第八十五話「メギドの禁足地」
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因縁の地。
瞳を開いた冥月が最初に見たのは荒涼とした景色が広がる広大な乾燥地帯。
直前まで白衣の魔人と女軍人が戦うという幻覚を見ていたのだが、彼らがいたと思しき場所である。
「……(ここは、そう、ヴァスタ大陸監獄都市ヴァスティーユ南方の地、メギドか……)」
初めてくる場所にもかかわらず冥月の頭の中にはここがいったいどこであるかの情報が入っていた。
これもまた理気による加護なのかもしれないが、そんなことよりも気にすべきなのは極点近くの海域から一瞬にして遠く離れたヴァスタ大陸にまで至ったことである。
フリューゲルや『月光』といった麒麟族由来のオーバーテクノロジーには人為的に『時空捻転現象』を起こすことで瞬間移動する装置が組み込まれているが、冥月は今回そんな装置を使わずにここまで来た。
何をどうすればこうなったのかは不明だが、冥月は時空捻転現象が起きる際に出入り口が開かれる超空間を経由し、ヴァスタ大陸南部、メギドの地にまで来てしまったのである。
「……(認識の広がりから、『八識』を越えつつあるとは思っていたが、まさかこれが次の境地か?)」
前にアルルが言っていた通りであるならば『時空捻転現象』を引き起こすためには変異した和人、ネクロスが百体分の理気が必要だと聞いていた。
しかしネクロスを一人も使用することもなく外付けの永久機関もない状態で『時空捻転現象』を起こすことは果たして可能か?
「……まあ、ギラファはやっていたが、今は考える必要もないか」
今大切なことは様々なイレギュラーこそ起きたものの、どうにかこうにかヴァスタ大陸、しかも目的地であるヴァスティーユの比較的近くにまで来ることが出来たということである。
「……しかし、まだまだ遠いな」
理気による認識能力の強化により意識の幅を外側に広げてみると、メギドはおろかヴァスティーユの正確な位置までわかったが、かなりの距離があるようだ。
ヴァスタ大陸自体の広さから考えればヴァスティーユとメギドは近いのだが、それでもまだまだ移動する必要がある。
「ひとまずは、歩くしかないか」
『時空捻転現象』を使いこなせない以上は歩くしかない。とにかくヴァスティーユに向かおうとしていた冥月の認識に何やら地中に埋もれた墳墓のようなものが引っかかった。
長い年月の間に吹き荒れる砂嵐により地中の中に埋没したらしいが、古い発掘拠点のようなものも残っているらしく、そこから進入できそうである。
「……遺跡があるらしいな」
意識を集中させて内部構造を探ろうとする冥月だったが、何故か遺跡の内部を見通すことは出来なかった。
「……む?」
冥月ら『九織』にある理気の使い手たちが空間を見通す場合、理気を通じて見るため本来ならば認識出来ない空間は存在しないはずである。
これを見ることが出来ないということはラクィア大陸と外側を遮断する障壁等の特殊な事情が存在するか、何らかの事情で理気が全く存在しない空白地帯になっているかのどちらかだ。
「……(しかし、生命の根源である力、理気が全く存在しない場所などあるのか?)」
基本的にこの世に存在する物質は有機物でも無機物でも理気は放っている。
それは物質、非物質問わずこの世にある以上、『そこ』に存在しようとする力を宿しているためだ。
その力の根源こそが理気、冥月らは普段空気中に満ちる理気の性質を変化させて属性攻撃を放ったり、『概念理法』等理気の流れの一端を都合の良い形で顕現させたりしているわけだが、万物に宿る力が存在しない場所があるなど本来ならばありえないことである。
この世に属する遺跡ではないということだろうか? とにかく調べて見なければわからない。
ちょうどメギドからヴァスティーユに至るための道すがらでもあるため、遺跡に寄ってみようと思い、冥月は先へと歩き始めた。
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荒涼たるメギドの地は似たような景色が続くため場合によっては方向感覚が狂い、道に迷う結果になるかもしれない。
しかし今の冥月は視覚ではなく理気で万物の所在を掴む術を会得しているため、方向感覚にせよ遺跡の場所にせよ全く迷うことなく進んでいく。
「……この辺りのようだな」
冥月の前に佇むのは風雨に削られ、砂嵐により自然に還りつつあるものの数年前にEMSによって作られたであろう発掘拠点。
錆びついたクレーンやトラック、荒れ果てた宿営といったものが荒れるに任せるがまま放置されており、かなりの年月ここには誰も立ち寄ってはいないことがわかった。
「発掘拠点やその周りの道具自体には理気が宿っているらしいな」
興味深そうに呟く冥月。廃墟と化した発掘拠点や錆びついたクレーン自体が放つ理気は性質こそ道具ではなく鉄やゴム等、物質を構成する材料に近いものだがたしかに理気を放っている。
問題はその先、発掘拠点のほぼ中央部に位置するまるで地下鉄への入り口のような雰囲気を持つ場所。
この先がこの拠点ができた理由、すなわちメギドの地で発見された遺跡なのだろうがやはり中からは一切の理気が探知出来ない。
生命が死に絶えたかのような墓所と言うべきか、とにかくいかなる生命の鼓動も聴こえてはこない空間だ。
意を決して遺跡へと続く階段に足を踏み入れてみると、冷蔵庫のような冷ややかな空気が冥月の肌を冷やす。
否、肌を冷やすというのは正確ではないのかもしれない。肌を刺すようなこの感覚は冥月の理気を急速に冷やすがために結果的に肌を冷やすかのように感じるのだ。
「……(まるで、古代の墓所だな)」
薄暗い上に理気が枯渇した空間のためほとんど内部の様子はわからないが、一本道の階段に陰鬱な雰囲気は地下墓所を思わせる。
歩くこと五分、かなりの深度まで下ってきたあたりで突如として冥月の視界が広がった。
「……ここがこの遺跡の主室か」
冥月の言葉通り、その広大な空間は主室と呼ぶに相応しい場所である。
雰囲気としてはヤーハンの『首塚』やアルディス砂漠の地下にあった『禁足地』と非常によく似た空間だ。
数十メートルの高い天井に広々とした空間、光が届かぬ地下にもかかわらず、不思議なことに部屋全体には薄暗いながら光が満ちているようにも見える。
総じて神秘的な空間であるが、それは外見的なものだけではなく理気が感じられないが故に人間の無意識に働きかけるが故の印象であるのは間違いではないはずだ。
「これは……?」
そんな空間の中央にはなんとなく四つ足の生物を彷彿とさせるような大きなくぼみがあり、そこから何かが掘り起こされたであろうことがわかる。
全長は数百メートルはあろうか? その窪みを中心として周りには五つの柱が聳え立っているため、そこに安置されていたものはこの遺跡を作った者たちにとって極めて重要な存在だったことは容易に想像できることだ。
五つの柱の上部にはいずれも五つの丸と三日月を組み合わせた麒麟族の紋章が刻まれており、ヴァスタ大陸が本来爬人というよりも麒麟族にとって聖地であったという話しを思い出す。
「……?」
部屋の中央部に位置する窪みを見た後で、もう一度だけ柱に刻まれた麒麟紋に視線を移すと何かが腑に落ちた感じがした。
この遺跡のが麒麟族のものであることはわかっていたが、それ以前の問題、すなわちこの遺跡が何のために作られたものなのかすらも知っているかのような、そんな感覚である。
「……ヴァスタ大陸の『禁足地』……っ!」
そこまで考えて見て冥月はハッとしたかのように顔を上げると、柱の中央部に位置する窪みに目を向けた。
「……(まさかこの遺跡は、メイプルを掘り起こした場所か……?)」
メイプル、かつてヤーハンにてノリスが冥月との接続実験に使用した謎めいた古代生物化石。
ロベルト・イェンセンは出所がはっきりしない化石と言っていたが、どうやらメギドの地下から掘り起こされたらしい。
「……やはりメイプルは麒麟族の化石だったか」
まだ直感的な推察に過ぎない仮説のはずだが、冥月の中から肯定するかのような声が聞こえる。
「……(つまりここは古代麒麟族の骸を保管していた墓所、EMSの連中はここから化石を持ち去ったというわけか……)」
そういう意味ではここは冥月にとって非常に縁が深い場所、そんな場所に意図せず来てしまったことは偶然とは言い切れないようなことだ。
瞳を閉じて意識を集中させると、古代麒麟族、否爬人たちがここに置かれていた古代生物の骸にかしづく姿が浮かぶ。
柱に挟まれた化石は冥月が予測した通りメイプルのものなのか『首塚』にあった麒麟の像を思わせるような不可思議な化石がそこには鎮座していた。
この空間に理気は流れていないが、何故だかその光景自体ははっきりと冥月の脳裏に浮かびあがる。
もしかしたら冥月の中に継承された化石自身の記憶なのかもしれない。
「……(やはりメイプル、あれを使用してノリスやティーネは私を覚醒させたわけか……)」
この場所に麒麟族の化石、つまりはメイプルの骸があったのは間違いないらしいものの、他に気になるようなものは見つからなかったためEMSの発掘は打ち切られたのかもしれない。
詳しい事情は不明ながら、ここでの発掘作業は打ち切られこそしたが代わりにティーネは発見された化石を実験に利用することを思いつき、ノリス・イェンセンは数々の犠牲者の果てに冥月を覚醒させたということだ。
それにしてもわからないのは何故この空間に理気は存在していないのかということである。
この空間に理気が働いていないということは人為的に成されたことのようだが、古代の麒麟族は何を思ってそのようなことをしたのから謎のままだ。
「……(少し、調べる必要があるかもしれないな)」
とは言え、冥月がここまで来たのは遺跡を調査するためではなくロベルトを救うためである。
じっくりと調査をするような暇はないため、冥月はもう一度だけ遺跡内部を眺めると、その場を後にした。




