第九十一話「大監獄ダイオンプリズン」
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いよいよ舞台は大監獄。
「……あやつもめちゃくちゃな作戦を考えつくものじゃな」
ヴァスティーユ三級市民街、通称『奴隷区画』にあるとある場所にグシュナサフは潜んでいた。
「じゃが『虎穴に入らずんば虎子を得ず』、多少の危険は犯さねば現状を変えることは出来ぬ、か……」
冥月が自ら出頭するという危険を犯してでも『大監獄』ダイオンプリズンの囚人になったのはこの手段以外では中央には至れないばかりかこんな街中で無理を通そうとすれば必ず暴動が起き、足止めを食らうのも間違いないためだ。
やはり多少危険はあったとしても冥月が考えた作戦で行ったほうが哀れな犠牲者を増やすこともないため、余計な騒動を起こす心配もする必要はない。
冥月としても牢屋に入るのは潜入のための一瞬のことだと考えており、可能な限り急いでロベルト・イェンセンを救い出し、すぐにエレナ・ジェイゲンとコンタクトを取ることが急務であり、無益な殺生をしようとは思ってはいないようである。
「……(頼むぞ冥月、エレナを連れ出してくれ……)
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大監獄ダイオンプリズン、極めて重要な立場にいる犯罪者や反抗した爬人が収容されるヴァスタ大陸どころか、EMS中見渡しても例を見ないほどに巨大な監獄だ。
「ここに収容される者は死刑を待つばかりの連中、囚人、特に隷爬に関しては外に対するアピールも兼ねて必要以上に痛めつけられるわ」
大監獄の奥に続く暗い回廊を引率するなガリアス大陸補佐官にしてセオディア・ジェイゲンの秘書でもある少女、メルダ・ウォルミア少将。
先ほどから大監獄ダイオンプリズン全域に響くうめき声に顔をしかめている。
「……ヴァスティーユの隷爬どもはこの大監獄、ダイオンプリズンのことを『地獄』と呼ぶようね。まさにその通り、いっそ死んだ方がマシな責め苦が死ぬまで与えられているわ」
「して、私が収容されるのは?」
正直なところ冥月ほどに理気を強めた存在にはいかなる責め苦も通用しない。
水牢に入れれば水は蒸発し、逆さ吊りも血の流れはおろか原子の動きすらも制御出来る者には無意味。
火あぶりにした場合も炎は理気に変換してて吸収、断頭台を使ったとしても逆に刃が真二つに折られる顛末になるのは火を見るよりも明らかだ。
つまり冥月をダイオンプリズンに入れたところでいかなる責め苦も責め苦にはならず、むしろ税金の無駄にしかならないのである。
「貴方を入れるのは責め苦がない代わりに静寂と闇が支配する最も過酷な牢獄たる『命絶牢』。貴方はEMSに忠誠を誓うまでずっとその中にいることになるわ」
クスクスと微笑むメルダ。それに対して冥月の方は油断なく大監獄内部に目を光らせ、その内部構造を少しでも頭の中に留めるように努めていた。
「さあ、ここよ」
大監獄ダイオンプリズンの最深部に位置するほとんどの音が聞こえない、空間自体が凍結したかのような薄暗い独房。
廊下沿いにいくつかの監房は並んでいるが、今は冥月しかいないらしく人の気配はない。
「五感を断ち切られるのは想像以上にハードなこと、数時間耐え切れたらそれだけで大したものね」
メルダの屈強な腕が冥月の両手にはめられた手枷と独房内にある長い鎖とを繋ぐ。
続いて巨大なヘルメットのような鉄仮面を被せると、冥月の五感、すなわち視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚が完全に封印され、完全な暗闇と静寂の中へと置き去りにされた。
「(聞こえて、いえ『視えて』いるわね?)」
特殊な鉄仮面により冥月の世界は、暗闇と静寂が支配するため本来ならば外界の情報は完全に遮断されている。
しかし理気に通じる冥月は暗闇の中メルダがすぐには立ち去らず、自分の前に立っているのを感じた。
声を出すことはせず、唇を閉じたまま微かに口の中のみ動かしているだけだが、冥月には彼女が何を言っているのか理解出来る。
「(視えている)」
『概念理法』を応用してメルダの意識の中に直接思念を送り込んだ。
「(ならば良いわ。そのまま聞きなさい)」
理気を用いてこれほど器用なことを出来るとわかっている以上メルダの境地は少なくとも『八識』並、なんの責め苦にもならないとわかっていながら冥月の『命絶牢』行きを止めなかったのにも理由があるらしい。
「(ロベルト・イェンセンはこの牢屋の真上、二百メートル先の階層に収監されているわ。貴方の理気ならば余裕で届く範囲ね)」
「……っ!」
信じられないことにメルダは冥月の目的、ロベルトの救出を知っているどころか、明らかに手助けしようとしている。
「(女王派と反女王連盟の内輪揉めによる手助けか?)」
「(違うわ)」
反女王連盟であるセオディアの企みを挫くために助けるのではないか? 冥月の質問に対してメルダは手短に否定の意思を示した。
「(私のような者はいずれEMSに使い潰される、それだけ)」
何やらメルダにも事情がありそうだが、時間も押しているらしくそれ以上は話をするつもりはないようである。
彼女は踵を返して鉄格子の外側に至ると、冥月のいる独房の鍵をしめた。
「……(ロベルトがこの上に、な)」
五感が遮断されているのを良いことに冥月は意識を集中させると自分の遥か頭上に収監されているというロベルトの気配を探る。
「……(いた)」
見つけるのに一分もかからなかった。いるというのはわかっていた上、収監されている大半の爬人たちが持つ猛々しい気配とは異なる、どこか冷淡な特徴を備える気運である。
「……(聴こえるか? ロベルト?)」
意識の幅を大監獄全域にまで広げることにより、冥月はロベルトの意識に直接言葉を伝えた。
「っ! だ、誰だ?」
どうやら聞こえたらしい。独房の中でキョロキョロと周りを見渡すロベルトの姿が手に取るようにわかる。
「(私は冥月、今お前の意識に働きかけている)」
「(冥月? 一体どこから……。まさか大監獄に?)」
狼狽しながらもどこか嬉しそうに囁くロベルト。彼もヴィルヘルミナ同様よくわからないままに囚われ、よくわからないままに死刑判決を受けてしまったらしい。
「(お前が極刑になると聞いて助けに来た。なんとか活路を作り、共に脱獄するぞ)」
「(簡単に言いますが、貴方も私も今は囚人。この大監獄は創建以来誰も脱獄に成功したことがない難攻不落の監獄ですよ?)」
それに関しては大した問題にはならない。今の冥月は理気を鍛えた結果監獄内のどこに見張りがいるのかすら手に取るようにわかるほどの領域に達していた。
問題はロベルトを救い出した上で可能な限り騒動を起こさずに脱獄することである。
無尽蔵に兵士が現れるならば冥月はどうにかなっても、ロベルトを無傷で救い出すことは極めて困難だ。
「(ともあれ悪いようにはしない、すぐに助けに行くから楽しみにしていると良い)」
冥月の言葉にロベルトはため息をついたが、『概念理法』の影響か心の底から力が湧いてきたように感じ、胸に手を当てる。
「(まあ、処刑されるまではEMS側も私を殺したりはしないでしょう。それまでになんとかしてくれると助かります)」
それだけ告げるとロベルトは突如として口をつぐんだ。
「(申し訳ありませんが看守が来たようです)」
「(わかった。では次は直接顔を合わせるとしよう)」
ロベルトからの反応が途切れると、冥月は何も聞こえず見えないという世界の中で意識を集中させる。
確かにこの刑罰は『七識』までの理気使いには十分過ぎるほどに過酷なものであろうことは想像するに難しくない。
しかし冥月のように『八識』を越えて『九識』という高次元生命体の領域に片足を突っ込んでいる者には瞑想をするのに理想的な空間でしかなかった。
精神を研ぎ澄まし、感覚を広げることにより大監獄ダイオンプリズン全域はおろか、官庁街を含む第一級区民街、すなわち『貴族区画』にまで意識を向ける。
さすがに貴族や官僚といった上流層が暮らす街というだけあって、団地ばかりが並んでいた三級区民街とは随分違う街並みだ。
しかしそこに住まう者たちの放つ理気は他者を支配し、虐げることに悦びを見出すようなほの暗いもの、女王派だの反女王連盟だの言いながら、本質自体はどの大陸のEMS貴族も変わらないようである。
「……(おっと、そんなことよりも探さねばならない者がいたな)」
さらに意識を集中させると官庁街の中央付近、総督府の存在するヴァスティーユの中心部にいくつかの豪奢な屋敷が見えてきた。
総督府とその広大な面積内にある公邸、その東西にあるのは補佐官官邸と彼女らが暮らす公邸、いずれも豪奢なものである。
西側に位置する官邸、公邸はともにほとんど人の気配は存在せず、何人かの使用人が残るばかりで屋敷の主人たる補佐官の姿はどこにもなかった。
恐らくはここに来る前に冥月が戦った補佐官、キャロル・マグワイアのものなのだろう。
彼女はラクィア大陸の近海、極点にてヴァスタ艦隊と運命をともにしており生死は不明のままだ。
これに対して東側の公邸にも人はほとんどいないが、キャロルの屋敷とは異なり最深部にひときわ強い理気の気配がある。
豊満にして鍛えられたその身体はおしげもなく晒され、身にまとう装束は莉乃ほどではないながらも局部をわずかに覆うばかりの踊り子を思わせる扇情的なもの。
部屋に設置されたソファに寝転がり、両手にはめられた金の腕輪を眺めながら香を嗜む姿は退廃的なものだ。
しかしその瞳は怠惰の色を多分に含みながらも同時に理知的な光をたたえた策士の目をしている。
「……(エレナ・ジェイゲン、か……?)」
反射的に出てきた名前は大監獄に来る前にグシュナサフから聞かされていた名前。セオディアの娘であり同時にヴァスタ大陸の補佐官の一人のもの。
確かに彼女のまとう理気は他のEMS貴族のものとは明らかに違い、どちらかと言えば正気を取り戻したアレーナルベルス城の城主、キャサリン・フリューゲルに近しいものだ。
すなわち穏やかでありながらも理知的にして強い意志を秘めた理気、ヴィルヘルミナのようなまっすぐとした戦士らしい気運とは異なり、探究心に溢れるものでありクララやマスティマの理気となんとなく似ている。
幻視の中の少女エレナが着替えるために四肢にある金輪を外し、ブラ状のトップスに手をかけたあたりで冥月は意識を戻した。




