第六十話「ラクィアを救う者」
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オリンフィアとの決戦。
『ぎゃははははは……! これであんたたちには万に一つも勝ち目はない!』
蟷螂らしい姿を露わにしたオリンフィアは哄笑しながら下半身に備わった無数の触腕を伸ばして冥月らを攻撃する。
さらには同時進行で産卵管を地面に突き刺すと、大量の魔螂獣を作り出した。
「やはりこうなる宿命か」
黒刃の剣を構え直すと冥月は理気を集中、空間全域に意識を巡らせる。
『……それじゃ、こんなのはどうだ?』
二つある産卵管のうち一つを冥月らに向けると、オリンフィアはそこから理気由来の瘴気を放った。
「冥にい! これはキャサリンと同じ……」
「……ああ、しかも見ろ、オリンフィアを……!」
前回キャサリン・フリューゲルは毒の力を使いこなせてはおらず自滅するしかなかったが、オリンフィアはいくら瘴気を放っても理気に一切の乱れはない。
「恐らくオリンフィアの頑強な肉体には耐毒性能も付与しているのだろう」
理気による風でなんとか瘴気を散らしながらヴィルヘルミナはそう呟く。
たしかに見たところオリンフィアの肉体は長時間瘴気に触れているにも関わらずどこも爛れてはいない。
『そして、こんなことも……おおっ!』
自分が吐き出した瘴気を地面に落として毒の沼地のようなものを作ると、そこに産卵管を差し込むオリンフィア。
『う、うおおおおおおおおおお……! んおおおおおお……!』
恍惚の表情を浮かべながら己の胸を掻き毟るオリンフィアに呼応するかのように、毒の沼から大量の魔螂獣が現れた。
「な、なんだこいつらは……!」
慄く莉乃。現れた魔螂獣の体表は紫色の外甲に覆われており、この強い瘴気の中でもピンピンしている。
『やれっ!』
オリンフィアの号令一過、魔螂獣たちは一斉に口から高濃度の瘴気を吐き出し始めた。
『ぎゃはははは……! ほらほら早くしねぇと後ろの街にまで行っちまうぜ!』
オリンフィアは足止めされた場合、アラドラキアスに毒ガス攻撃を仕掛け、住民を皆殺しにするつもりだったのである。
冥月らが予想以上に抵抗したためこのような形となったが、どちらにせよ瘴気で無抵抗な民を攻撃するのは変わらない。
「……オリンフィア、貴様……!」
無抵抗な非武装民すらも惨たらしく殺そうとするオリンフィアの姿に、冥月の理気が高まり始めた。
『そうだ! もっと怒れっ! そうでないとアタシはつまんねーからなっ! ぎゃはははは……!』
「だったら望み通りにしてやんよっ!」
瞬間、莉乃が放った炎の理力剣が炸裂、大多数の魔螂獣を焼滅させて、粉塵に帰す。
「これでどうだっ!」
さらに隙を突く形で放たれたヴィルヘルミナの理力剣、産卵管を地面に突き刺しているオリンフィアには避ける術はない。
「バーカ!」
ヴィルヘルミナを嘲笑するとオリンフィアは空間を歪ませるほどに強力な理気の障壁を張り巡らせて、風の理力剣をこともなさげに弾いて見せた。
「なっ! 障壁で理力剣を弾く、だと……?」
信じられないとばかりにヴィルヘルミナは目を見開いたがこれが現実、恐ろしいまでの理気である。
「どうやら『七識』に至ったのは莉乃や私だけではない、というわけだな」
オリンフィアの理気は間違いなく冥月や莉乃同様『七識』クラス、『七識』に対抗するには『七識』の理気をぶつけるしかない。
「ヴィルヘルミナ、莉乃、奴は私が倒す、二人はなんとか突破口を開いてくれ」
乱戦の最中そう叫ぶ冥月。ギラファが持っていた黒刃の剣を構え直すと、彼は今なお身体を震わせて魔螂獣を生みだしているオリンフィアを睨みつけた。
「っ! 正気か冥月っ! あんな化け物を一人でどうにかするなど無謀すぎる……!」
理気を込めた薙刀で次々と現れる魔螂獣を斬り捨てながらヴィルヘルミナは驚愕の声を上げる。
今のオリンフィアはノリスやキャサリンとは明らかに違う変容を遂げており、その力は圧倒的だ。
そんな相手に一人で挑むなどあまりにも危険すぎるため、ヴィルヘルミナはその提案に難色を示す。
「……いや、多分冥にいなら、どうにかなるぜ」
大量の戦斧を空中に浮かべ、自在に操りながら莉乃はそう呟いた。
「しかし莉乃……」
「姿を変えられるのはあいつだけじゃねぇ。冥にいにだって出来るってことさ」
戦斧を回転させながらあちこちに放ち大量の魔螂獣を両断すると、莉乃は冥月に視線を向ける。
「行け、冥にいっ!」
「ああ!」
莉乃が切り開いた道を通ってオリンフィアに接近すると、冥月はすぐさま己の中にある力を解放、その身を大きく変容させた。
『……来やがったな『麒麟将』、あん時の借りを返すにゃちょうどいいっ!』
今の冥月の姿はまさに麒麟将と呼ぶべきもの、かつてオリンフィアの前身たるオリンとフィーアを倒した無敵の戦士たる姿である。
冥月が姿を変えるとともに空間に満ちていた理気の性質が変わり、大量にいた魔螂獣はそれだけで怯み始めていた。
「これが、冥月の真の力、か……」
圧倒的な力を全身から放つ冥月の姿に目を奪われるヴィルヘルミナ。見た目ばかりではない、大気中の理気にすら影響を及ぼすその力は『七識』以上の境地と言えよう。
『ぎひひひひひひ……! さあ、来い、さあ来い、今度こそぐちゃぐちゃに殺してやる……!』
半ば狂乱状態になりながらオリンフィアは毒の沼から大量の魔螂獣を生み出し、同時に冥月めがけて瘴気弾も放つ。
『これで終わりだ! ぎゃはははは……!』
殺到する攻撃を前にして、冥月は一切の防御行動をとらず右手に持っていた黒刃の剣を地面に突き刺した。
「……むんっ!」
気合いを込めるとともに己の力を高めるための予備動作を行う冥月。
やっていることは理力剣を放つ前に集中して理気を高める行為と同様である。
だがそれだけで周囲に、否空間全域に波紋が広がり、瘴気を霧散させたばかりか、理気による防御をしていなかった魔螂獣すらも吹き飛ばした。
『な、ななななな、ば、馬鹿な、あの数を一瞬で……!』
その圧倒的な力に驚愕の表情を浮かべながら、後ずさりしようと地面から産卵管を抜くオリンフィア。
しかも冥月は攻撃しようと思って魔螂獣を吹き飛ばしたわけではなく、理気を高めるための予備動作で発生した余剰エネルギーのみで敵を一掃してしまったのである。
「……投降せよオリンフィア、そう何度も死ぬものではない」
剣の切っ先をオリンフィアに向け、冥月は低い声でそう呼びかけた。
真の力を発揮した冥月とオリンフィアの実力差は歴然、仮に戦ったとしても勝ち目がないことな誰の目にも明らかである。
『ふ、ふざけんなっ! このアタシが下等種族に投降するわけがねーだろがっ!』
激昂とともにオリンフィアの周囲に満ちる理気が高まり攻撃的な気運となって冥月に襲いかかった。
「……青いな」
しかしこの程度防御する必要すらない。冥月の身体から放たれている理気が一瞬だけ高まり、オリンフィアの理気を打ち消す。
「もうわかっているはずだ。私に勝つことは出来ないと」
『やかましいっ! アタシの力は、こんなもんじゃねーよっ!』
焦ったようにそう叫ぶとともに、オリンフィアは周囲に満ちる理気、否空間に意識を向けた。
「……あいつ、何をするつもりだ?」
油断なく薙刀を構えながらヴィルヘルミナは神妙な顔つきでオリンフィアを睨み据える。
「この理気の流れは尋常じゃねーな。何か来るぜ……!」
莉乃もまた空間を流れる異常な理気を感じ、警戒心も露わに戦斧を構え直した。
『う、うおおおおおおおおおお……! どうだあああああ……!』
瞬間、オリンフィアの身体が大きく膨れ上がるとともに大量の理気、否空間が彼女に取り込まれ、その身を巨大化させる。
「……ほう、質ではなく量で勝負をするつもりか……」
冷淡に分析しながら宙に浮かび上がる冥月。彼の前にあるオリンフィアの身体は形こそ変容後から変わってはいないが、元の数十倍、二百メートルは下らないという超巨体となっていた。
『ぎゃはははははははは……! こ、これで何もかもおしまいだっ! 全員まとめて殺してやるぜ……!』
「……ハリボテだな」
瞬間冥月はオリンフィアが瘴気を放つ前に急速に接近、剣の一閃で彼女の纏う障壁を引き裂く。
『……え?』
「自慢の究極の力とはこんなものか?」
続いて左手をかざすとともにオリンフィアの巨体を理気に変換、そのまま空間に霧散させた。
『そ、そんな、馬鹿なことが……』
急速に縮み行くオリンフィア。たしかに彼女は空間を取り込んだため身体に満ちる理気に関してはかなりの物となっている。
しかし保有量は上がっても理気を扱う術に精妙さがない以上『七識』を越えた冥月にとって危険度はさほど変わらない。
要するに先程彼が言った通り、単に理気を高めただけのハリボテに過ぎないと言うことだ。
「う、うわ、うわあああああ……!」
元の姿に戻りオリンフィアは空中に投げ出されたが地面に激突するその刹那、とっさに理気を収束させて落下の衝撃を和らげる。
「う、おのれ……」
「勝負あったな、オリンフィア」
冥月もまた元の姿に戻ると、地面に這いつくばるオリンフィアに黒刃の剣を突きつけた。
「今一度言う、投降せよ。そして自分の犯した罪と向かい合い赦しを乞え」
「はっ! 『犯した罪』だ? 笑わせてくれんなよ」
ゲラゲラと笑うとオリンフィアはその場で胡座をかく。
「お前ら家畜や奴隷をどう扱おうがアタシら人間の勝手、そんな道具を好きにして何の罪に問われんだよっ!」
なるほど、確かにEMSの法律では和人や爬人を殺傷したとしても何の罪にも問われないのかもしれない。
「ならばこの場で君の命を私が奪ったとしても罪にはなるまい。それはEMS人だけの法なのだからな」
むぐ、と口ごもるオリンフィア。その通り、彼女の理屈で言えば冥月がEMSの法を守る必要はない。
「あ、アタシを殺すのか、下等な麒麟の一族ごときが……?!」
「そうさせるのは君だ」
冷淡に告げると冥月は酷薄な笑みを浮かべたが、その何の感情も宿ってはいない笑みにオリンフィアはゾッとした。
「し、死にたくない、せっかく復活したのに……」
「なら罪を償え、心から回心し生命の重さと向き合うのだ」
冥月が説得する間、オリンフィアが先程放り投げた棍棒が微かに震える。
「わ、わかった投降する。投降するから赦してくれ」
オリンフィアの言葉に冥月が黒刃の剣を下げた、その刹那。
「甘いぞ冥月!」
理法念力で操作された棍棒が冥月の後ろから猛スピードで飛来した。
「愚かな」
しかしこれは彼の予想の範囲内、軽い調子で身体を翻すと棍棒は標的を失いオリンフィアの頭に直撃する。
「げ……!」
自分の棍棒で顎を殴り飛ばされ、目を回すオリンフィアの腹部に冥月は剣を突き立てた。
「よ、よせ、やめ……!」
「理力剣……!」
瞬間、冥月の持っていた剣から凄まじい理気の雷が溢れ出る。
「ぎゃあああああ……! ま、またしてもおおおお……!」
断末魔の絶叫を残してオリンフィアは内側から焼き尽くされ、チリ一つ残さず焼滅した。




