第五十八話「生命の対価」
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戦死者の扱い。
「全く使えませんわね」
新星都市エルリクムにあるオットー=ティーネ・オフィルアスの研究施設。
自分の前でその巨体を縮ませるようにして平伏するオリンフィアに対して、ティーネは冷ややかな目を向けていた。
「も、申し訳ありませんティーネ様、突然身体の具合がおかしくなって……」
「……私の技術は完璧ですわ。自分の非を私に押し付けるつもりですの?」
「そ、それは、うぐっ!」
ティーネが手元のスイッチを押すと、オリンフィアの胸元にEMSの国章が現れる。
どうにもこの紋章が反応する間オリンフィアは激痛を感じるらしく、苦悶の表情を浮かべながら自分の胸元をかきむしり、転げ回った。
「うぎゃああああああ……!」
「私がその気になれば貴女を再び死人にすることも容易い、そうなりたくないならどうするべきかわかりますわね?」
「ひ、ひいいいいいいいい……も、もちろんですティーネさまああああ……!」
うんざりした表情でティーネが腕を振るとオリンフィアの胸元から紋章は消えたが、彼女はまだビクンビクンと身体を震わせる。
「それから貴重なサンプル、冥月とヴィルヘルミナ、あの莉乃とかいう卑猩は必ずや生きて捕らえなさい」
ぐったりと床に倒れて痙攣するオリンフィアの背中を踏みつけるとティーネはひどく酷薄な表情で顔を寄せる。
「……足の一本や二本別になくても構わないわ。とにかく生きてさえいれば良い」
「は、はい……」
白目を向いたま動かないオリンフィアを蹴飛ばすティーネ。どうやら自分が作ったものには創造する以上の興味は湧かないらしい。
「コマンダー、今回の戦いで死んだクローン兵の死体は可能な限り回収しなさい。汎用タンパク質に還元するから」
無線を使って施設外にいるコマンダーにそう連絡すると、ティーネはイライラした様子で椅子に腰掛けた。
「……(麒麟の一族どもが、余計な真似を……)」
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アラドラキアスにある宿坊の一室、冥月らはなんとか戦いに勝利できたことに安堵していた。
「……どうにかなったが、まだほとんど状況は変わっていない」
狭い空間にひしめき合っているため、冥月の声も自然と囁くような声量となっている。
彼のいう通り、ティーネの放った第一陣はなんとか退けたものの、全体の総量から言えば大した打撃を与え切れてはおらず、おまけにオリンフィアは逃したためほとんど状況は変わっていないのだ。
「……冥にい、このまま防衛戦を続けてたらその内限界が来ちまうぜ?」
莉乃の指摘はもっとも。兵力に関してはアラドラキアスの防衛部隊はいるが微々たるもの、クローン兵を擁するティーネの方が圧倒的に有利である。
「莉乃のいう通りだ冥月。ここは部隊を分けて敵地に乗り込み、オリンフィアとティーネを討ち取るべきではないか?」
つまりは片方がアラドラキアスを防衛し、片方が直接敵の本拠地に乗り込むというわけだ。
しかし防衛を行うにしても、本拠地に行くにしてもクローン兵や集結態が出てくる都合上、かなり危険な任務となるのは間違いない。
よほどのことがない限り、全軍を投入してはこないという意味では防衛部隊の方が比較的安全と言えるかもしれないが、それでも戦場に立つ以上危険なことには変わりないだろう。
「冥月、君はどう思う?」
スサノオの質問に対して冥月は顎に手を当てて考えてみた。
現状攻勢に出るならばそれしか手はないのは事実だが、部隊を分けるとなるとその分危険も大きい。
だが多少の危険を差し引いたとしても冥月らが一方的に不利なのは変わってはおらず、作戦としては不適当が過ぎる。
「……部隊を二つに分けるにせよ兵力が足りていない現状では危険が大き過ぎる。ただでさえ数が少ないのに、せめて都市防衛の方には何らかの策がなければ押しきられてしまう」
そうなれば潜入が成功しようが、ティーネを討ち取ろうが負けたも同じこと。アラドラキアスが陥落することだけは、何としても防がなければならない。
「対策って、落とし穴を掘るとかか?」
莉乃の提案にヴィルヘルミナは呆れたように嘆息した。
「……それも一つの作戦かもしれないが、敵が攻めてくるまでに実現させられるかどうかは微妙だぞ?」
もしもこの中に土の属性攻撃が得意な者がいればどうにかなったかもしれないが、その才を持つマスティマはこの場にいない。
「……恐らくだが、オリンフィアはまたクローン兵を引き連れて帰ってくると思う」
瞳を閉じて静かに意識を整えると、冥月の脳裏にアラドラキアス近辺にて巨大な女性と対峙し、剣を振るう自分の姿が浮かび上がる。
その戦いの推移、そして結末までは知る由もないが近い未来再びオリンフィアと戦うことになるのはほぼ間違いない。
「冥月様、何を根拠に……?」
「……理気による先読み、のようなものかもしれないな」
フォルネスの問いを曖昧に返して立ち上がると冥月は窓からアラドラキアスの街並みを眺めた。
先刻オリンフィアに率いられたクローン軍が襲撃をかけたためか通りに人の姿はほとんどおらず、閑散とした様相を呈している。
修道士が多いという特性からか元々アラドラキアスの通りは閑散としているらしいが、今の様子は間違いなく戦時下の無人状態、すなわち疎開で過疎化した状態だ。
聞くところによると大半の者はラキア大聖堂に避難しているようで、恐らく今市内に残っているのは冥月らくらいだろう。
「……奴らは恐らく戻ってくるが、次来るときは城攻めは二の次だろう」
冥月の言葉に莉乃は訝しげな表情で首を傾げた。
「それも理気による先読みか?」
「……そんなところだ」
現状を打破しようと理気の助けを借り瞑想してみれば、冥月の脳裏に浮かぶのは戦地に散らばるクローン兵の亡骸と、これを回収するオリンフィアの姿。
「……(限られた資源の再利用、と言ったところか……)」
恐らくティーネに制圧された各都市で、逃げ遅れた民はネクロスか、あるいは汎用タンパク質にされているだろう。
あれほどの数の集結態を戦線に投入してきたのだ、場合によっては全員融解させられている可能性すらあった。
「……(問題はオリンフィアたちがいつ来るか、ということだな)」
オリンフィアが戦死者の亡骸を回収しに来るのはほぼ間違い無いが、果たしてそれはいつなのか?
一週間後である可能性もあれば今この瞬間である可能性すらある。いかに『七識』に至ったとは言え、そこまで冥月の感覚は磨けてはいなかった。
「……冥月の予想は正しいだろう。私もなんとなくだがオリンフィアは戻ってくるような気がする」
ヴィルヘルミナも冥月ほどに理気を用いた予測は出来ずとも、嫌な予感は感じているらしい。それを受けて冥月が莉乃の方を見れば、彼女もまた微かに頷く。
「ああ、俺もあいつらが近々来ることくらいはなんとなくわかるぜ」
莉乃とヴィルヘルミナ、そして冥月と言った理気に優れる三人が同じ結論に至ったのならば間違いなくオリンフィアは来るはずだ。
「問題はいつ来るかと言うこと、だね」
スサノオの言葉にフォルネスもまた両目を細めた。
「……まず間違いなく傷が癒えていない時期を狙うでしょうが、それがどのタイミングかまでは不明です」
「とにかく偵察するしかないか。しかし24時間厳戒態勢を維持することは不可能だ。それに……」
場合によっては兵力に物を言わせて先制攻撃してくる可能性すらある、冥月のその言葉に莉乃は悔しそうに両手を握りしめる。
「攻めれないなら待つしかねぇってのか……!」
歯がゆいのは冥月らも同じこと、しかし今この状況でアラドラキアスを留守にして敵の本拠地、新星都市エルリクムを叩くのはあまりにもリスクが大き過ぎた。
「莉乃、お前の気持ちはわかる。オットー=ティーネ・オフィルアスがやってることは、あまりにも人の道に外れているからな」
静かに怒りを露わにするヴィルヘルミナ。死者の肉体を利用して生体兵器を生み出し、さらにはクローン兵という非人道的な存在まで製造する始末。
ヴィルヘルミナだけではない、この場にいる全員があのマッドサイエンティストに怒りを募らせている。
「やるべきことは存在する」
冥月の言葉を聞いて一同は一斉に彼の方へと視線を向けた。
「ほんとか? 冥にい?!」
「無論だ。奴らの狙いがすでに推察出来ているならば、それを潰してやれば良い」
莉乃の言葉にこともなさげに答える冥月。要は汎用タンパク質への再利用のためにクローン兵の亡骸を狙うならば、これを処分してやれば良い。
そして現れるであろうオリンフィアに狙いを定めて彼女を討ち取る。汎用タンパク質の源を断ち、同時にオリンフィアを倒せたのならば、さすがにティーネの兵力もある程度は削れるはずだ。
「……厳しい戦いになるな。それにいずれにせよ受け身であることには変わらない」
ヴィルヘルミナの言葉に冥月は頷くとこの場に居並ぶ面々に視線を向ける。
「だが敵兵団の中核たるオリンフィアを下すことが出来れば後はクローン兵のみ、とにかく奴に攻撃を集中させることだ」
結論は出たらしい。ひとまず今日は冥月、莉乃、ヴィルヘルミナといった戦える面々が死体の処理と斥候を兼ねて街の外を見回ることに決まり、その場は解散となった。
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「莉乃」
会議が終わり、アラドラキアスの郊外へと向かう最中、冥月は莉乃に話しかけた。
「冥にい、どうかしたのか?」
冥月に並ぶ形で街の通りを歩く莉乃は、彼の言葉に首をかしげる。
「これを返しておこうかと思ってな」
莉乃のしなやかでありながらも同時に強靭な左手をとると、冥月は赤い指輪を薬指に通した。
「おかげでオリンフィアとの戦いでは命拾いした。感謝してる」
「けど冥にい、俺に指輪を返したりしたら冥にいの武器は……」
「問題ない、すでに手に入れている」
心配そうな莉乃の前で冥月がキャソックの中から引き抜いた剣は、麒麟剣ではなく黒い刃を備えた諸刃の剣である。
「おい、これってギラファの奴の……」
「ああ、オリンとフィーア同様時空捻転現象に巻き込まれていたらしくてな。フォルネスが持っていた」
ギラファに跳ばされる直前、フォルネスは理法念力でこの剣を簒奪していた。
おそらくそのまま彼女が持っていたのだろう。
「扱い方自体は麒麟剣とさほど変わらない。それにあの指輪は君が持っておくべきだ」
「……冥にい」
莉乃は薬指に指輪をはめられて何やら頬を赤らめていたが、冥月の方はそれに気づいてはおらず、剣を腰に帯びると郊外へと向かっていった。




