第八話「怒りの反逆者」
覚醒イベント?
すでに外はこの世の地獄とも言うべき惨状を晒しており、流石の冥月も何も言うことができずに立ち尽くす。
豊かな森であったはずの周辺はすでに焦土と化しており、理気の障壁により無事であったゲネシスソイミートタワー以外は草木の一本すらない不毛な土地となっていた。
どれほどの火力を使えばそうなるのか不明だが破壊された領域はかなり広いらしく、遥か彼方に見える壁以外、生命の痕跡は何も見出すことが出来ない。
「……こんな、ことが……!」
許されるのか、そう告げようとした冥月だったが、あまりの怒りに声を発することすら出来なさそうである。
「……この大量破壊は、理力兵器と称されるものを使用したためでしょう」
あまりの怒りと絶望感に音がなるほどに歯を噛みしめる冥月に対して、沈痛な声でアルルは告げた。
「大気中の理気を莫大なエネルギーに変換、広範囲に熱線を放ち周辺一帯を瞬時に焦土に変える大量破壊兵器です」
とんでもない威力である。冥月らはたまたま難を逃れたがもしも起爆した際外に出ていた場合、骨すら残さず蒸発していたであろうことは想像するに難しくはない。
「……冥にい、これほどの威力の攻撃があったなら、俺たちを追ってた卑猩たちはおそらく……」
「……ああ、そうだな」
莉乃の言葉に短く相槌を打つ冥月。こんなことになった以上このエリアの卑猩たちは全滅したと見ても良い。
ゲネシスソイミートタワーで見た被験体や生体子宮、さらには彼らの行き着く先とこのあまりの惨状に冥月の怒りはすでに限界を越えていた。
「許せないのはこんな惨状を作り出したノリス・イェンセン! そしてEMSの貴族っ!」
卑猩の犠牲ありきで回る世界、大を切り捨てて小を活かすかのようなそんな世界では、希望などありはしない。
仮に今は上手く回っていたとしても、このまま行けばそう遠くない未来に世界は崩壊し、さらなる悲劇が蔓延ることは間違いないだろう。
だが今の冥月はそんなことよりも人間扱いされない卑猩とその卑猩を家畜どころか道具のように扱うEMSに対する怒りの念が身体を支配していた。
何かを消費しなければ生きていけないからこそ人間は生きるために奪った生命に対して哀悼し感謝しなければならない。
だがEMSのやっていることはそれすらもしない行為、当然のように卑猩の生命を奪い、貶し、あたかも道具のように使い潰す行為である。
家畜以下、同じ生命とすら卑猩を見なさないEMSに対する怒りはすでに頂点に達していた。
「……ノリス・イェンセン……!」
怒りを理気に変えて冥月は右手から雷を放ちゲネシスソイミートタワーの天頂部を狙い撃つ。
しかし理気による障壁は固く、冥月の雷はかなりのエネルギーを帯びていたにもかかわらず、容易く無力化された。
「私は、私はこれほどまでに自分の無力さを痛感したことはない……!」
二度目となる雷、今度は両手から放つ雷を一つに収束させて放ったがそれでも障壁を破ることは出来ない。
「そこまでだっ!」
先程から冥月らを追いかけていた兵士らがようやく居場所を特定したらしく、ゲネシスソイミートタワーから現れる。
「冥にい!」
すぐさま莉乃は斧を構えたが、冥月の方は鋭い目つきでゲネシスソイミートタワーの天頂部を睨みつけたままだった。
「これ以上の狼藉は許さんぞっ!」
明らかに空気のおかしい冥月には構わず、追っ手の兵士たちは腰の軍刀を引き抜き、手に手に構え近づいてくる。
「……貴様らはなんとも思わないのか?」
底冷えするかのようなあまりにも冷たい冥月の声に、直接声を放たれた兵士達ばかりか、その場にいた莉乃、清白、アルルまでもがビクリと身体を震わせた。
「この地獄を見ても、貴様らは……!」
「ふん、これがどうしたというのだ?」
先頭に立つ兵団の隊長は腰に下げていた軍刀を引き抜くと、嘲るような表情で冥月を見たが、やはりその瞳も家畜どころか使い捨ての道具を見るような冷たい、悪意に満ちたものである。
「ノリス様は役立たずの卑猩を滅ぼされただけのこと、貴様らが余計な手間を取らせるからこその処置だ」
「っ!」
つまりこうなったのは冥月と莉乃がヴィルヘルミナと戦い、力に対して力で報いたためだというのか……!
だがあのままいれば冥月も莉乃も死ぬしかなかった。すなわちこの兵士は生き延びようとする努力すらも卑猩には許されないと言いたいのであろう。
「……どうやら何を言っても無駄なようじゃな」
静かに清白は刀を抜くと、急速に肌を冷やすような強烈な殺気を放ち油断なく正眼に構えた。どうやらEMSの所業に怒りを覚えていたのは冥月だけではなかったらしい。
「生き延びることが悪だというなら、俺ももう悪人で構わないっ!」
莉乃もまた斧に理気を纏わせて臨戦態勢をとり今にも襲撃せんとばかりにいきり立つEMS兵士らを睨み据える。
「は、多少腕に覚えがあろうが貴様ら家畜民では我々人間に勝つことなど出来ん!」
瞬間、隊長が合図を出すとともに兵士らは剣を手に莉乃と清白に躍り掛かった。少なくともこの二人は冥月のように属性攻撃をすることは出来ないと踏んだが故の判断である。
「倒せる奴から倒そうってわけか、けどな……!」
どうやら本質を見抜いたらしい莉乃はそう呟くとともに理気を込めた斧を振るい衝撃波を放って近づいていた兵士らを吹き飛ばした。
「な、ば、馬鹿な……!」
あまりの攻撃に絶句する隊長、卑猩たる莉乃がここまでの技を使うなど完全に予想外だったのである。
これまで卑猩や隷爬といった奉仕種族は理気を使えないと思われてきたため、階位が低いEMS兵士には理気に対処する訓練を積んだ者はそういない。
そればかりか大規模な反乱すら起きたことがないために実戦経験すら乏しく、士気も高くはないのだ。
そんな兵士が日夜野獣相手にしのぎを削り、ヴィルヘルミナとの死闘を生き延びた莉乃に勝てる道理はなかった。
「……お前たちにそれが出来るか!?」
鍛え抜かれた肉体から繰り出される一撃は仮に理気がなくとも驚異的、にもかかわらず卑猩故に侮ってかかったための結果がこれである。
「な、ならばあっちを……!」
「遅いのう……!」
のんびりした清白の声だったが、動きの方はそれに反して迅速にして正確、研ぎ澄まされた刃のごときものだった。
「な、なな……!?」
またしても慄く隊長、清白は理気を扱うことは出来ずとも長年の稽古で鍛え抜かれた剣術の技がある。
理気を使えないというのが信じられないほどにその立ち回りは正確であり、小柄な身体を活かした体捌きもまた見事なものだった。
実戦の中で磨いた荒削りな莉乃とは異なり洗練された動きから繰り出される剣さばきは精妙の一言、刃がきらめくたびに一人、また一人と着実に兵士が減っていく。
「稽古が足りぬぞ? 平和ボケが過ぎるのではないか?」
カラカラと煽るようにそんなことを言う清白、絶句していた隊長だったがこれを受けわなわなと震えだした。
部隊が卑猩二人に壊滅状態にさせられた上、これまで卑猩にそんな態度を取られたことがないために一気に頭に血がのぼったのである。
「っ! ならば貴様だっ!」
破れかぶれになったのか、剣を抜くことすらなく呆然と立ち尽くしている冥月に剣の切っ先を向ける隊長。
「奴を殺せ! それで終わりだっ!」
ただ立っているだけの冥月は一見すれば隙だらけ、もしもこの隊長よりも少しばかり冷静に彼を見れるものがいれば、その身に纏う異様な雰囲気に気づいたかもしれない。
だが残念なことに勝負を焦るあまり冷静に彼を観察しきれなくなっている今の隊長にそれは出来ず、闇雲な突撃を命じてしまった。
「……っ!」
即座に冥月は無言のまま軍刀を引き抜くや否や一瞬で刀身に理気の属性を纏わせて一閃、雷の衝撃波を放つ。
まさに神速の一撃、理気の流れで動きを追っていた莉乃や天性の動体視力を持つ清白の持つ慧眼でなければ鮮明ではない動きだ。
「ば、かな……」
電光の速度で空間に広がった雷を避けるすべなどなく、隊長を含む残った兵士らは正面からまともに喰らい、地面に倒れ伏した。
「……片付いたな」
短く呟くと軍刀を腰に納め、冥月は目の前に高くそびえ立つゲネシスソイミートタワーを見上げる。
「次はこれだ」
全身に理気を集中させる冥月、その身に纏う雷は先程放ったものとは比較にならないほどに強く、また暗い。
「……(これは、彼の怒りが理気を引き出しているの……?)」
後ろに隠れて戦闘を見ていたアルルが興味深げに見つめる中、彼の両手から放たれた雷は一撃で障壁を打ち破り二撃目が塔を直撃、爆発炎上させた。
「まだまだ……!」
続いて放たれた三撃目はもはや雷ではなく光波熱線とも呼ぶべき威力である。
自然では発生し得ないようなとんでもない攻撃に晒されたゲネシスソイミートタワーは上から3分の2が消し飛び、そのまま残りも崩れ落ちる。
「まさか、本当にやるとはのう……」
感心したように顎を撫でる清白に対して、アルルは崩れた瓦礫に巻き込まれればどうなるかわかっているため、この場で一番理気に長けているであろう冥月に視線を向けた。
「め、冥月さん、はやく防御障壁を……」
「……防御、こうか?」
やり方はわからずとも理気の導きのままに冥月は力を収束させて防御障壁を張り、見事瓦礫の崩落から背後にいる仲間たちを守った。
「これほどの大破壊をするつもりはなかったのだが……」
ようやく怒りが収まったのか、冥月は防御障壁を解除し、大部分が崩落し後に残るは燃え盛る土台のみというゲネシスソイミートタワーを眺める。
「信じられない力だ……」
「……怒りが理気を引き出したようですね」
もうもうと土煙が立ち上る中、燃え盛るゲネシスソイミートタワーの残骸を見ながら先程までの狼狽を隠すように静かな口調でアルルはそう呟いた。
「あれほどの火力を出せる者は、EMSでもそうはいません」
怒り、前にヴィルヘルミナはクララを傷つけられた怒りから理力値を跳ね上げていたが、やはり精神的なものが理気には大きく作用するのか。
「アルル、あんな実験が横行しておるくらいじゃが、理気を引き出す術は体系化されておらぬのか?」
どうやら清白としても冥月や莉乃の力に思うところがあったらしい。莉乃の方は微かに首を傾げていたが、アルルはその問いに首を振る。
「理力値は基本的に生まれた時の才能が大きく作用します。もちろんそこから伸ばしていくことも可能なのですがゼロから引き出す術は今のところ……」
「待て、アルル」
不穏な気配を察知したらしく、冥月は腰に戻していた軍刀を引き抜くと空を見上げた。
「……来るぞっ! 構えろ!」
今度は余裕を持って防御障壁を張り巡らす。これにより空から無数に降り注ぐ弾丸によって一行が蜂の巣にされるという事態は回避できた。
「何?!」
突然の攻撃に驚く莉乃、どうやらまだ冥月ほどには理気による索敵は出来ないらしく慌てて斧を構え直す。
「……どうやら、まだまだ油断は出来ぬらしいのう」
清白の言葉に頷く冥月、空から現れたのは数十メートルはあろうかという巨大な機械戦車、箱型の躯体に左右に機関銃、上にはプロペラのようなものが取り付けられていた。
「こんなものまで用意していたのか……」
呆れたように呟く冥月の前で機械戦車は地面に着陸、ホバークラフトか何かのように数センチ浮いているのが見て取れる。
『久しぶりね。愚かな家畜民ども』
機械戦車から聞こえてきた声に冥月は収まったはずの怒りが込み上げてくるのを感じ、知らず奥歯を噛み締めていた。
「……ノリス・イェンセンか……!」




