第四話「万星帝国EMS」
ボス?
「……危ないところ、だったな」
ヴィルヘルミナの気配が消えたことを確認すると冥月は疲れ切った様子で嘆息し、糸が切れたかのように崩れ落ちた。
「帝国宰相クララ・ガドウィンの娘、ヴィルヘルミナ、私が一人で戦っていれば、あまりにも危険な相手だった」
「俺がいて良かったな、冥にい」
体力そのものは有り余っているのか、カラカラと笑うと莉乃は冥月のすぐ隣に腰を下ろす。
「……そうだな、その通りだ」
最初から冥月のみを標的とし、莉乃はノーマークだったのならヴィルヘルミナとしても彼女が予想以上に強いのは不意をつかれた形、そういう意味でも運が良かったと言えるかもしれない。
「それより莉乃、君はいつの間に理気を使えるようになったのだ?」
「理気って、冥にいが使う奴? 俺使ってたの?」
何やらよくわからないと言った調子で莉乃はすぐ近くに落ちていた小石を、何も触れることなく手元に引き寄せて見せた。
ヴィルヘルミナ曰く『理法念力』、理気を扱えないものには本当に小石が勝手に浮遊して莉乃の近くにまで移動したように見えるだろう。
だが冥月には見ることは出来ないまでも、莉乃の右手から放たれた理気が引力のような力を形成、それが小石を引き寄せているという一連の流れを察知していた。
「知らない間に出来るようになってたとしか、さっきもただ闇雲に戦ってただけだったし……」
どうやら莉乃もよくわかっていないらしい。ならば元々能力としては備わっていたが、それが必死で戦う内に予期せぬタイミングで発現したということか?
「……(なんにせよ、まだまだ理気に対する理解が足りないな)」
ヴィルヘルミナが使いこなしていたことから、理気というのはEMSに広く知られている技術、冥月が元いた世界における魔法か、あるいは超能力に相当する力なのだろう。
この先ヴィルヘルミナクラスの使い手が襲撃してくるのならば、この力を制御出来なければ死ぬことになるのは間違いない。
だが冥月にしても莉乃にしてもいつの間にか使えるようになっていた。すなわち、どうすれば使いこなせるようになるのか全くわからないのである。
「……(誰かEMS側の人間に懇切丁寧に教えてもらうのが一番良いが、そんなことは出来ないだろうな)」
EMSの人間は卑猩を人間ではなく家畜以下、使い捨ての道具のようにみなしているため、とても人間らしい扱いは期待できそうにない。
良いところ実験動物のように飼育され監禁されるのがオチだ。
「冥にい、また何か考えてるのか?」
あまりにも黙っている時間が長かったためか、冥月の顔を隣から覗きこむ莉乃。初めて会った時と比べると、彼女の瞳には理性的なものが宿っている。
「うむ、理気について考えていた。莉乃、先程やってみせた技、理法念力だが、どうすれば使える?」
冥月の質問に対して考える素振りを見せる莉乃だったが、すぐさま近くに落ちていた枝を引き寄せてみせた。
「引き寄せたいところからホワンと出す感じ、かな? あとは『こっち来いこっち来い』って強く念じること?」
「……ほわん?」
よくわからない説明だったが必要な情報は取れたと言えよう。理気を放ち、対象を引き寄せるように強く念じること。
ヴィルヘルミナの風が彼女の精神状態で大きく強化されたことから、理気が思念のあり方に左右されることはすでに既知の領域だった。
右手を掲げてすぐ近くに落ちている小石に意識を向ける。心を落ち着け、空間に満ちる理気と調和して小石に働きかけると、触っていないにもかかわらず微かに揺れ動いた。
「その調子、冥にい!」
嬉しそうに微笑む莉乃。対して冥月はただただ意識を集中、理気の流れを掴むことにのみ精神をむける。
その甲斐あってか次第に小石の振動は大きくなり、やがて弾丸のような速度で冥月の右手に飛来した。
「っ!」
小石自体はそれほどの大きさではなかったが、かなりの速度だったため冥月は手のひらにパチンコ玉が当たったかのように感じ、顔をしかめる。
「あちゃー……」
幸いなことに血は出なかったが、かなりの速度だったために当たった箇所は真っ赤に腫れ上がってしまった。
「……強く念じるだけではダメと言うのはよくわかった」
あまりの痛みに微かに涙目になりながらも、手のひらに乗ったままの小石に再び意識を向ける。
とにかく強過ぎず弱過ぎずのバランス、これを早急に会得できねば理法念力を使いこなすことはできそうにない。
だが離れた場所にある物体を自在に操作出来るようになれば不意をついたり武器を回収できるばかりか、莉乃がやったように間合いの外から攻撃することも可能になるため、戦闘に役立つのは間違いなかった。
今度は先程とは違い対象を引き離すようにイメージしてみようと、心を落ち着け理気に意識を載せる。
しばらく小石を浮かべたり沈めたりを繰り返して様子を見たり、宙に浮かべたまま固定させたりを繰り返すと、冥月は微かに嘆息した。
「……ある程度コツはわかってきたが、戦闘中にどこまで意識を割けるか、だな」
「そこは実戦経験の差って奴だな」
むふふ、と嬉しそうに微笑む莉乃。野獣相手に冥月よりもはるかに多くの戦いを経験したのだ、ひとたび理気を使えるようになれば即座に戦闘の中に応用できるのも当たり前だろう。
しばらく理法念力の練習を積んでいた冥月だったが、その表情が微かにこわばったかと思うと、集中が切れたのか浮遊させていた小石を落とした。
「……いるな」
「……多分」
どのタイミングかは不明だがいつの間にか二人は取り囲まれていたらしい。
ヴィルヘルミナが配下を引き連れて戻ってきたかもしれない、冥月は微かに腰を浮かせると軍刀に手をかけ、森の中に呼びかける。
「出てこいっ! 何か用があるのだろう?」
冥月の言葉に茂みが揺れ動き、無数の影が現れたが、それは彼の予想外の相手だった。
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万星帝国、すなわちEMSの首都である白都アベルディンには基本的に『人間』の貴族と彼女らに飼育されている愛玩動物用の卑猩しか暮らしてはいない。
空高くより下界を見下ろすが如き白き浮遊都市、ドームのような障壁に囲まれたそれは外から見れば巨大なUFOを思わせるだろう。
だがその大地に築かれた建造物は古代EMSの時代から受け継がれてきたいずれも美麗にして荘厳なもの、古の時代のヨーロッパを彷彿とさせるものだ。
そんなアベルディンの中心部には他のどの建物よりも巨大な、王宮を思わせるような建造物がある。
一般的には万星元老院と呼ばれるその建物は参政権を持つ貴族たちが政治家として日夜執政を図るための施設、その一室に二人の女性がいた。
一人は王侯貴族が纏うような豪奢なマントに腰には儀礼用の剣を帯びた冷徹なる美女、元老院議長パウリナ・イェンセンである。
もう一人は金糸で飾られた軍服に立派な軍刀を下げ、鋭い目つきをした女軍人。
彼女こそがEMS全軍を統括する元帥であり、ヴィルヘルミナの上官であるメアリ・デルフィアだ。
椅子に腰掛ける二人の前には遠距離通信用の水晶が置かれており、そこには畏まった様子で直立不動する軍人、ヴィルヘルミナ・ガドウィンの姿が映し出されていた。
「……『メイプル』の抹殺に失敗したということか」
意外そうなメアリ、彼女の弟であるウィレム・デルフィアはクララの愛人であり、ヴィルヘルミナは姪。
幼い頃からヴィルヘルミナの実力を見てきたからこそ、彼女が任務に失敗したことが信じられないのである。
『申し訳ありません元帥閣下、あの者の実力もさることながら、仲間の卑猩が理気を使いこなしていました』
「……卑猩が、理気を?」
パウリナは眉をひそめ、微かに口許を歪めていたが、ヴィルヘルミナの報告に意識を向けているメアリは気づかなかった。
「信じられないことだな、貴族出身者の中にすらも最近は扱えぬ者が多いというのに卑猩ごときが……」
本来EMS貴族を支配層たる貴族たらしめているのは家柄と、理気を扱えるか否かの二つの要素。
少しでも理気の値たる理力値が必要水準に満たされていないならば名家の貴族であっても容赦なく平民に落とされる。
そしてひとたび平民となった場合、もう一度貴族となるのは容易ではない、そんな事情を知るからこそヴィルヘルミナは莉乃の力に驚愕したのだ。
ヴィルヘルミナの報告は続くが、とんでもない報告に驚いた顔を見せるメアリとは違いパウリナの方は終始苦虫を噛み潰したかのような微妙な表情のままだった。
『詳しいことはわかりませんが、メイプルと共にいる内になんらかの作用が働き、突然変異を起こしたのではないかと……』
しかも莉乃は理気を扱うばかりではなく、卑猩ならば無条件に絶対服従するはずのEMS人に攻撃を仕掛けてきた。
エリアAの卑猩たちをはじめ、家畜民たる彼らは『人間様』に盲従するように調教されている。
そういう意味でも冥月と莉乃は規格外の存在と言えるが、そんな存在はEMSにとっては邪魔でしかない。
「ヴィルヘルミナ、なんとかメイプルだけでなくその理気を扱う卑猩も捕らえられぬか? 上手く研究すれば理気を扱えない人間の治療ができるかもしれぬ」
『……やってはみますが、困難かと思われます。メイプルの力は予想以上です』
ヴィルヘルミナの慎重な言葉にしばらくメアリは沈思黙考していたが、やがて静かに口を開いた。
「わかった。なんとか対策を考えよう、貴官は一旦ヤーハンを離れノリス卿警護のためにアルデアにあるイェンセン家の拠点で別命を待て」
『了解しました。では失礼します』
水晶からヴィルヘルミナの姿が消えると、メアリは微かに嘆息し、微かに頭を下げる。
「……このことが女王陛下の耳に入った場合、流石にノリスも危ういかもしれぬな」
パウリナの妹であるノリス・イェンセン、幸いなことに実験中冥月に逃げられ、結果クララが意識を失う怪我までしたことはEMS元首たる女王には知られていない。
「良くて左遷、悪ければ平民行きもあり得るわね」
いささかイライラした様子のパウリナだったが、彼女はノリスを心配しているわけではなくそれによって自分になんらかの飛び火がすることを恐れていた。
「例の新型、『ネクロアクアス』なり『ネクロウェントス』なりを派遣するか、あるいは別の手段をとるか、可能な限り打てる手は打っておいた方が良いかもしれぬな」
具体的なことは何も言わなかったが、メアリはパウリナの思考をなんとなく察したらしい。
EMS貴族として恐れることは自身の没落、平民に落ちれば貴族よりも遥かに高い額の納税を始めとする様々な義務に付きまとわれることになる。
「……(卑猩ごときのためにここまで頭を悩ませなければならないなんて……)」
パウリナの抱く自分の前途への焦りが、まだ会ったことのない卑猩、冥月に向ける怒りや憎悪へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
その美しい顔をまるで悪鬼羅刹のごとき醜悪に歪め、部屋の中央に掲げられている太陽と二つの鎌が交差した図案の旗を睨みつけながらパウリナは冥月を確実に抹殺するための策を練る。
「……(理力兵器、用意しておく必要があるわね)」




