第七十話「憐憫なる幼子の魂」
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量産型中ボス。
新星都市エルリクム市内、石造りの古代ギリシアを思わせるような建造物がいくつも並ぶ巨大都市だ。
すでにティーネは研究施設の防備を集中して固めているのか、リバスアウルムのときとは異なり街中にクローン兵の姿はない。
「……あれがそうだな」
エルリクム中心部、冥月の視線の先には街路樹の植えられた大通りの中央に無理やり増築されたかのような巨大な建築物に向けられている。
建築物、と言ったがその施設はかなりの大きさがあるにもかかわらず、大通りを塞ぐような形で存在するため、周囲の建築物は軒並み押しつぶされるか完全に倒壊していた。
「……あの女は確か偶発的にラクィア大陸に転移してきたとか言ってたな」
この大陸に来たばかりの時にティーネと対面したときのことを莉乃は思い出す。
「ふむ、とすればなんらかの実験に巻き込まれて研究施設、というよりもその一角ごと転移してきたというわけじゃな」
施設の一角にある壁を調べる清白。その壁はタイルが一面に貼られていたが、本来ならば屋内であった区域なのか天井近くの部分に間接照明が取り付けられていた。
「……とにかく、慎重に進む、必要が、ある」
槌鉾を油断なく構えながらマスティマは入り口であろう巨大な窓の内側を覗きこむ。
「……いる、しかも、それなりに……」
マスティマの言葉を受けて冥月は理気を集中させると、研究施設全域に意識を向けた。
「かなりの数、クローンノリスだけではなくオリンにフィーアタイプ、さらには集結態らしき理気もあるな……」
「さすがに防備を固めてきたというわけか……」
冥月の言葉にげんなりしたような表情を見せるヴィルヘルミナ。
「心配いらねぇよヴィルヘルミナ、所詮数だけ、何とかなるって」
ヴィルヘルミナを元気づけようと明るい口調で莉乃はそう告げると、冥月に視線を向ける。
「どうする冥にい? 外におびき寄せて一斉に叩くか?」
数で敵が優っている以上、相手の不意をつく戦い方はセオリー、しかもエルリクムを包囲されている今クローン兵も緊張状態、搦め手にも引っかかりやすいはずだ。
そんな莉乃の様子を意外そうな目で清白は見つめる。
「お主、いつの間にそのような器用な作戦を考えるようになったのじゃ?」
アルディス大陸にいた頃はとにかく押せ押せで力任せしかしなかった莉乃が状況を見て作戦を立案する姿に驚きを隠せない清白。
「へへ、俺も日夜成長してるってことさ」
それに対して得意げに鼻をこする莉乃。激しい戦いの中で冥月の考えた作戦を学び、さらには『七識』に至ったことで理気による状況把握がさらに磨かれた結果だ。
「……雑談はそこまで、そろそろ始めるか」
ヴィルヘルミナは指輪を微かにきらめかせると、薙刀を構え直す。
「そうだな。莉乃、頼めるか?」
冥月の言葉に莉乃はニヤッと笑みを浮かべると左手を研究施設に向けた。
「了解、可能な限り騒動を起こせば良いんだな」
莉乃はそのまま右手に持っていた戦斧を手頃な窓から研究施設内部に投げ込む。
「……よしっ!」
続けざまに両目を閉じて精神を集中させると、研究施設内部の構造を理気を通じて把握した。
同時に戦斧を複数振りに分身させて理法念力で操作、施設内部を縦横無尽に荒らし回る。
理気を使って空間を認識する力を得た莉乃は、わざわざ中を視認してから斧を操る必要はない。
壁に遮断されていようが本来ならば視界に入らない場所に隠れていようが、理気による空間認識はそれら全てを透過するのだ。
「む、出てきたようじゃぞ」
残念なことに莉乃の能力ではまだ研究施設の最深部までは理気で把握出来なかったため、荒らせたのはせいぜい全体から見た三分の一程度。
しかしクローンたちにとっては十分だったらしく、戦斧に追い立てられたのか、無数の兵士たちが研究施設から出てきたため、清白は刀を抜き放つ。
「いささか卑怯な気もしないではないが、これは戦、悪く思うな」
冥月の号令とともに属性攻撃が一斉にクローン軍に炸裂した。
出てくる端から攻撃を仕掛けるため、外への避難を回避しようとするクローンもいたようだが、すでに施設内を飛び回っている莉乃の戦斧から逃げる術は存在せず、進んでも退いても死ぬしかないという状況である。
「……何故、みんなノリス卿やオリンにフィーアと同じ顔をしているのだ……!」
攻撃を続けながらも自分が知る人物と同じ容姿のクローンたちを攻撃するのに何か思うことがあるのか、ヴィルヘルミナはそう叫んでいた。
「戦うしか、役目がない、悲しき、生命……」
静かにそう呟くマスティマ。感情を普段表には出さない彼女だが、今回の戦いに関しては目の奥に険しいものが浮かんでいる。
数十分足らずで主だったる兵士は全滅させたものの、死屍累々とした有様に冥月は顔をしかめた。
「……被造物が被造物を弄ぶなど、許されることではない……!」
基本的に何事に対しても冷静な冥月にしては珍しく、怒りも露わに研究施設を睨みつける。
「残るはティーネのみ……っ!」
研究施設に入ろうとした冥月だったが、あまりにも異様な理気が周囲に渦巻いており、思わず足を止めた。
「冥にい、この感じ……」
どうやら冥月だけでなく、莉乃や清白、ヴィルヘルミナにマスティマも感じたらしく一様に顔つきは険しいものである。
「ああ、キャサリンやオリンフィアと同じ理気、これが意味することは……」
次の瞬間死体の山から何人かのクローン兵が現れた。どうやら属性攻撃から辛くも生き延びたらしく、体中に焼け焦げや切り傷が残りながらも死体の中から這い出し、身体を起こす。
「ーーーーーーーー!!!」
次の瞬間すさまじい咆哮を上げたかと思うと、クローン兵たちの内側で理気が大きく膨らみ、その身を変容させた。
「っ! まさか、クローン兵も可能なのか……!」
慄く冥月の前でクローンたちは身体を巨大化させるとともに蟷螂を思わせる器官を身体のあちこちに生やす。
「……これは、ノリス卿と同じ姿か……!」
かつてアルデア城で戦ったノリス・イェンセンと遜色ない理気に全く同じ姿。
さすがのヴィルヘルミナもかつての光景の再現に緊張を隠しきれなかった。
「いやヴィルヘルミナ、あの時と全く同じというわけではない」
冥月もまた黒刃の剣を構えると、巨大化したクローンたちに鋭い視線を向ける。
「今回はあの時よりも、遥かに敵の戦力が充実している」
人間らしい言葉を発せずに死体の山に産卵管を突っ込むクローンたちを見据えながら、冥月はそう呟いた。
「冥月殿、あやつら何をしておるのじゃ……?」
変容した兵士達に訝しげな視線を向ける清白。魔螂獣を生み出す際と同様、怪物化した兵士らは産卵管をクローン達の死体の山に突き立てていたのだが、ザワザワとした奇妙な気配に、冥月は顔をしかめる。
「死体が……」
突如として兵士達の死体がよろよろと立ち上がったかと思うと、まるで昆虫が脱皮するかのように衣服と人間の皮を脱ぎ捨てた。
「……なっ!」
あまりの光景に絶句する莉乃。人間の皮の中から現れたものは二足歩行をした人間の女性のような形をした何かである。
青灰色の異様な体色にその肩や腰回りは昆虫のごとき外甲に覆われ、背中には薄い翅が見え隠れしていた。
瞳に関しても哺乳類のような形状ではなく、昆虫のような複眼、総じて蟷螂を人間の姿にしたような、そんな異質な印象を受ける姿にマスティマは目を細める。
「人間の死体を、利用した、魔螂獣、ということ……?」
信じられないことにその魔螂獣たちは地面に落ちていた生前の武器を拾い上げると、両手に吸収、そのまま腕を鎌のようなものへと変えた。
「どうやら、これまでとは違うらしいな……」
変容したクローンたちも『七識』並みの力はある。油断できない相手なのは間違いない。
冥月は黒刃の剣を構え直すと、こちらに近づいてきていたクローン兵の一撃を回避すると距離を取るために後ろに下がったが、その表情は険しいものだ。
「それにしても、まさかクローン兵も変容出来るとは思わなかったな……」
「本来ならば無理でも、私の配下の兵士達は可能ですわ」
硝煙と殺意が支配する戦場に似つかわしくない涼やかな声である。
研究施設の屋根が開き、白衣をまとう美しい女性が姿を現した。
「オットー=ティーネ・オフィルアス……!」
「ご機嫌よう冥月、そして愚かな麒麟族の末裔たちよ」
ティーネは屋根の上に設えらた椅子に腰掛けると、油断なく武器を構えたままの冥月らを見下ろす。
「こんな戦力を前にしてまだ戦う気があるなんて、蛮勇というものですわよ?」
「やってみなければわからない。それに貴様のような狂博士を放っておくわけにはいかない」
ヴィルヘルミナの言葉にティーネは微かに目を細めた。
「クスクス、お馬鹿さん、本当の自分を知らないで、よく言ったものですわね」
何やら呟くと、一瞬だけ莉乃に視線を向けてから、ティーネは右手をあげる。
「そんな貴方たちに面白いものを見せて差し上げますわ」
突如として研究施設周辺の地面がせり上がったかと思うと、そこには巨大な箱がいくつも並んでいた。
「冥にい、この箱、見覚えがあるぜ」
「奇遇だな、私もだ……」
箱の中から現れたのは、頭に制御装置が取り付けられた集結態、しかも数十体はいようかという数である。
「この数の兵士に魔螂獣、そして集結態、貴方たちにはもはや勝ち目はありませんわね」
勝利を確信したらしくティーネは高笑いすると、右手を下ろして総攻撃を命じた。
「……ヴィルヘルミナよ。先程私が言った言葉を覚えているか?」
四方八方から怪物が迫る中、ひどく冷淡な声で冥月はそう呟く。
「『あの時と全く同じというわけではない』、それは敵の戦力が充実しているというだけではない」
怪物達が冥月らに喰らいつかんとするその刹那、空間を五つの属性攻撃が切り裂いた。
「……え?」
何が起きたのかわからないという表情をしたティーネの前で、ゆっくりと現実が首をもたげる。
「……我々の戦力も、あの頃とは比較にならぬほど充実しているということだ」




