第六十六話「疑念の対峙」
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筋肉巨女3戦目
そこに立っていたのは青灰色の肌と黄金の瞳を備えた巨女オリンフィア。
つい先刻のことなど何もなかったかのような万全の態勢で金属の棍棒を握り冥月を睨みつけている。
「……お、おい冥にい、どうなってんだ?」
一度理力剣で焼滅するところを見ているためか、莉乃は信じられないという視線でオリンフィアを見据えた。
「……オリンフィア、さっきも訊いたがどうやって……?」
「は、てめぇら下等な麒麟の一族はティーネ様の偉大な力にひれ伏すしかない、それだけさっ!」
棍棒を振り上げて雷の理力剣を放つオリンフィア。やはり強いが、冥月と莉乃の二人は軽い調子でこれをかわす。
「……冥にい、あいつ明らかに様子がおかしいぜ?」
彼女の使う理気に乱れはない、だが莉乃はオリンフィアから何やら不吉な気運を感じ取っていた。
「……奇遇だな。私もそう思っていたところだ」
リバスアウルムで感じた違和感、理気の質が変わっているのは今回も同様らしく、最初に現れた際とも次に現れた時とも異なる三種類目の気質である。
理気の質というものは体質や血液型のようなもの、産まれながらに備わっているものがそうそう変わるわけがないのだが、二度も変わっているため、冥月は首を傾げていた。
「はっ! 考えてたら死ぬだけだぞっ!」
「っ!」
オリンフィアの放った二発目の理力剣を理気の障壁で弾くとともに、冥月は黒刃の剣を構え直す。
「まさかノリス同様、クローン、か?」
「はっ! てめぇは馬鹿か? アタシがクローンなわけねぇだろがっ!」
力任せに振るわれた巨大な棍棒をなんとかかわし、冥月は隙を突いて理力剣を放とうとして、辞めた。
「冥にい?」
絶好のチャンスにもかかわらずに理力剣を使用しなかった冥月を見て、微かに莉乃は戸惑った声を上げる。
「……オリンフィア、いくつか訊きたいことがある」
「アタシには答えるメリットはないね!」
攻撃を紙一重でかわしながら冥月は何とか真相を暴こうと口を開いた。
「聞け、お前は二度も私の理力剣を喰らってもなお完全に再生した。どうやった?」
「はっ! 答える必要はねぇな!」
どうやら尋常な手段では話しすら出来ないらしい。ならば普通ではない特別な手段を使う他ないだろう。
「……答える必要はある。そうだろう?」
冥月の言葉は平坦ではあったが、周囲の理気に働きかけるような不思議な力が込められていた。
麒麟将へ変化した際は何もせずとも理気を通じて他人の意識に影響を与えられたが、冥月はそれを声に理気を込めて再現しようというのである。
「……う、ぐぐ……!」
どうやら狙い通りオリンフィアは精神的に圧力を受けているらしく、冥月の言う通りにするかしまいか、かなり悩んでいるようだ。
「答える必要はある。私の問いに答えたならば、お前にとっても悪いことにはならないはずだ」
続けざまに空間内の理気に働きかけてオリンフィアの感情に揺さぶりをかける。
「う、うるせぇっ!」
次の瞬間攻撃的な理気に周囲が揺らいだかと思うと、オリンフィアは棍棒を振り上げて炎の理力剣を放った。
しかしどうもあまり集中が出来ていなかったらしく、冥月の一閃で霧散する程度の威力しかない。
「聞け、オリンフィア。お前が口を割らねば我々の戦いはいつまでも続く、何度でも貴様は死ぬ羽目になるぞ?」
「う、うるせぇっ! アタシは死んでない、こうして生きているっ!」
巨体に見合わぬ速度で接近するとその剛力で莉乃に一撃を加えようとしたが、動きそのものが緩慢になっており、彼女が放った理法念力で容易く棍棒は吹き飛ばされる。
「……迷っているなオリンフィア。貴様の中に混沌とした感情を感じるぞ……?」
「て、てめぇは……!」
吹き飛ばされた棍棒を理法念力で強引に回収するオリンフィア。その表情には焦りと迷い、冥月によって揺さぶりをかけられた影響がありありと浮かんでいた。
「私の言葉に耳を傾けよ、お前自身の生命を生きるために、必要なことだ」
「あ、アタシ自身だと? あ、アタシは、ティーネ様の最高傑作……ううっ!」
どうにも様子がおかしい。何やらぶつぶつ呟きはじめたかと思うと、頭を大きくゆすり自分の胸元をかきむしる。
「……冥にい、これはどうなってんだ?」
極めて深刻な表情でオリンフィアを見る莉乃の目は彼女ではなく、彼女の内側にある理気を見据えていた。
「正体不明の理気が、あいつの中で暴れまわってるぜ……!?」
莉乃が見たものは冥月にも見えている。オリンフィアのものではない別の理気が強まるこの感じ、覚えがある感覚に目を細めた。
「……これは、ノリスの時と同じだな」
かつてアルデア城で戦ったノリス・イェンセンもまた、彼女のものとは違う別の理気が強まり、結果何者かに肉体を乗っとられたのである。
「いや、もしかしたら我々が知らないだけでキャサリンもまた……?」
「おい冥にい、どうすんだよ!?」
理気を暴発させながら悶えるオリンフィアの姿に莉乃は苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。
「あいつを見殺しにするのか?」
「……いや、ノリスの時とは違う。あの高まる不吉な気運を何とか鎮めることが出来れば良いが……」
物質、非物質問わず理気に変換して取り込む行為は、『七識』を越えつつある冥月でも麒麟将に変化し、極限まで感覚を高めた時にしか使用出来ない技である。
しかしエルリクムでの戦いを控えている今余計な体力を使うことは賢明とは言えない。
かといってオリンフィアをここで見殺しにした場合、今度はエルリクムでまた彼女と戦う羽目になると冥月の勘は告げていた。
「……ならば、今この状態でやるしかない」
荒れ狂うオリンフィアに右手を向けると、全ての感覚を集中し、彼女の理気に働きかける。
やり方そのものは麒麟将に変化した際と変わらないが難易度に関しては雲泥の差、気を抜けば意識そのものが持っていかれそうだ。
「うぐ……!」
苦悶の表情を浮かべながらオリンフィアの理気に働きかけて彼女の体内で暴れまわっている正体不明の理気を排出する。
「冥にいっ!」
心配そうな莉乃の言葉を背後に受けつつも、冥月は全ての意識をオリンフィアへと向け、同時に己の中にある理気もまた解放した。
「この……!」
瞬間、冥月の背後に巨大な光の翼が現れ、空間に不可視のエネルギーを放出する。
「……この感覚、まるで冥にいが変身したときみたいな……」
莉乃は身体の内側から鼓舞されるような不思議な力の奔流を感じていたが、これは冥月が麒麟将に変化した際に感じているものだ。
そう、これまでの激しい戦いに生き残ることで、実力をつけ空間に満ちる理気とも融和する術を得た冥月は、変化せずとも麒麟将並みの力が発揮できるようになっていたのである。
「……これで、どうだ……!」
冥月が気合いを込めるとともに背中の光翼を構成する理気の流れが激しくなり、同時にオリンフィアの身体から不可視の気運が立ち上り始めた。
「な、なんだ、ありゃ……?」
理気の流れを見ることが出来ない『七識』以下の者には見れないだろうが、今の莉乃にはオリンフィアから排出された不吉なものが見える。
黒い煙のようなもので姿形ははっきりしないが、その輪郭は明確に女性のものだった。
さらに不気味なことに眼窩に当たる部分には蟷螂のような複眼も備えており、明らかにオリンフィア由来の力ではないと容易に想像がつく。
「……正体はわからないが、あれこそがオリンフィアを体内から乗っとろうとしていた力、らしいな」
理気による攻撃が通用するかはわからないが、とにかくこのままにしておくわけにはいかない。
剣を振り上げようとして、冥月はその刀身がかすかに鳴動していることに気づいた。
「ギラファの剣が……?」
呼応するままに切っ先を黒い影に向けると、黒刃の剣の震えはさらに強くなる。
「……そのままあれを斬れ、と……?」
深く考えている暇はない。冥月は大地を蹴ると黒刃の剣を脇構えの形に構え、そのまま下段から影を斬りつけた。
『ーーーーーーー!?!!?』
斬りつけた瞬間、影は断末魔とも叫び声とも、あるいは嬌声ともつかない謎の悲鳴をあげる。
血は一滴もでなかったが、長々と尾を引く不吉な悲鳴を残すと、影は内側から弾け飛ぶようにして完全に消滅した。
「……な、なんだったんだ、ありゃ……?」
膝から崩れ落ちるようにして大地に倒れたオリンフィアの様子を伺いながら、莉乃は剣を手に硬直したままの冥月に駆け寄る。
「……斬った感触は、理力剣を斬り裂いたときのような感触、つまり奴は理気によるものと考えられるか……」
だがそれにしてもあの身震いするような悍ましい姿はなんだったのだろうか? 怨霊か、あるいは呪いの権化か何かと言われても納得が行くような姿だった。
「……冥にい、なんかおかしいぜ……」
あの影は斬り捨てたにもかかわらず、オリンフィアの身体にまとわりつく妙な気配は途切れていない。
「……ああ、来るぞ」
慎重な動作で戦斧を構え直す莉乃を見て頷くと、冥月はオリンフィアの動きを注視する。
突如としてオリンフィアの瞳が開いたかと思うとガクガクと身体を震わせ、めくれ上がるのではないかと思わせるほどに大口を開けた。
「あ、あがががががががががががががががが……」
言葉にならないような奇怪な声を上げて、何かを吐き出そうと喉を震わせる。
「……むっ!」
次の瞬間オリンフィアの口からビー玉ほどの白い玉が吐き出された。
瞬時に冥月は理法念力でこれを空中に静止させたが、あまりにも嫌悪感を催すその形状に眉をひそめる。
それは球の表面にびっしりと糸のように細い人間の手が張り付いた悍ましい球だった。
「め、冥にい、それ……?」
「こんな生物見たことがないな」
そう、冥月が言うようにこの奇妙な球から放たれている微かな理気は生物のもの。
つまりこの球はオリンフィアの体内に潜む寄生虫か何かの類いらしい。
「待て、まだ中に何かいる」
冥月の理気に押されて少しずつ球が崩れていき、今度は緑色の体色を持つ小さな虫がその姿を現わす。
「……蟷螂、否魔螂獣によく似てる?」
莉乃の言葉通り、空中に制止させられている寄生虫は蟷螂、それも大きさこそ違えどノリスやキャサリンが生み出した怪物、魔螂獣に酷似した輪郭だ。
しかし魔螂獣とは違いかなり脆い生命体らしく、すでに身体を震わせた、死に体となっている。
「……脆弱だな」
オリンフィアの体内に出た時点で既に虫の息だったらしく、その寄生虫はバラバラになりながら地面に落下した。
「……そいつ、結局なんなんだ?」
気味の悪いものを見るように、莉乃はバラバラになって地面に散らばる寄生虫を見つめる。
「詳しいことはわからんが、ティーネに訊かねばならないことがまた増えたらしいな」
そしてこの寄生虫こそがEMS人を蟷螂の怪物に変容させる鍵を握っていると、冥月は直感的に感じていた。




