第六十八話「平安への道」
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになります。
決戦前のひと時。
クローンノリス、オリン、フィーアとの戦いを終え、久しぶりにフリューゲルに乗り込んだ冥月。
「……やれやれ、どうにか生き延びることが出来たらしいな」
乗り込んですぐ、フリューゲルに乗っていた仲間たちにラクィア大陸の現状を伝えたため即座に会議が開かれることとなった。
新星都市エルリクム攻撃はもう目前とは言え、詳しく話し合う必要がある。
冥月らはどう攻めるかについての話し合いを行うため、アラドラキアスからやってきたフォルネス、スサノオを加え、主だったる面々はフリューゲル内部のブリーフィングルームに集まっていた。
「まさか貴女がEMSから離れるとは思いませんでしたね」
ヴィルヘルミナが席に着くとアルルはバイザーを怪しく光らせながら、彼女に視線を向ける。
「宰相家令嬢にしてEMS正規軍元帥メアリ・デルフィアの懐刀、ヴィルヘルミナ・ガドウィン卿……」
アルルの言葉にヴィルヘルミナは微かに顔をしかめたが、清白もまた険しい表情のまま目を細めていた。
「冥月殿、この娘は何度も我らを攻撃した軍人、本当に信用出来るのか?」
前回のフォルネスの件があるため清白はイマイチ新参者、しかもEMSからの降将を信用することは出来ないらしい。
「うむ、彼女もまた我々と同じでEMSに追われる者。それに彼女自身ティーネの行動は許せないらしい」
冥月の言葉に後押しされ、ヴィルヘルミナは険しい表情のまま静かに頷く。
「クローン製造に非人道的人体実験、EMS王族だからといってあのような真似を許すわけにはいかない」
「……少なくとも、ティーネとやらを、倒すまでは、味方?」
相変わらず表情が読めないマスティマからの質問に対してヴィルヘルミナは力強く首肯してみせた。
「ああ、その後のことはまだ決めかねてるが、それでも信用出来ないというならば私が怪しい動きをした時点で後ろから撃ってくれて構わない」
決意に満ちた表情でブリーフィングルームにいる面々を見据えるヴィルヘルミナ。それだけで彼女が並々ならぬ覚悟を決めているということがわかる。
「……いずれにせよエルリクムを解放するためにはティーネとの一戦は避けられない」
冥月の言葉に真っ先に頷くはスサノオ。彼女はアラドラキアス近郊に居を構えているため、ここにいる誰よりもラクィア大陸の惨状を聞いているのだ。
「これまではエルリクムにはかなりの数のクローン兵と集結態がいたため攻略は絶望的だったね」
「けど、ティーネの奴がけしかけてきた軍勢はあらかた俺たちが片付けた」
莉乃の言葉にスサノオは頷くと何やら懐からメモ紙を取り出し、そちらに視線を移す。
「先ほど放った斥候からの報告ではエルリクムの兵力は激減、おそらく莉乃の指摘通り大半の数を前哨戦に投入した結果だと思う」
「……つまりは現在街の中にはほとんど兵士がいないということですね」
アルルはそう呟くと、腕を組んだまま何ごとかを考え込んでいる冥月に顔を向けた。
「冥月さん、いかがしますか?」
発言を促された冥月ではあるが、まだ決めかねているようで、難しい表情のまま口を開く。
「絶好のチャンスと言えるかもしれんが、あのティーネのこと、何か罠を仕掛けている可能性が高い」
ヴィルヘルミナと莉乃によれば、ティーネは二人をまんまとおびき寄せて時空捻転現象に巻き込もうとしたらしい。
そのような真似をする者ならば、兵力の差をひっくり返すためになんらかの準備をするのは極めて自然なことだ。
「……しかし冥月、慎重にし過ぎれば攻める機会を失うぞ?」
ヴィルヘルミナの指摘ももっともである。というのもティーネはクローン兵を大量生産する技術と設備はもちろんのこと、成長を早める術すら確立しているのだ。
あまり時間をかけ過ぎればクローンを増やされ、せっかく削った戦力も補充されてしまうだろう。
「目下の懸念はそこだ。それに集結態も複数体いるとなると、戦力では優っていても勝敗となれば読みにくい部分もある」
そこまで話すと冥月は両手を組み合わせ、その狭間を見つめた。
「でも冥にい、全くお手上げってわけでもねぇんだろ?」
ニヤッと牙を見せた笑みを浮かべる莉乃に対して冥月もまた微かに笑みを見せる。
「……一応作戦はある。要は罠が張れないような場所までティーネをおびき寄せることが出来れば良い」
すでにエルリクムはアラドラキアスからの兵士どころか、各地で蜂起した反抗勢力が集結、包囲しつつあるため新たな罠を設置することは難しい。
となるとティーネを研究施設から引きずり出し、罠を張ることが出来ないであろうエルリクムの街か、あるいは郊外にまでおびき寄せることが出来れば戦闘も随分楽になるというわけだ。
「じゃが、それほど用意周到にことを進めるような者がそう易々と出てくるとは思えぬぞ?」
清白の言う通りティーネはかなりの慎重派、外で騒ぎを起こしたくらいでは出てこないであろうことくらいわかる。
「斥候からの報告では、転移してきたと言う研究施設もまたかなりの大きさの上理気による障壁で守られているらしいよ」
つまりは外側から攻撃するのも向いてはいないと言うわけだ。続けてスサノオは口を開く。
「外側からの攻撃じゃビクともしないとなると、いずれにせよ直接内部にいるティーネを叩く必要がある。つまりは……」
ティーネを引きずり出すことが出来ないならば、施設内で戦うにしかない。だがその場合彼女の仕掛けた罠を突破する必要があり、かなり危険な戦いになるのは間違いないというわけだ。
「……そうなると直接内部に侵入する者と、万一ティーネが脱出した際対応出来るように外側を固める者が必要となりますね」
神妙な調子で紡がれたアルルの言葉に、冥月は真っ先に手を挙げる。
「危険な方には私が行く。ティーネには色々訊かねばならないこともあるからな」
オリンフィアのことや彼女自身の目的もそうだが、リバスアウルムの地下施設で見た寄生虫にEMS人の変容、訊かねばならないことは数多い。
「冥にいが行くならば俺も行くぜ」
アレーナルベルス城の時同様、当たり前のように冥月のいる方へ行こうとする莉乃に対してアルルは苦笑した。
「危険は承知の上、と訊くまでもありませんし、多分止めても無駄ですね……」
ふう、と軽く嘆息するとアルルは他の面々に視線を向ける。
「あと三人ほど付けたいところですが、みなさんいかがですか?」
「……では、私も行こう」
腕を組んだままだったヴィルヘルミナだが、静かに両手を膝の上にのせるとそう告げた。
「やはりティーネとは決着をつけねばなるまい……」
「儂も行こう、狭い道を通る必要もあるかもしれぬからな」
ヴィルヘルミナに続いて清白も立候補すると、冥月は無言で状況を静観したままのマスティマに目を向ける。
「マスティマ、君はどうだ?」
「……なぜ、私?」
キョトンとするマスティマに対して冥月は微かに笑みを浮かべてみせた。
「誰よりも理気の扱いに長けた君がきてくれれば、ティーネとの戦いも楽になるかもしれぬからな」
「……やぶしさか、ではない。でも……」
ちらっとマスティマは莉乃とヴィルヘルミナ、さらには清白を見てからまた冥月に視線を戻す。
「……まあ良い。そこまで言うなら、私も頑張る」
「どうやら意見は出尽くしたようですね」
そう告げるとアルルは冥月、莉乃、清白、ヴィルヘルミナ、マスティマの五人を順々に見てから、冥月に瞳を向けた。
「冥月さん、他に気になることはありませんか?」
「特には……」
ない、と言いそうになって冥月は微かに頭を振ると、アルルを見つめ返す。
「すまないが何人かを連れてリバスアウルムの地下施設を調べてくれないか?」
「リバスアウルム、ですか?」
オリンフィアとの戦いが行われた場所リバスアウルム。現在は反抗勢力の集結地点となっているのだが、どうも冥月はあの地下施設が気になっていた。
「ああ、怪しい動きがあった場合は即座に破壊してくれても構わない」
冥月の言葉にアルルは怪訝そうに首をかしげる。
「動き、ですか? まだあそこには何かがあると?」
「あくまでも勘だがな。それにあそこは時間の関係で調査し切れなかった場所だ。決戦前で申し訳ないが、頼めないか?」
しばらくアルルは沈思黙考して考え込んでいたが、やがて静かに首肯した。
「わかりました。貴方がそうまで言うならば何人かとリバスアウルムに向かうことにします」
「すまないアルル、どうも気になって仕方がなくてな……」
冥月自身どうしてリバスアウルムがそこまで気にかかるのかはわかっていなかったが、なんとなく心が騒ぐのである。
「構いません。では作戦決行まで、各自しっかりと休むように」
アルルの言葉で軍議はひとまず解散となり、冥月らはブリーフィングルームを後にした。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
「……思いの外冷えるな」
外の空気を吸おうとフリューゲルの甲板に出た冥月だったが、強い北風にキャソックがたなびいていた。
「いよいよティーネとの決戦か」
この戦いでティーネを倒しエルリクムを解放すれば少なくともラクィア大陸は平和となる。
ラクィア大陸はEMSが手出ししづらい隔絶された大陸、ティーネを倒し、平和となればようやくEMSから離れて平和に暮らすことができると言うことだ。
「……(だが、それで良いのか?)」
今この瞬間にもラクィア大陸以外の四つの大陸ではEMS人による和人爬人への虐待は続いている。
ラクィア大陸にいる者たちはまだ幸運と言えるが、不運の二文字だけで他の大陸にいる者たちを見捨ててよいものだろうか?
「……何か、悩んでるな冥月」
冥月と同じように外の空気を吸おうと現れたのはヴィルヘルミナ。風が強い中、腹部を露出するような格好をしていては寒そうだが、彼女はどこ吹く風と言わんばかりに冥月の隣に立った。
「私も悩んでいるところだ。生きるためとは言え、故国を裏切り、これからどうしようか、とな」
冥月たちにとってEMSは単なる敵対者だが、ヴィルヘルミナには祖国。家族や仲間がいる世界なのである。
「……こんな時代では自分が帰る場所は自分で作らねばならないというのに、なまじ故郷があるからこそ悩まなければならない。儘ならぬものだな」
「時には忘れることも必要かもしれんな」
その言葉にびっくりしたのか、ヴィルヘルミナは顔を強張らせた。
「故郷や家族を、か? しかし……」
「君がここに立っているのはその故郷や家族に追われたから、ならばこれまでのことは忘れて、自分を必要とする新しい場所を作るしかない」
酷薄でありながらもどこか優しい冥月の言葉にヴィルヘルミナは強張らせていた表情を微かに和ませる。
「私はお前たちの敵だった者、それでもお前は私を必要としてくれるのか?」
「無論だ。かつては敵でも今は共通の敵を持つ仲間、ならば過去を気にしたりはしない」
その言葉にヴィルヘルミナは微かに頬を染めたが、冥月に見られたくはないためか空を見上げた。
「優しいな、冥月は……」
「どうかな? まあ、優しくありたいとは願っているがな」
そう告げると冥月は少し休もうと踵を返して甲板の出入り口に向かう。
「……冥月」
空を見上げたままのヴィルヘルミナに声をかけられて、冥月は足を止めた。
「相談したいならいつでも言ってくれ。お前は優しいがゆえになんでも一人で背負うとするからな」
「感謝するヴィルヘルミナ。しかし今は、大丈夫だ」
微かに頷くと、冥月はヴィルヘルミナをその場に残して艦内へと戻る。
ラクィア大陸を平定してからどうするかは一旦保留だ。まずは目先のこと、ティーネとの戦いに集中せねばならないだろう。
そう結論づけると、冥月は少し休もうとフリューゲルの休憩室に向かった。




