第六十二話「一対二万」
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一騎当千の猛者。
スサノオから預かった地図を片手に冥月がリバスアウルム郊外にたどり着く頃には、すでに太陽が高く上がっていた。
「……あれがそうだな」
小高い丘から様子を探る冥月の前にはいくつもの家屋が建ち並ぶ広大な街が広がっている。
アラドラキアスとは違い街の周囲を取り囲む城壁に当たる壁はないらしいが、スサノオの情報通り現在はその代わり街に続く北、南、東の三つある大通り全てにクローン兵の駐屯地が置かれていた。
「……(さて、敵兵力は……?)」
瞳を閉じて意識を集中させるとともに、リバスアウルム全域に広がる理気を掴もうと精神を研ぎ澄ます。
「……(よし、見えてきたな……)」
『七識』を越えた今の冥月にはリバスアウルム程度の範囲ならば理気を読むことが可能となっていた。
さすがに手に取るようにわかるというわけではないが、不完全ながらどこにどの程度の理気を持つ兵力が集まっているかくらいは把握出来る。
「……(各駐屯地にそれぞれ一個旅団、そしてリバスアウルム中央の公会堂に一個旅団規模、すなわち二万人くらいのクローン兵がいるわけだな……)」
本来ならば一人でどうにか出来るような規模ではないが、冥月は静かに黒刃の剣を抜くと、切っ先を天高く掲げた。
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「隊長、脱出完了しました」
リバスアウルム中央、広々とした庭園のような場所に数百人のクローン兵が集結しており、行列を形成していた。
彼女らのすぐ後ろにある中央公会堂は凄まじい業火によって炎上しており、もはやいかなる手段を用いても消化は出来そうにない。
晴天にもかかわらず、突如として中央公会堂に凄まじい威力の雷が落ちてきたため、その場にいたクローンたちはとりあえず外に避難、状況を探っているのである。
完全に不意を突かれる形だったため中央公会堂にいたクローン兵の大半は焼死したが、さすがに全滅はしなかったらしい。
「敵の攻撃の可能性がある。副隊長、各駐屯地に連絡せよ」
「……無線が通じません。どうやら電磁波障害が発生しているようです」
ひどく冷静な調子で会話するクローン兵たちを尻目に、二度、三度、四度とどこか近くに雷が落ちる音が鳴り響いた。
「どうなっている?」
「無線が使用できないため不透明ですが、あちこちに落雷があった模様です」
この短期間でこれだけ落雷が続くことなどよほどのことがない限りはあり得ない。
まず間違いなく敵の攻撃、しかもかなりの能力を持つ使い手が攻めてきたのである。
「いかがしますか隊長?」
「各員散開して市街地を防備、場合によっては各駐屯地の兵力と連携せよ」
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「……まずまず、だな」
丘の上からリバスアウルムを見下ろしつつ、満足そうに呟く冥月。
理気を収束させて中央公会堂と各駐屯地に雷を落とした結果、そこに詰めていたクローン兵たちが慌てて市街地に入る気配はすでに把握している。
「後は市街地に絞って雷を落とせばクローン軍を壊滅させられるが……」
だがそのようなことをすればリバスアウルムが甚大な被害を出すのは間違いない。
ラクィア大陸もリバスアウルムも人間の住む場所、破壊し尽くしてしまえば勝ちを収めることが出来たとしてもその後は絶望的だ。
「……となれば、直接打って出る他ないか」
もたもたしていては今度は焦土作戦を決行されかねない。そうなってしまえばリバスアウルム復興にどれほどの時間がかかるか想像するだけでも寒気がしてくる。
「……(ふむ、この辺りの器用さに関しても研究する必要があるかもしれないな)」
もしかしたらもっと正確に、街を破壊することなく敵兵に絞って雷を落とすような術もあるのかもしれないが、今の冥月にはこれが限界。
覚悟を決めると黒刃の剣を手にリバスアウルムめがけて坂道を駆け下りていった。
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首尾よく市街地に侵入したまでは良かったものの、クローン兵はゲリラ戦で押し切ろうとしているらしくあちこちの物陰に隠れており姿が見えない。
本来ならば慎重に進むべきところなのかもしれないが、今の冥月は一切恐れることなく堂々と走っている。
クローン兵たちはあちこちに潜んでいるため、自分の身を囮としてあぶり出そうというのだ。
「……そこだな」
たまに角を曲がる前に物陰に雷を放てば、不意打ちをしようと隙を狙っていた複数の兵士たちが物言わず地面に倒れる。
そう、すでに街一つくらいの範囲ならば理気の気配を察知することが出来る冥月にとって、ゲリラなど無意味なのだ。
しかも現在冥月が放った雷の影響であちこちに電磁波障害が発生しているため無線連絡を取りつつ連携することすら不可能となっている。
すなわちクローン兵たちは部隊の大部分を失ったばかりか、すでに数の優位すらもなくしており、冥月に振り回されるのみとなっているのだ。
「……右に一個小隊規模、距離は二百」
正確な動きで路地裏に潜んでいた兵士達を吹き飛ばすと、冥月は大通りをたくさんの兵士が走っているのを感じ、柄を握る手に力を込める。
「思いのほか早かったな」
どうやらゲリラ戦をすることに痺れをきたしたのか、直接侵入者を打ち倒そうと二個大隊規模の部隊が出現、振り向いた頃には冥月を完全に包囲していた。
「……ふむ、気配からいってこやつらがこの街にいる最大兵力か……」
すなわちこの部隊さえ倒してしまえばリバスアウルムにて冥月がやるべき作業はほぼ終わったも同然ということである。
「センサーに反応、麒麟族と認識」
「理力値計測不能、危険度計測不能」
何やら怪しいことをボソボソとささやき合う兵士達を尻目に冥月は黒刃の剣を投擲した。
可能な限り街を破壊することは避けねばならないためあまり理力剣は使用せず、理法念力で剣の軌道を操る。
まるで弾丸か何かのように剣は周囲の空間を飛び回っており、正確な動きでクローン兵を切り裂き、着実に地面に倒していた。
瞬きの一瞬、それこそ発砲する暇も与えることなく冥月は黒刃の剣で全ての兵士を無力化する。
「……これで終わりか」
なんともあっさりした最後だ。現在リバスアウルムに残っている気配はごく少数である生き残りクローン兵のもののみ。
なんとなく考えていたことだが、この街の住人はアラドラキアスに逃げ込めた者以外の捕虜は汎用タンパク質やネクロスに作り変えられたのかもしれない。
そのようなことを考えながら一通り敵兵を倒し終わると、いつの間にやら中央公会堂にまでたどり着いついた。
「……ここがらリバスアウルムの中心地か」
すでに中央公会堂は冥月の一撃により完膚なきまでに破壊されており、原型すら留めてはいない。
「……む?」
冥月の目に飛び込んできたのは破壊された公会堂のすぐ下に位置する地面。建物ばからか地面も一部雷の一撃で穿ったらしく、地下と思われる空間が露出している。
しかしどうやら地下の空間はほとんど無事らしく、冥月は理法念力で上に覆いかぶさるようにして倒れていた資材を退かしてみた。
「……これは……?」
落雷の中心地点に出来た小さなクレーターが地下室の天井を一部穿っている。
慎重に中を覗き込んでみると、ゲネシスソイミートタワーで見たいくつもの巨大なカプセルが見えた。
「……生体子宮か……」
生体子宮、和人女性の子宮から作られるもので、EMS人が妊娠や陣痛を経ずとも子供を産みだすために開発されたある種の人工子宮である。
元々この場にあったとは考えにくいため、おそらくティーネが制圧して以降運び込まれたと考えるのが自然だろうが、なぜこのような場所にあるのだろうか?
「……(待てよ、もしや……)」
何か思い当たる節があるのか、冥月はその場で結跏趺坐を組むとともに瞳を閉じて地下室に意識を向けた。
地下の空間に満ちる理気と融和すると、これを通じて広々とした地下室の内部構造を探る。
「……(どこだ?)」
地下室には生体子宮を始め汎用タンパク質を収めるためのタンクすら存在しており、ゲネシスソイミートタワーをそのまま移築したのではないかと思うほどだった。
「……むっ!」
微かに顔をしかめる冥月。どうやらお目当のものが見つかったらしい。
それはカプセルに納められた無数の胎児たち。どの胎児も理気に個人差はあれどもその質自体はほとんど同一である。
要するにこれはクローンの製造工場。どうやらティーネはエルリクムだけではなく、リバスアウルムにもプラントを構えていたらしい。
「……(なるほど、前線基地と工場を兼ねることでより迅速な行動を可能とするわけか)」
しかしわからないのはここでクローンを製造したとしてもすぐには仕事をさせられるわけではないということ。
いかに成長までの時間をティーネが短縮出来るとな言え、戦うための技能や知識を学ばせる時間は必要なはずだ。
にも関わらずここには製造工場しか存在しない、これが意味するところは……?
そこまで考えてみて冥月は下、すなわち公会堂の地下にある研究施設の最深部からこちらに強大な気配が近づいてくるのを察知して素早く立ち上がるとともに、黒刃の剣を握る。
「……(この理気、知っているぞ……?)」
刻一刻と迫ってくるその強力な理気の気配はつい最近感じたもの。
だがその存在は確かに倒したはず、冥月は少なからず戸惑いながらも真実を明らかにするために、『彼女』が姿を現わすのを待った。
「……(どうやら、一戦は避けられないらしいな)」
あまりにも攻撃的な理気に気を引き締める冥月。仮にここで逃げたとしても、もし本当に彼女であるならば放置しておくのはあまりにも危険すぎるため、正体を確実にしておく必要がある。
「はっ! 出待ちとはご苦労なこったな冥月よ……!」
馬鹿にするような口調で崩れ落ちていた瓦礫の中から現れた巨女は、やはり冥月が予想していた通りの人物だった。




