第八十二話「阿摩羅織」
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太陽を喰らう者
なんの前触れもなく現れたその男、ギラファは冥月はキャロルを見ると、微かに顎を上げた。
「ほう、もう『戯法理術』を使いこなしているようだな」
冥月がギラファに視線を向けると、集中が切れたらしいキャロルは白目を向いてその場に昏倒する。
「『太陽を喰らう者』ギラファ、こんなところにまで何の用だ?」
この怪人物が冥月の前に現れる時は決まってロクでもないことが起きる前だ。
現にギラファは身体中にすさまじい理気をみなぎらせながら臨戦態勢をとっており、友好的な雰囲気ではない。
「ふむ、私がラクィア大陸に汝を送り込んだことは無意味ではなかったらしい……」
「……いくつもの出会いや理気との結びつき、無意味どころか有意義だったかもしれぬな」
他人事のように呟くギラファに、いきなり激戦地に送られた恨みからか、煽るように言葉を紡ぐ冥月。
対するギラファは冥月の言い分に怒るわけでもなく、仮面の奥で微かに喉を鳴らす。
「すでに汝の力は『八識』に至りその先にある『九識へと近づきつつある。しかし……」
ギラファは手元に残っていたもう一振りの剣の柄に手をかけると訝しげな冥月に鋭い眼光を向けた。
「まだ足りぬ。『敵対者』を倒すことが出来るのは『超越者』のみ、汝はその領域にまで至らねばならない」
「……わからないなギラファ」
『敵対者』やら『超越者』やら冥月には理解できないような単語だらけだが、それを差し引いても何故己がそんな得体の知れない連中と戦わねばならないのか?
確かに冥月はこれまで生き延びるために和人爬人に圧政を強いるEMSと戦い、結果的にその勢力と敵対する羽目になっている。
だがそれは戦うために行動してきたのではなく、EMSを打倒せねば真の意味での平和はこないとわかっているからだ。
「ふふふ……。どうやらまだ汝は『契約』を思い出してはおらぬようだな。まあ良い、わかりやすく言えば、EMSを裏から操る者がいる」
「……っ!」
ギラファの語る真実は今の冥月にしてみれば驚くほどのことではない。
生体子宮に施された細工にクローン兵やオリンフィアの体内に潜んでいた寄生虫、様々なものを見てきた冥月からしてみればギラファの言葉は極めて自然に映る。
「すでに何百という議員が知らず知らずのうちに支配に加担し、自分が支配する側だと勘違いしながら異種族の支配を享受している」
多くの者は黒幕とやらの支配に加担しながらも、その正体も知らず支配されているという自覚もないというわけだ。
「故に汝が元老院議長や帝国宰相、女王を悉く、殺めたとて頂点が擦り変わるのみ、諸悪の根源を倒さねば全ての生命に未来はない」
とどのつまりEMSを操る存在を倒さぬ限りは冥月ら和人も爬人も自由意思の元に生きることはできないというのである。
「……貴様の言うことが正しいと仮定して、その倒すべき相手とは誰だ?」
未だ冥月の前にそれらしき存在は現れてはいないが、ノリスとの戦いでは明らかに彼女から隔離したわけではない人格に交代した他、ティーネもまた何者かに意識を乗っ取られていた。
もしかしたら彼女がギラファの言う諸悪の根源、EMSを操る黒幕なのだろうか?
「汝の力は高まりつつある。私が名を明かさずともいずれ汝の前に奴は姿を現わすであろう」
どうやらまだ正体については話すつもりはないらしい。少しばかり落胆する冥月ではあったが、なんとなく近い未来自分の求める答えが見つかるような気がしたため、強引に口を割らせるような真似はせず、微かに嘆息するに留める。
「……さて冥月よ、話しはここまでだ」
ギラファが黒刃の剣を正面に構えると、周囲に漂っていた理気が急速に流れを変えピリピリとした気運が高まり、空間を支配した。
「ラクィア大陸にてティーネと戦い、『八識』を越えつつある汝の力を見せてもらうぞ……!」
次の瞬間、艦橋の床がぬかるんだかと思うと冥月を一瞬にして液体と化した床の中へと引きずり込む。
「……っ!」
ギラファの力によるものだと頭が理解する前に冥月は頭まで床のなかに水没し、艦橋から忽然と姿を消した。
「……くっ!」
空中に浮かぶ海から地面に落下すると言う頭が変になりそうな現象を経験して冥月が投げ出された場所は、あまりにも異質な空間である。
天には青空の代わりに広大な海が広がり、半透明な地面にはいくつもの綺羅星が埋没していると言う空間だ。
「……さあ、汝の力を限界まで引き出せ」
冥月と同じように空に広がる海の中から現れたギラファはその手に黒刃の剣を握っている。
「汝が九つ目の境地、阿摩羅織に至ったその時こそ、最後の扉への鍵を手にするであろう」
瞬間ギラファは剣を脇構えにしてから、冥月に斬りかかった。
「……むっ!」
あまりにも隙のない洗練された動き、直前に戦った衛兵もまた恐ろしく正確な動きではあったが、やはりギラファには敵わないだろう。
しかし数多の戦いを経て力を増した今の冥月には圧倒出来ないまでも見ることは出来る動き、つまりは勝てるかどうかは別として、抗うことくらいは出来そうな動きだった。
「そこだっ!」
理気による先読みと鍛えられた剣術を最大限にまで活かして冥月は剣を振るう。ギラファの放った下段からの斬撃は光を彷彿とさせる速度だったものの、冥月の剣はギリギリのところで必殺の一撃を防いでいた。
「さすがだ冥月! そうでなくてはなっ!」
次々と容赦のない斬撃を放つギラファ。しかし冥月は理気を最大限にまで燃やしてギリギリのところで攻撃を捌き続ける。
「……ふむ、理気は全て防御に回して先読みに終始し剣術のみで勝負を仕掛けると言うわけか……」
「……いや、そればかりではない」
戸惑うように呟く冥月。ギラファの攻撃は非常に巧みであり、同時に力強い太刀筋ではあるのだが、どう言うわけだか彼にはその一撃一撃がある程度予測出来ていた。
まるで随分昔に、共に剣術の型稽古を幾度となく繰り返していたかのようなそのような感覚である。
「ギラファ、お前は一体……?」
考えてみれば妙なことだらけ、己の前世は別の世界の人間だったにもかかわらずギラファは明らかに冥月の何かを知っていた。
たしかにギラファは並外れた理気を扱えるのかもしれないが、果たして他人の前世まで見通せるものだろうか?
「……ふふふ、私の正体が随分気にかかるらしいな」
精妙にして精緻な動きで冥月に連続攻撃を仕掛けるギラファ。鋭い一撃の中に剛柔の動きを巧みに織り込み、見切るどころか攻撃を予測することすらも困難な斬撃を放つ。
「流石に強いな……」
ギラファの一撃をうまく捌いて距離をとると、冥月は両手に握っている双剣を構え直した。
「だが、わからない。ギラファ、それほどの力がありながら、何故EMSと戦わなかったのだ?」
『八識の境地にある者の理気は並大抵のものでは攻撃を防ぐことすら出来ない。
そしてそんな領域をすでに越えているギラファならば、容易くEMS首都アベルディンを陥落させることが出来るのではないか?
「お前が我々に手を貸してくれているのはわかっている。何故自分の手でEMSを……」
「先ほど言った通りだ」
冥月の疑念に答えるつもりになったのかギラファは手に持っていた剣を地面には突き立てる。
「真の巨悪をどうにかせぬ限り、EMSを打倒しても長期的には何も変わらない。そして私だけでは奴に勝つことは出来ないと知っているが故の行動だ」
信じられないことだがEMSを操る者は仮にギラファほどの実力があったとしても倒すことは出来ないらしい。
「ならば私が強くなっても結果は同じだ」
「同じではない。誰よりも麒麟族の力を色濃く持つ汝ならば、この残忍にして蒙昧なる世界を変えることが出来る」
何故そこまで冥月に関わるのかはわからないが、ギラファが過分な期待を寄せていることくらいはわかる。
「……そのようなことが何故わかる? お前は一体、何者だ?」
何度目かになる質問。毎度煙に巻かれることが多いものの、今回に関してはギラファの纏う気運が微かに弱まった。
「私もまた汝らと同じ麒麟将、二つ名は『黒麟将、汝らの先輩と言えよう」
衝撃的な答えでこそあるものの、ギラファの正体に言及しているというわけではない。
ギラファが麒麟将であったとしても、それだけでは己の過去を語ることは出来ないだろう。
しかし肝心のギラファはどこ吹く風のようで、冥月との距離を縮めると今度は上段から攻撃を始めた。
「っ! ギラファっ!」
完全な不意打ちでこそあったが、素早く動きを見切るとともに冥月は斬撃時に手首のスナップを利かせて変則的な攻撃を仕掛ける。
「ほう、覚えているらしいな」
これに対抗するような形でギラファは剛直にして力強い剣さばきで冥月の攻撃を捌いて見せた。
「やはり、強い……」
あまりにも強すぎる。二人とも理気により強化された感覚を最大限にまで活かして剣戟戦をしていたのだが、それを差し引いてもギラファの認識能力はあまりにも高く、未来予知をしているのではないかと思わせるような力だ。
否、実際未来予知に近いことはしているのだろう。理気による先読みが極限にまで鍛え抜かれているならば、それくらいのことは容易いのかもしれない。
「ふむ、どうやら頃合いのようだな」
一瞬の隙を突いて理法念力を放ち、冥月の握っていた黒刃の剣を取り戻すと距離を開くギラファ。
「汝の力はやはり『九識』に至りつつある。いずれはそれ以上の力も得るようになるであろう」
気づくと冥月はいつの間にやら元いた場所、『ヴァスタグロリアス』の艦橋にいた。
「常に理気の流れを見据えよ、汝の求める正解は必ずそこにある」
「待てギラファ!」
艦橋の壁に開いた大穴から外に抜けようとするギラファを冥月は止める。
「何故、貴様は私のことをそこまでよく知る?」
その質問に答えることはせず、ギラファは微かに顎を上げて仮面の奥で微かに笑みを浮かべた。
「私が汝を知るように、汝もまたすでに私のことをよく知っているはずだ……」
それが最後の言葉である。冥月が呆然とする中でギラファは艦橋から飛び降り、甲板に着地する前にその姿を忽然と消した。




