第八十三話「麒麟族の大地」
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ギラファとの戦いを終えた冥月は二連戦に疲れた身体に鞭打って、沈没しようとしている『ヴァスタグロリアス』の格納庫を訪れていた。
「……これは、やり過ぎたかもしれぬな……」
『月光』を衛兵に撃墜されたため、ヴァスタ格納庫にある艦載機を拝借しようとしたのだが、ほとんど全ての機体が誘爆によるものか大破、ないしは中破している。
「……(パーツを寄せ集めるにしてもこれでは時間がかかりすぎてしまうかもしれぬな)」
すでに『ヴァスタグロリアス』はその身に受けた打撃により少しずつではあるものの海中に沈みつつあるようで、今この瞬間にも冥月は船体が傾いていくのを感じていた。
理気の導きに従って無事なパーツを寄せ集めて組み合わせれば一機くらいはある程度動ける機体を用意出来るかもしれないが、そうなる前に冥月のいる格納庫だけではなく、『ヴァスタグロリアス』自体沈むことは想像するに容易い。
「……(さて、どうしたものか)」
すでに『ヴァスタグロリアス』以外の船は他ならぬ冥月の手により海の藻屑となっているため他の場所から艦載機を探し出すことは不可能である。
「……いや、そう焦る必要はない、か」
一つの結論に至ると、冥月はその場で結跏趺坐を組み静かに目を閉じた。
何か困ったことがあれば理気に問いかけ、その導きを得る。これまで幾度となく死ぬような目に遭いながらも最善を尽くすことが出来たのは理気の加護を得ることが出来たからだ。
「……(もし私にやるべきことが残っているならば、こんな場所で死ぬはずはないはずだ)」
精神を研ぎ澄まして理気の思考の中へと沈んでいく冥月。『七識』を越え、『八識』の領域すらも凌駕しつつある現状、瞑想自体もかなり洗練されたものとなっている。
精神を集中させれば広大な『ヴァスタグロリアス全域の沈み行く状況ばかりではなく、周囲に沈んでいる船の姿まで容易に把握できそうだ。
「……(さて、どうする?)」
あまりのんびりと瞑想している暇はないのだが、冥月としては早い所ヴァスタ大陸に行かねばならないため動ける戦闘機を用意するのは急務である。
また任務の特性上目立つのは避けて、隠密に飛べるような戦闘機に乗ることが好ましい。
なにせ冥月は世間的にはEMS貴族や大勢の罪なき市民を斬り捨てた冷酷卑劣な悪漢、ヴァスタ大陸やその首都ヴァスティーユに何の備えもせずにノコノコとあらわれては大騒ぎになるのは間違いない。
「……(とにかくまずはここから離れるのが急務、何か手があれば良いが……)」
瞑想しつつ意識の幅を広げてみると、少しずつこの惑星から離れていくかのように理気の視野が広がり、五つの大陸や広大な大洋すらも見えた。
否、見えるというのは間違いなのかもしれない。冥月の視界は閉ざされており現在視力の代わりに機能しているのは六識以上の感覚。
光の代わりに空間に満ちる無限の理気を知覚できるよう、冥月の目はより精巧で同時に高機能なものに進化したかのようなそのような感覚である。
「……(私は、どうすれば良い?)」
深い瞑想により意識と空間の合間にある冥月の精神状態は極めて穏やかなものだ。
より意識を集中させれば空間に満ちる理気ばかりかその力の流れる先、さらには物質に宿る理気すらも知覚できそうである。
もしかしたら衛兵とギラファの二連線により、『八識』を越えた新たな境地に踏み込んだのだ。
「……(『九識』、だったか、もしそうならば『八識』以上の理気を知覚出来そうなものだが……)」
実際意識を集中させればこの海のはるか彼方に位置する島々や大陸すらも知覚出来そうな時点で、その認識範囲はこれまでの比ではないだろう。
問題はこれを利用することにより何を成すかということだが、不思議なことに冥月は一切の迷いを抱いてはいなかった。
必要なことは理気が教えてくれる。生命より生じるこの無限の力の前では人間など塵芥に等しい。
無理に制御するのではなく、むしろ流れに身を委ねることによりすべきことを悟ろうというのである。
実際冥月の頭の中をよぎるのはノリスやキャサリンといったEMS貴族たちの姿。彼女らは理気を自分勝手に振るおうとしたことにより、自滅に近い最後を迎えた。
幸いなことに瞑想することにより冥月の精神状態は極限にまで高まっている。ならばあとはこの流れに身を委ねて新たな境地へと至るのみだ。
「……(答えは、どこにある?)」
理気の流れに意識を委ね、海の彼方へと精神を向ければ、遥かな距離を越えて冥月の前に巨大な大陸がその姿を現わす。
大陸中央部に位置する巨大な都市は高い城壁に囲まれており、四方を監視塔のような建物が守っていた。
城壁の内側は清潔な通路に区画ごとに整った建物が並ぶ、計画的に作られた都市らしいが、やはり道を歩くのはEMS人ばかりで和人は家畜か何かのように、街のあちこちで飼育されている。
「……(なんだ、これは、これは幻視なのか? それとも……)」
あまりに鮮明な光景が見え始めたため少なからず動揺し始めた冥月をさらなる事象が襲いかかった。
「……っ!」
突如として意識が反転したかと思うと、異様な景色の空間へと投げ出されたのである。
「この空間は、覚えがあるぞ……」
揺らめくオーロラのような景色に不安定な境界線、かつてフリューゲルが幽閉されていた『超空間』だ。
『時空捻転現象』のように時間と空間を捻じ曲げるような現象が起きた際に跳ばされる異空間である。
「……(なんだ、あれは……?)」
ゆらゆらと揺らぐ空間の果てに冥月は幻夢とも現実とも異なる、不安定な幻影のようなものを見た。
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無数の兵士が干戈を交える戦場。見たところ兵士にはEMS人しかいないようで、冥月の知る野戦服に身を包んだ女性兵士らが戦場を走り回っている。
「突撃せよっ!」
夕暮れが迫る荒涼とした戦場で指揮をとるのは金髪碧眼にふた振りの薙刀を背中に背負った軍人。
高級将校が身につけるような豪奢な軍服を身につけているが、腕の方はかなり達者らしく、彼女が風の理気を放つとそれだけで敵軍の一角が崩れ去った。
恐らく『七識』クラスの理気は操れるらしく彼女の軍勢はかなり優勢に戦いを進めている。
しかしその両眼はやはりEMS貴族らしい他者を認めない高慢の色に染まり切っており、ただ強いだけの暴力じみたことを好む無頼漢を彷彿とさせた。
敵対する兵士を順調に倒していたその女軍人だが、突如として戦場の真ん中あたりで間欠泉が発生したため止む無く停止する。
「……EMS貴族というのは立場と実力は比例せぬらしいな」
間欠泉の中から現れたその青年は美男美女だらけのEMS人に勝るとも劣らない特徴的な姿をしていた。
その身にまとうは白衣に白袴というどこなく神職を彷彿とさせる和装、艶やかな黒髪に理知的な相貌を備えた美青年と言うべき人物である。
もっとも特徴的なのはその瞳、まるで紅玉かなにかのような赤い光を宿す、闇の中でもも爛々と輝くようなそんな目だ。
「もっともいかに汝らが強くとも私を打ち倒すことなど不可能だがな」
EMS人に支配されている和人の青年が放った挑発するかのような言葉、指揮官たる女性の表情にも厳しいものが宿る。
「自分以外の他者を支配し、強い力を持つ者を選ばれた民とするような社会に成長など望むべくもない」
吐き捨てるようにそのようなことをつぶやくと、青年は人差し指にはめられた黒い指輪を晒した。
「汝らにとっては故郷であっても私にとってはただの異邦、そして憎むべき敵国でしかない」
一瞬白衣の青年が指にはめていた指輪が光り輝いたかと思うと、その身体を異様なものへと変える。
龍馬を思わせる兜に漆黒の鎧、背中から伸びる半実態の漆黒の翼、その異様な姿にEMS軍を率いていた女軍人も気圧され、知らず背中に冷たい汗を流していた。
「っ! 見掛け倒しだ! この大軍を前にして一体何が出来る!」
号令一下黒衣の青年めがけて殺到するEMS軍、その数たるやクローン軍にはさすがに劣るものの人一人を抹殺するには十分すぎる数、全員手に長銃や軍刀を手にやる気満々である。
「愚かな……」
次の瞬間、男がはめていた指輪が光り輝き、戦場に凄まじいまでに強い光が満ちた。
否それは厳密には光ではない。人間のシルエットをしたエネルギー体がまとう強すぎる理気の光である。
鹿を思わせるよう角に全身にまとう理気由来の光、指輪の力で呼び出されたのは間違いらしいが地球上のどんな生物とも異なる姿をした異形の兵士だ。
「な、なんだというのだ、こいつは……!」
恐れおののく女性軍人を尻目に指輪によって生み出された光をまとう兵士らは弾丸や軍刀による攻撃を物ともせずに進軍し、圧倒的な力で敵味方問わず、EMS兵を打ち倒していく。
たとえ戦い慣れしていないものが大半だったとは言え正規の訓練を積んだEMS兵士らですらま太刀打ち出来ないその力はまさに脅威の一言、女軍人は信じられないものを見るように青年に視線を向けた。
「卑猩ごときが、我々に使われる家畜ごときがよくも……!」
「その家畜に押されるようでは汝らも大したことはないな」
斬りかかってきた女軍人の動きを見切って容易く攻撃をかわすと、黒衣の戦士は腰に帯びた剣を引き抜くと脇構えから下段斬りを放つ。
「……っ!」
見切る見切れないどころか、完全に意識の外側から放たれた一撃に女軍人は全く反応出来ず、なすすべもなく片目を切り裂かれていた。
「う、うわああああああ……!」
あまりの痛みに悶絶する女軍人。直撃した一撃は瞼どころか眼球自体も切り裂いたらしく、大地を血の色に染める。
そして周囲では彼の指輪から現れた兵士らがEMS兵を殺戮しており、その光景は地獄絵図としか言えないようなものだった。
「……お前たちが変わらぬ限り私は何度でも現れ、汝らを滅ぼそうとするであろう」
兵士らを消すと、男は息も絶え絶えといった面持ちで血が流れ続けている片目を押さえる女軍人を冷ややかに見つめる。
「さて、ではこの地に集った者たちは私が全て屠るとしようか」
満身創痍の女軍人には止める術は存在せず、男を見送ることしか出来ることはなかった。




