第八十九話「梟雄メルダ・ウォルミア」
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ヴィルヘルミナ失脚の真相。
『……ヴァスティーユの様子はどうか?』
薄暗い部屋、書斎のような落ち着いた調度品が並ぶ場所。
部屋の隅に置かれた机の上には水晶のようなものがはめ込まれた機械が設置され、そこには軍服姿の女性、メアリ・デルフィアが映し出されていた。
「今のところ異常はありません。反逆者どもも大人しいものです」
メアリにそう答えるのは金糸で彩られた軍服をまとう女性。
短いスカートから露出した太ももは分厚い筋肉に覆われており、袖の内側に隠れてこそいるが両手も似たようなものであろうことは察しがつく。
しかし単なる脳筋というわけではないのか、双眸には若さゆえの野心的な光と冷徹な美しさが同居しており、なんとなく上昇志向の強そうな印象を放っていた。
『油断はするなメルダ・ウォルミア少将、私の予想が正しければいずれヴァスティーユ、否ヴァスタ大陸は冥月か、あるいは奴の手の者に掻き回されることになる』
メルダ・ウォルミア少将、ヴィルヘルミナ失脚後のEMS軍にあって大佐から少将に昇格した若き女軍人。
その才覚によるものか基本的に実力主義を標榜するメアリ・デルフィア麾下にあってガリアス大陸の補佐官も兼任する才女である。
「ご命令の通りに致します。しかしメアリ閣下、何故この地に冥月が現れることをご存知なのですか?」
肉体にせよ理気にせよ少将という地位にふさわしいくらいに、相当の鍛錬を積んだメルダではあるが、さすがにメアリと比べれば格段に劣る能力。
『九識』にあるメアリがやったようにガリアス大陸にいながら理気を使って遠く離れた極点に冥月の気配を察知、その後ヴァスタ大陸に至ったことを把握するといった芸当はまだ出来ないようだ。
『……理気を把握し、探し人がどこにいるのかを探し出すことやごく近い未来を予知することはそう難しいことではない、貴官もそのうちわかるようになるだろう』
メアリの言葉にメルダはわかったようなわからないような感覚を覚えたが、結局何も言わずにただ頷くのみに留める。
『それからメルダよ、わかっているだろうがヴァスティーユは『反女王連盟』の巣窟、いらぬ策に引っかからぬように十分注意せよ』
ヴァスティーユを中心とするヴァスタ大陸は『反女王連盟』の盟主であるセオディア・ジェイゲンのお膝元、場合によっては足元を掬われかねないような危険地帯だ。
「もちろんです閣下、しかし最近は元老院に対する応対が忙しくなっているのかセオディア・ジェイゲンの姿は見なくなっています」
冥月ら麒麟将の活動によりEMS元老院の支配が揺らぎ始めている昨今、『反女王連盟』もかなり活発に動き始めたらしいが現在パウリナ・イェンセンを始めとする女王派が全力で抑えにかかっているところである。
ことここに至って未だ麒麟将を脅威らしい脅威と見なさずに、権力争いをする様を思い出したのか、メアリは深く息を吐いた。
『元老院側はすぐに『反女王連盟』を抑え込めると喧伝しているようだが、すでに「卑猩や隷爬から成る麒麟将を倒せぬ女王派は無能だ」という風潮も広がりつつある」
すでに元老院内部にてセオディアが積極的に扇動していることもあって与党を離脱し、『反女王連盟』と結びつこうとする議員も増える一方である。
『我々がデモニア大陸派兵のための準備が思うようには出来なかったことも『反女王連盟』が一枚噛んでいる。元老院内部における評決を遅らせることで戦力の補給すらままならぬ』
元々『反女王連盟』は軍備の縮小と削減による財政の再建を訴えるためにEMS軍に対するネガティブキャンペーンを行っていた。
その流れで正規軍の動きを妨害し、間接的に麒麟将の支援をしようとしているというのがメアリの考えである。
彼女らは麒麟将が暴れれば暴れるほどに市民が女王派に対して不満を抱くのはよくわかっているのだ。
『少将、決して油断するでないぞ? 敵は麒麟将ばかりではない、『反女王連盟』もまた脅威、慎重に監査を続けよ』
「……承知しました閣下」
メアリとの通信が終わると、メルダは微かに嘆息する。
「……相変わらずの慎重さね、メアリ・デルフィア……」
瞳の奥にほの暗いものを宿すと、メルダは手元に置いていた資料を手に取った。
そこにはかつて彼女と数々の成績を競った少女の写真とともに、いくつかの調査報告が記されている。
「……(ヴィルヘルミナ・ガドウィンがキャサリン・フリューゲルを打ち倒したあの麒麟将と行動を共にしているのはほぼ明らか、このことが公表されればただでさえ落ち目の女王派はトドメを刺されるわね)」
ヴィルヘルミナに対する調査はメアリの指示によるものではなくメルダの独断によるものだが、その結果興味深い事実も明らかになった。
否、厳密に言うならばヴィルヘルミナの実家であるガドウィン家、そして当主であるクララ・ガドウィンにも及ぶようなとんでもない真実である。
「……(裏付けはまだ取れてはいないけれど、もしこのことが事実だとすれば、いくつもの事象に説明がつくわね)」
資料に目を通すことに集中するあまり、メルダは自分の後ろで闇が歪むような不可解な現象が起きていることに気づけなかった。
かなりヴィルヘルミナとガドウィン家については広範囲に渡り調べられているが、この調査自体は彼女が比較的女王派の手出しがされにくいヴァスタ大陸に来てから始めたものである。
「……(クララ・ガドウィン、メギドにおける発掘調査中の事故の後かなりの期間有給をとっている。表沙汰には傷を癒すために女王陛下が下賜された長期休暇ということになっているけれど、私の仮説が正しければこの間に『彼女』は……)」
「そこまでだ」
突如として後ろから声をかけられたため、メルダは飛び上がりそうになってしまった。
「随分と色々なことを調べているらしいが、またスキャンダルによるライバルの失脚でも狙っているのか?」
部屋の真ん中にあるソファに寛ぎ、勝手に茶を嗜んでいるのは和人の青年である。
艶やかな黒髪に細身ながらも鍛え抜かれたしなやかな身体つき、強い意志を秘めた瞳は紅玉のような真紅のものであり、明らかにEMSに隷属するような家畜らしい姿とは異なるものだ。
「何者っ! どこから入った……!」
慌てて立ち上がろうとしてメルダはハテナと首を傾げる。
ただの家畜である和人の一人や二人部屋に入っていたとしても慌てる必要はない。
追い出したければ追い出せば良いし、屠殺するならば理気で切り刻んでやれば良いだけのことだ。
しかし今目の前にいるその和人は明らかにそのようなことが通用しないであろう気運を部屋全体に放っている。
ヴィルヘルミナが失脚する前から度々言い始めていた真実、和人もEMS人も本質的には何も変わらないという言説を思い出し、メルダは身震いをしていた。
「汝は私のことを知っておろうが、まあ良い。私の名前は『黒麟将』、汝に答えを授けに来た。」
にこりともせずに青年黒麟将は紅茶を飲んで口を微かに湿らせると、警戒心も露わなニーナに視線を向ける。
「自分の目的のために元老院に手を回し、ヴィルヘルミナ・ガドウィンを失脚させたそうだな?」
「……っ!」
誰も知るはずがない事柄を即座に見抜かれてしまい、メルダは驚きのあまり背中を冷たいものが伝ったのを感じた。
「な、なぜお前がそれを……!?」
「汝らEMS人は我々和人の上を行っているつもりだろうが、自ら目を閉ざした種族は歩くことすらままならぬ」
そう呟くと黒麟将と名乗ったその青年は立ち上がるとすぐ近くに設置されていた安楽椅子に腰掛ける。
「そのような種族が思うことなど私には全てお見通しだ」
冷淡な黒麟将の言葉にさしものメルダも圧倒され、黙り込んでしまった。
「汝がヴィルヘルミナ・ガドウィンの部下に金を握らせて偽の証言をさせたことも、複数人の元老院議員に賄賂を贈り、是が非でも失脚されたことも私は知っている」
「っ! そうか、ヴィルヘルミナの奴を議長官邸から逃したのは貴方ね?!」
メルダの言葉に答えることはせずに、交差させた自分の両手を眺める黒麟将。そこでようやくメルダは彼の右人差し指に和人にはもったいないような黒い指輪がはめられていることに気づく。
「こんなところまで来て貴方は何をしに来たの?」
メルダにしてみればヴィルヘルミナ失脚の詳細を知る黒麟将を放置しておくのはあまりにも危険な行為だった。
隙を見てヴァスタ大陸にまで来ている兵士を集めて命を奪おうと、メルダは彼の様子を窺う。
「何、一つ警告を与えてやろうと思ってな」
そう告げると黒麟将は鋭い目つきでメルダを睨みつけたが、そのあまりの威圧感、底冷えするような凄まじい気配に、知らず彼女は後ろに下がった。
「大義に目を向けるが故の行為とはいえ汝は他者を陥れ、そのことを悔いるばかりか、またしても己が身を蝕むことを承知で策略を巡らせようと考えているな」
内面をいきなり言い当てられてしまい、いよいよメルダは警戒心も露わに腰に下げていた軍刀に手をかける。
「……無駄な真似はよせ、汝では私に勝つことなどできはしない。
「貴様は……!」
あまりの威圧感に体を動かすことすらできず、部屋全体に満ちる凄まじい気配に身震いをするメルダ。いずれにせよ彼女から見れば初体験と言えるようなことばかりだ。
「まあ私は汝とは違い目的を果たすには手段を選ばずとも良いなどとは考えておらぬ。だが単純に汝はまだ知らずとも良いような秘密を手にしてしまったために警告を与えに来たのだ」
メルダの得たヴィルヘルミナの情報ばかりかクララやガドウィン家全体にも影響するような重大な情報。
裏付けはまだ取れていなかったが、黒麟将の行動から、逆説的に真実であると判明したためメルダは微かに厳しい表情を浮かべる。
「……私の命を奪うつもりかしら?」
「ふふ、そう怯える必要はない。ただまだ汝が立つには早すぎるというだけだ」
黒麟将の放った手刀はメルダには見切ることすらできずにそのまま彼女を昏倒させた。
一度だけ彼の指にはめられた指輪が明滅したかと思うと、黒麟将は机の上に置かれた書類を全て手に取る。
「……すまぬが、汝の動きはいささか早い。記憶を奪わせてもらおう」
一瞬だけ部屋の照明がストロボのように明滅したかと思うと、黒麟将の姿は忽然と消えた。




