第八十八話「管理都市調査」
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いよいよ都市内部へ。
夕暮れ時のヴァスティーユ北門、紅に染まる管理ゲートには長銃を携えた二人の兵士と彼女らを指揮するための役人が一人いる。
「……思いの外管理は厳しくないらしいな」
ゲートに近づきながら冥月は隣を歩くグシュナサフにそう話しかけた。
「基本的にヴァスティーユは外から来る者に対してはそれほど厳重な体制はとらぬ。問題は内側から出る場合じゃな」
グシュナサフ曰く、ヴァスティーユを訪れる者たちはこの街の人間から快く迎えられるらしいが、街に住み暮らす者は高い税金に辟易してどこか新天地を目指そうにも『監獄都市』の異名通り、中々別の土地に引っ越すことが出来ないのだと言う。
「……力づくで隷属させて退去を諦めさせるのか?」
少しばかり考えてからそう冥月は呟いた。和人や爬人を従える立場にいるEMS人の中にも厳格な身分の差は存在する。
平民と貴族、すなわち家畜や奴隷以外の『人間社会』において支配される側と支配する側の違いだ。
EMS人の中でもパウリナ・イェンセンやクララ・ガドウィンといった貴族階級はヴィルヘルミナが身に覚えのない罪で起訴されることを画策したことからもわかるように、基本的に何をやっても許される。
おそらくヴァスタ大陸でも似たようなことは行われているのだろうと冥月は考えたが、グシュナサフの方は微かに首を振って見せた。
「そのような野蛮な手はヴァスティーユの役人は使わぬよ。手続きを極めて複雑にすることで事実上出られなくしておるのじゃ」
例えばヴァスティーユから別の街に引っ越すためにはその区域の長、つまりは区長の認可が必要となる。
それだけならば然るべき手続きを踏むことで何とかなりそうだが、これにはカラクリが存在するらしい。
それはヴァスティーユの法の中にある『区長の認可を受けるには役人の推薦を必要とする』の一文。
つまりこの役人による推薦が得られない場合、十数枚の書類を作成したとしても区長の認可が下りるわけがないということだ。
仮に何とかして役人の推薦を得られたとしても今度はあの手この手で書類の不備を突きこれを妨害する。
結果ヴァスティーユに住み暮らす者は街の外に出ることを諦め、高い税金で僅かな自由にすがりつくというわけだ。
「……希望を与えておいて、実現不可能な希望というのが余計に性質が悪いな」
冥月の言葉にグシュナサフは頷くとすぐ近くにまで近づいていたゲートを指差す。
「さ、ここから先が監獄都市ヴァスティーユ。お主の実力を見せてもらおうか」
明らかに和人である冥月をゲートに立つ兵士らは怪訝そうに見つめていたが、彼が近づくと微かに表情を穏やかな変えた。
まずは『概念理力』、理気を通じて周囲の流れを変えることで兵士らの警戒心を解きほぐしたのである。
「止まれ、街に入りたいならば認証コードと許可証を出せ」
どうやら街に出入りするのにも色々とあるようだ。本来ならば冥月もグシュナサフもそのようなものは持っていないためここで詰みである。
「そんなものは必要ないのでは?」
「そんなものは必要ない」
不思議なことに目をトロンとさせながら冥月が言った言葉を繰り返し、その言葉に無意識で従う兵士。
これこそが『概念理力』の応用であり、同じく『八識』にある理気の代表的な使い方の一つである『戯法理術』だ。
理気を通じて相手の理気に影響を与えることにより、そこから無意識をくすぐり自分にとって都合の良い行動を引き出す一時的な洗脳と呼ぶべき行為である。
理気は精神状態に大きく作用する力だが、『八識』ともなればその逆、つまり理気に揺さぶりをかけることによりこれに繋がる相手の意識にも精神的な誘導を行うことが可能というわけだ。
「このことは上に報告する必要もない些細なこと、わかるな?」
「上に報告する必要はない、些細なこと」
虚ろな瞳のまま冥月が言う言葉を繰り返す兵士。しばらくの間彼女は冥月とグシュナサフを見ていたが、やがて長銃を立てて二人に道を開ける。
「怪しいところはない、通ってよし」
冥月に意識と行動を操作されたということに彼女は一切気づいていない。彼によって誘導された心理も全て自分が判断したかのように感じているはずだ。
「うむ、やはり儂の見立ては間違っておらなんだらしいな」
一度として危ういことをせずにゲートの警備を潜り抜けた冥月に対してグシュナサフは感心したようにそう呟く。
「あれほどの理気の流れを瞬時に作り出すとはさすがじゃ、最近はお主ほどの使い手は見なくなってしまったがのう……」
「心配せずとも私の仲間の中にも同じことが出来る者はいますよ。さて、いよいよヴァスティーユ、か」
ゲートを抜けた先に広がるヴァスティーユの街並みは前に冥月が理気による透視をした際に見たものとほとんど変わらない。
規則正しく建設された街並みに、清潔な通路、さらには街全体を走る路面電車と一見したところは理想的な近未来的都市だ。
だが『九識』の領域に入り、今や人間はおろか無機物に宿る思念すらも感じられる冥月は街全体に漂う不吉な気配に一瞬だけ顔をしかめる。
「その顔、何か気づいたらしいな?」
グシュナサフはほとんど閉ざされた瞳で冥月の目の奥をじっと見つめた。
「……生命の力がほとんど感じられません。まるで街全体の時間が停止したかのような……」
冥月の言う通り、ヴァスティーユの街は傍目には素晴らしい街に見えるかもしれない。
しかしその実生物ならばいかなる存在でも持つであろう成長しようと言う意思や、生きようとする思念、それらがこの街からはほとんど感じられないのである。
「『時間が停止した』というのは面白い表現じゃな冥月。お主の言うようにこの街はここ数年ほとんど変わってはおらぬ。衰退こそしておらぬが、発展とも無縁な世界じゃな」
内側から誰も出ていかないために外から来る者も異様な気配を感じ取っているのか移住して来る者もいない。
そうなれば必然的にこの街の住人はいつの時代も似通った者ばかりになり、衰退しない代わりに大きな発展も望めないと言うわけだ。
「そんな世界じゃが、先ほど話しに出てきた手続きやおかしな法を変えようと、エレナ・ジェイゲンは奮闘しておったが最近は特に何もせずに黙認しておるようじゃな」
エレナ・ジェイゲン、EMS貴族の出身らしいがその実変貌前のキャサリン・フリューゲル同様に非常に優しく、また真面目な気質を持つ少女。
何があったかは知らないが、とにかくまずは彼女を探すことから始めねばなるまい。
「……グシュナサフ、貴方はエレナ・ジェイゲンを助けるように言われましたが、彼女はどこにいるのですか?」
「彼女はこの大陸に二人しかおらぬ総督の補佐役たる要職、補佐官についておる。朝の八時から夕方六時までは補佐官官邸のオフィスにおり、以降は官邸敷地内にある公邸に移るはずじゃ」
そう告げるとグシュナサフは懐から写真を取り出して冥月に見せる。
そこには艶やかな髪に役人らしいきっちりとした装束を身につけた真面目そうな少女が写っていた。
「? 彼女がエレナ、ですか?」
どうにも見覚えがあるような気がして、首をかしげる冥月の質問にグシュナサフは無言で頷くと、写真を懐にしまい込む。
「随分前の写真だがな。今は変わってしまったが、どうにかせねばなるまい」
グシュナサフによれば今のエレナはほとんどやる気を見せず、前はあれほど熱心に取り組んでいた爬人の政策にも関わらなくなっしまったらしい。
そればかりか市民の前にも姿を見せることは稀となり、噂によれば公邸だけではなく、補佐官邸でも全裸のような部屋着で行動しているのだとか。
「じゃがそんななりになっても頭は相変わらず切れるらしいのう……」
「……つまりは単なる怠け者というわけではなく、むしろ補佐官という立場以上の実力はあると言うことですか……」
すでに冥月はヴァスタ大陸の補佐官の一人、キャロル・マグワイアをなし崩し的に討ち倒しているが、エレナに関しては油断すべきではないようだ。
同じように片をつけられると考えていれば一瞬で敗れてしまう。それくらいの認識で行動した方が動きやすい。
「……さて、まずはどこかで今後について考えたいところだが……」
行動の指針を定めるためには落ち着いて瞑想することが不可欠。精神を研ぎ澄まして理気との融和を図ることで最善の一手を編み出すことが可能となるのだ。
「ふむ、お主は困難に直面した際に何を頼るべきかよくわかっているらしいな」
いくつもの団地が並ぶヴァスティーユ北部の一画を歩きながら、グシュナサフはそう呟く。
「自分を頼れば過信に繋がり、他者を頼ることには盲信の影が潜む、理気の流れに身を委ね、自分の生命をもその一部として認識出来ねば、何を頼りにしても無意味でしかない」
「……仲間を信用していないわけではありません。ただ、自分の力をアテには出来ぬ以上、より注意深く理気に意識を向けたいだけです」
人気の少ない小道を抜けると、そこは中央に位置する官庁街へと繋がる大通り。
広々とした道はたくさんの人でごった返しており、人混みの先には官庁街を構成するいくつものオフィスビルや巨大な箱型をした建物が見えた。
「……あの四角い建物こそがダイオンプリズン、『大監獄』の名前で恐れられておるEMS随一の監獄じゃ」
本来ならばヴァスタ大陸内で法を犯した犯罪者を収容する施設らしいが、場合によってはロベルトのように重要な人物を閉じ込めることもあるらしい。
「……(いずれはあそこに乗り込んでロベルトを助けねばならないな。しかし……)」
現段階ではあまりにも情報が少なすぎる。先にエレナを味方につけた上で協力を取り付けることが出来ればロベルト救出も容易かもしれないが、その間に処刑が始まらないとも限らない。
また先に助け出すにしても今度は情報が足りていないため、危険極まりない『大監獄』に押し入る行為は、不確定要素だらけの危地に飛び込むようなものだ。
「……(となれば、ロベルトよりも先にエレナを押さえるべきか?)」
どちらを先に選んだとしても敵地に乗り込まねばならないという点においてはどちらも危険である。
「……(どちらを先に攻略するかは後回しにして、まずは二人がどこにいるかを調べる必要があるな)」
それに付随して街の情報を集めること、冥月は志も新たにヴァスティーユ内部の大通りを進んでいった。




