第七十五話「獅子身中の虫」
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寄生虫についてのお話。
フリューゲル内部の格納庫、そこに収納されていたものを見て、さすがの冥月も目を見開いた。
「……これは、すごい……!」
冥月の前に置かれているのは全長数十メートルの戦闘機。機体の色自体は白いものだが、周囲の光を取り込むことで簡易的な光学迷彩も可能と言うのがアルルの言である。
「フリューゲル内部に収納されていた古代のオーバーテクノロジーを改修した品です」
こともなさげにそう告げると、アルルは機体の脇に回って白い翼に手を備えた。
「フリューゲルに使用されている動力炉と同系列の動力源を使用しているようですが、詳しいことはほとんどわかってはいません。ひとまず戦闘機として使用出来る程度には仕上げてあります」
「ま、動かし方に関しては心配はしてないですが、予期せぬことは起こりかねないってことですかね」
機体の下で何やら調整をしていたベルゼルトは、そう呟くと工具を手に戦闘機から距離をとる。
「フリューゲル同様単身での『時空捻転現象』による瞬間移動も可能でしょうが、テストすらしてませんので、しばらくはラクィア大陸の障壁を越える以上の使用は控えた方がよいかもしれませんね」
要はこの戦闘機を使ってヴァスタ大陸首都ヴァスティーユまで行けとアルルは言外に告げているのだが、冥月のほうは困ったように頬をかいた。
「しかし私は戦闘機を操縦したことは一度もない」
そもそも前世でもこのような機体に乗ることはなく、こちらの世界では家畜として扱われてきた冥月が戦闘機を操縦するなど土台無理な話である。
「心配はいりません。きっと必要なことは理気が教えてくれるはずです」
今までもそうだったのでは? とアルルに訊ねられ冥月は苦笑すると白銀の戦闘機を見上げた。
「どうなるかはわからないが、とりあえず足を用意してくれたことは感謝する」
冥月が頭を下げるとアルルは満足そうに頷くと彼の隣に立ち戦闘機を見つめる。
「……冥月さんに言われた通り、リバスアウルムの地下を調査しましたよ」
ティーネとの決戦が迫る中、冥月がアルルに依頼したこと、リバスアウルムの中央公会堂の地下にあった研究施設、否クローンの製造プラントの調査をした件だ。
「中ではノリス・イェンセンのクローンやあの巨女オリンフィアの素体が大量に製造されていました」
「やはりそうか……」
あの戦いの際オリンフィアは中央公会堂の下から出現していたが、恐らく前任者の死亡から数時間して記憶の引き継ぎが完了したため現れたと考えるべきだろう。
「クローンにせよオリンフィアの素体にせよエルリクムの研究施設が破壊されたことで電力も止まり、生命活動を停止しました」
「……そうか、遺体は丁重に葬ってやったか?」
冥月の問いかけにアルルは頷いてみせたが、どことなくバツの悪そうな表情をしていた。
「最終的には、ただ何体かのクローンは解剖をさせていただきました」
「解剖か、何か得られるものはあったか?」
その質問に対してアルルは唇を引き結び、何やら険しい表情で考え込む。
何か言い淀んでいるかのような、そんな様子に冥月は先手を打つ形で口を開いた。
「……寄生虫でも見つかったか? 全素体の身体から」
ビックリしたようにアルルは顔を上げる。冥月からそのような言葉が出てくるとは予想していなかったのだ。
「どうして、そのようなことを……?」
リバスアウルムの研究施設内に保管されていたクローンの体内から蟷螂のような脚が覗いていたこと、オリンフィアの体内から随分と脆い寄生虫が飛び出してきたことなど枚挙に暇がないが、その辺りにあえて言及するようなことはしない。
「色々とあってな、してどうだった?」
しばらくアルルは無言のまま考え込んでいたが、やがて思考をまとめたのか静かに口を開く。
「お言葉の通りです。クローン兵からもオリンフィアの素体からも、見たことがない未知の寄生虫が発見されました」
思った通りだ。そして冥月の仮説はクローンやオリンフィアどころではない部分にまで至っているのだが、そちらに関してはまだ確証を得ていないため無言でアルルの言葉に耳を傾ける。
「その生態は未だ調査中ですが、地上では昆虫、特に蟷螂に酷似した性質を備えています」
人間に寄生したり、生物としては明らかに脆弱過ぎる体質など違いこそあれど、蟷螂によく似た性質を持っているらしい。
「また、この寄生虫は理気に応じて活性化する性質を持っています」
「……ふむ、寄生先の理気を食い物にしているというわけか?」
冥月の疑念に対してアルルは静かに頭を振り、否定の意を示した。
「それもある意味では正しいのですが、あの虫は怒りや憎しみといった負の感情から生じる理気により活動しており、逆に愛情や憐憫といったそれ以外の感情から生じる理気の中では衰弱することがわかりました」
つまりはいかなる理気でも餌にできるわけではないということ。
そういう意味では他人を支配し、和人や爬人を虐げることに悦びを感じるようなEMS人は寄生先に最適と言えるかもしれない。
「……っ!」
そこまで考えてみて、恐ろしい推測が冥月の頭で首をもたげる。
「……アルル、その寄生虫は誰も見たことがない未知のもの、なのだな?」
「? はい、見たことがないもので、これまでどこに潜んでいたのかすらわかりません」
これまで見たことがないような生態系の寄生虫。少し調べただけでも未知の部分が多々出てくるこの生物がこれまでどこにいたのか、アルルですら見当がつかないのだ。
「君はEMS国内で、同じEMS人を解剖した経験は?」
「遺体を解剖したことはありますが、さすがに頭の中まで開くことは元老院で禁止に……えっ?!」
どうやらアルルも冥月が何を言いたいのか理解したらしい。
「……いずこかの地にあるゲネシスソイミートタワー内部の生体子宮とそこから産まれたEMS人の体内、この二つを調べれば、おそらく結果が出るのではないかと思う」
「冥月さんは、あの寄生虫が大多数のEMS人の脳髄に寄生していると、そう考えているのですか?」
まだ仮説の段階のため冥月は自信を持って頷くことが出来るわけではない。
しかし生体子宮を使って生まれてきたクローンを始め、オリンフィアにも寄生していた以上、EMS人が例外とは思えないのである。
「……手始めにこの船内にいる人間の身体検査から始めた方が良いのかもしれないな」
もし本当にあの寄生虫が生体子宮を使用したEMS人に寄生しているならば、フリューゲルに乗り込んでいるEMS人の体内からもなんらかの痕跡が発見されるはずだ。
「確か、現行のEMSでは普通に母胎で育てて出産するのは忌避されているのだったな?」
前にゲネシスソイミートタワーに行った際、そのようなことをアルルが言っていたのを思い出す。
「はい、通常の妊娠出産は畜生がすることという価値観が蔓延しています」
その価値観を広めた者が、もしも意図的にそのような行為をしていたならばどうだろうか?
全ての生体子宮になんらかの処置を施し、例の寄生虫を仕込むためにしておけば貴族平民問わず全てのEMS人に寄生させることが可能だ。
寄生虫の正体はわからないが、もし何者かがEMS人に寄生をやりやすくするために生体子宮の使用を推進していたのならば、そこには必ず何らかの目的があるはずである。
そしてこの寄生虫こそが、ノリスを始めキャサリン、オリン、フィーアといった怪物に変異した者たちと関連性があると冥月の勘は囁いていた。
「しかし、仮に冥月さんの推察通りだとして、誰が何のためにそのようなことを?」
恐る恐ると言った調子でアルルは冥月に問いかける。その表情は青ざめており、緊張しているのが見て取れた。
「確かなことはティーネが何らかの理由からクローン兵やオリンフィアに寄生虫を仕込んでいたこと、そして全ての生体子宮で同じようなことが出来るのではないかということだ」
ティーネがあのような死に方をした以上真相を彼女から聞き出すことは不可能だが、もしも答えがあるならば、必ずどこかで見つかるはずである。
「他にその寄生虫に関してわかったことはあるか?」
冥月の問いかけに対してアルルは微かに首を傾げた。
「……いいえ、ですが気になることがいくつかありました」
そう告げるとアルルはポケットから携帯端末を取り出して、何やら操作する。
「私が調べた限り、あの寄生虫は全て産卵管と思われる器官を備えていました」
「……全員雌だということか?」
険しい表情のまま話しを聞く冥月に対してアルルはすぐさま頷いてみせた。
「その認識で問題ないと思います。しかしおかしなことに卵巣と思われる部位はなく、代わりにいかなる生物のものでもない、異様な器官が存在していました」
どうやらあるべき部位に卵を生み出す器官がないため、本来ならば子孫を残すことが出来ないらしい。
「しかし産卵管は存在する、と?」
「そこです冥月さん。卵を生み出すにしても交尾するにしても生殖器は必要です。にも関わらず退化せずに産卵管だけがあるのは奇妙です」
つまりあの寄生虫は冥月やアルルが想像出来ないような手段で子孫を残しているというわけである。
「その生殖器の代わりにあったという器官が気になるな」
「はい、しばらく調査を進めるつもりですが、あまりにも昆虫の器官とはかけ離れた未知のものです」
つまり生態系を解明するためにはまだまだ時間がかかるといわけだ。
そういえばこれまで気にしたことがなかったが、化け物と化したEMS貴族らは皆産卵管を使って魔螂獣を生み出していたが、あれも考えてみれば不思議な現象である。
明らかに雌であろう肉体から生まれてくるのはまだしも、交尾も何もせずに生命が生まれて来るのはおかしな話だ。
「……(全員妊婦のような腹をしていたが、それも何か関係があるのか……?)」
考えても答えは出そうにない、しかし調べてくれるならば、この件に関してはアルルに任せるとしよう。
いずれ真実が明らかになる日が来ると冥月の第六感は告げていた。しかもそれはそう遠くはないであろう。




