第八十話「衛兵センチネル」
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縦横無尽に空を駆け巡り、空中から次々とエネルギー弾を発射しては艦船を狙い撃つ戦闘機『月光』。
艦船側は常に全砲門を開いて迎撃用に機銃を乱射しているにもかかわらず、『月光』は弾丸の合間合間を見事にかいくぐって攻撃を続ける。
「な、何故! たかだか敵は戦闘機の一機、これだけ撃って何故一発も当たらないのよ……!」
逃げ延びた先の巡洋艦『ヴァスタグロリアス』にてあまりの光景にキャロルは戦慄すら覚えていた。
機銃からの砲撃はとても目視できるようなものではないし、レーダーによる反応を見てから動いているようでは、すでに蜂の巣になっている。
にも関わらず冥月の乗る『月光』は弾丸が飛来する場所がわかっているかのように瞬時に最善の動きを見極めて回避していた。
その反応速度はもはや人間技ではなく、高性能な機械ですらも不可能な異次元の領域である。
「あ、あれは本当に卑猩、いえ生物なの? あんな動きが家畜に過ぎない卑猩に出来るはずが……」
次の瞬間、レーダーが反応するとともに耳障りな警報音が鳴り響き、艦橋内を赤い光が支配した。
「き、キャロル補佐官っ! 正面、奴が来ますっ!」
慌てふためくオペレーターの声にキャロルはすぐさま指示を飛ばす。
「き、緊急回避! 攻撃を……きゃあっ!」
しかしキャロルの指示がオペレーターに伝わる前に艦橋、否『ヴァスタグロリアス』全体が大きく揺れ動いた。
「どこをやられたの……!?」
「第二リアクターに異常、主砲含む一部兵装が使用不能です……!」
警報音が鳴り響く中でもあちこちから聞こえてくる爆発音。間違いなく『月光』一機にヴァスタ大陸の第一艦隊が押されているのである。
「ば、馬鹿な、なんてザマ……。栄光のヴァスタ大陸第一艦隊がこうも容易く……」
凄まじい衝撃とともにまたしても轟音が鳴り響き、あまりにも不吉な報告にオペレーターは絶叫した。
「ほ、補佐官っ! 駆逐艦『ライン』と『コモンズ』がロスト、他の艦船にも多大な被害が出ていますっ!」
「……く、くく……冥月め、家畜の分際で、我々に支配される卑猩の分際でよくも、よくも……!」
そうこうしている間にもあちこちに落雷が発生し、残っていた艦船を次々と沈めていく。
どの船にも動力炉に利用されているネクロスの理気を流用した障壁は標準装備されているはずだ。
だがも冥月の攻撃はもはやそのようなものがあっても意味をなさないほどに洗練されたものとなっており、どれだけ出力を上げても属性攻撃はおろか戦闘機装備の兵装すらも防げそうにはない。
事実キャロルが乗る『ヴァスタグロリアス』は中破し、周りに居並ぶ随伴艦に至ってはすでに半分以上が海の藻屑と化している。
「か、艦載機を出して時間を……」
「不可能ですっ! 奴はまるで知っていたかのようにいの一番で艦載機を搭載している船を念入りに攻撃していました。どの船も艦載機の発射は不可能です」
オペレーターからの報告にキャロルは愕然とした。冥月は最初から障害になり得る存在を真っ先に破壊し、その上で本格的な攻撃を開始したのである。
「し、信じられない……! 家畜ごときが、我々の戦術の上を行くと……?」
「現実を直視してください補佐官っ! 奴はたった一人で艦隊と渡り合い、あろうことかいくつもの船を沈めていますっ! 脅威以外の何者でもありませんっ!」
信じられない出来事ばかりが起きるため現実逃避を始めそうになるキャロルだったが、この身を苛む焦燥感と震えが現実であることを証明していた。
「っ! 残存戦力、本艦を入れて三隻のみ!」
「原因不明の落雷が発生したため磁場が乱れ、この海域からの脱出は困難です!」
陸上での戦いとは違い、海の上での戦いは逃げ場が限定されるが故に場合によってはどちらかが全滅するまで続く苛烈なものとなる。
すでにヴァスタ艦隊は大半が沈められており、他の艦船が沈むのも時間の問題だった。
「……そうだわ。あれを、あれを出しなさい」
追い込まれたキャロルはすぐ近くを航行していた最後の一隻が雷の直撃により爆発炎上したのを見て、幽鬼のように顔を青ざめながらそう呟いた。
「し、しかし補佐官、衛兵の力は未だ未知数。使用した場合いかなる影響が出るか……!」
「そんなことを言っている場合ではないわ! 何もしなければ私たちはあの卑猩、いえ麒麟将に殺されるしかないのよ!?」
実際のところ白旗を上げて降伏すれば冥月も命まではとらないのだが、相手を家畜と見なしているキャロルから見た場合、麒麟将とは話の通じない獰猛な肉食獣に映っているのである。
「ならば使える手は使うしかないわ。早く奴を、衛兵を出しなさいっ!」
「わ、わかりました。しかしどうなっても責任はとりませんからね……!」
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「……あらかた片付いたか」
『月光』を見事に駆りながらそう呟く冥月の視線の先には爆発炎上しながら沈むいくつもの軍艦や、なんとか脱出して九死に一生を得た海兵たちの姿があった。
「ここまで手痛く打撃を与えておけばラクィア大陸に侵攻しようとは思うまい」
ある程度の手心は加えたつもりだがそれでも冥月の力は圧倒的であり、凄まじい威容を備えていた鉄の城も、今や海の藻屑となっている。
「……むっ!」
この海域を離れていよいよヴァスタ大陸に向かおうとしていた冥月の第六感が突然警告を発した。
「……っ!」
完全な不意打ちである。気づいた時にはすでに『月光』の翼を両断されていた。
「……風の属性攻撃、しかもかなりの精度、とんでもない使い手だな」
かなりの高度にいる『月光』を狙い撃つのはそれこそ針の穴を長距離から狙い撃つようなものである。
何者かは不明だが、敵巡洋艦の艦橋から風の理気を放ちそれを成し遂げた者は尋常な腕前ではない。
しかし今気にすべきことはそのようなことよりも『月光』が航空不能なほどのダメージを受けてしまったことだ。
「……これではヴァスタ大陸まで行けぬな」
墜落を始める『月光』のコクピットから飛び降りると、冥月は下方からの属性攻撃に注意しながら落下するに任せて落ちていく。
「そこだな……」
ほぼ半壊状態の巡洋艦『ヴァスタグロリアス』の甲板に着地する冥月。かなりの高度から落ちたものの、彼の両足にはなんの衝撃も伝わらなかった。
理気を足元に集中、落下した際に生じた振動をすべて受け流したのである。
「お前は……?」
甲板の上、冥月のすぐ前にいるのは異様な気運をまとい、背中に大刀を背負う奇妙な姿の戦士であった。
身体の大半を占めるのは青い金属、さすがに関節部は金属とは異なる柔軟な素材で構成されているようだが、それ以外の箇所は頭部も四肢も、ほとんど全ての部位は金属の装甲で覆われている。
その身に纏う理気は集結態を上回るどころか、オリンフィアに勝るとも劣らない途方もないものだ。
「…………!」
次の瞬間、その鎧の戦士は背中から大刀を引き抜くと恐ろしい速度で冥月に斬りかかる。
「予想の数段上の速度……!」
どうやら理気による身体強化を使用しているのだろうが、それを差し引いても洗練されたその一撃に冥月は舌を巻いた。
いかに素早いと言えども『八識』すらも越えつつある理気による先読みを自然に行使している冥月には止まって見えるような動きである。
すぐさま冥月は麒麟剣と黒刃の剣を引き抜いて鎧兵士が放った一撃を押しとどめた。
「お前は一体……?」
しかしその動きは人間が行うにはあまりにも苛烈な一撃、反応速度も瞬間的な力の集約も麒麟将並み、すなわち人間の動きではない。
『どうかしら麒麟将冥月! 『さるお方』からの技術提供により完成したヴァスタ大陸の新兵器、『衛兵』の威力は……!』
艦橋側に設置されたスピーカーから聞こえてきたのは自信に満ち溢れたキャロルの声である。
どうやら冥月を撃墜したばかりか、とんでもない動きを見せた自戦力の強さに勝ち目があると踏んだのか、落ち着きを取り戻したようだ。
「……『衛兵(センチネル』?」
『集結態の完成形とも言える存在よ。汎用タンパク質で肉体と関節部を構成、さらにはいかなる攻撃も通用しない装甲を被せてあるわ』
キャロルの言葉を信じるならば、この『衛兵』と言う存在は集結態に変わる新たな兵器ということである。
「完成形、だと? なるほど集結態が抱えていた様々な弱点をカバーしながらも、理力剣やより高度な属性攻撃を使用できるようにしたというわけか……」
どのような原理でそのようなことが可能となっているのかは知らないが、得意げなキャロルの声から間違いなく『衛兵』の力は、油断できるようなものではないことくらいは察した。
「……ふむ、ネクロスやクローン兵、これまで非人道的なものは随分と見てきたが、ここに来てさらなる兵器の登場というわけか」
衛兵の放った一撃を首尾よく回避すると、冥月は後ろに下がってふた振りの剣を構え直す。
「だがなんとなくだがその『衛兵』とやらも似たような感じがするな」
『減らず口を、やれっ!』
キャロルの下知とともに衛兵は大刀に理気を収束させるとともに、冥月めがけて炎の理力剣を放った。
「……っ!」
すさまじい威力である。おそらく火力のみに関して言えば『七識』はおろか『八識』の領域だ。
すぐさま冥月もまた理力剣を放とうとしたが、あまりの威力に撃ち合うのは危険と判断し、大きく飛び上がって攻撃を回避する。
「……やってくれるな」
攻撃自体はなんとか回避できたが、その威力たるや凄まじいものであり、甲板の一部は融解どころか蒸発し、瞬間的な理気の発露により磁場は乱れ、ただでさえ荒れていた海がさらなる時化に見舞われる結果となっていた。
「……(だが、攻撃自体は見切れぬものではない、後は障壁を張ることすらできない懐に入ることさえ出来れば……)」
『無駄な抵抗は辞めて、運命を受け入れなさいっ!』
勝利を確信したのか煽るようなことを言うキャロルは無視して冥月はふた振りの剣を構え直す。
『これで終わりよっ!』
またしても炎の理力剣を放たんとする衛兵だったが、一度見た技を見切れないような冥月ではなかった。
「そこかっ!」
瞬時に地面を蹴って、驚くべき速度で衛兵のすぐ足元にまで接近するとともに理気を双剣に収束させる。
「理力剣っ!」
麒麟剣による上段からの一撃と畳み掛けるようにして放たれた黒刃の剣の斬撃。
二発の理力剣を受けた衛兵は障壁すら張ることは出来ずにまともに技を喰らい、爆音とともに艦橋、すなわちキャロルのいる場所に吹き飛ばされた。
『……なっ!』
慌てふためく声と何かが破壊されたような耳障りな雑音がスピーカーから聞こえる。
冥月もまた大きく飛び上がると、衛兵を追う形で巡洋艦『ヴァスタグロリアス』の艦橋へと突入した。




