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麒麟将  作者: 花鏡
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第七十二話「白麒将」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。


黒幕?




「全員無事だな?!」


 異様な現象に巻き込まれた研究施設から退避すると、冥月は黒刃の剣を構えながら理気を集中させる。


「ああ、どうにかな。けど冥にい、ティーネの奴は一体……?」


 莉乃もまた状況が把握できていないながらも不穏なものは感じているらしく、戦斧を構えていた。


「詳しいことはわからんが、この理気の流れは覚えがある」


 深い悪意を秘めたほの暗い気運に、逆巻くような激しい理気の流れ、オリンフィアが空間を取り込んで巨大化した時のものに酷似している。


「っ! 冥月殿っ!」


 研究施設の変貌ぶりに息を呑む清白。ティーネの研究施設は空間を取り込みながら巨大化を続けており、生物とも無生物ともつかない不可思議な姿となっていた。


「……ああ、どうやらそろそろ出てくるようだ」


 冥月の言葉通り、研究施設は空間と溶け合って生物的なシルエットを形成するとともに、その形を大きく変える。


 数百メートルはあろうかという巨大な蟷螂の下半身とは異なり、上半身は女性らしい起伏に富んだもの。

 規格外の巨体故に血管が浮かんだ乳房もまた山脈を思わせるような超乳に成長している。

 満月のごとき形状に肥大化した腹部は、本来ならば無機質で構成されているにもかかわらず、引き伸ばされ出臍が鎮座していた。


 肩からは蟷螂の鎌を思わせる巨大な複腕が伸びているが、あまりの巨大さは死神の鎌を連想させる。


「……オットー=ティーネ・オフィルアス……」


 呆然と呟いたヴィルヘルミナの言葉通り、その顔はティーネ、しかし瞳には一切の光彩がなく、ダラリと開けた口からは緑の舌が覗いていた。


『くくく……。随分と好き勝手やってくれましたわね。白き麒麟とその仲間たち』


 聞こえてきたのは確かにティーネの声だが、彼女は口を動かしてなどいない。

 おそらくノリスの時同様、何者かが彼女の声帯を利用しているのだろう。


「何者だ?」


 冥月の質問に対してティーネはグリンとその首を不気味な調子で傾けた。


『ふふ……。知る必要はありませんわ。けれどあなた方知る必要があるとすれば、この力のことですわね』


 ティーネが一歩踏み込めばそれだけで大地は揺れ動き、冥月らも地面に倒れそうになる。


『ティーネの意識は既に消滅してますが、私というEMS貴族を支配する真の強者はこの通り生きていますわ』


 鎌を振り上げて冥月らの首を切り落とそうとするティーネだったが、そんなものに当たるような存在は一人もいない。

 軽い調子で躱す姿に、ティーネは特に反応は見せず、そのまま言葉を続けた。


『つまり、あなた方麒麟の一族が本当に倒されなばならないのはこの私ということですわ』


 真の敵、すなわちノリスやキャサリンはもちろんのことEMSを支配する貴族たちをも操っているというのか……。


「……真の支配者だと?」


 愕然としたヴィルヘルミナの言葉にティーネはクスクスと笑う。


『ええ、哀れな人形娘、例外を除いてすでにほぼ全てのEMS貴族、平民は私の支配下にいますわ。支配されていることにすら気づかず、他人を支配して優越感に浸っている愚かな民族ですわね』


 もしそれが本当だとすれば、真に戦うべきはEMSなどではない。

 そのEMSすらも牛耳る謎めいた存在、彼女をなんとかせねば仮にEMSを打倒したとしても、手を替え品を替え、結局和人爬人どころか人類は搾取され続けてしまう。


「……貴様は、一体……?」


 冥月の質問には答えることはせず、ティーネは巨大化した両手に理気を収束させて凄まじい威力の火炎弾を空中にばらまいた。


「っ!」


 すぐさま冥月らはそれぞれの武器を振り上げてこれを防御したが、あまりの威力に武器が微かに赤熱している。


『言っておくけれど、今のティーネは『服従因子リミッター』を外された上に変容までしてる。『八識あらやしき』並みの力、ですわよ?』


 確かにティーネの纏う理気の気配は清白やヴィルヘルミナよりも遥かに濃く、強大なものだ。


「……『八識あらやしき』と、『七識まなしき』では、あまりに、実力が、違い過ぎる……」


 ヴィルヘルミナと清白を見ながら、そうマスティマは呟く。


「『七識まなしき』の理気は、『八識あらやしき』の理気には無力。肉体すら、一瞬で理気に、分解される」


 前にオリンとフィーア、さらにはオリンフィアに冥月がやったように物質を理気に変換して吸収、あるいは無力化する力。

 『八識あらやしき』の領域にいる者は誰でもその力を持つようで、『七識まなしき』以下の理気使いは一方的に倒されてしまうのだ。


「っ! ここまで来て、儂には実力が足りぬというのか……!」


 悔しさのあまり歯嚙みをする清白だったが、どうにもならない。


「勇気と、無謀は違う……。あの怪物と戦えるのは、冥月か私、そして、目が開きつつある莉乃……」


 淡々とそう告げると、マスティマはいまだショックから立ち直れていない清白と何やら考え込んでいるヴィルヘルミナの前に立つ。


「二人は、私が守る。冥月と、莉乃は、あの怪物を……」


 マスティマの言葉に頷くと、冥月と莉乃の二人は臨戦態勢をとるティーネの巨体を見上げた。

 見れば見るほど巨大な身体をしている。全長に関しては500メートルは下らないという超巨体だ。


「こんなのに勝てるのか?」


 莉乃の言葉に冥月は微かに頷き、肯定の意を示す。


「……とにかく、実力を尽くすしかない。それに莉乃、大切なことは身体の大きさではない」


 小規模なビルくらいの大きさはあろうかというティーネの脚が冥月を捉えた。

 その巨体に似合わない速度でその身を踏み抜かんとするティーネだったが、冥月は瞬時に麒麟剣を引き抜くと、黒刃の剣と交差させて容易く彼女の脚を押し止めて見せる。


「肝要なことは、理気の強さだ」


 次の瞬間、ふた振りの剣から凄まじい理気の衝撃波が放たれ、ティーネの脚を弾き飛ばした。


『……ほう』


「理力剣!」


 続いて冥月が放った二の太刀となる理力剣は弾いた脚を一撃で切断、同時に傷口も焼き止めて再生出来なくする。


『なるほど、さすがに場数を踏んでいるだけはありますわね』


「……まるでこれまでの私の戦いを見てきたかのような口調だな」


 そう冥月は呟いたが、直感的に彼はティーネを操る者がいかなる手段かは不明ながら、これまでずっと監視していたことを察した。


『『八識あらやしき』の力を持つティーネの脚を切るなんて、並大抵の実力ではありませんわ』


 全身に攻撃的な理気を漲らせると、ティーネは左右の肩から伸びている鎌に理気を収束させる。


『喰らいなさい、理力剣!』


 放たれたのは理気の炎、空気、否空間すらも焦がすほどの威力を持つ理力剣はまさに驚異の一言だ。


「なに、炎ならばこちらにも分がある」


「へへっ! そういうこと」


 冥月の目配せに莉乃は瞬時にふた振り目となる戦斧を召喚すると、二つの斧を交差させてティーネの理力剣を受け止める。

 凄まじい理気の奔流に、仰け反りそうになる莉乃だったが精神を集中しティーネの理力剣を全て受け止めてみせた。


「うおりゃあああああああ……!」


 雄叫びをあげながら炎の理力剣を理気に変換、そのまま戦斧の刀身に炎を纏わせるとともに己の理気をも収束させる。


「理力剣っ!」


 莉乃が放った理力剣はこれまで彼女が放ってきたものとも、ティーネが先ほど使用したものとも違う桁外れの威力を秘めていた。


 しかし今や『八識あらやしき』の領域にいるティーネもまた理力値に関して言うならば莉乃はおろか冥月すらも越える。


 莉乃の放った理力剣を無力化せんと、両手から理気の炎を放った。


「まだまだ……!」


 気合を込めてティーネの炎と打ち合う莉乃。その表情は真剣そのものだったが、対するティーネの方は余裕の姿勢を崩してはいない。


『ふふふ……。中々の力だけど、やっと『八識あらやしき』程度の理気では、まだまだ私には届きませんわよ』


 ティーネの言葉に触発されたのか、凄まじい理気を束ねるとともに、莉乃は背中から炎を思わせる赤い光の翼を展開する。


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」


 瞬間、一瞬だけ莉乃の片目が異質な色に染まった。薄い朱華色の角膜に結膜は炎のごとき赤、麒麟将に変化した冥月の瞳と対になる色へと変化したのである。


『な、なんですの、この、力は……』


 予想を遥かに越えるほど莉乃の理気が一気に高まったため、ティーネは愕然とした調子でそう呟いていた。


 今や莉乃の理力剣はティーネの炎をも取り込み、空間に爪痕を残すほどの業火によって周囲の理気にも影響が出ている。


 その空間を焼き尽くさんばかりの威力を持つ理力剣に、慌てて理気による障壁を張るティーネであったが、その威力を殺し切ることは出来ない。


『な、この力……! まさか『超越者アイヌア』の、『紅魔眼こうまがん』だとでも……!?』


 信じられないものを見たとばかりのティーネ。やがて莉乃の炎がその身体を包むと、光としか形容できないような異形の炎がティーネを瞬時に焼き尽くした。


『あはははははは……! 中々に珍しいものを見せと貰いましたわ。その力に免じて、ラクィア大陸からは手を引いて差し上げますわ』


 凄まじい光が複数回明滅したかと思うと、一瞬だけ空間全体が大きく歪む。


「……空間、否理気が元の姿に戻ろうとしているのか?」


 冥月がそう呟くと同時に、内側から太陽を思わせる強い光を放ちながら、ついにティーネは跡形もなく爆散した。




「倒した、のか?」


 ヴィルヘルミナの言葉に、冥月は麒麟剣を腰に納めながら軽く頷いてみせる。


「おそらくは、しかし……」


 いくつもの謎が残ってしまった。EMS貴族が蟷螂に変異する原理は不明のまま、しかもティーネの後ろにはノリスを操っていた者と同勢力と思われる存在がいる。


「……すっきりはせぬが、とりあえずこれでラクィア大陸は平和になったということじゃな」


 清白はそう呟くと、研究施設の周りにあるエルリクムの街を眺めた。研究施設の周りはティーネとの戦いで随分と荒れているが、他は比較的ダメージが少ないため復興に時間はかからないだろう。


「そうだな。まずはラクィア大陸の平和を喜ぶべきか」


 謎は深まるばかりだが、とにかく当面の目標は果たしたのだ。ひとまずはこれでよしとするべきだろう。


「……エルリクムに残存兵力がいないか確かめたらアラドラキアスに戻ろう。しばらくは、休みたいな……」

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