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麒麟将  作者: 花鏡
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第七十四話「戦乱の予兆」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。


戦乱の始まり……。





 大地を照らす穏やか光は、街に建ち並ぶ石造りの住居の壁に反射してその対角線上に位置する大通りや、街路樹をもキラキラと輝かせていた。

 極北の地、ラクィア大陸を席巻したオットー=ティーネ・オフィルアが数日前に打倒されて以降、大陸の首都たるここ新星都市エルリクムには人が戻り、少しずつではあるがかつての活気も戻りつつある。


「……随分と時間はかかったが、ようやく人が戻って来たらしいな……」


 忙しそうに和人や爬人が行き交う大通りを歩きながらそのようなことを呟く青年は、黒いキャソックに腰にはシンプルなこしらえの剣という出で立ちだ。


 彼こそが冥月、この世界では家畜として扱われる和人でありながら『メイプル』と呼ばれる高次元生命体、麒麟族の骸との接続実験で前世の記憶を取り戻してからは頭角を現し、ティーネを始め多くのEMS貴族を討ち取ってきた戦士である。


 そんな彼が何故現在エルリクムの大通りを歩いているかと言うと、街の復興もある程度進んできたため、話し合いをしたいと呼び出されたためだ。


「お、冥にい、こっちこっち」


 エルリクムの中心部に位置する巨大な城、ベル・エリクシア城は、かつてはラクィア大陸の各都市の代表が集うための議事堂としての役割があったのだが、現在は大陸全体が混乱しているため議会は休止している。

 そんな城の前で冥月に向かって手を振る少女は、極めて目立つ容姿をしていた。


 二メートル近い長身に赤と青のオッドアイ、鍛え抜かれた肉体や日に焼けた褐色の肌もまた彼女を目立たせる一因であろう。


 特徴的なのはその身にまとうあまりにも扇情的な服装、肉食獣か何かの毛皮で豊かな胸や股間を隠しただけというお粗末な装束であり、必要最低限の部位を隠すのみという有様のため、筋肉がついた太ももも見事に割れた腹筋も全て白日の下に晒されていた。


 彼女の名は莉乃、冥月ともっとも長く過ごした仲間であり、いくつもの戦場を共に生き抜いてきた盟友である。


「莉乃か、他のみんなは?」


「揃ってるぜ。冥にいが来ないと始まらねぇからな。みんなお待ちかねさ」


 微かに顔をしかめてエル・エリクシア城内部に足を踏み入れる冥月。この話し合いの推移によってはもう戦わなくても済むのかもしれないが、そうはならないだろうという予知が冥月の中にはあった。


「……来たようじゃな」


 城内の奥、議会開催中はたくさんの代表者が集うであろう広々とした議事堂には冥月の仲間たちが集っている。


 冥月が入って来るときに緊張した面持ちで呟いた少女は清白。

 幼い相貌に真紅の瞳に青色を基調とした和装を身に纏った和やかな外見だが、その実剣術の達人という一面も備えた強壮な少女だ。


「それでは、ここまでの進捗を話し合いたいと思います」


 奥まった席にいるバイザーで顔を隠した女性はそう告げると、機械越しに隠された瞳を冥月に向ける。


「どうかしたのか? アルル」


 キョトンとした表情で冥月が訊ねると、バイザーの女性ことアルル・クウォーグは静かに頷いてみせた。


「フリューゲルでボティスがEMS内部のものと思われる無線を一部傍受しました。詳しくはヴィルヘルミナから……」


 アルルに促されて立ち上がった少女もまた莉乃ほどではないが非常に露出が多い姿である。

 かなり際どい部分まで露出したホットパンツにはち切れんばかりの巨乳を抑え込むキツキツの胸当のみという出で立ちであり、ピアスのはめられた臍も露わな、場合によっては痴女と見られるような服装だ。


 ヴィルヘルミナ・ガドウィン、本来はEMS貴族であり帝国宰相たるクララ・ガドウィンの娘なのだが、紆余曲折の末現在は冥月の味方という苛烈な人生を歩む少女である。


「詳しい内容は不明だが、重要なことは二つある。一つは近々ラクィア大陸全土に総攻撃が仕掛けられるということだ」


 なるほど、いかなる技術によるものか、大陸全土に張り巡らされている障壁を突破できるようになったのならば、EMSはいの一番にラクィア大陸を狙うであろうことは、火を見るよりも明らかなことだ。


 しかも偶発的な事故に端を発したとは言え、ティーネがラクィア大陸に侵入出来ていたことを加味すれば、現行の技術でも障壁を突破することが出来るようになるのは時間の問題だったであろう。


「兵力に関してはクローン兵ほどではないが、マルクトの特務部隊が動員される可能性もある」


 ヴィルヘルミナの言葉を遮るようにして一人の女性が手を挙げた。

 簡素な鎧にケープという明らかに戦士の出で立ちでありながらも、どこかトロンとした瞳に穏やかな気運を纏っている。


 彼女はマスティマ、冥月ら和人同様EMSでは奴隷階級にいる爬人出身の女性であり、強い理気と優しい気質を併せ持つ戦士だ。


「それに関しては、現行の戦力で、どうにかなる。問題は、別にある?」


 鋭い指摘である。ことここに至っては、どれだけ兵力を導入しようが、理気を極めつつある冥月らを止めることは不可能だ。

 そんな中わざわざヴィルヘルミナがいの一番に議題に上げたということは、より懸念すべき事情が潜んでいると考えるべきであろう。


「……マスティマの言う通り、傍受した通信を信用するならば、極めて厄介な人物がこの作戦の指揮を執ることになっている」


「厄介な、人物?」


 首をかしげるマスティマに対してヴィルヘルミナは緊張した面持ちのまま首肯した。


「EMS正規軍元帥メアリ・デルフィア、ガリアス大陸の総督であり、同時に軍事部門のトップでもある女性だ」


 ヴィルヘルミナの言葉に名前を聞いたことがあるらしいマスティマは表情を曇らせたが、冥月らはメアリのことを何も知らないため微かに首を振る。


「メアリ・デルフィアというのは、それほどの脅威なのか?」


 冥月の質問に対して答えたのはヴィルヘルミナではなくアルル、バイザー越しにもわかるほどにその表情は険しいものだ。


「脅威なんてものではありません。EMS最強の名前を欲しいままにしている人物です」


 泰平の時代にあってはやることは限られてくるが、彼女のような職業軍人、しかも軍事のトップが本格的に動き出したとなると、それほど冥月らがEMSに警戒されてきたとも言える。


「元帥閣下の力は他の人間を大きく凌ぐもの、理気に関しても武術に関しても、指揮能力もEMSに並ぶ者がないと称されるほどだ」


 かつてのEMS内乱にて、彼女は『太陽を喰らう者』ギラファによって片目を奪われるほどの惨敗を期したらしいが、逆に言えばそれまで負け知らずだったということだ。


「かつては『天眼将ブライトアイズ』と呼ばれていたそうだが、現在は慢心を戒めるため『単眼将モノフタルモス』を名乗っている」


 己の慢心が自分自身の片目を奪ったと考えたのか、あるいは片目でも十分戦えるという意思表示かは不明だが、とにかくメアリの力は十分警戒するべきものらしい。


「二つ目だが、長らく消息不明となっていたロベルト・イェンセンが、ヴァスタ大陸首都ヴァスティーユに拘留されているらしいことがわかった」


 ロベルトと聞いて冥月と莉乃、清白の表情が変わる。


「ふむ、ロベルトの奴は無事なのか?」


 清白の言葉にヴィルヘルミナは難しい表情で頷いてみせた。


「今のところは……。しかし近々ヴァスティーユで処刑されるとのこと」


 なるほど、口封じにヴィルヘルミナが処刑されそうになったのと同様、ロベルトも命を狙われていると言うわけである。

 しかし袂を分かつような行動をしたとは言え、かつての愛人をこうも容易く処刑台に送ろうとは、パウリナも冷酷なことをするものだ。


「前にノリスとともに戦ったよしみ、出来れば助けたいが……」


 冥月の言葉にヴィルヘルミナは険しい表情を見せる。


「ヴァスティーユはヴァスタ大陸の総督セオディア・ジェイゲンが作り上げた監獄都市、潜入も脱出も容易ではないぞ?」


 ヴァスティーユはかなり厳格な警備が敷かれているため、入ることも出ることも極めて厳しく、元老院議員クラスの権限があっても自由に入ることは出来ないような都市だ。


「……いや、今の冥月なら、堂々と入ることも、可能……」


 どうやらマスティマは気づいたらしく、沈思黙考の中に沈んでいるヴィルヘルミナを見つめる。


「『八識あらやしき』の領域に入った、冥月なら、『概念理力がいねんりりき』を応用して、『戯法理術ぎほうりじゅつ』を、相手にかけられるはず……」


 聴きなれぬ単語に冥月ばかりか、その場にいた全ての人間の頭にクエッションマークが浮かんだが、マスティマはどこ吹く風で説明を続けた。


「『概念理力』は、空間に満ちる理気を通じて、敵味方問わず、心理的に影響を与える技」


 前に冥月が麒麟将に覚醒した際に発動し、ティーネとの戦いでは通常の姿でも使用できた現象、それこそが『概念理力』。


「そして、これを応用して、対象の心理を誘導し、意のままに操るのが、『戯法理術』」


 マスティマの言葉に冥月はオリンフィアの口を割らせようとしたこと、ヴィルヘルミナはギラファがアベルディンで看守の意思を操作したことをそれぞれ思い出す。


「……つまりは『八識』にいる私ならば、ヴァスティーユに入れると?」


 確認するかのような冥月の言葉にマスティマはすぐさま頷いてみせた。


「入るところまでは、でも、そこから先は、どうなるか、不透明」


 さすがの冥月も敵地のど真ん中となれば行動は制限されるし、使用出来る理気の幅も狭まるだろう。


「しかし、元帥閣下が指揮する軍勢がラクィア大陸に迫っているならば、これ以上戦力の分散は避けるべきだ」


 ヴィルヘルミナの言葉に冥月は静かに頷いた。戦力が出せない以上、単身でヴァスティーユまで行き、セオディアを始めとするEMS勢力を突破、その上でいずこかに囚われているロベルトを救出するしか道はないと言うことである。


 非常に困難どころか、場合によっては死ににいくとしか思えないような作戦だが、今のところはこれしかない。


「残った者は、メアリが来るまで、いくさの準備をしつつ、私と一緒に、『八識あらやしき』の、修行をしてもらう……」


 マスティマの言葉に冥月以外の面々、莉乃、清白、ヴィルヘルミナは緊張した表情で頷いた。


「……どうやら意見は出尽くしたようですね」


 確認するかのようにアルルはそう告げると、冥月に視線を向ける。


「では別命あるまで、解散とします。ただ冥月さん、貴方には少しばかり付き合ってほしいことがありますので、フリューゲルまでお願いします」


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