第六十七話「白き翼」
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「う、うう……」
冥月が奇妙な寄生虫に対処してから五分ほど経った後のこと、オリンフィアはうめき声をあげながら身体を起こした。
「……どうやら目覚めたらしいな」
油断なく黒刃の剣を握りつつ、冥月はオリンフィアが立ち上がるのを見守る。
「あれ? アタシは、どうなったんだ?」
「冥にい、覚えてないらしいぜ」
じっとオリンフィアを観察する莉乃だったが、微かに首を傾げると手に持っていた戦斧を下ろした。
「……キャサリンの時とおんなじだな。さっきまでの悪意がなくなってる」
「ふむ、やはりあの虫が何か悪さをしていたと考えるべきか……」
莉乃の言葉に頷くと、冥月は周囲の理気に働きかけながらオリンフィアに声をかける。
「さて、オリンフィアよ、いくつか聞きたいことがある。話してくれるか?」
先程の戦いの中でさらなる境地に進んだ冥月の感覚は今や空間に満ちる理気を通じて他者の心理にすら影響を与えるほどに研ぎ澄まされていた。
「……いいだろう。話してやんよ」
今度は成功したらしい。オリンフィアの意識を自然に誘導して情報を聞き出す。
どうやら彼我の理気に差がなければ通用しづらいようだが、現在のオリンフィアは理気を使い尽くして消耗しているため、効きやすいようだ。
彼女が従順に話をしてくれそうなため、いよいよ冥月は気になっていた質問を投げかける。
「まずはどうやって再生したかだ。理力剣で焼き尽くされた後、あんな短期間で復活、しかも五体満足で再生することなどあり得ない」
そう、アラドラキアスでもリバスアウルムでも冥月はたしかに彼女を消滅させたはずだ。
にもかかわらず何ごともなかったかのように冥月の前に現れると言うのは明らかにおかしい。
「アタシも詳しくは知んねぇ。気づいたらエルリクムの研究施設にいて、そっから出撃した」
完全に消滅させられたにもかかわらず別の場所で復活する。
どうにもよくわからないが、もしかすると記憶を引き継いだ別個体ではないだろうか?
オリンフィアの身体が再生不可能なほどに損なわれた場合、それまでの記憶を引き継いだ別の身体が覚醒、あとを引き継ぐというならば、可能かどうかは別として、非常に自然だ。
それならば身体を消滅させられても別の場所で復活し、挙句理気の質が変わっているということにも辻褄は合う。
「……(とするならば、すでにオリンフィアのクローンはおろか、双子のクローンもいると考えるべきだな)」
そう冥月は一人結論づけると、理気の流れを掌握しながら、オリンフィアに声をかけた。
「お前はこの先戦いに出ず、どこかで身の安全を確保して隠れていろ。我々がエルリクムを落としたらアラドラキアスに出頭し、審判を待て」
「この先戦いに出ず、どこかで身の安全を確保して隠れている」
冥月の言葉を反芻すると、オリンフィアは立ち上がる。
「……エルリクムが落ちたらアラドラキアスに出頭し、審判を待つ」
そのままオリンフィアはしっかりとした調子で歩き始めると、いずこかへと姿を消してしまった。
「冥にい、あれでよかったのか?」
オリンフィアを見逃す行為は正しかったのか? 莉乃の質問に対して、冥月は周りを確認しながらすぐさま頷く。
「下手に討伐すればまた新たなオリンフィアが来るかもしれない。そうなれば今度はティーネとの戦いを前にエルリクムで戦う羽目になりかねないからな」
まだ仮説の段階だが、オリンフィアの覚醒が『前任者』の消滅ならば、生かしておかねば面倒なことになるのは間違いない。
「……(それに、あの寄生虫のような虫が潜んでいないとも限らぬしな……)」
「冥月っ! 莉乃っ!」
呼び声に冥月が振り向くと、エルリクムの偵察に行っていたはずのヴィルヘルミナがこちらに戻ってくるところだった。
「ヴィルヘルミナ? どうして……?」
「エルリクムの偵察をしていたのだが、とんでもなく強い理気を感じてな、ただごとではないと急いで引き返してきたのだが……」
心配は無用だったらしい、とヴィルヘルミナは冥月と莉乃を見て頷く。
「……エルリクムだが、一見した限り市内に兵士はいなかった」
「いない? どこかに隠れているということか?」
ヴィルヘルミナの言葉に信じられないとばかりに首を振る冥月。ティーネがエルリクムに拠点を置いている以上、兵力はあそこに集中しているはずだ。
「それが気配すらない。もしかしたらすでにどこかに送り込まれて……っ!」
「……どうやら、そうらしいな」
冥月の視線の先、異変が起きたのはヴィルヘルミナがここまで帰還する際に使ったのとはまた違う方向である。
「……冥にい、時空捻転現象だ」
不穏な気配に莉乃もまた戦斧を構えなおしたがその予感は的中し、光のドームから現れたのは大量のクローン兵だった。
「この短距離を移動するために、時空捻転現象を起こしたのか……?」
こちらに銃口を向けるクローン兵たちに対して、怪訝そうな表情で剣を構える冥月。
「エルリクムの研究施設でもティーネは時空捻転現象で私たちを排除した。もしかしたら精度は別として省エネで転送する方法を見つけたのかもしれないな」
ヴィルヘルミナの呟きに対して、微かに冥月は頷く。それに彼女がエルリクムを偵察し、ここまで来る間に数十分は経過しているはずが、今になって転送した兵士らが現れたということは、通常空間に復帰するタイミングをある程度操作出来るようになった可能性も考えるべきだ。
「……あるいは超空間を経由してタイミングを見計らい、奇襲を狙ったかのどちらかだな……!
「冥にい、来るぜっ!」
莉乃の呼びかけとともに夥しい数の弾丸が冥月らに殺到する。
今更この程度をかわせぬ三人ではないが、ふと冥月はクローン兵たちの中にこれまでとは違う人物の顔があることに気づいた。
これまでのクローン兵はノリス・イェンセンの体細胞から製造されたため全員彼女と同じ顔をしていたのだが、現在冥月ら三人に襲いかかってきた兵士の大半はノリスとは違う顔をしている。
「オリン、それにフィーアかっ!」
そう、冥月の言う通り、ノリス3程度に対して現在目の前にいるクローン軍の比率はオリンとフィーアのクローンが7で占められていた。
「冥にい、多分新しいクローンの実験も兼ねてるみたいだぜ」
「……ああ、オリンフィアがいた時にこいつらが現れなかったのは、より純粋な実験データを取りたいがためだったわけだな」
黒刃の剣を返して弾丸を打ち返しつつ、冥月は莉乃の言葉にそう返す。
それにしてもノリスばかりかオリンとフィーアのクローンも製造し、兵士として利用するとはつくづく製造者は元老院議長を敬ってはいないようだ。
「……(それに、オリンとフィーアの細胞を手にして短時間でクローン製造を成し遂げたということは、やはりティーネは成長を早める技術を持っているらしいな)」
だとすれば急がなければなるまい。グズグズしていては無制限に兵士を投入され、そのまま押し切られてしまう結果になるのは明らかである。
「……退けっ!」
戦場のあちこちに雷を落としてクローン兵を掃討する冥月。かなりの数が吹き飛んだが、それでもまだまだ兵力差は圧倒的だ。
「冥月っ!」
唖然とした表情でヴィルヘルミナが指を指した先を見て、冥月は驚きのあまり目を見開く。またしても時空捻転現象が起こり、中から相当数のクローン兵が現れたからだ。
「奴ら時間差で兵士を送りつけているらしいな……」
薙刀を振り上げて戦場の中央に複数の竜巻を発生させながらヴィルヘルミナはそう呟く。
竜巻は縦横無尽に動き回り、戦場を荒らしていたが、次々と兵士は増えるため効き目は薄そうだ。
「まずいな、これではエルリクムにたどりつく前に消耗しすぎてしまうぞ……」
複数回理力剣を放ってクローン兵を一掃したものの、またしても時空捻転現象が起きて兵士が現れたため、冥月は瞑目する。
「……これでは……むっ!」
冥月の表情に死相が滲み始めたその刹那、戦場の真ん中で時空捻転現象が起きていた。
先ほどから断続的に起きてきた小規模なものではなく、直径百メートルはあろうかというかなり大規模なものである。
「ちっ! ここに来て大増援なんてやめて欲しいところだぜ……!」
険しい表情で呟く莉乃。さすがの彼女もこれ以上の激戦は難しそうだ。
「いや待て、あれは……!」
冥月の声とともに時空捻転現象から現れたのは巨大な空中戦艦。
白い艦体に艦首には麒麟紋が刻まれたその船は、冥月と莉乃がよく知るものである。
「フリューゲル……!」
にわかに生気を取り戻した声で莉乃がそう呟くと、フリューゲルの砲門が作動し、クローン兵めがけてレーザー砲を放ち始めた。
その威力たるや大地を穿ち、空間を切り裂くほどのものであり、クローン兵が次々と現れる中でもその都度吹き飛ばすようなとんでもない威力である。
「あれを連射出来るとは、とんでもない船だな……」
その圧倒的な火力で戦場を蹂躙、難なくクローンを全滅させる様を見て、ヴィルヘルミナはそう呟いた。
「……私も攻撃するところを見るのは初めてだが、まさかこれほどの威力とは、な……」
冥月の言葉には驚愕が多分に含まれている。ほぼ無限に出てくると思われていた兵士たちを瞬時に壊滅させたのだから、それも無理なきこと。
残存勢力も残るところごく僅か、あとは掃討するだけという段階になってフリューゲルから何者かが飛び降りてきた。
「清白っ!」
軽い調子で大地に降り立ったのは青い和服に日本刀を携えた少女である。
斎部清白、冥月の仲間であり、同時に剣の使い手でもある少女だ。
「まったく、お主らはいつも騒動の渦中におるな」
呆れたようにそうつぶやくと、日本刀を引き抜き、居合の要領でクローン兵を切り捨てる清白。
「……全員が同じ顔、同じ体格とは、あまりにも気味が悪いな」
刀身に理気を込めて清白が地面に刀を突き立てると、地面から噴き出した理気の凍気が空気中の水分を凍結させる。
「これで最後、じゃな」
地面から氷の棘が突き上がり、残っていたクローン兵たちを全員貫くと清白はようやく息を吐いた。
「とにかく助けるべくして助けたが、今どんな状況か話してもらうぞ?」
清白の要請に素早く頷くと、冥月は地面に不時着したフリューゲルに目を向ける。
「無論だとも、しかしこの大陸の混迷具合は、なかなかだぞ?」




