第七話「囲い込みの闇」
ソイレントグリーン、良い話しです。
アルルが冥月らに案内した場所は一直線に先へと続く廊下。非常に薄暗かったが、左右の壁に無数にはめ込まれているガラスの箱が緑の光を放っているため足元はよく見えていた。
「……アルルよ、ここはなんのための施設だ?」
居並ぶガラスの箱は緑色の溶液に満たされており、その中にはいくつもの管が取り付けられた微かに脈動する二、三十センチほどの肉の塊が納められている。
この繭のような形状をしたものが何かは冥月にわからなかったが、なんとも言えない不吉な気配に知らず冷や汗をかいていた。
「これは俗にスレイブマトリクス、あるいは生体子宮と呼ばれる錬金工学を用いて製造される品です」
バイザーから漏れる光をガラスの中に向けつつ、なんの感情もこもってはいない無機質な声でアルルは説明を始める。
「EMSの者は貴族平民問わずみな、この装置から産まれてきます。体外受精した受精卵を人工的に着床、これによりEMSの女性は一年近く時間を取られることも、出産の痛みに耐えることもなくなりました」
「……素晴らしい、してどのように作る?」
それだけならばまだすごい発明で終わるかもしれないが、脈動する肉の繭にどうにも不吉な気配を察したため冥月はアルルに続きを促した。
「……主な材料は雌卑猩の子宮です。十代後半から二十代前半くらいの年代で健康的なものが最も適していると言われ、優先的に使われます」
なんとなく予想していたが、やはり実際に聞くとなると胸の奥がざわつくのは否めない。
後ろを歩いていた莉乃もまた青ざめた表情で壁にはめ込まれた生体子宮に目を向ける。
「これが全部……」
「そうです。貴方もタイミングが違えばこの中にいたかもしれませんよ」
アルル曰く丈夫で健康な女性ほど生体子宮の『材料』として選ばれやすく、優先的にこの産婦人部門に送られてくるらしい。
「理解しづらいことじゃな」
どうやら理解出来ないのは冥月と莉乃だけでなく清白も同様のようで、まるでグロテスクな絵画を見るかのような剣呑な瞳で生体子宮を眺めていた。
「普通に妊娠出産する者はおらぬのか?」
「皆無ですね。そもそも妊娠出産はEMSには遠い昔のこと、今となっては卑猩や隷爬、畜生のする行為という価値観が蔓延しています」
アルルとしてもそのことには何か思うところはあるのか、目元を窺い知ることはできないまでも嫌悪の表情を浮かべていることは想像するに容易い。
「……どうやら追っ手が迫っているようですね」
廊下の向こうでバタバタという音が聞こえ始めたため、アルルは扉を素早くロックすると反対側の扉に手を向ける。
「急ぎましょう」
「……ああ」
冥月はもう一度だけちらっと壁の中に埋め込まれた生体子宮を見てから、奥歯を噛み締めアルルに倣い廊下を走り抜けた。
生体子宮が並ぶいくつもの廊下を突破して、続いて来た場所は産婦人部門とは異なり非常に広々とした場所。
「……っ!」
扉を開けた瞬間冥月の鼻についたのはかいだことのないような異臭。
夏場の生ゴミや古い酢を彷彿とさせるようなピリピリする匂いと得体の知れない複数の薬剤が混じり合ったかのようなそんな異様なものである。
こちらも錬金工学による施設なのか工場を彷彿とさせる空間、冥月らの立つ廊下のすぐ下のエリアには無数の水道管が張り巡らされており、巨大なタンクから白濁した液体が次々と送り出されていた。
「っ! アルル!」
「ここは『燃料部門』の管轄である生産プラントです。先程の生体子宮のエネルギーや『兵器部門』で研究開発されている様々な素体の材料となる汎用タンパク質を生産しています」
よく見るとタンクは壁をまたいで隣の区間とつながっており、この異臭はそこから漏れているらしい。
「このまま製薬部門のプラントを抜けてしまえば中央エントランスまですぐ、そこまで行ければ外へ出られるでしょう」
この汎用タンパク質とやらが何から出来ているのかは気になるところだが、なんとなく触れてはならない気がしたため冥月はアルルの言葉に黙って頷く。
「こちらです」
アルルの案内の元一行はプラント内部にある階段を駆け上がり、次のエリアへと進んでいった。
先程のプラントは異臭で満ちていたが、次のエリアに近づくにつれて、今度は腐臭が強くなり始めたため、冥月はまたしても顔をしかめる。
「……この先です」
階段を登りきった先に位置するエリア、そこにあった製薬部門のフロア、否先程から漂っていた腐臭の源もまた冥月に不快感を与えるに十分な場所だった。
投薬実験に使う被験体が収納されているエリアなのだろう。無数にある鉄格子つきの小部屋に中には卑猩、隷爬問わず老若男女の被験体が囚われていた。
だがその被験体は大半が人間とは思えない異形の姿となっており、身体のあちこちは腐敗したかのようにただれ、化石のように白骨化した箇所すら見て取れる。
信じられないことにそんな状態でもまだ生きているらしく、何人かの被験体は唸り声をあげながら部屋の中央で自分の腕に食らいついていた。
「……投薬実験の末に異形となった者は被験体ではなく『ネクロス』と呼ばれ、ここに収監されます」
「収監じゃと? こやつらが一体何をしたというのじゃっ!」
口を開かずただ呆然とかつて人だったモノを眺める一同を見かねたのか、アルルはそう説明したが、ここに来て人を人とは思わない所業に我慢が限界だったのか、とうとう清白が怒声をあげる。
「お主らEMS人は我らを家畜民と呼ぶが、生体子宮だの投薬実験だの、こんな真似を平然とやらかす神経を疑うぞっ!?」
「俺も概ね清白に同意だな」
莉乃もまた静かに前へと歩みだし、腐敗した身体を地面に叩きつける被験体から目をそらし、アルルの前に立つ。
「こんな目に遭うなんて知らされずに連れてこられるなんて酷すぎる。長々と苦しまされるくらいならいっそ死んだ方がマシだ」
莉乃は清白とは違い怒っているようには見えなかったが、その声には失望と落胆、微かな諦観が宿っていた。
彼女はかつて家畜民としてEMSに管理されていた経験もあるため、何か思うところがあるのだろう。
「あなた方二人の気持ちはよくわかりましたが、だからといってどうすることもできません」
ちらっとアルルは収監されている被験体を一瞥したが、鉄格子の向こう側には今この瞬間にも苦痛が増しているのか、血反吐を吐きながら暴れ狂う者すらいた。
「ここに収監されているネクロスや生体子宮はごく一部、ゲネシスソイミートタワーは各地に存在し、同じような研究開発を行なっています」
すなわちこんな地獄絵図のような場所がまだまだ世界には無数に存在するということ。
今この瞬間にもEMSが支配する領域では卑猩や隷爬が連行され、生体子宮や投薬実験のために命を奪われているのである。
「……理気を引き出すための実験だな?」
異形の姿となったネクロスをしばらく観察していた冥月だったが、そのようなことを呟いていた。
どうやらその質問は予期してはいなかったらしく、アルルはバイザーの奥で目を見開きながらも首肯する。
「正解です。なぜわかったのですか?」
「外にいる卑猩たちよりも遥かに強い理気を感じる。これほどの理気を身体に宿していれば何か変異や不調が起きてもおかしくはない」
冥月の言う通り、被験体たちはみな凄まじい理気を身体に宿しており、それは今この瞬間にすら強まっていた。
だが理気の増大に比例して強化されるはずの肉体は、その急激な成長についていくことが出来ていない。
それ故に肉体は崩壊を始めるが、強い理気を持つが故に安易に死ぬことすら出来ず地獄の苦しみを長々と味わう羽目になっているというわけだ。
「それじゃ、この人たちは……?」
「おそらく頭を吹き飛ばされない限り死ぬことはないだろうな」
莉乃の質問に冥月はそう答えたが、アルルが頷いている様子を見るに間違いではないだろう。
卑猩としてずっと暮らしてきた莉乃すら別の生き方を知ったならばこんな反応を見せるのだ、それを見て冥月は他の卑猩もまた本質的には人間と変わらないのだろうと確信した。
EMSの繁栄の闇、彼らは自分たちが何の不自由もなく豊かに暮らすために自分よりもヒエラルキーを下とした生命にありとあらゆる犠牲を強いている。
そんな世界にあって疑う権利すら与えられずに好き放題されるという種族、これでは何のために生きるのかすらわからない。
「……アルル」
ようやく頭が冷え始めたのか、冥月は追手を気にしながらも鉄格子の向こう側にいる被験体に目を向けた。
「どうにか彼らの治療は出来ないのか? こんな状態でただ死を待つだけというのはあまりにも……」
「出来なくはありませんが困難です。彼らの変異は錬金工学、ナノテクノロジーを用いた高度な細胞治療を行えばある程度回復します。しかし……」
「そんな設備はそうそうない上、卑猩や隷爬が使えるわけがない、か?」
アルルの言葉に先回りして答えた冥月、どうやら正解していたらしく彼女は重々しく頷いた。
「その通りです」
すなわち一度こんな状態になったら治療することは出来ないということ。苦痛に苛まれる者を治療すらせずそのまま放置するなど、家畜民云々関係なく、あまりにも生命を軽視する行いではないか?
「……どうやら、我らに出来ることは、彼らを安らかにすることくらいのようじゃな」
酷薄な声でそう呟くと、清白は兵士から奪った軍刀の柄を握りしめたが、追手がいつ追いついてくるのかわからない今の状態では、ここにいる全ての被験体に対処することは難しいだろう。
「清白、気持ちはわかるが今は彼らのことではなく、我等が生き延びることを考える必要がある」
諭すようにそう告げる冥月だったが、清白はキッと目つきを鋭くすると彼を睨みつけた。
「お主は、こんな風に扱われる者を放置せよというのかっ!」
生きている限り地獄が続く卑猩と隷爬。目の前で苦しんでいる者がいるのに何もできないことが、清白は悔しいのである。
「清白、悔しいのはお前だけじゃない」
彼女の内面を察したのか、眉間にシワを寄せながらも莉乃はそう静かに告げた。
「でも冥にいが言う通り、今はここから離れて生き延びることを考えないとどうにもならないぜ」
「……くっ!」
莉乃に言われてようやく清白は今がどのような状況なのかを思い出したらしく、苦しそうな表情で奥歯を噛みしめる
「何かことを成すにせよ、とにかく生き延びねば出来ることも出来ない。今は……」
「わかっておる。わがままを言ってすまなかったな冥月」
軽く頭を下げると清白は柄から手を離したが、やはりそうすぐに切り替えることは出来ないらしく、顔つきは険しいままだった。
「アルル」
「はい、こっちです」
冥月に促されてアルルは一同の先頭に立って扉を開くと、製薬部門の先にあるエリア、中央エントランスへと誘う。
「……いよいよ、か」
卑猩に追われる中で見た不吉な光の広がり、あの時感じた直感に従い崖から飛び降りたことは正しかった。
危険はあったが、その結果アルルから情報を得、清白のような人物とも出会うことが出来たため結果的には収穫はあったといえよう。
「……のう冥月殿、あのアルルとか言うEMS人は何者じゃ?」
何か気になることがあるのか、そんなことを冥月に訊ねる清白。
「どうもあやつの声、どこかで聞いたことがあるような気がするのじゃが……」
「奇遇だな、私もそんな気がする」
清白の言葉に軽く返す冥月、だが今はアルルの正体を詮索するよりもこの場から離れることが優先だ。
外に出ても状況は変わらないかもしれないが、ここにいるよりかは遥かに安全な筈である。
だがゲネシスソイミートタワーから出た冥月の前には、またしても想像を絶する光景が広がっていた。
卑猩
実験動物、愛玩動物、生体兵器の材料
隷爬
奴隷、生体兵器の材料




