第七十七話「EMSの接近」
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対策会議
「よし旦那、これでいつでも出られますぜ」
戦闘機『月光』の試運転を終えて、フリューゲルへ帰還すると、すぐさまベルゼルトは最終調整を終えた。
「もう乗り方に関しても不安はありませんね?」
ベルゼルトの言葉に対して冥月はもちろんとばかりに頷いてみせる。
「なんとなくだがな、しかしここまでアルルの言う通りになるとは思わなかったな……」
理気による直感が『月光』の操縦法をここまで正確に伝えてくるとは思っていなかったため、冥月はどことなくバツが悪そうに顔を歪めた。
「ま、旦那の才能ならこれくらいは行けますよ。あとは『時空捻転現象』を応用した空間跳躍ですね」
ベルゼルトの言葉に微かながら不安そうな表情を見せる冥月。毎度毎度、時空捻転現象のせいで酷い目に遭ってきたことを思い出したのである。
「……やり方はなんとなくわかっているが、どうも不安だな……」
「心配はないっすよ。旦那なら何が起きても乗り越えられるでしょう?」
微妙に励ましにならないような言葉をかけられてしまい、冥月は苦笑すると『月光』内部のコクピットに目を向けた。
「ここまでの形にしてくれたのは君とアルルのおかげだな。ありがとう、ベルゼルト」
冥月の謝意にベルゼルトは誇らしげに鼻をこする。
「はは、よして下さいよ旦那。俺たちはあの時旦那たちに助けてもらえなかったらノリス・イェンセンに使い潰されてましたからね」
ゲネシスソイミートタワーで出会い、様々な修羅場をくぐり抜けてきたが、思えばベルゼルトたちとも長い付き合いになったものだ。
「じゃ旦那、準備が出来次第艦橋に連絡してください」
「わかった。それぞれの戦場で戦うとしよう。だがその前に訊いておきたいことがある」
訝しげな表情で首をかしげるベルゼルトに対して冥月は神妙な顔つきのまま頷く。
「ヴァスティーユについて訊いておきたい。たしか君やボティスはヤーハンに派遣される前はあそこにいたとか?」
伝え聞いた話だがヴァスティーユ総督セオディア・ジェイゲンは奴隷の派遣レンタルのようなことをしているらしくベルゼルトらがゲネシスソイミートタワーにいたのもそのためらしい。
「ヴァスティーユにいたとは言っても俺は奴隷区画から出たことないので詳しくはありませんが、ここ数年セオディアの娘で補佐官であるエレナ・ジェイゲンが仕事をしてないという噂は聞きましたね」
あくまで噂程度の話らしいが補佐官エレナはかなり真面目に仕事をこなす上、かつては犯罪者や反抗した奴隷が収められるダイオンプリズン、通称『大監獄』の改革にも着手しようとしていたそうだ。
「今はそんな話しは聞きませんね。理想燃える少女も大人になったってことでしょうか?」
確かにベルゼルトの言う通りかもしれないが、それ以外にも何か理由があるような気がして、冥月は眉根を寄せる。
「これくらいしかわかりませんが、お役に立ちますか?」
心配そうなベルゼルトに対して冥月はすぐさま破顔してみせた。
「……いやありがとう。参考になった」
ベルゼルトが一礼して立ち去ると、冥月は戦闘機の動作チェックをしようと操縦席によじ登る。
気になることは多々あるが、まずは目の前のことから着手すること。
「……(さすがに問題なく仕上がっているか、ベルゼルトも良い仕事をするものだ)」
完全にオーバーテクノロジーであるが、『月光』には小規模ながら『時空捻転現象』を起こす装置が搭載されているらしい。
これにより単独でも空間移動が可能となるわけだが、まだ全容が解明されきってはいない技術なだけに、必要最低限の使用にとどめるというのが冥月の結論である。
「……(そういえば今頃莉乃たちはメアリ・デルフィアに対する対策会議をしているのだったな)」
心に重荷を抱いたままヴァスタ大陸へ派遣しないで済むようにと、莉乃たちは冥月の会議参加を認めなかったのだ。
「……(メアリ・デルフィア、EMS最強の戦士を相手にして、どうするつもりなのやら……)」
メアリ・デルフィアだけでなく無数の兵士がラクィア大陸に侵攻することも、圧倒的に不利なことも冥月は理解している。
しかし頭では圧倒的な不利を理解していたのだが、不思議なことに冥月は莉乃たちがこの戦を生き延びることができるという直感があった。
「……(死ぬなよ、莉乃)」
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「メアリ元帥がどのくらいの兵力を指揮して攻め込んでくるかは不明だが、最低でも三個師団規模、すなわち六万人ほどの兵力が控えていると考えても良い」
フリューゲル内部のミーティングルームでヴィルヘルミナは居並ぶ面々に対してそう説明した。
「こちらの戦力はラクィア大陸全土から募った反抗勢力とアラドラキアスの義勇兵しめて二、三千、一個旅団程度の数しか揃ってはいない」
おまけに敵勢力の大半は実戦経験に乏しいとは言え正規の訓練を受けた兵士が大半。
さらには指揮をとるのが百戦錬磨のメアリ・デルフィア元帥となれば尋常な手段では勝ち目は皆無とみても良い。
「これほどの兵力を集めてくるとは、メアリ殿はよほど我々のことを警戒しているのじゃな……」
なにやら感慨深げにそのようなことを呟く清白。これまでの戦いは指揮を執る側に慢心や侮蔑の気持ちがあったからこそ見逃されていた部分もあったのである。
それ故にアルディス大陸でもラクィア大陸でも圧倒的に不利な条件にもかかわらず勝利を重ねることが出来た。
しかし今回メアリ・デルフィアは全力でラクィア大陸を攻略せんと準備を整えている。いよいよ本当の意味でEMSと戦うことになるのだ。
「師団規模、でも問題はない、『七識』以上の者がこれだけいるなら、敵の戦力は気にしなくて良い、問題は……」
マスティマの言葉に頷くのはヴィルヘルミナ、険しい表情のまま両手を微かに鳴らす。
「……そうだ、EMS元帥メアリ・デルフィア、理気に関しても指揮能力に関してもこれまでのEMS貴族とは一線を画す能力。正直我々が力を合わせても勝ち目は薄いだろう」
勝ち目が薄くとも生き延びるためには戦わなければならないものの、メアリ・デルフィアが全力を出した場合、どれほどの力を発揮するのかは同じEMS軍人であっても泰平の世の中に生きてきたヴィルヘルミナにも未知数の領域だ。
「メアリ・デルフィア、か。マスティマや莉乃、冥月殿は我等と違い『八識』の領域、それでも勝ち目は薄いのか?」
清白の問いかけに対してマスティマは微かに目を伏せる。
「直感だけど、おそらくメアリは、すでに『八識』を、越えている。高次元生命体の、領域……」
つまりは理気に関しては麒麟族と同等かそれ以上、どのような手段でそれほどの力を得たのかはわからないものの、打倒することが困難なことは間違いない。
「『八識』を越えた領域、『九識』ってことか?」
唇を尖らせながらそのようなことを言う莉乃。適当に言った文言だったがマスティマは腕を組んで何やら頭を振った。
「『九識』、森羅万象を制御し、あらゆる事象を支配する、生命力の権化、高次元生命体以外で、この領域に立った者は、皆無……」
マスティマの説明にヴィルヘルミナは固く唇を引き結ぶと、何やら考えこむ。
「……そうだな。メアリ閣下の力ならばそれくらいは容易いだろう。あの方の力は人知を超えた部分もあったからな」
敵勢力はどうにかなっても、メアリ一人で覆されないというあまりにも勝ち目が薄い戦いに、ブリーフィングルームは重苦しい空気に包まれた。
「……もし、冥にいがいたらこの戦いはどうするだろうな?」
沈黙を打ち破り、そのようなことを呟く莉乃。冥月はヴァスタ大陸でロベルト救出の任務についているためメアリ・デルフィアとの戦いに出ることは出来ない。
だがこれまで不可能を可能にしてきた冥月ならば、この絶望的な状況もなんとかなるのではないかという思いを抱くのは仕方なきことである。
「……あやつのことじゃ、生命を燃やしてその身を粉塵に帰そうが、メアリ・デルフィアを倒すじゃろうな」
生命と引き換えにして何かを成すのではなく、生命を引きかえとしてもなし得ないことを成す、そう清白は結論付けた。
「そうかもしれねぇな。でも冥にいがここまで戦い抜くことが出来たのは理気を極限まで高め、戦いの中で強くなったからだ」
莉乃の言う通り、冥月はいかなる状況であっても生き残ることを諦めず、理気を燃やしてただ己が出来ることをしてきたに過ぎない。
生きることを諦めず、不当な圧力に屈さず、ただの一度も問題から背を向けることをしなかったからこそ生命力は、否理気は応えてくれたのである。
「……そう、理気は全ての生命の根源、生き延びたいと願う力が、強ければ強いほど、力を発揮する」
どうやらマスティマもやる気になったらしい。一度だけ莉乃に微笑みかけると、鋭い目でヴィルヘルミナを見つめた。
「ヴィルヘルミナ、メアリの弱点は、ある?」
「あの方に弱点らしい弱点はない。強いて言うならば過去の戦いが原因で片目を失っているくらいか」
メアリはかつてメギドの戦いで『太陽を喰らう者』ギラファによって左目を奪われている。
だがここまで理気を高めている以上、理気があらゆる感覚を補うためたとえ盲目だったとしても問題にはならない。
「……つまり弱点はないということじゃな」
厳しい口調でそのようなことを呟く清白。だがヴィルヘルミナは何やら首を傾げていた。
「否、伝え聞いた話しによればあの方は過去に身内内の権力闘争を経験し、それ故に残された家族、特に歳が離れた弟であるセシル・デルフィアを大切にしていると聞いた覚えがある」
ヴィルヘルミナによればデルフィア家はガリアス大陸で五本の指に数えられるような名家であり、同時に代々総督を排出するような家柄なのだとか。
そんな家にあってメアリは分家筋ゆえに軍人としての道を歩み、親戚内の権力闘争からは一歩退いた位置にいたのだという。
しかし権力闘争は激化、主だったる面々は軒並み共倒れする結果に終わり、その末にメアリは寄る辺をなくした身内を弟として引き取り、家督を継いだのだ。
そして中でも幼き弟たるセシル・デルフィアは無敵と恐れられるメアリ・デルフィアにとってのアキレス腱。押さえることが出来れば戦いを有利に進めることが出来るはずだが、これに対してマスティマは微かに首を振る。
「今から、セシルの身柄を押さえるのは、現実的では、ない。それに、身内を利用したくは、ない」
過去にマスティマは同じことをEMSにやられたからか、セシルを利用するような作戦は気が進まないようだ。
「しかしそれ以外に方法はない、たしかにガリアス大陸にあるデルフィア邸に侵入してセシルを拘束するのはこの段階ではギリギリのタイミングだが……」
セシル・デルフィアを拘束する有用性についてヴィルヘルミナは説明しようとしたが、そんな彼女を制するようにマスティマは立ち上がる。
「……EMSと同じことを、するべきではない、確かにセシルを押さえれば、メアリも降伏せざるを、得ない」
しかしそんななりふり構わない戦い方をしてしまえば、自分たちの精神性を著しく損なうのは間違いない。
汚い作戦に対して汚い作戦で応えていれば泥沼の深みにはまり、戦いはより混迷していくことになるのだ。
「……わかった。私もこの作戦はあまり好かない。違う手を考えよう」
そう話すヴィルヘルミナだったが、他に作戦もないため正直に言うとお手上げ状態である。
「……全員で力を集結して、メアリと戦うしかねーな」
莉乃の言葉に清白は力強く頷くと、ヴィルヘルミナに視線を向けた。
「うむ、ならば理気の修行を兼ねて、戦いが本格的に始まる前に互いの連携を強化する必要があるかもしれぬな」
複数人で力を合わせるならばより効率的に動くため、協力技を会得するのは急務である。
「今からでも、修行を始めた方が良い、時間は、刻一刻と、近づいている」
マスティマの言う通りメアリはラクィア大陸を確実に攻め落とすために準備をしているのだ。
ならばそれまでにこちらもやるべきことをするべきであろう。
「……それが一番近道になりそうだな」
困ったように頬をかくヴィルヘルミナ。とにかくまずは強くなること、一同はすぐさま立ち上がると、トレーニングルームへと向かっていった。




