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麒麟将  作者: 花鏡
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第六十一話「反攻作戦開始」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。


いよいよエルリクムへの戦いが始まります。




 シトシトと雨が降るEMSの首都アベルディン。人通りの少ないその市街地をひとりの女性が歩いている。


 高級将校のみが身につけることを許された豪奢な軍服に腰には金銀で飾られた軍服、見た目だけならば20代で通用するような外見だが、その目には長い間戦地で過ごした者特有の険しい光が宿っていた。


 よく見れば彼女の左目のまぶたには微かではあるが鋭利な刃物で切られたような痕跡があり、その奥にある目も義眼らしく鈍い光を宿している。


「……ここだな」


 そんな彼女がたどり着いたのは王侯貴族もかくやと言わんばかりの巨大な邸宅、応対に現れた執事に彼女は鋭い瞳を向けながら来訪の用向き告げた。


「EMS正規軍元帥メアリ・デルフィアが弟に会いに来たと告げよ」




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「あ、姉上、いえ、元帥閣下直々の来訪とは、いかなる御用向き……ぐえっ!」


 応接間に通されたその女性メアリは、応対に実弟でありヴィルヘルミナの父親でもあるウィレム・ガドウィンが現れるや否や突然胸ぐらを掴んだ。


「ウィレム、貴様よくおめおめと私の前に姿を現わすことが出来たな……!」


 突然のことにウィレムは狼狽したが、思い当たる節はあるらしく顔を青く染める。


「な、なんのこと、でしょうか……?」


「惚けるなっ!」


 瞬間メアリは怒りのままにウィレムを突き飛ばし、後ろの壁に激突させた。


「ぐはっ!」


「ヴィルヘルミナのことを私が知らないとでも思っているのか?」


 ヴィルヘルミナ・ガドウィン、クララの娘にしてメアリから見れば姪であり同時に部下でもある。

 つい先日彼女が突如として逮捕されたという知らせを聞いた際のメアリの心境としては信じられないという感情しかなかった。


 彼女はまだまだ荒削りな所こそあるが、実直にして真面目な士官、逮捕される謂れなどどこにもないからである。


 表向きは国家反逆罪ということになっているものの、信用出来ないメアリが独自に調べる中で浮かび上がってきたのはパウリナによる陰謀。


 いかなる理由からかヴィルヘルミナを排除したい元老院議長パウリナ・イェンセンがあちこちに手を回して彼女を反逆者に仕立て上げたというものだ。


 そして、その陰謀の片棒を担いだ者の中に自分の弟であるウィレムがいることを知り、こうして乗り込んできたというわけである。


「さてウィレム、今の私は怒りに身を支配されていると言っても過言ではないがこれでも貴様に対する情が皆無というわけではない。私が納得できる申し開きをしてみよ」


 出来なければただでは置かないという言外の声を聞いた気がして、ウィレムは床に這い蹲りながら身体を震わせた。


「あ、あの娘は、ヴィルヘルミナは卑猩に敗れてガドウィン家の家名を汚した、当然の報いです」


「ほう、それでパウリナと取引をしてヴィルヘルミナを見殺しにしようというわけか……」


 メアリは恐ろしい力でウィレムの肩を掴むと、自分の左目がよく見えるように瞳を開く。

 彼女の左目はかつての内乱で『太陽を喰らう者』ギラファに奪われており、以後何故か新しい眼球を移植することはしていないため、義眼のままだった。


「いかなる動物も場合によっては脅威となり得る。それとも卑猩だけは違うとでも言いたいのか?」


 メアリの正論にウィレムは反論することも出来ずに奥歯を噛みしめる。

 そんなウィレムをしばらくメアリは無言で眺めていたが、やがて静かに口を開いた。


「あるいはウィレムよ、貴様はまだ『例の件』を引きずっているのか?」


「っ! そ、それは……」


 明らかな同様にメアリは目を細める。どうやら図星だったようでウィレムの背中を冷たい汗が伝った。


「……なるほど、貴様の卑猩嫌いを今更なんとかしろとは言わんが、それにヴィルヘルミナを巻き込むなど言語道断。その結果貴様は娘を売り渡すという親として最低な真似をしてしまった」


 眼光だけで人を殺める事が出来るのではないかと思わせるほどの鋭い視線にさらされ、ウィレムはただただ頭を下げる。


「……他に申し開きはあるか?」


 メアリの質問にガタガタ震えながらもウィレムは口を開いた。


「あ、あいつは卑猩を甘やかすような軟弱者、ガドウィンの後継者には……」


「ウィレム」


 まだ何か言おうとしていたウィレムの言葉を遮り、メアリはただでさえ威圧的だった気運をさらに強める。


「……貴様、同じことを二度言わすつもりか?」


「うっ! うぐぐぐ……」


 正直なところメアリはヴィルヘルミナが卑猩に優しかろうが厳しかろうがどちらでも構わない。

 今重要なことは自分の弟が己の保身のために娘を売りさばいた行為が許せないというだけのことだ。


「……申し開きがないならば私がお前に何を課すかわかっているな?」


「……いかなる手段を使ってもヴィルヘルミナを救う、そういうことですか?」


 ウィレムの言葉にメアリはうっすらと唇を歪めたが、その目は一切笑ってはいない。


「いかなる手段という言葉は買うが、口だけではないことを証明するのは難しい。言葉の通りにしろ」


 それだけ言うとメアリは這いつくばるウィレムを応接室にのこしたまま退出しようとしたが、思い出したかのように扉に手をかけたところで口を開く。


「それから、もし貴様がヴィルヘルミナを救えなかった場合、その時点で貴様は貴族はおろか人間以下となる、この言葉の意味をよく考えておけ」


 では、と軽く会釈をするとメアリは応接間から退室し、後には絶望的な表情で顔を青くしたままのウィレムだけが残された。



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「……反攻作戦を開始するに当たり標的を定めたい」


 ところ変わってラクィア大陸、アラドラキアスのラキア大聖堂

 修道会の好意で貸切にされた大聖堂付属の公会堂内部で、冥月は居並ぶ面々にそう告げた。


 アラドラキアス郊外に現れた巨人オリンフィアを打ち倒してから一夜明けた明朝、とりあえずの平和が戻った市街は静かなものだが、ティーネがラクィア大陸にいる限り本当の意味で平和になったとは言えないだろう。


「冥にい、標的はティーネがいる新星都市エルリクム、だろ?」


 何を今更と言わんばかりに莉乃はそう呟いたが、彼女の隣に座るスサノオは何やら沈鬱な表情で沈思黙考していた。


「最終目標はそうだ。だがこれを見てほしい」


 冥月が机の上に広げたのはラクィア大陸の地図。中央にあるエルリクムを始め、北方アラドラキアスなど様々な情報が描き込まれている。


「エルリクムに行くために後顧の憂いを断つ必要がある」


 冥月が指し示したのはスサノオの邸宅がある森を抜けた先にある商業都市リバスアウルム。

 アラドラキアスに戻ってきた斥候からの情報によると、この場所がティーネ軍の前線基地、すなわちクローン兵たちの集結地点らしかった。


「オリンフィアは倒したが、この拠点を抑えぬ限りアラドラキアスは喉元に拳銃を突きつけられたも同然、ということだ」


 仮にここを無視して冥月らがエルリクムへ向かった場合、まず間違いなくここに残った兵団がアラドラキアスを攻撃するだろう。


 アラドラキアスを落とされて仕舞えば仮にエルリクムを攻略出来ても負け同然というわけだ。


「……戦略的にもリバスアウルムを押さえる意味は大きいと思う」


 ヴィルヘルミナはそう告げると、地図に向き直る。


「斥候によると現在ラクィア大陸の各拠点では地下勢力が抵抗を続けているとのことだが、位置的にリバスアウルムが敵の手にある内は各拠点と連携は取り辛い」


 リバスアウルムは場所的にラクィア大陸の都市や砦を分断する位置にあるため、地下勢力と連合するにしても敵地を挟んでいるためしにくい。


「……各拠点と連携出来ればこの戦いも随分楽になりそうですね」


 冥月のすぐ後ろで直立不動の姿勢をしていたフォルネスも頷くと、静かな調子で眼鏡を押し上げた。


「しかしそうなると、速さが重要になりそうだね」


 スサノオの言葉に冥月は頷くと、右の手のひらを眺める。


「我々がオリンフィアを倒したことがティーネに伝わるのも時間の問題だろう。援軍が来る前にリバスアウルムを落とせねば、いささか厄介なことになるな」


 現在リバスアウルムにどの程度の兵士がいるかは不明だが、エルリクムから増援が来てしまえばただでさえ勝ち目が薄い戦いが、さらに絶望的な状況となってしまうのは間違いない。


 いささかどころではないとヴィルヘルミナは発言しようとしたが、その前に冥月は口を開いた。


「スサノオ、リバスアウルムに関してもう少し情報はないか?」


 攻め込むならば少しでも情報が多いに越したことはない。しばらくスサノオは首を傾げていたが、思考をまとめたらしく微かに頷く。


「拠点としては平地にある分攻めやすいと言えるかもしれないね。けど斥候によると街の周囲三箇所にクローン軍が幕舎を構えていて、それ以上は潜入出来なかったみたいだね」


 すなわち街を制圧する以前にその駐屯地を突破せねば、都市への侵入すら出来ないということだ。


「ふむ、まあ大した問題ではないな」


「いや冥月、大した問題だぞ?」


 何やら考えながらそのようなことを呟く冥月に対してヴィルヘルミナはさすがにそうツッコミを入れる。


「制圧自体は大した問題ではない、問題はその後、ティーネがどんなアクションを起こすかだ」


 リバスアウルムを取り戻すために攻撃を仕掛けるのか、はたまたアラドラキアスを優先するのかはわからないが、その後は彼女の出方次第だ。


「場合によっては各拠点と連合する前にティーネの本隊と戦わねばならない。さすがにそれはきついな……」


 それにリバスアウルムを攻撃している間にアラドラキアスに本隊が来れば、そう時間はかからずに陥落させられるのは間違いないだろう。


「よし、莉乃とヴィルヘルミナは先行してエルリクムの偵察をしてくれ、リバスアウルムは私が一人で落とす」


 とんでもない発言にヴィルヘルミナは浮き足立った。


「な、何を言っている。一人で都市一つを相手にするなど不可能だ……!」


「だが不可能を可能に出来ねばこの戦いには勝てない、違うか?」


 冥月の言葉にヴィルヘルミナは俯く。彼女も圧倒的な不利は承知しているのだ。


「心配するな、私は勝算がない戦いはしない」


「冥月様には、何か秘策が?」


 フォルネスの言葉に冥月は微かに笑みを浮かべると頷いてみせる。


「まだ秘密だが、各駐屯地が離れているならやりようはいくらでもある」


 意見は出尽くしたらしい。かくして前代未聞となる、単身での拠点攻略が幕を開けた。

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