第五十九話「異質なる変容」
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オリンフィアとの決戦。
月の光と静寂に包まれた夜の草原。オリンフィアはティーネの下知を果たすためにクローン兵一個中隊と回収用のトラック複数台を用意し、アラドラキアスに向かっていた。
「……ちっ! あの雑魚虫どものせいで……!」
その巨体故にトラックの座席には乗れず、揺れる荷台の中でオリンフィアはそのようなことを漏らす。
「おら、クローンども急げっ! 死体を回収できねぇとまたアタシがティーネ様に甚振られんだよ。早くしろっ!」
「……イエスマム」
イライラしながらクローン兵をせっつき、ようやくアラドラキアスの城壁外にたどり着いたものの、すでに死体は何者かに回収されたのか、そこには何も残ってはいなかった。
「……っ! どうなってんだよ、一つもねぇじゃねーかよっ!」
イライラとトラックを蹴飛ばすオリンフィア。彼女の剛力により、それだけで車体が凹み転倒したが、そんなことよりも死体が回収出来ないことのほうが問題である。
「……残念だったな、オリンフィアよ」
闇の中から現れたのは冥月、莉乃、ヴィルヘルミナの三人。先刻の屈辱が鮮やかに蘇ってきたらしく、オリンフィアは表情を歪めた。
「すでにクローン兵の遺体は全て荼毘に付し、丁重に葬ってある。貴様らにこれ以上死者を弄ばせはしない」
「て、てめぇら……!」
死体が回収出来ない時点でオリンフィアの任務は失敗したも同然、このままおめおめと帰ればティーネにどれほどの叱責を受けるかわかったものではない。
「クローンども、こいつらを仕留めてアラドラキアスを破壊しろっ! このまま帰ればアタシは……!」
全身から冷や汗を流しながらも攻撃命令を出すオリンフィア。クローン兵たちはオリンフィアの命令に従い、全員手にした長銃を冥月らに向ける。
「……止せ、と言っても聞かぬだろうな」
どうやらオリンフィアは先程あれだけのクローン兵を冥月一人に壊滅させられたにもかかわらず、それよりも劣る兵力で戦うつもりらしい。
「死ね、下等な麒麟の一族っ!」
クローン兵たちが銃を撃つその刹那、不可視の刃が一瞬だけきらめき、兵士らの間を通り抜けた。
「どうした、早く撃……っ!」
オリンフィアが異変に気付いたときにはもう全てが遅い。クローンたちが持っていた銃はバラバラに切り裂かれ、ただのくず鉄と化している。
「……油断し過ぎたな。オリンフィア」
呆れたように目を閉じるヴィルヘルミナ。身体から発する理気を風の刃へと変化させ、クローン兵たちの武器を瞬時に切り裂いたのだ。
「悪いことは言わないオリンフィア。降伏しろ」
冥月の降伏勧告にオリンフィアは額に血管を浮かばせるほどに激怒した。
「ふざけんじゃねぇ! クローンの武器がなくてもな、てめぇらなんざアタシの敵じゃねぇっ!」
トラックの荷台から巨大な金属の棍棒を取り出すと地面に叩きつけ、大地を揺るがす。
「おら、やれおめぇらっ! 飛び道具がなくともやれんだろうがっ!」
オリンフィアの言葉に仕方なくクローンたちは臨戦態勢をとった。
ある者は腰のダガーを抜き、ある者は予備の銃剣をとり、またある者は短めの軍刀を構える。
「やれやれ、無駄に命を散らす必要もないだろうに……」
一斉に襲いかかってきたクローン兵たちを瞬時に斬り捨てると、冥月は黒刃の剣をオリンフィアに向けた。
「……オリンフィアよ、おのれの保身のために部下を犠牲にして恥ずかしいとは思わないのか?」
「は、クローン兵なんて消耗品、アタシらEMS貴族のために戦って死ぬために生み出された道具なんだよっ!」
棍棒を振り上げて、冥月に炎の理力剣を放つオリンフィア。なんとかこれをかわして肉薄せんとするが、空間を爆発させるような威力に地面が赤熱する。
「話しを聞けオリンフィア、このクローンたちはお前の前身であるオリンとフィーアの叔母ノリス・イェンセンのもの、身内の死に何も思わぬのかっ?!」
「身内じゃねーし、単なるクローンだよ。それに卑猩ごときに殺される奴なんて大したことねぇんだよっ!」
気合いを込めて放たれた一撃をなんとかいなすと、冥月はオリンフィアの腹を蹴飛ばす形で空中に飛び上がり、彼女の顎を殴り飛ばした。
「ぐはっ!」
しかし理気の収束は不十分だったようで、大したダメージはなく、オリンフィアもニヤリと笑みを浮かべる。
「……さすがに硬いな」
「……っは! そんな拳じゃアタシの肌を裂くこともできねぇんだよっ!」
オリンフィアは棍棒を振り上げて相手を叩き落とそうと攻撃を仕掛けるが、すでに見切っていたらしい冥月は空中で軌道を変え、攻撃をかわした。
「ちっ! 雑魚虫ごときが、調子乗ってんじゃねぇっ!」
今度は口から爆裂弾を放つオリンフィア。至近距離での弾幕、当たれば間違いなく身体が吹き飛ぶような威力だろう。
「まあ、当たらなければ何ということもないがな」
冥月は瞬時に右手から理気の雷を放って大半の弾幕を相殺すると、剣を振るいそのうちの一つをオリンフィアめがけて跳ね返した。
「……ぐあっ!」
頭に直撃を受けたオリンフィアであったが、やはり頑丈に出来ているらしくかなりの威力の爆裂弾が当たったにもかかわらず、微かに頬に傷が残る程度しかダメージがない。
「……こう硬いとうんざりしてくるな」
「ほざけ雑魚虫がっ!」
続けざまにオリンフィアが放った攻撃をなんとかいなして距離をとり、剣を構え直す冥月。
「……さて、あとはお前だけのようだな」
その言葉にはっとしたらしくオリンフィアは周りを見渡し驚愕に目を見開く。
そう、冥月がオリンフィアを引きつけている間にヴィルヘルミナと莉乃は着実にクローン兵の数を減らし、全滅させていたのだ。
「て、てめぇら、よくもアタシの手駒を……!」
「激しても無意味だオリンフィア」
軽く首を振ると悲しそうに表情を歪める冥月。先程ヴィルヘルミナが長銃を破壊した時点ですでに勝負は決していたにもかかわらず、無意味な攻撃を命令したオリンフィアを哀れに思ったのである。
「く、くそがっ! そんな目でアタシを見んじゃねぇっ!」
もうどう足掻いても逆転は出来そうにないが、まだオリンフィアは戦うつもりらしく全身にまとう理気を一気に高めた。
「なら、見せてやんよ、アタシの本当の実力をよ……!」
直後オリンフィアの周囲に異様な理気の気配が立ち込めたかと思うと、彼女の身体が大きく変容を始める。
「ちっ! またあの蟷螂姿かよっ!」
うんざりしたように呟く莉乃だが、冥月は明らかにこれまでとは違う異質な気配に眉をひそめた。
「どうも様子がおかしい。この理気の流れはキャサリンやノリスとも、ましてやオリンとフィーアのものとも違う……!」
ガクガクと身体を震わせながら理気を取り込み、その身を人ならざるものへと変えるのはこれまでと変わらない。
しかし今回のオリンフィアの変容は明らかにそれとは異質な、理気の流れが恐ろしく激しいものである。
「んお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛……! おほぉぉぉぉぉ……!」
凄まじい雄叫びとともにその身を変容させるオリンフィア。まず変化があったのはその下半身。
分厚く覆われていた筋肉が激しく痙攣するとともに内側から膨張し始めた筋繊維が異常な太さの足を形成、血管の浮き出た柱のような形へと変えた。
続いて腰回りもまた骨格ごと変わったのではないかと思わんばかりに巨大化、臀部からは巨大な産卵管を擁する蟷螂の腹部が生え、甲虫の後脚が姿を現わす。
異常はここから。彼女が履いていたフォールドが弾け飛ぶとともに下腹部からもう一対の産卵管と蟷螂腹が現れたのだ。
「ぐほぉぉぉぉぉぉ……!」
オリンフィアが変容の快感に白目をむいて身体を震わせる中、そこからハリガネムシを思わせるような無数の触腕が生える。
同時に上半身も変容が進み、筋肉質な腹筋が目立っていた腹部も例を見ないほどに巨大に膨らみ、それに合わせてか乳房も膨張、胸甲を弾き飛ばし、筋肉が肥大化した影響からさらに巨大となった肩と脇の下から蟷螂の前足が二対現れた。
『っ! あはあ、はあはあ……』
最後に背中が大きく盛り上がり、ヌメヌメとした外甲と二対の翅が現れたところで、オリンフィアは黒く染まった瞳を冥月に向ける。
『あ、あははははは……! げははははは……!』
とんでもない巨体だ。元のオリンフィアも莉乃の一回り以上の巨躯であったが、現在の彼女は集結態すらも上回り、10メートル近い大きさを手に入れている。
『矮小だなあ、冥月っ! 虫ケラみたいに潰してやる』
巨大な脚を思いのほか素早く動かして冥月を狙うオリンフィア。しかし彼はすぐさま身を翻して避けたため彼女の脚は空を切った。
「……っ!」
だが外したとは言え巨体、震脚を放ったかのように地が揺れ地響きが冥月らの身体を伝わる。
身体から放たれる理気もまた巨大化した影響からか強まっており、先程までのオリンフィアの力より数段上と考えるべきだ。
「見掛け倒し、ではなさそうだな」
冥月が武器を構え直すとともに、莉乃とヴィルヘルミナもまた臨戦態勢をとる。
『はんっ! てめぇらごとき雑魚虫にゃ勿体無いほどの力だ!』
口から爆裂弾を放つオリンフィア。威力はたしかに桁違いに上昇しているが、『七識』にある冥月らはこれを軽くかわした。
「……厄介だぜ、冥にい!」
戦斧を構え直しながらそう莉乃は毒づいたが、冥月は何やら神妙な表情で首をかしげる。
「……一つわかったことがある」
冥月はそう呟くとオリンフィアが放ってきた爆裂弾を一閃、霧散させ、ヴィルヘルミナに視線を向けた。
「おそらくティーネは、EMS貴族が何故変容するのか知っていると思う」
「っ! 本当かっ?!」
衝撃的な言葉にヴィルヘルミナは目を見開く。彼女やロベルトにとってその現象は何を置いてでも調査せねばならないと判断した事象だからだ。
そんなヴィルヘルミナに対して冥月は軽く頷く。
「おそらくだがな。オリンフィアという『作品』にその機構を組み込んだのは間違いなくティーネ、そう仮定すると知らないほうがおかしい」
オリンフィアは明らかに変容を自分の意思で行なっていた。すなわち偶発的な作用ではなく設計者たるティーネが組み込んだ機構を使ったと見るのが自然だろう。
「……ともあれ、まずはティーネよりも先にこやつとの戦いを生き残ることだ」
属性攻撃をいなされ続け、イライラし始めたのかオリンフィアは全身から怒りに満ちた理気を放っていた。
「……行くぞ、オリンフィアっ!」




