第七十九話「ヴァスタ艦隊との対峙」
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とらわれの身
ある程度の事情を察したらしい冥月は微かにため息をつくと空を見上げる。
「……内部分裂に派閥争い、どんな世界でも変わらぬか」
正直に言えばキャロル・マグワイアが率いるヴァスタ大陸の艦隊とメアリ・デルフィアの力が一つとなった場合これまで以上の脅威となるのは間違いなかった。
しかし女王派と反女王連盟、EMS内部でも勢力を二分する者たちの派閥争いにより、それが出来なくなり、互いに互いの足を引っ張り合うという事態に陥っている。
「……(だが、ラクィア大陸に攻撃をかけるというならば見過ごすわけにはいかないな)」
現在ラクィア大陸では莉乃らがEMS最強の戦士、メアリ・デルフィアと戦うために準備を進めている状態だ。
そんなときに余計な戦力が襲来するのは避けるべきだろう。
「……(なんとか話し合いで解決したいところだが)」
いきなり近づいては攻撃されるのは間違いない、ここは先制攻撃を受けないように白旗でも上げながら行くべきか。
「……むっ!?」
どうやら敵艦のレーダーが冥月の乗る『月光』を捉えたらしく、通信機が明滅した。
『こちらはヴァスタ大陸軍旗艦『クイーンセオデン』、そちらの所属を述べよ』
一瞬だけ迷ったがとりあえず話し合いだけはしてみようと思い、冥月はすぐさま口を開く。
「……ラクィア大陸、冥月、こちらに交戦の意思はない」
幸運なことにお尋ね者以外の何者でもない冥月が操縦していることが判明してもいきなり攻撃されるようなことはなかった。
一瞬の逡巡ののち、『クイーンセオデン』側のオペレーターの声が聞こえてくる。
『……ならばこちらの指示に従って当艦に着艦せよ。艦長、キャロル・マグワイアがお前と話しをしたがっている』
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「噂に名高い『麒麟将』冥月。ヴァスタ大陸軍第一艦隊旗艦、『クイーンセオデン』にようこそ」
両手を手錠で拘束され、艦橋に連行された冥月。それを見て旗艦『クイーンセオデン』の艦長にして艦隊司令、キャロル・マグワイアはクスクスと嘲笑の笑みを浮かべる。
「……所有していた武器はこのふた振りの剣のみです」
兵士が渡してきた麒麟剣とギラファ保有の黒刃の剣を受け取ると、キャロルは艦長席から立ち上がってジロジロと冥月の身体を眺めた。
「元老院議長の妹であるノリス・イェンセンばかりか、私たちの同士キャサリン・フリューゲルを打ち倒したことは私の耳にも入っているわ。矮小なる卑猩の分際で良くやったというべきかしら?」
キャロルがニヤニヤと笑みを浮かべながらそのようなことを言う間、冥月は精神を集中させて理気を整える。
「どうかしら冥月? お前たちはEMSの女王派たるパウリナ・イェンセンやメアリ・デルフィアと敵対する状況、私たち反女王連盟に協力してはくれないかしら?」
意外な申し出だ。基本的に和人を人間以下、家畜としかみなしてはいないEMSが曲がりなりにも冥月の実力を認めたということである。
「ほう、EMS貴族からそのような申し出があるとはな……」
「卑猩とは言え貴族を殺したことは事実、メアリ・デルフィアだけでなく、セオディア様もお前の力を認めているわ」
うっすらと笑みを浮かべるキャロル。理気の流れから考えてメアリやセオディアが冥月の力を認めているのは本当らしいが、キャロル自身はそうは思っていないらしい。
「……ていの良い番犬というわけか」
キャロルの内面からは冥月や莉乃といった実力をつけてきた和人を露払いに利用したいという気持ちがありありと滲み出ていた。
冥月に内面を言い当てられたキャロルはその表情に険しいものを滲ませたが、セオディアの方針によるものなのか即座に切って捨てるような真似はしない。
「判断はお前次第、こちらにはデモニア大陸にいるお前の仲間たちも保護する用意があるわ。そちらにとっても悪い話しではないはずよ?」
番犬は多ければ多いほど良い。要するにキャロルは冥月らを抱き込んでこの後来るであろう女王派との決戦に利用したいのである。
しかし冥月には全てがわかっていた。前にキャサリンと対峙したときに判明したことではあるが、反女王連盟も女王派もある特定の事象では変わらない。
「……仮に私がそちらについたとして、我々以外の和人や爬人はどうなる?」
そう、反女王連盟も女王派同様に和人を生きた道具とし、爬人を奴隷として扱うその姿勢は全く変わらないのだ。
現に冥月は『クイーンセオデン』に乗り込んだ時から動力炉として使用されている夥しい数の変異させられた和人、ネクロスの気配を感知している。
「……その役割は変わらないわ。でもお前たちはそれなりの待遇なのだから他の卑猩のことなどどうでも良いでしょう?」
結局のところキャロルは冥月らを使える者として扱い、それ以外の普通の和人や爬人はこれまで同様に扱うつもりなのだ。
仮に冥月たちの待遇が良いものだとしても、他の和人爬人らがあのような扱いをされるならば、結果的に何も変わってはいない。
「和人も爬人もお前たちEMS人と同じ人間、革命を成した後我々を同胞として扱うというならば力を貸す。だが今のままでは反女王連盟も女王派とやっていることは変わらない」
そもそもヴァスタ大陸は爬人を奴隷としてあちこちに出荷することで財を成すような場所、そんな大陸を取り仕切る者が中心の反女王連盟が、和人らを平等に扱うわけがない。
「……貴様、卑猩ごときが調子に乗らないことね?」
キャロルは目を怒らせて手に持っていた麒麟剣を引き抜くとその切っ先を冥月の顎に突きつける。
「お前のような家畜はすぐにでも屠殺出来るのよ? さっさとこの私に命乞いをし、協力を誓いなさい」
どうやら本性を露わにしたらしい。おまけに理気の流れを鑑みれば、キャロルも彼女の周りにいる兵士らも冥月ら和人を家畜、あるいはEMSの所有物とみなしているのは間違いない。
話し合いが不発に終わりそうなことを悟ると、冥月は艦橋全体に意識を張り巡らせた。
「命乞いをしたところで私を痛めつけるつもりだろう?」
「は、当然ね。出来の悪い駄犬は調教すると昔から決まってるの、よ!」
次の瞬間麒麟剣を振り上げるキャロル。狙いは冥月の右腕、どうやら腕を切り落とすつもりらしい。
「さあ、どうかな? 調教されるのは貴様かもしれぬぞ?」
直後艦長席に放置されていた黒刃の剣がひとりでに動き、キャロルの斬撃を容易く阻む。
「……んなっ!」
慌てふためくキャロルの前で冥月は両手から雷を放って手錠を融解させると、そのまま『理法念力』で黒刃の剣を操作し麒麟剣を弾き飛ばした。
「うぬぬぬ……! 殺せっ!」
瞬間冥月めがけて一斉に銃口が向けられる。しかし彼は臆することなく『理法念力』を使って麒麟剣を回収すると、ふた振りの剣を構える。
「は、そんな原始的な装備で戦えるのかしら?」
せせら笑うキャロルは無視して冥月は剣をふた振りとも兵士めがけて投擲、『理法念力』でその軌跡を操作した。
極めて精妙な腕を持つ冥月、麒麟剣と黒刃の剣は艦橋を縦横無尽に飛び回りながらも確実に兵士らの首を切り落とし無力化していく。
「……その原始的な装備に手も足も出ない、か?」
ものの数分で艦橋にいた兵士らは全滅、艦橋内は冥月とキャロルの二人だけになってしまった。
「ば、馬鹿な、こんなことが……!」
ワナワナと恐怖から震えだすキャロル、しかし冥月はそんなことには構わずに戻ってきたふた振りの剣を回収する。
「命が惜しかったら艦隊の進軍を停止し、すぐさまヴァスタ大陸へ戻れ。ラクィア大陸は貴様らが行って良い場所ではない。
「ふ、ふざけるなっ! そんなことできるわけがないわっ!」
瞬間キャロルは艦長席に飛び乗ると、肘置きの位置にあったスイッチを入れた。
「……むっ!」
冥月が見ている前で艦長席はエレベーターのように艦橋の下へと降下、どうやら緊急用の脱出装置か何かのようである。
「……キャロルめ逃げたか……!」
艦橋の窓から外を見れば、ちょうど『クイーンセオデン』の艦首に小さな穴が開き、そこから出てきた小さなポットが射出されるところだった。
「動きの速い奴め……」
もったいぶらずに『戯法理術』の一つでも使用して強引に話しをまとめるべきだったか?
しかし仮にキャロルは無理やり説得出来たとしても、他の兵士らは納得できまい。
ヴァスタ大陸への潜入も控えている中、この短時間で全ての兵士に『戯法理術』をかけて回ることは不可能である。
「とにかく今は、『月光』に乗ってこの舟から……くおっ!」
突如として戦艦全体に響き渡る爆発音と骨にまで届くほどに身体を揺さぶる震動、否衝撃波を感じ、冥月は思わず声を漏らしていた。
「何だ? 何が起きている……?」
船全体を襲う震動に、断続的に続く爆発音。おそらく冥月ごとこの『クイーンセオデン』を沈めようとしているのだろう。
「そうまでして私を倒したいとは、いよいよEMS側にも実力を認められてきたというわけか……?」
ここにきて認められてもあまり嬉しくはないが、敵対するくらいならば沈めてしまおうという魂胆が見え隠れするような状況だ。
「急がねば私もこの船と運命を共にすることになりそうだな」
冥月が逡巡している間にも次々と周りの船から砲弾が撃ち込まれているらしく、すでに船全体が傾き始めている。
「……(それにしても旗艦ごと沈めようとは、キャロルも大胆なことをするものだな……)」
空間に満ちる理気に意識を乗せて船内の構造を把握すると、冥月は急いで『月光』が収納されている格納庫へと向かった。
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「『クイーンセオデン』の轟沈を確認しました」
「ご苦労、ようやくひと段落つけそうね」
キャロルがいるのは脱出した先である巡洋艦の艦橋。しばらく噴煙を上げながら海中に没する『クイーンセオデン』を冷淡な瞳で見つめていたがやがて両手を伸ばすと、艦長を押しのけて艦長席に座った。
「……手間取らせて、おまけにデモニア大陸に着く前に『クイーンセオデン』を失ってしまうなんて……」
新造艦である『クイーンセオデン』。セオディア・ジェイゲンの熱の入れようもかなりのものだったが、そんな船も今や海の中である。
「でもあの『麒麟将』を討ち取ったのだもの。セオディア様もわかって……」
「っ! 『クイーンセオデン』轟沈地点から何か出てきます!」
瞬間まるでトビウオか何かのように海面から垂直に戦闘機が飛び出してきた。
白銀の機体に必要最低限のフォルムは冥月の乗ってきた戦闘機『月光』である。
「……っ! 攻撃開始っ! なんとしてでも落としなさいっ!」




