第五話「隷属せし民」
同族からの排斥。
森の中から現れたのは冥月や莉乃に近い顔立ちをした者たちだった。
老若男女、男性も女性も、若者も老人もいたがみな一様に衣服らしい衣服は身につけておらず、腰蓑やボロ切れのようなものを除けば全裸と言っても差し支えないような姿をしている。
「……(なんだ、こいつら……)」
居並ぶ者たちは全員視線を冥月と莉乃に向けているのだが、その瞳には生気らしいものが宿っておらず、出会ったばかりの莉乃よりも遥かに陰鬱なものだった。
まさに家畜民、ただ消費されるためだけに産まれ、生かされている生産品、卑猩と呼ばれるにふさわしい姿である。
「お前達、人間様に逆らったな?」
卑猩の中から歩み出てきたのは代表らしき老人、乾燥しひび割れた肌に顔は皺くちゃに歪んだ、どことなく老猿を連想させる老人だ。
「……生命を奪われたくないがために抵抗しただけです」
「ふざけるなっ!」
口角泡飛ばす勢いで老人は冥月を怒鳴りつけたが、その声はただ大きいだけで意思の力が宿っておらず、むしろ彼は自分自身の生命すら自分のものに出来ない老人に対して微かに憐憫のような感情すら抱いていた。
「我々は人間様のモノ、死を贈られるなら喜んで受け入れるべきだ」
老人の言葉に周りに居並ぶ卑猩たちもうなずいており、何人かは莉乃に対して敵愾心も露わに牙を向いている者もいる。
「それはあくまであなた方の理屈です。我々に押し付けられても困ります」
冥月は彼らと同じ共同体で生きているわけでもなければ、何らかの支援を受けてきたわけではない。
完全に関係ない赤の他人、それが今になってそのようなことを言うなど滑稽だった。
それに冥月は彼らがEMSに自分たちが支配され、その中にある偽りの安寧に浸るためならば少しでも違う思想を抱いたものを迫害するということもよく理解している。
兄との別れを少しでも惜しんだ莉乃を追放しあまつさえいないものとして扱ったのも、彼らの姿を見ていれば自分たちの保身のためであろうことは明白だ。
「お前らが人間様に逆らったりしたら俺たちはどうなる?」
「人間様のお役にも立てず、ただ飢えて死ぬしかない」
「そうだ、そんな無駄死にはごめんだぞ!」
老人の後ろにいた卑猩たちがやんややんやと騒ぎ始めたが、そんなことは冥月の知ったことではない。
そもそも莉乃は危険を冒して狩猟しながらも立派に生きぬいていたのだ、EMSから食料がもらえないなら、彼女に倣い自分たちで食料を得る方法を探れば良い。
「……他人から食料を与えられないなら自分たちで調達して生き延びれば良い。どの生命もそうしている」
「ええい、言わせておけば……!」
好き放題に言う冥月の言葉に我慢出来なくなったのか、何人かの卑猩が飛びかかってきた。
だがヴィルヘルミナのような職業軍人すら退けた今の冥月にはその程度の動きは止まって見える。
瞬時に身を翻して攻撃をかわすと、軍刀を抜くことすらせずに素早く当身を加え襲撃してきた卑猩たちを昏倒させた。
「……よせ、こちらに戦う意思はない」
静かに呟く冥月に対して彼を取り囲む卑猩たちはいよいよ我慢出来ないとばかりに顔を赤くし、いきり立つ。
「貴様のような者が我らと同族とは思えないっ!」
「単に死ぬのが怖いだけの臆病者どもが!」
「それだけ力があるなら人間様のために使えよ!」
好き勝手なことを言う卑猩たちだったが、冥月は彼らから罵倒されればされるほどに心が冷えていくのを感じていた。
ただただ消費されることにのみ価値を置き、その生命の中で何をすべきかを考えもしなければ考えることすら出来ない。
人間も卑猩も同じ生命であり、何の変わりもないにも関わらず、彼らはそこに疑問を抱くことすらせず、ただ飼育されるに任せている。
「聞いてみんな!」
冥月とは対照的に我慢しきれなくなったのか、莉乃が石斧を片手に卑猩たちの前に立った。
「別にEMSに頼らなくても周りには食料がたくさんある。自分たちで調達すればこれ以上従う必要はない!」
かつては莉乃自身も彼らと似たような身であったが故にEMSに従うことのみ至上のこととする卑猩にたいして我慢ならなかったのだろう。
「EMSは少しでも逆らった者には容赦がない。そんな連中に従う道理は……うっ!」
「うるさい! 死ねっ!」
罵声とともに大量に投擲される石、強い者には従うわりに同族内の少数派には容赦がないその姿はあまりにも悲壮であり、冥月は微かに首を振った。
「逃げるぞ、話しは通用しないらしい」
「……くっ!」
すぐさま二人は身を翻して石飛礫をかわすとともにすぐ近くの茂みに飛び込み、卑猩の包囲を突破する。
「逃げたぞっ!」
「逃すな、必ず殺せっ!」
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「……しつこいな」
森の中を必死で走る冥月と莉乃だったが、卑猩たちには逃すつもりがないのか、距離そのものは稼げつつも追っ手が途切れることはなかった。
「あいつら、なんとしても我々を殺すつもりか」
確かに同族数人の所為で全員が滅亡の危機に陥るというのであるならば小を切り捨て、大を生かすというのも場合によってはやむを得ないことなのかもしれない。
だがこの一件に関していえば仮に冥月と莉乃を殺してEMSに取り入ったところで逆に『報酬』として多数の卑猩が人間に連れ去られてしまうのではないだろうか?
「……(今ある恐怖を取り除いたとしても結果は同じこと、それに気づけないとは……)」
「……こうなったら……!」
とうとう逃げ続けることに痺れを切らしたのか、莉乃は石斧に理気を込めるとともに後ろ手に振るい卑猩たちめがけて理気の衝撃波を放つ。
前方に意識を向けていたため卑猩たちに攻撃は当たらなかったが、牽制にはなったらしく一瞬だけだが追っ手がたじろぐ姿が見えた。
「よし、この隙に……!」
卑猩たちが怯んだ隙になんとか距離を稼ごうとした冥月だったが、目の前に突如として切り立った崖が現れたためやむなく足を止める。
「……これは、いささかまずいな」
崖には橋はかけられておらず、反対側までは数十メートルはあろうか。
「冥にい! この先はEMSの領域、ゲネシスソイミートタワーのある場所だ!」
莉乃の言葉通り反対側にはこの区域唯一の文明的な建造物、ゲネシスソイミートタワーの姿があった。
遠くからでもその威容はよく見えていたものだが、こうして近くに来てみるとなおさら巨大に感じる。
だが仮に向こう岸に渡るにしてもこの距離を跳躍することは不可能、そのため崖の下に降りて、そこからまた反対側に登るしかないが、なんの道具もないならばそれも無理だ。
「追い詰めたぞ」
冥月が崖を調べているうちに追いついてきたらしく、森の中からぞろぞろと卑猩たちが姿を現わす。
「……どうあっても、俺たちを殺すつもりか?」
石斧を構え、用心深く卑猩たちを睨みつける莉乃、流石に同族相手に攻撃を仕掛けるのは抵抗があるらしく取り囲む家畜民たちに向かって敵意を向けるにとどめていた。
「当たり前だ、人間様に刃向かう卑猩など卑猩ではない!」
「不良品どもが、人間様に変わって俺たちが処分してやるよ」
「ちょうど良い場所だ。崖に突き落としてやる」
勝利を確信したためか、ニヤニヤと笑みを浮かべながら卑猩たちは冥月と莉乃に近づいてきたが、どうやら本気でこのまま二人を崖から突き落とすつもりらしく徐々に包囲を狭めている。
「……来るなら来い、返り討ちにしてやるっ!」
いよいよ戦うしかないことを悟ったのか、莉乃は理気を込めて石斧を構え直したが、冥月の方は微かに頭を振ると彼女の肩に手を置いた。
「冥にい?」
「……君が君の同族を殺し、余計な罪を背負う必要はない」
静かに一歩前に出ると、冥月は理気を収束させてこちらに近づいていた卑猩らのすぐ前に雷を落とす
「なっ!」
理気による属性攻撃など見たこともない卑猩たちは慌てふためいて退くが、冥月はそれに構わず今度は指先から雷撃を放って周囲の大地を赤熱させてみせた。
「これ以上我々の邪魔をするというのならばもう容赦はしない。お前たちが同族としてではなく、家畜民として私の前に立つならば私も相応の態度で君たちと向き合う」
冥月の全身から放たれる攻撃的な理気は、これを察知する手段がない卑猩たちにすら不可視の威圧感を与えるに十分なものである。
「お前たちには二つの道がある。一つは我々を見逃し、住処に帰ること」
怒っているようには見えないながらも、静かな中に威圧感を滲ませつつ卑猩らに一歩近づく冥月。
完全に場に飲まれてしまったのか卑猩たちは彼が近づくと一歩後ろに下がり、古の原始人のごとく手にした石を掲げて必死に威嚇していた。
「君たちが住処に帰るというならば私はこれ以上君たちには関わらない。だがもし、このまま私の命を狙うというならば……」
軍刀を引き抜き、その切っ先を卑猩らに向ける冥月。すでに刀身の周りには理力が渦巻いており、微かに帯電しているようにも見える。
「今この場で雌雄を決する。この場から逃れることが出来るのは私か君たちかのどちらかだ」
次の瞬間、ダメ押しとばかりに雷を落とす冥月。先程のものよりも遥かに威力の高いその落雷は、凄まじい轟音とともに近くの樹木に直撃、一撃で真二つにしてしまった。
「……さあどうする? どちらかが生きのびるか、あるいは両方生き残るかだ」
冥月の全身から溢れ出す気迫は家畜民たる卑猩とは比べ物にならない、まさしく戦士と形容するべきもの。
囲い込みの中でただ死ぬべき時のために生かされてきた卑猩たちでは到底太刀打ちできないものである。
だが卑猩たちは自分から逃げ出すということが出来ないのかジリジリと後ずさるばかりでそれ以上は動こうとしなかった。
「……(引っ込みがつかなくなっているな)」
卑猩たちは腰が引け、まず間違いなくこの場から逃げ出したいにもかかわらず、周りの目を気にしてから誰一人として逃げようとはしない。
膠着状態が続けばまた何かの弾みで攻撃してくるかもしれない、冥月は慎重に卑猩たちの動きを見守ろうと意識を向ける。
その刹那、どこからともなく飛来した悪意に、冥月は顔を強張らせた。
「何だ!?」
どうやら莉乃も何事か起きたらしいことを察したのか、手に持っていた石斧を構える。
「冥にい……!」
「飛び込めっ!」
冥月は素早く刀を納めると、莉乃を押し倒すような形で背後の崖に飛び込んだが、何故そうしたのか分かっておらず、考える前に身体が勝手に動いたかのように感じた。
直後凄まじい轟音と閃光が辺りに広がったかと思うと、地を揺るがすような衝撃が空間全体に走る。
「っ!」
何が起きたのか確かめる術もなく、冥月と莉乃の二人は暗闇の中へと落ちていった。




