第七十一話「決戦エルリクム」
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになります。
細胞の出所。
あれだけいた兵士らは冥月、莉乃、清白、マスティマ、ヴィルヘルミナの五人が同時に放った属性攻撃により跡形もなく消しとばされていた。
「し、信じられない、あ、貴方たちは一体……?」
「貴様の言う下等な麒麟族の末裔、だな」
ティーネを鋭い目で睨み据える冥月。クローンに人体実験、いくつもの非人道的所業を見てきたが故の義憤によるものである。
「……ひっ!」
その凄まじい威圧感に身をすくめるようにして研究施設に逃げ込むティーネ。しかしここまで来て逃すような冥月ではない。
「待てっ!」
「あいつ、人には死ぬまで仕事させておいて、自分は危なくなると逃げるのかよっ!」
すぐさま冥月と莉乃は互いに目配せすると、研究施設に突入した。
これに慌てたのは清白たち、何せ冥月と莉乃が飛び込んだのはティーネのホームグラウンド、罠があることも考えられるからである。
「待ちやれ冥月殿っ!」
「罠かもしれない、と言っても多分止まらないだろうな」
「莉乃はともかく、冥月が、あそこまで熱くなるのは、珍しい、かも?」
とにかく二人をそのままにしておくことは出来ず、清白たちも研究施設に足を踏み入れた。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「……はあ、はあ……」
オットー=ティーネ・オフィルアスは息を切らしながら研究施設の廊下走り抜けていた。
過剰戦力と切って捨てた兵力が一瞬にして壊滅させられ、下等種族と侮っていた者たちにここまで攻め込まれるなど計算外である。
「あ、あいつら、よくもこの私に恥を……」
研究室にある隠し通路から地下にある秘密部屋に逃げ込むと、壁にある端末を操作して出入り口をロックした。
これでしばらくは誰も入っては来れないはずだが、冥月らの実力を知るティーネはガタガタ震えながら通信機器を手に取る。
「お、お願いします。救援を、このままでは私はあの連中に……」
『随分と勝手なことを言いますわね。ティーネ』
通信機器から聞こえてきたひどく冷淡な声にティーネはびくりと身体を震わせた。
『まあ、私の用意した戦力を一瞬で蹴散らすような相手、貴女にはいささか酷というものかしら?』
「お、お願いします。このままでは私は……」
しばらく通信機器からの反応が途絶え、その永遠とも感じる一瞬の間をティーネは息を荒げながらも待ち続ける。
『……そうですわね。麒麟族にこれ以上力をつけさせるのは面倒、貴女の内にある『服従因子』を外しておきましょう』
「おお、あ、ありがとうございます……!」
頭を下げるティーネ、その口元には堪え切れないような笑みが浮かびあがっていた。
『ただし、これで負けるようなら貴女の素質はその程度ということ、ゆめゆめ忘れないようになさい』
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「こっちだな……」
研究施設を進む冥月一行は、施設内に残っていたクローン兵たちを蹴散らしながら最深部にある研究室にたどり着いた。
高い天井を持つその研究室には様々な道具や計器類がところ狭しと並んではいるものの、肝心のティーネの姿はどこにもない。
「空振り、か?」
戦斧でトントンと自分の肩を叩きながらそう莉乃は呟いたが、マスティマは部屋の隅にある巨大なロッカーに近づく。
「……この辺りが、怪しい……」
そう告げるや否や槌鉾を振り上げてロッカーを破壊するマスティマ。するとその下から地下へと続く階段が現れた。
「……この先にティーネが?」
清白の問いかけに対して頷くのはヴィルヘルミナ。
「おそらくな、奴の気配はこの先から感じる」
冥月を先頭に一行は薄暗い階段を降りてその先に続く空間に足を踏み入れていく。
ここは研究資料の保管庫になっているのか、左右に様々な標本や資料が並んでいた。
「……人間の腕、だな」
冥月が足を止めた場所にあるのは溶液に満ちたカプセルに納められている人間の両手、貼られたラベルには『N』とだけ書かれている。
「冥にい、これはまさか……」
どうやら莉乃はこの腕の正体に気づいたらしく微かに顔をしかめた。
「おそらくオリジナルのノリスの両手だろう。サイコハンドと入れ替える形でティーネが保管していたらしいな」
アルデア城で戦った際のノリスは両手に理気を属性攻撃に変換する義手、サイコハンドを仕込んでいたが、おそらくその処置をしたのはティーネなのだろう。
「ティーネはノリスの師匠、処置を任せられたことを利用して首尾よく両手を入手、クローン製造に着手したということか……」
沈鬱な表情でそう呟くヴィルヘルミナ。アルデア城でノリスと戦った時はこのようなことになっているとは思わなかったのだ。
「冥月殿、こちらにあるものはもっととんでもないかもしれぬぞ」
清白に言われて冥月はさらに奥に足を踏み入れたが、そこに広がっていたのは冥月の予想越えるような光景である。
壁一面に並ぶカプセルに納められているのはオリンフィアの肉体。
どの身体も傷一つついてはいないが、頭にはヘッドギアを思わせる装置が取り付けられており、微かに開いた瞳は虚ろなものである。
「……やはりクローン、それにこれは……?」
冥月の視線の先には二つのカプセルがあり、そこには五体満足の身体をしたオリンとフィーアの肉体が保管されていた。
「美しいもの、でしょう?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべつつ、部屋の奥からティーネがその姿を現わす。
「オリンとフィーア、これはオリジナルの肉体だな?」
確認するようにそう訊ねる冥月。前にオリンフィアが語ったところによれば彼女はオリンとフィーアの肉体を寄せ集めて作られたという人造人間。
だが見たところカプセル内のオリンにもフィーアにも傷は一つもなく、そのようなことをする必要は感じられない。
「その通りですわ。二人の高い素質はクローンにも最適、死んでからも役にたつなんて、利用しがいがあるメスガキですわね」
「ならばオリンフィアとはなんだ? この二人の肉体を使ったのではないなら、奴はどういう存在だ?」
冥月の詰問に対して先ほどとはうって変わり、ティーネは悠然とした挙動で酷薄な笑みを浮かべた。
「あれは二人の記憶と遺伝子情報を使って私が調整した生体兵器。まあ製造方法は集結態に近いですが、明確な意思を持たせたという意味では違うくくりの兵器になりますわね」
つまりオリンフィアとは新型の生体兵器であり、オリンとフィーアの記憶を植えつけられた彼女はその自覚なく冥月と戦わせられていたというわけか。
「そして彼女は倒されても、すぐさま直前までの記憶をフィールドバックした予備が覚醒するようにしてありますの。つまりは戦うたびに強くなるということですわね」
得意げに壁に並ぶオリンフィアのカプセルを示すティーネに対して、冥月は怒りのあまりワナワナと震えだす。
「貴様は……! 貴様はそのように生命を弄ぶような真似をして、何を考えている……!」
かつてティーネの弟子たるノリス・イェンセンは和人や爬人を実験動物や家畜扱いしていた。
だがこの女は自分と同じEMS人すらも実験動物とみなしているのではないか?
「私にとって卑猩も隷爬も、人間も違いはありませんわ。みんな平等に私の駒でしかありませんわね」
ある意味平等、否自分を頂点にして他を同列に見る思考。
冥月ら和人ばかりか、EMSにとっても毒にしかならない恐ろしい女性である。
「さて、それじゃあそろそろ邪魔者にはご退場願おうかしら?」
ティーネは悠然とした態度を崩すことなく、すぐ近くの棚から一振りの剣を引き抜いた。
青白い刀身にシンプルな拵え、それを見て冥月は驚きのあまり目を見開く。
「っ! 麒麟剣、だと……?」
そう、ティーネの手にある剣は紛失したと思われていた冥月の剣、麒麟剣。
どうやら時空捻転現象に巻き込まれた際、別の場所に跳ばされた剣をティーネが回収したらしい。
「さあ、来なさい冥月、私の理力値は今や天井知らず、貴方ごとき下等な麒麟族は……っ!」
次の瞬間冥月はティーネとの距離を詰めると、理気により強化された鉄拳を彼女の鼻先に叩き込んだ。
「え……? へっ……?」
あまりの痛みと衝撃に鼻血を撒き散らしながら後ろへ吹き飛ばされるティーネの身体を理法念力で引き寄せると、今度は腹部めがけて理気を込めた蹴撃を放つ。
「うぎ……あ……」
口から血反吐を吐きながら吹き飛び、オリンフィアの身体が無数に並ぶ壁に打ち付けられると、ゆらりと近づいてくる冥月相手に慌てたように雷を放った。
「……なまっちょろい」
吐き捨てるように呟くと冥月はティーネの雷を右手をかざして無力化、理気に変換して周囲に霧散させる。
「す、すごい、なんじゃあの力は……?」
冥月の圧倒的な力に慄く清白に対して、マスティマの方は冷静な判断ものだ。
「……強い義憤が、冥月を、『八識』、さらなる、理気の境地に、押し上げた……」
苦し紛れに麒麟剣を両手で構えるティーネだったが、冥月は素手で刀身を握る。
「う、うああ……」
厚手の手袋でもしているかのように血は一滴も出ず、そればかりか冥月はさほど力を入れずにティーネから剣を奪い返し、鞘に納めてしまった。
「……こ、こんな、馬鹿なこと……わ、私は『服従因子』を……」
「……最後に言い残したい言葉はあるか?」
理法念力でティーネを浮かばせると、黒刃の剣を彼女に突きつける冥月。
「ま、待て、これは何かの間違い……わたくし、は……うげっ!」
直後異様な理気が周囲を支配したかと思うと、ティーネの身体が膨れ上がり、壁に磔となる。
「これは……?」
グラグラと揺れる研究施設、信じられないことにまるでブラックホールに吸い込まれるかのように空間全体が揺らぎ、ティーネの身体を中心として異常な力場が形成された。
「冥にい、どうやらすぐに逃げた方が良さそうだぜ?」
強まる理気に不穏な気配を察知したらしい莉乃の言葉に冥月はすぐさま頷くと、一度だけティーネに視線を向ける。
「あべべべべべべべべべべべべべべべべ……!」
ティーネは白目を剥きながらガクガクと震えており、明らかに正気とは言えない状態だ。
どことなく彼女の弟子たるノリスの変容と似たような気配に冥月は顔をしかめる。
「……急ごう」
すぐさま踵を返すと、冥月たちはここまで来た通路を通って研究施設を後にした。




