第七十六話「ヴァスタ大陸への道」
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不穏な気配?
太陽の光に照らされて空を舞う戦闘機。冥月によって『月光』と名付けられたその白銀の機体は宙を旋回するたびに光を反射し、地上に光を投げかけていた。
「……なかなかのじゃじゃ馬だな」
困ったように呟きながらもエルリクム上空にて見事な動きで戦闘機を操る冥月。
このような機械を操縦することはこれまでなかったのだが、理気による加護なのかどうすれば操縦出来るのかがわかってしまうのである。
「まさか本当にどうにかなるとはな……」
『八識』に至ったことによるものか、機械の扱いはマニュアルを見ずともどのスイッチがどのように作用するのかほぼ全て把握していた。
論理的に操縦法を理解しているというよりかは、戦闘中に相手の動きを先読みすることに近い、どちらかと言えば直感に近いのだが、とにかく今の冥月はどれほど複雑な機械でも手足のように扱ってしまうだろう。
『旦那、どうですか調子は?』
戦闘機の機能を試していると、フリューゲルにいるベルゼルトから通信が入った。
どうやらこの機体の解析自体はアルルが行なっていたらしいが、実際に調整したのはベルゼルトのため、機体整備も彼が担当しているらしい。
「悪くない、まさかここまで自由に動かせるとは思わなかった」
冥月の言葉にベルゼルトは通信越しにカラカラと笑う。
『旦那くらいになれば訓練を受けなくても、それくらいは動けますよ』
マニュアルがなくとも直感だけで動かせるようになるにはどれくらい理気を鍛えねばならないのか冥月にはよくわからない。
しかしここまでの道のりは決して平坦ではなかったことを思い出し、苦笑いしていた。
『それじゃ試運転が終わったら適当なところで戻ってきて下さい、最終調整をしますから』
ベルゼルトの言葉に頷くと、冥月は操縦桿を握りエルリクム郊外に停泊しているフリューゲルに進路を向ける。
「……いよいよ次はヴァスタ大陸、か……」
ヴァスタ大陸、冥月との実験に使用された麒麟の骸があったという『禁足地』を始め、ベルゼルトらがゲネシスソイミートタワーに来るまでいた場所、監獄都市ヴァスティーユなどなにかと麒麟族にとって所縁が深い場所だ。
今後どうなるかは冥月にもまだわからないが、あの地が麒麟族にとっては大切な場所であったことくらいはわかる。
「……(そんな場所に『監獄都市』などと名付けた街を築くのはどうかと思うがな)」
ベルゼルトやボティスから伝え聞いた話によれば、ヴァスティーユは爬人にとってかなり生きづらい環境とのこと。
そこで生まれた爬人は幼い頃からEMS人にとって都合がいいように酷使され、死んでいくのだ。
「……(結局どこまで行っても爬人は奴隷、というわけか……)」
否、今は考えるのは後回しにすべきだろう。まずはヴァスタ大陸に至り、ロベルトを助け出すことを考えねばなるまい。
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冥月が戦闘機『月光』の試運転に勤しんでいる時、新星都市エルリクムに停泊するフリューゲル艦内ではちょっとした騒ぎが起きていた。
重苦しい雰囲気漂うフリューゲルの艦橋。ボティスらオペレーターとして作業する者を除くと、現在この場所には五人の女性がいる。
「……納得してもらわないと、困る……」
困ったような口調でそのようなことを言うのはマスティマ。いつものとろんとした瞳ではあるが、今日はどこか焦っている節も見受けられた。
「なんで俺が冥にいと一緒にヴァスタ大陸に行っちゃいけねーんだよっ!」
そんなマスティマに肩を怒らせて抗議をするのは日に焼けた褐色の肌に鍛え抜かれた巨躯の少女莉乃。
最近は荒っぽい言動も少なくなっていたが、久方ぶりとも言えるほどに目を釣り上げている。
「お主に行かれてはラクィア大陸は大きな戦力ダウンに陥る。ヴァスタ大陸は冥月殿一人で十分じゃが、その間こちらには帝国一の戦士が来るかもしれぬのだぞ?」
莉乃を咎めるように口を挟むは清白、彼女もまたマスティマ同様焦っているのか、口調は厳しい。
「莉乃、今やお前はラクィア大陸、否全和人の中でも最強格、いるべき場所は吟味しなければならない」
続いて口を開いたのは莉乃に劣らない露出度の女性ヴィルヘルミナ・ガドウィン。
普段は冷徹なその瞳の中に、微かながら感傷的なものを宿らせ、莉乃を見つめていた。
「……け、けどよ……」
莉乃としては冥月が一人遠くにある大陸に行くのが心配でならないのである。
もっとも、実力によることではなく彼女の心配は自分を置いてどこかに冥月が行くのではないかと言う事柄なのだが、莉乃自身もそんなことには気づいていない。
「莉乃、貴女も頭の中では理解しているのではありませんか?」
最後に口を開いたのはアルル、どうやら研究は一旦休止してどうしても冥月について行きたい莉乃を説得するために現れたらしい。
「清白の言うように冥月さんがヴァスタ大陸に行けば『八識』の理気使いはマスティマさんと貴女だけ、そして帝国一の戦士、『単眼将』メアリを押し止めるには二人でも厳しい状況でしょう」
驚愕の戦闘能力を持つメアリ・デルフィアの力はおそらく『八識』クラスが複数人集まったとしても撃破するのは難しい。
データ上の記録ではあるが、アルルもまたヴィルヘルミナ同様メアリの実力を知るからこそラクィア大陸に莉乃がいかに必要なことを痛感していた。
「……それに、貴女には、重要な役割が、残ってる」
マスティマはそう告げると、清白とヴィルヘルミナの二人に目を向ける。
「メアリ・デルフィアが来るまで、どのくらいかかるかは、わからないけど、それまでに、『七識』にある、二人を、強くする、必要がある」
短い期間ではどれほど集中して修行したところで付け焼き刃にしかならないだろうが、それでも何もしないよりかはマシだ。
それに、現在は冥月のラクィア大陸で行われた実戦データもあるため短期間でかなりの強さを得るのも不可能ではない。
特に『八識』特有の力である『概念理力』と『戯法理術』、この二つのデータが取れたのは非常に大きいと言えよう。
「ま、大船に乗ったつもりでいれば良い、冥月殿のこと、一週間もすればロベルトを連れて帰ってくるじゃろう」
莉乃を安心させようとカラカラ笑う清白。彼女も冥月がどれほどの使い手か知っているからこそ、そのようなことが言えるのだ。
「それにな莉乃、ただ隣に立って戦うばかりが妻の役割ではない、帰ってくる場所を確保しておくのもまた大切な仕事じゃ」
「……っ!」
清白の言葉に莉乃は目を見開くと、左手の薬指にはめられた赤い指輪を見つめる。
「そ、そうか、そうだな。あいつの帰ってくる場所を守るのも俺の役目か……」
何やら頬を染める莉乃を前にして、ヴィルヘルミナは清白の肩を突いた。
「(よく知らんが、冥月と莉乃は結婚していたのか?)」
「(してない、それどころか莉乃の方は夫婦の意味も多分理解しておらぬな)」
困ったようにそのようなことを呟く清白に対して、ヴィルヘルミナは頭の中にクエッションマークを浮かべる。
「(そうなのか? ならばどうしてそんなことを……?)」
「(いや、前にアルディス大陸にいた時に色々あってな……)」
実際のところは清白が莉乃に対してした失言のせいなのだが、そうとは知らないヴィルヘルミナは腕を組み何やら首を傾げた。
「……(事実婚、か。まああの二人は随分と親密だし、そのような関係になっていても不思議ではない、か)」
何気にアルルや清白よりも前から冥月と莉乃とは関わりがあるヴィルヘルミナ、あの時の二人が息の合った見事な戦いで己を追い詰めたことを思い出し目を細める。
「……何を考えているのか知りませんが、冥月さんは司祭、結婚は厳禁な方ですよ」
呆れたようにそう呟くアルル。だがその言葉はひっかかるらしく、マスティマはすばやく顔を上げた。
「司祭? 冥月、が?」
マスティマの鋭い視線に、アルルはようやく失言したことに気づいたらしく顔を真っ青に染める。
「……アルル、お主何か隠しておらぬか?」
アルルの反応にただならぬものを感じたらしく、清白は目を細めた。
「別に何も隠してなどいません。単に冥月さんは司祭らしいな、と思っていただけです」
微かに嘆息するとそのようなことを告げるアルル。だが先程口走った言葉を取り消すことは出来ず清白の目つきは険しいままである。
「……二人ともそれまで、メアリの奴が来るってときに仲間内で疑いをかけても仕方ねーだろ?」
アルルと清白の間に割ってはいる莉乃。そのどこか心配そうな表情に、これ以上追求する気は失せたのか、清白は微かに目を伏せた。
「……いらぬ騒ぎを起こしてすまなかったな。アルルよ」
「いえ、私も不用意な発言でした」
意外なほど素直に謝罪する清白。アルルのほうもこれまでEMSとの戦いの激しさを知るゆえにそれ以上を求めようとはしない。
「……それでは私は研究にもどります。お騒がせしました」
静かに頭を下げ、そそくさと艦橋から立ち去ろうとするアルル。
「待て、アルル」
そんな彼女の背中に莉乃は鋭い制止の声を投げかける。
「……お前は俺たちの敵、じゃねーよな?」
普段の強気な姿勢とは打ってかわり心配そうな莉乃の姿に、アルルは口元に笑みを浮かべた。
「心配しなくてもあなた方に危害を加えるつもりはありませんよ」
おそらくその言葉は本心からのものであろう。莉乃の感覚はアルルが何の邪念も抱いてはいないことをとらえていた。
しかし理気による察知は正確とは言えない部分も含んでいる。
オリンフィアに冥月の『戯法理術』の効きが悪かったように使い手よりも遥かに強い理気を対象が備えていた場合、理気による小細工はほぼ通用しなくなるのだ。
ともあれ少なくとも今は何もしないらしいことがわかり、莉乃は微かに破顔してみせる。
「それなら良い、引き止めて悪かったな」
莉乃に対してアルルは微かに手をあげると、今度こそ艦橋から立ち去っていった。




