第七十八話「キャロル・マグワイア」
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補佐官。
フリューゲル内部の格納庫、いよいよ冥月はヴァスタ大陸へ向けて出撃をするための準備を整える。
「……莉乃たちも、ブリーフィングルームから出たらしいな」
ブリーフィングルームにこもっていた莉乃たちがトレーニングルームに移動したということは、全ての準備が整ったらしい。冥月は戦闘機『月光』に乗り込むと、艦橋からの通信に耳を傾けた。
『わかってると思いますが、ヴァスタ大陸では我々は何のアシストも出来ません。完全に冥月さんの力にお任せすることになります』
通信機越しに伝わるアルルの声、冥月を心配しているのか、言葉の端々に気にかけるようなニュアンスが含まれている。
「わかっている。それにラクィア大陸もそれどころではないからな」
メアリ・デルフィアが近づいているならば警戒し、対策を立てねばならない。
ひとまずの対策は立ったらしいが、話を聞こうにも肝心の莉乃たちがどういうわけだか話したがらないため、冥月は彼女らの口を割らせるのは諦めていた。
「莉乃たちはトレーニングルームで修行中か?」
『はい、どうやらメアリ元帥との戦いのために、かなり激しい修行をされているようです』
なるほど、メアリがどれほどの実力かは不明瞭だが、正面から戦うしかないと判断したらしい。
瞳を閉じて理気を集中させると、フリューゲル内部のトレーニングルームで激しい理気による応酬が感知できる。
直接見に行く必要もない、莉乃たちはかなり厳しい訓練をして、少しでもメアリに追いつこうとしているようだ。
「……わかった。なるべく早く帰るつもりだが、それまでなんとか持ちこたえてくれ」
それだけアルルに告げると、冥月はいくつかの計器類をチェックし、ラクィア大陸の外に広がる空間へと転移するための準備を進める。
新たな場所に空間転移するためには座標軸の計算が必要なのだが、『八識』に至った今の冥月にはそのようなものは不要。
理気による感覚で、転移先の空間を認識、それを文字に起こして空間転移用の座標を入力することなど朝飯前だ。
「……ラクィア大陸の外縁部、極点を越えてヴァスタ大陸へ向かう経路だな」
コンピュータ上は七時間かかるとのことだが、途中で休憩を挟む必要もあるしなんらかのトラブルに巻き込まれる可能性もある。
実際のところはもっと時間がかかるとみて間違いない。
「……よし、では行こうか」
必要なデータを入力するといよいよ起動、格納庫内部で戦闘機『月光』が浮遊するとともに『時空捻転現象』が発生し、冥月の乗る戦闘機を定められた場所へと転移させた。
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「……座標軸確認、どうやら無事に出られたらしいな」
時空捻転現象を抜けると、そこは流氷や氷山が浮かぶ大海原。
ちらっと後方を見ると、空間が歪んでいるのか陽炎のようにゆらゆらと揺らめいでいる大地が見えたが、恐らくはあれが障壁の外から見たラクィア大陸の姿なのだろう。
「……(さて、あとは方角を確認しながら進むだけだな、しかし……)」
現在冥月がいるのは最果ての大陸であるラクィア大陸よりもさらに北方たる極点。アルルによると、そこからアベルディン南方に位置するヴァスタ大陸までは障害物は存在しないらしい。
冥月が北方からヴァスタ大陸を目指す針路をとったのは、南下した場合ガリアス大陸やアベルディンを擁する中央大陸アーカラ上空を通過しなければならない危険を冒すことになるためだ。
ともあれ、アベルディン上空を通過するよりかは遥かに安全な針路だろうが、油断は禁物。
レーダーばかりではなく理気による知覚も併用しつつ、冥月は戦闘機を進める。
「……(ん? 数百キロ先の海上に相当数の人員がいるな?)」
レーダーはまだ探知していないが、鍛え抜かれた冥月の理気はすでに遥か彼方にいる何者かの存在を感知していた。
「……(複数の艦船による艦隊、戦力は駆逐艦6隻に重巡4隻、戦艦が一隻、かなりの規模らしいな……)」
さらに理気を集中させると、旗艦と思われる戦艦内部にいる指揮官らしき人物の姿がおぼろげながら見える。
滑らかな長い髪に腰には金銀の装飾が施された軍刀、かなり位が高い人物なのか立派な軍服を纏った美女だ。
しかしその身に纏う理気はEMS人らしい他者を侮蔑したようなものであり、強い悪意に満ちた気運はかなりの距離があるにも関わらず冥月に悪い印象を与える。
「……(EMSの軍人、否どこかの大陸の補佐官、か……?)」
各大陸に存在する大陸の統治者たる総督を補佐する役目にある補佐官。
一人の総督に二人の補佐官がつくため、都合世界に八人しか存在しないEMS内部でも限られた人間しかなれない支配者層の一人だ。
「……(メアリの作戦、否、違う、この感じは彼女とは違う別の誰かの指令によるものか……)」
EMS内部における派閥争いに冥月は興味はないが、どうやらあの艦隊もラクィア大陸を攻撃するつもりらしい。
「……(このままだとかち当たるな、少し様子を見るべきか……)」
そう結論付けると、冥月はより状況を仔細に調べるために戦闘機の高度を上げると理気を集中させる。
すると少しずつではあるが艦隊中枢、旗艦におけるやりとりが鮮明に見え始めた。
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艦隊中枢、すなわち旗艦『クイーンセオデン』の艦橋に立つ補佐官、キャロル・マグワイアはイライラとした表情で艦長席にふんぞり返っている。
「ラクィア大陸にはまだつかないのか?」
キャロルに質問された甲板士官はピクリと背筋を伸ばしながら口を開いたが、その声は緊張によるものか微かに震えていた。
「あと一時間半はかかるかと思われます」
「はあ、随分と長旅になったわね。この鬱憤どう晴らしてやろうかしら?」
キャロルが何気なく呟いた言葉に甲板士官は震え上がる。彼女が鬱憤を晴らすのは敵対勢力であるラクィア大陸の和人や爬人だけではなく、この船にいる誰かかもしれないことを知っているからである。
「……サンドバック35号は? 早く呼び出して頂戴」
「あのキャロル補佐官、彼女は今朝荷物室で冷たくなっているのを発見されました」
サンドバックなどと無機質な名前ではあるが、甲板士官はその存在がどういうものなのかよく理解していた。
「あ、そう。なら捨ててサメの餌にでもしなさい。後任は、貧乏人のくせに生意気にも海兵になったあの娘にしようかしら?」
クスクスと笑いながらあまりにも残酷極まりないことを、まるで少女のような口調で口にするキャロルに甲板士官は背中に冷たいものが走る。
「……補佐官、ここまで来てこんなことを言うのもなんですが、本当に良かったのでしょうか?」
「あの片目が任されてるデモニア大陸に先回りすること? 私たちはヴァスタ大陸総督セオディア・ジェイゲンの命令で奪われたものを取り返しに行くのよ?」
何も問題などない、と告げるとキャロルは微かに口元を歪めた。
「それにただでさえあの卑猩どものおかげで女王派の権威は失墜しつつあるのよ? ここに来てメアリに仕事をされては困るわ」
ヴァスタ大陸の総督家であるジェイゲン家と補佐官の家であるマグワイア家はいずれもEMSの内乱たる『双鎌大戦』の頃から反女王連盟の家。
そんな一歩間違えば反逆者扱いされかねない家柄でありながら未だにジェイゲン家がヴァスタ大陸を支配し元老院にも議席を持つことが出来ているのは、ひとえにかの大陸が世界一の爬人産出国、要するに奴隷を輸入して巨万の富を得ているからである。
セオディアの持つ資産はEMS王室にも影響を与えるほどであり、官僚も反女王連盟の息がかかったものが大半を占めているのだ。
それ故に元老院も王室もヴァスタ大陸の統治には口を出せずいる。
「……まあ、色々と噂はあるけれど所詮卑猩は卑猩、私たちEMSの敵ではないわ」
そしてメアリ・デルフィアを出し抜く形でラクィア大陸を制圧し、ヴァスタ大陸こそが女王以上の力を持つことを世間に知らしめることが出来れば、最早名実共に反女王連盟が世界を支配したも同じことというわけだ。
「すでにデモニア大陸の障壁を突破する力は『あのお方』から授かっている。あとは愚かな家畜と奴隷を屠殺するだけというわけね」
「……しかしキャロル様、アルディス砂漠の領主、キャサリン・フリューゲル卿を倒したのはその卑猩、冥月というではありませんか」
甲板士官の提言に、キャロルはうるさそうに顔をしかめる。
「そうね。あの貴婦人を失ったのは大きかったわね。『禁足地』から掘り起こしたオーバーテクノロジーも卑猩どもに奪われてしまったし……」
アレーナルベルス城の城主たるキャサリン・フリューゲルもまた反女王連盟の一人だった。
本来キャロルらの戦力となるはずだった麒麟族のオーバーテクノロジー、戦艦フリューゲルはキャサリンの打倒とともに奪われ、今や冥月らの力となっている。
掘り起こされた時点ではキャロルもセオディアも戦力の足しになれば良い程度に思っていたのたが解析が進み、そのあまりにも高い性能が解明されるにつれて反女王連盟の切り札となり得ると考えていたのだ。
「たしかにあのオーバーテクノロジーは脅威だけど、結局卑猩どもの戦力はそれくらい。あれをなんとか押さえることが出来ればなんとでもなるわ」
「……だと良いのですが……」
そこまで上機嫌に話していたキャロルだったが、計器類をチェックしていたオペレーターが振り向いたため口を閉ざす。
「ヴァスタ大陸、セオディア総督から通信です」
「繋ぎなさい」
キャロルの言葉に従ってオペレーターが何やら操作すると、中央のモニターに金髪の美女、セオディア・ジェイゲンが映し出された。
『順調にデモニア大陸に向かっているようね』
セオディアの言葉に対してキャロルは心中の不機嫌さを巧みに隠しながら深々と頭を下げる。
「はい、この『クイーンセオデン』の性能は素晴らしいものです」
ヴァスタ大陸の支配者でありキャロルの上官であるセオディアの名前を冠した旗艦、自己主張が激しいとも言えるがそのような指摘が出来る者はこの世界にほとんどいない。
『高い買い物だったもの、それくらい出来ねば甲斐がないわ』
どうやらセオディアもこの新造艦は気に入っているらしく、モニターの中で満足そうな笑みを浮かべていた。
『必ずやメアリ・デルフィアよりも先にデモニア大陸を制圧し、あのオーバーテクノロジーを奪い返しなさい。相次ぐ失態で女王派の権威が失墜した今こそ私たち、反女王連盟が台頭する時よ』
ラクィア大陸にいる存在は塵芥としか思っていないのか、勝利を確信した表情でセオディアはそうキャロルに告げる。
「必ずやご期待にそう活躍をしてご覧に入れます」
平伏し、隠れているキャロルの表情は、何やら狡猾な狐を思わせる笑みに彩られていた。




