第三話「宰相家の娘」
ようやく初戦です。
クララの娘ヴィルヘルミナ、そう聞いても冥月は目の前の少女がどういう人物なのか理解できず戸惑う。
「……帝国宰相のクララ……?」
「惚けまいぞ冥月! 貴様は母上を昏倒させ、何の罪も償わずにいる!」
昏倒、そこまで言われてようやくこの少女、ヴィルヘルミナ・ガドウィンがあの日実験場にいた高級将校に似た外見だということに気づいた。
「ああ、あの女の娘か……。帝国宰相とは、そんなに偉い人物だったのか……」
どこか他人事のように呟いた冥月だったが、ヴィルヘルミナの纏う暴風が一気に強まったため口を閉じる。
「我が母は何日も意識を失い、気がついたと思ったら前後の記憶を失っていた。貴様のせいだっ!」
そんなことを言われても冥月は危害を加えられそうになったために正当防衛をしたに過ぎず、もしあの時なんの抵抗もしなかったならばクララによって首を刎ねられていたかもしれない。
「……誰にでも生きる権利はある。それを忘れて一方的に攻撃した結果自分の罪が咎となって返ってきたに過ぎない」
「貴様……!」
冥月の言葉に激怒するヴィルヘルミナ、それに合わせてか彼女の纏う暴風もまた激しいものとなり、最早竜巻と呼ぶべき規模にまで成長した。
「……(この風、私の雷と同じ理気によるもの、彼女の激情に反応しているのか?)」
目の前で肩を震わせるヴィルヘルミナの怒りが風を通して伝わってきそうだったが、どこか芝居がかったその気配に冥月は首を傾げる。
「……(ともあれ、理気による力は精神的な感情が大きく作用するということか)」
「死ねぇ! 冥月!」
ヴィルヘルミナのまとう凄まじい風は衝撃波となり、冥月の身体を切り刻まんと襲いかかった。
「……っ!」
だが彼もノリスの実験場から逃れてこれまでの間遊んでいたわけではない。生死の中に身を置き、野生の獲物を狩ることが冥月に備わっていた感覚を研ぎ澄まし、新たな力を与えていたのである。
敢えて軍刀を地面から抜いて身体を自由にすると、暴風の流れに合わせて紙人形のようにヒラリヒラリと風の刃を回避してみせた。
「ちっ! 紙一重でかわすとは、流石に一筋縄ではいかないか」
「今度はこちらの番だな」
大気中に満ちるエネルギーの流れ、すなわち理気を束ねて雷に変換すると、冥月は右手の指先から雷を放つ。
「っ!」
すぐさまヴィルヘルミナは風を用いた防御障壁を展開、雷を防いだものの防御に理気を向けたためか彼女の纏う風が一瞬弱まった。
「そこだな」
その隙間を逃す冥月ではなく、瞬時に軍刀を振り上げるとともに肉薄、ヴィルヘルミナと切り結ぶ。
「っ!」
だがヴィルヘルミナも負けてはいない。彼の動きを見切るとともに即座に抜剣、冥月の放った斬撃を受け止めた。
「……家畜民が、卑猩がこの私と……!」
「まだまだ……!」
理気が導くままに本能的に軍刀を振るう冥月を前にして、基本的な剣術型しか履修していないヴィルヘルミナは防戦一方である。
「調子に……」
だがヴィルヘルミナは理気を剣の刀身に収束させるとともに一気に解放、理気から生じた爆発的な風の流れに冥月は刀を吹き飛ばされ、後ろに突き倒された。
「乗るなっ!」
だがそれだけで終わりではなく不可視の風が渦巻く剣を振り上げて一閃、剣から風の理気を放つ。
放射状に放たれたその一撃は容易く森の木々を両断し、大地に深々と傷を残すほどの威力。
「っ!」
あまりの威力に冥月は反射的に両手から雷を放ちこれと打ち合うも、その爆発的な理気に押され、森の中に跳ね飛ばされた。
「……ぐあっ!」
いくつかの木々に身体を打ちつけながらも致命傷だけは避けられたらしく、一度だけ咳き込み、血を吐くとともにゆっくり起き上がる。
「……この私が卑猩相手に理力剣を使うことになるなんて……」
イライラした口調で剣を手にヴィルヘルミナは歩き始めると、まっすぐ冥月にその切っ先を向けた。
どうやらこのまま冥月にトドメを刺すつもりらしく額にピリピリとした殺気のような熱を感じ、彼は静かに身構える。
だが突如として投擲された石斧がヴィルヘルミナの剣を弾き、その歩みを強引に止めた。
「……貴様」
ヴィルヘルミナの睨みつけた先、ブーメランのように返ってきた石斧を手にしたのは莉乃である。
「! 馬鹿な、『理法念力』による物体の誘導と操作、まさか、そんな……!」
「そこまでだ!」
驚愕に表情を歪めるヴィルヘルミナ、これに対して凄まじい速度で肉薄する莉乃だったが、その動きには一切隙がない。
野獣のような洗練されていない動きであるが故に予測しづらく、実戦経験に疎いヴィルヘルミナでは剣で受けるのが精一杯だった。
「くっ……!」
力任せに振るわれた莉乃の一撃はあまりにも重く、防御自体はできたもののヴィルヘルミナは両手が痺れたように感じ顔をしかめる。
「貴様、理気も使えない家畜民の身でどうやって私に攻撃を……!」
「ただお前をぶった切ろうと思っただけだっ!」
激昂する莉乃はそのままの動きで強引に石斧を振り下ろし、ヴィルヘルミナの防御態勢を崩した。
「なっ……!」
続いて鋭い蹴りをヴィルヘルミナの腹部めがけて放つとともに、大きく後ろに下がり冥月かばうように前に立つ。
「かはっ!」
莉乃の一撃は思いのほか重かったようだが、幾度も咳き込みながらもヴィルヘルミナは莉乃、そして冥月を睨みつけた。
「くっ! 私の理気を破って攻撃するなど、ただの卑猩に過ぎない貴様には不可能なはず、何故……!」
屈辱と焦りから生じる怒りによるものか、ヴィルヘルミナの周囲に流れる理気が活性化し、またしても暴風が吹き荒れる。
「……まだまだやる気らしいな……」
すぐ近くに落ちていた自分の軍刀を構え、先程よりもはるかに強い風をまとうヴィルヘルミナを見て冥月は顔をしかめたが、莉乃のほうはうっすらと微笑んでいた。
「でも冥にいならどうにかなる、だろ?」
莉乃の言葉にしばらく冥月は唖然としていたが、すぐさま破顔し理気を収束させて警戒する。
「そうだな、あれくらいなんとか出来ないと、せっかくチャンスを作ってくれた君に顔向け出来ないな」
先程の感覚から察するにどうやらヴィルヘルミナの纏う暴風は同質の攻撃、すなわち理気による攻撃を仕掛ければ無力化出来るらしい。
「……(そうなると、ヴィルヘルミナに攻撃出来たということは、莉乃も理気を使えるということか?)」
これまでのことを考えると、理気を使えるのはEMSの人間だけだと思っていたが、どういうことだろうか?
いや、今は考えている暇はない。とにかくまずはヴィルヘルミナを倒してこの状況を打破することだ。
地面を蹴り、ヴィルヘルミナに肉薄するとともに片手で軍刀を振り上げる冥月。洗練された一撃というわけではないが、近づくとともに左手から雷を放ち、ヴィルヘルミナの纏う暴風の一部を打ち消した。
「甘いっ!」
しかしこの程度予測していたらしいヴィルヘルミナは、手にしていた刀を振り上げ冥月と打ち合う。
「……行けっ!」
だが彼の目的はヴィルヘルミナと切り結ぶことではない。瞬時に雷の理気を軍刀に纏わせると、これを炸裂させた。
「な、理力剣だと?! 貴様、使えたのか!?」
「……いや、今初めて使ってみた」
信じられないものを見たとばかりに驚愕するヴィルヘルミナ。理力剣、物質に強い理気を纏わせて強化するだけでなく、これに属性を付与して破壊力を高めることは常に集中しなければならない分単純に攻防の技として発現させることよりも困難な行為。
いかに理気を操ることが出来るとはいえ理力剣を、しかも初見で使うことが出来るなどあり得ないことである。
慌ててヴィルヘルミナも自分の刀に風の理気をまといこれと打ち合うも、二つの強力な理気の衝突は凄まじい衝撃波を生み出し、二人を左右に弾き飛ばした。
「ぐっ!」
かなり押し出されはしたが、冥月はなんとか受け身をとり先程のように木に叩きつけられることは回避する。
「貴様は、貴様らは一体……!」
離れた場所に着地すると、ヴィルヘルミナは理気を収束、両手から竜巻のような風の刃を放った。
「……俺に任せろ!」
瞬間冥月の後ろから現れた莉乃が石斧を一閃、ヴィルヘルミナの放った理気の風を打ち消すとともに瞬時に接近、振り抜いたそのままの動作で下段から一撃を加える。
「小娘が、舐めるなっ!」
剣を振り上げ莉乃と切り結ぶヴィルヘルミナ、しかし先程から冥月、莉乃と代わる代わる戦い続けた彼女の体力はすでに限界に近かった。
「負けない、貴様らごとき卑猩に負けるわけには……」
辛うじて莉乃の一撃を剣で受けたものの、その激しい攻撃を支え切ることは出来ず、ヴィルヘルミナは膝をつく。
「この……!」
一瞬の隙を突きヴィルヘルミナは理気を放って莉乃を突き飛ばしたが、最早戦い続ける力が彼女に残っていないのは明白。
なんとか立ち上がりはしたが、かなり体力を消耗しているらしく足を微かに震わせ、息も絶え絶え、だがそんな状態でもまだ戦う意思はあるらしくヴィルヘルミナは剣を構え直した。
「……もう辞めよう、ヴィルヘルミナ」
斧を構え直してヴィルヘルミナに斬りかかり、トドメを刺そうとしていた莉乃を右手で制すると、冥月は軍刀を納め、前に歩み出る。
「そんな状態で私と莉乃の二人を相手にすれば仮に勝てたとしても大きな傷を負うことになるのは間違いない、この辺りで退いてはどうか?」
諭すような冥月の言葉、彼としてもこれ以上ヴィルヘルミナのような者と戦うことは負担が大きい。
おまけに互いに傷つけあうことには何の理由も見出せてはおらず、彼としてはなんとかヴィルヘルミナに撤退して欲しかった。
「貴様、卑猩の分際でこの私に、宰相家の娘たるこのヴィルヘルミナ・ガドウィンに情けをかけるつもりか……!?」
激昂するヴィルヘルミナだったが、先程とは異なり理気を操るほどの体力は残されてはおらず、微かに風がそよぐ程度である。
「私としてもあまり手荒な真似はしたくない、それともその身に消えない傷を残してでも私の命が欲しいのか?」
「それは……」
ヴィルヘルミナに答えることは出来ない。任務として明眼抹殺を命じられ、母親たるクララの借りを返すために来た。
だがその結果彼の命を奪いクララの名誉を回復したとしても、そのためには腕の一本は覚悟せねばならない。すなわち家畜民一人の命に対してヴィルヘルミナに残る代償はあまりにも大きいのである。
「……良かろう、貴様の提言に乗ってやろう」
剣を腰に納めると、ヴィルヘルミナは鋭い目で冥月を、そして莉乃の二人を睨みつけた。
「冥月、それに莉乃とか言ったな、貴様らの命一旦預けておく」
心底不本意といった口調ではあるがこれ以上戦っても勝ち目が薄いのもまた事実、ヴィルヘルミナとしてもそれはよくわかっているが故の撤退である。
「だが、これで勝ったと思うな、死ぬタイミングが少し伸びただけ、精々それまで恐怖に怯えるがいい……!」
捨て台詞を残すと強風が吹き、冥月と莉乃が一瞬だけ目を逸らした隙にヴィルヘルミナはどこかへ消え失せた。




