞いた時にはいの一番で最も確実な手段をとったのだと一発で看破したのだ。
「そのヴァスティーユとやらの警備はそうでもしないと侵入できないくらいに厳重なのか?」
アルルが内面に抱いていた感情を読み取ったらしく、莉乃は彼女にそう訊ねる。
「厳重そのものです。外側の三級区民街、ベルゼルトさんやボティスさんが産まれた所謂『奴隷区画』までは何とでもなるでしょうか、それ以降のセッション、二級区民街『市民区画』以降に和人や爬人が立ち入ることは困難を極めます」
人間だけならば『戯法理術』を使えばどうにでもなるかもしれないが、相手が心を持たない機械となれば話も変わってくるというもの。
そのため冥月はこれをなんとか通過してロベルトの収監されている一級区民街『貴族区画』に大監獄に至るために自らの身柄をセオディアに預けたのだ。
「単純に機械を相手にした行動が取れないだけで、ヴァスティーユの人間に理気は通用します。あとは上手く彼女らの意識を誘導すれば狙い通りに動けるというわけです」
身柄を拘束されたことすらも全て冥月の掌の上の出来事である。
認識空間内に存在する生物の意識に干渉する『概念理力』を使ってセオディアらの思考を『冥月を大監獄に送る』と言う結論に固めてしまえば、晴れて冥月は望みの場所に行けるというわけだ。
「極めて合理的な判断ですがここまで理気の扱いを知り尽くしているとは末恐ろしい人物です。味方でよかったと考えるべきかもしれませんね」
間違いなく理気の扱い方に関しては世界でも一、二位を争うような実力だろうと冥月を評するアルル。
彼ならばメアリ・デルフィアの総攻撃が始まる前にヴァスタ大陸から帰還するのではないかとアルルは密かに思う。
「……(ですが、言う必要はないでしょうね)」
冥月の力は確かに驚嘆すべきものだが、もしもそれが強まり過ぎれば彼一人に全ての戦いを押し付けることになりかねない。
彼だけではなく、全員が強くなることで実力の底上げを図りたいというのがアルルの本音だ。
「さてと、んじゃ俺もまた身体を動かすかな」
筋肉質なその褐色の身体を逸らすようにして伸びをすると、莉乃は両手に戦斧を握りしめる。
「……(そんな心配は、不要かもしれませんがね)」
アルルは運動場の真ん中で清白と激しい剣戟戦を繰り広げ始めた莉乃を見ながら、そうひとりごちていた。
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「……冥月がセオディア・ジェイゲンに捕まったですって?!」
一方のラクィア大陸から遠く離れたアベルディンの地。
自身の本拠地であるアルディス大陸の補佐官、シーラ・イェンセンからの報告に元老院議長にしてアルディス大陸の総督、パウリナ・イェンセンは目を見開く。
『確かな情報です議長閣下、反女王連盟はここぞとばかりにアーカラ大陸を始め各大陸で喧伝、すでに我がアルディス大陸の養殖領ヤーハンにまで情報が伝わっています』
通信機越しに総督と会話するシーラはまだ『士官大学校』を卒業したばかりの少女であり議長家の令嬢、すなわちパウリナの娘だ。
艶やかな短髪にシミひとつない麗しい肌、現在は官僚らしく正装に身を固めているが、EMS貴族らしい豊満な身体つきは隠しきれてはおらず、胸元に深い印影を作っている。
「馬鹿なことを! 冥月は卑猩の身空で私の娘たち、オリンとフィーアを討ち倒すほどの存在。セオディアごとき半端者が手出し出来るような者ではないわ」
表舞台でのパウリナは冥月の脅威をほとんど訴えてはいない。
それは確かにかつて彼女が抱いた本音であったが、妹に加え二人の娘を失った現状では単純に女王派の支持を落とさないようにするための方便であり、実際のところはメアリほどではないながら誰よりも彼の力を認め、同時に憎んでいた。
『しかしこれはヴァスタ大陸の補佐官であり監査役も務めているメルダ・ウォルミア少将を通じてメアリ・デルフィア元帥にもたらされた情報です。間違いなく正確かと思われます』
本当のところパウリナも情報が間違っているなどとは考えていない。反女王連盟が少しでも自分たちの支持率を上げようと大袈裟に喧伝していることを差し引いたとしても、現在冥月がセオディアの手の中にいるのは間違いないだろう。
「……直属部隊でもかなりの力を持つ私の娘たちを倒した彼の力ならば、セオディアの手を逃れるなど容易いはず。だとすれば冥月は何のためにヴァスタ大陸に留まっているか、ね?」
現在EMS最大規模の大監獄ダイオンプリズンにかつてのパウリナの愛人、ロベルト・イェンセンが囚われているのは元老院議員ならば誰もが知る情報。
パウリナとしても真っ先に思い浮かぶのは処刑を目前に控えたロベルトを救出するために敢えて捕縛されたのではないかという推察だ。
確かにロベルトはEMSでも有数の資産家であるフランドル家の出身、かつては利用価値もあったのかもしれないが現在の彼は政治犯として処刑を待つ身である。
なし崩し的な話しではあるが実家に勘当され、資産家としての価値をなくしたロベルトを危険を冒してまで助けに行く理由が冥月にはない。
ロベルトを救い出せたとしても今の彼には何の価値もないため、パウリナには冥月の考えが読めないのだ。
「……シーラ、冥月がロベルトの何を求めているのか気づいたことはないかしら? 貴女は私の娘の中では唯一ロベルトと良い関係だったわよね?」
基本的に単なる金蔓でしかないロベルトに対するパウリナの当たりは強いものである。
そのためオリンとフィーアを始めとしたロベルトの養女たちもまた彼を軽んじていたところがあった。
しかしシーラのみ、その気質によるものかロベルトを軽んじることはなく、数多くのパウリナの娘たちの中で唯一養父と良い関係を築けていたのである。
パウリナにそのように訊ねられ、しばらくシーラは無言で考えこんでいたが結論は出なかったらしく困った表情で首を傾げてみせた。
『……いえ、わかりません。ですが冥月はかつてロベルトお父さまとともにノリスおばさまと戦ったと聞いています。もしかしたらそれで友情を感じているのではないでしょうか?』
シーラの言う通りロベルトはかつてアルデア城で冥月とともにノリス・イェンセンと戦ったことがある。
しかしパウリナにとって冥月はどこまでいっても家畜たる卑猩でしかないため、EMS人と家畜に友情が成立するとは思えなかった。
「まさか、冥月は卑猩、そんなことのためにロベルトを救いに現れるなどあり得ないわ」
せせら笑うようにシーラの仮説を一笑するパウリナ。しかしながら提言した補佐官のほうは真面目な顔のままである。
『……お言葉ですが総督、同じように共闘したかのヴィルヘルミナ・ガドウィン大佐は命の危機に陥った際、冥月を頼りにアベルディンから姿を眩ましました』
実際のところはギラファがヴィルヘルミナを牢獄救い出し、ラクィア大陸にまで転送したのだがそうとは知らないシーラは単純に冥月と行動をともにしているという情報のみを織り込んで仮説を組み立てていた。
『ヴィルヘルミナ大佐が冥月にいかなる感情を持っているのかは不明ですが、未だに麒麟将らと行動を共にしている辺りそれ相応の感情を持っているのではないかと思われます』
和人とEMS人の間でも友情は成り立つ。すなわち冥月は何らかの打算的な考え方によってロベルトを救うために行動を起こしたという訳ではないと言うことである。
友を見殺しに出来ないが故の動きというのであるならばそこに打算的なことは何もなくとも危険を冒すということはあり得るだろう。
「……シーラ、まるで一介の卑猩に過ぎない冥月にもEMS人同様、心があるかのような言い方ね」
『彼は何らかの実験の果てに覚醒した卑猩と聞いています。規格外と呼んでも差し支えないと思います』
シーラの言葉にパウリナはなるほどと呟いた。実際のところヴァスタ大陸で見つかった化石がいかなるものなのかも、実験の末に冥月の身に何が起きたのかもパウリナは把握してはいない。
「……とにかく冥月の情報には注意が必要ね。こちらでも目を離さないようにするわ」
『了解しました。私も彼ら麒麟将に関してはもう少し調べてみるつもりです』
未だ冥月は未知数な実力を秘めた存在。野放しにしておくのはあまりにも危険というのがパウリナの最終的な考えである。
「……(このままでは例の計画、『プロジェクトイマジンス』にも支障をきたしかねないわね)」
通信が切れたのちもパウリナは一人その場に残って何やら考えていたが、その両目は人間とは思えないような怪しい光を湛えていた。




