第五十五話「修道都市に迫る影」
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アラドラキアスにて。
莉乃とヴィルヘルミナが消えた後、オットー=ティーネ・オフィルアスは広々とした研究室に戻り、面白くなさそうにキーボードを操作していた。
やむを得ないとはいえ研究用の素体として使おうとしていた二人、莉乃とヴィルヘルミナを開放してしまったからである。
「……(はあ、血液データを調べることしか出来ないなんて、面白くないですわね)」
彼女の手元に残ったのは二人の血液サンプルのみ、これでは大した調査も出来そうにない。
つまらなさそうに作業をしていたティーネだったが、その瞳が突如として膨れ上がった。
「……?! 馬鹿な、何かの間違いでは……?」
すぐさまデータを入力し直すものの、何度やってみても結果は変わらない。
次第にティーネの瞳が驚愕に満ちたものから好奇心に溢れたものに変わり、口元にも喜色が浮かび始める。
「これは、予想だにしない結果、ですわね。二人とも出生に秘密があるなんて……」
ティーネは顎に手を当てて笑い始めたが、それは新しい玩具を見つけた子供を思わせる、無邪気でありながら残忍なものだった。
ひとしきり笑うと、なにやら思いついたらしく静かにキーボードを叩き、机に置かれていたスイッチを押す。
すると部屋の真ん中の床が開き、5メートル近い全高を持つ巨大なカプセルが迫り上がってきた。
「さあ、現れなさい。私の新たな娘、『オリンフィア』よ」
ティーネの言葉とともにカプセル内部に満たされていた溶液が抜かれ、ゆっくりと扉が開く。
中に納められていたのは鍛え抜かれた腹筋に丸太のごとき四肢を備える筋骨隆々とした女性、色素の薄い白い長髪に光が失われたかのような青灰色の異色肌、女性らしい起伏に富んだ胸元には二つの鎌と太陽が交差する図案、EMSの国章が刻まれていた。
彼女の身体はあまりにも大きく、三メートルは下らないというほどの巨躯だが、その身からは自然に出来たものではない、人工物特有の気運が漂っている。
頭に被せられていたヘッドギアが外されると、オリンフィアと呼ばれたその女性は金色の角膜に黒い結膜からなる瞳を開き、溶液に濡れた裸の巨体を起こした。
「さて、自分のなすべきことはわかっていますわね?」
しばらくオリンフィアはティーネを無言で見つめていたが、やがてしっかりとした調子で頷く。
「……『アタシら』をこんな目に合わせたあいつを、冥月をぶっ殺す」
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明朝のこと、冥月とフォルネスの二人はスサノオの案内のもと最寄の都市、アラドラキアスに向かうために森の中を歩いていた。
「アラドラキアスははるか昔に銀髪の聖女と呼ばれたEMS人リーナが開いた修道院、ラキア修道院を中心とした古い都市さ」
先導するスサノオの説明によると、はるか昔の神話の時代にEMS人から追われた和人、爬人をラキア修道院で受け入れたのが始まりらしい。
「ラクィア大陸全域に強大な障壁を張ったのはこの聖女リーナと『白き麒麟将』と呼ばれる白麒将ツクヨミ」
ツクヨミ、どうやらスサノオにそれ以上の知識はないらしいが、彼は爬人たちの先祖、麒麟族だったのだろうか?
「……で、この二人がラクィア三賢人と呼ばれる麒麟族の助言を受けて、陰と陽の相反する理気を使って逃げ込んだ人たちを救うために障壁を作り出したと言われてるね」
なるほど、アルルは何故このように隔絶されたのかわからないと言っていたが、EMS人と恐らくは本来敵対する麒麟族が協力して障壁を編み出したため、EMS側が隠蔽したのだろう。
本来奴隷階級である爬人族の先祖たる麒麟がEMS人と協力して本国に逆らったなどということが歴史に記されて仕舞えば、余計な混乱を招くことになりかねない。
それ故に歴史を編纂する者がラクィア大陸が外から隔絶されたのを利用して、都合のいいように書き換え、まるで悪魔が住む魔境のように書いたというわけか。
「さ、ここまで来たら後はもう少しさ」
森を抜けると眼下に素晴らしい展望が現れた。中央に向かって規則正しく建ち並ぶ古い形態の家屋に、隙間を縫うように走る大小の通り。
中央に近づくにつれて高台になっていくようで、現在冥月のいる場所からはうっすらとしか見えないがいくつかの尖塔を持つロマネスク建築を思わせる聖堂が覗く。
「あれが、ラキア修道院……」
「そ、正確に言うとラキア修道院が要するラキア大聖堂だね。あれがこの修道都市アラドラキアスの中心部さ」
そう冥月に説明すると、スサノオは先頭に立って街に続く道に誘った。
こちらはしっかりと舗装されており、森の中の獣道とは違いかなり歩きやすい。
「やあ、久しぶりだね」
壁が周りを取り囲むアラドラキアスの出入り口、すなわち落とし格子を備えた城門の前に立つ兵士に挨拶するスサノオ。
門番の役割を果たす兵士は二人とも修道士の服を思わせる褐色のローブにフードを被り、顔は麒麟紋が刻まれた仮面で隠している。
「これはスサノオ様」
「スサノオ様も避難に来られたのですね」
兵士の発した避難、という言葉にスサノオは微かに首を傾げた。
「避難? どういうことかな?」
「……件の軍団がエルリクムやリバスアウルムに飽き足らず、このアラドラキアスに攻め込んでくるという噂が広がっています」
件の軍団という言葉にスサノオはピクリと眉を釣り上げる。
「……随分前にエルリクムに現れたとか言う連中かい?」
「はい、エルリクム制圧後ここ数週間で一気に力をつけてリバスアウルムに侵攻し制圧、その後電光石火の動きでこたらに向かっているとか」
難しい表情で何やら考え込むスサノオ、何か気になることがあるのか、冥月は彼女に近づいた。
「件の軍団というのは?」
冥月の質問に対してスサノオは神妙な顔つきで応じる。
「ああ、ラクィア大陸の主都市である新星都市エルリクムに突如現れた連中さ。信じられない大軍を率いていて一度攻め込まれた場合は甚大な被害が出る」
もしや昨日冥月が戦ったのはその軍団の一部ではないだろうか?
「……ひょっとして全員同じ顔か?」
「っ! その通り、どうしてそれを……!」
冥月は驚いた表情のスサノオとフォルネスに昨日遭遇した軍団のことを簡単に話した。
「……そうでしたか、そんなことが……」
EMS人たるノリスのクローンが大量に生産されていると言う非人道的なことが平然と行われていることを知り、フォルネスは眉をひそめる。
「とりあえずある程度は片付けたが、敵の総力がわからない以上また来る可能性は極めて高い」
クローンという性質上生産できるプラントさえあれば敵の総力は甚大。さすがに無限大ということはないだろうが、それでも驚異的な数字となるのは間違いない。
そんな戦乱の火種が燻るような大陸で莉乃とはぐれてしまい、冥月は微かに表情を曇らせた。
「……詳しい話しは街の中で、場合によっては僕は戦地に出なければならない」
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アラドラキアスの町並みは古めかしくも情緒あふれるもので、石造りの古風な家が建ち並ぶ落ち着いた印象を備えていた。
しかし現在はあちこちで避難民の受け入れをしているらしく街を行く人々も慌ただしいところがある。
そんなアラドラキアスの街を抜けた先にある高台、いくつかの尖塔を備えたゴシック調の聖堂にスサノオは冥月らを案内した。
「さ、ここだ」
ラキア大聖堂、アラドラキアスの中央部に位置するラキア修道院管轄の聖堂。
「困ったことがあると僕はいつもここに来るようにしている」
勝手知ったる調子で中へ入るスサノオ。冥月らもまた彼女に倣って聖堂内部に足を踏み入れる。
中は冥月が前世で生きた現代の聖堂とほとんど雰囲気は変わらない。典礼の際に参列者が使用する長椅子に聖歌を奏でるためのオルガン、ここまで近い構造だと安心すらするものだ。
「そうそう、冥月にフォルネス、これを見てくれ」
聖堂の片隅には銀髪の女性が描かれた絵画が飾られており、その絵画の前にある小卓には紫の指輪が置かれている。
よく見ると絵画に描かれている女性もまた右手に紫の指輪をはめており、現在絵画の前に置かれた指輪と同一のものらしいことがわかった。
「……?」
何故かはわからないが絵画を見上げた瞬間、冥月は強烈な既視感とそれに伴う頭痛を感じたため眉間に皺を寄せる。
いつ見たのかは不明ながら、絵画の女性を知っているような気がしたのだ。
「この女性はラキア修道院の創設者、銀髪の聖女として知られるリーナさんさ」
銀髪の聖女リーナ、たしか白麒将ツクヨミとともにラクィア大陸に結界を張った人物だったか。
「美しい方ですね。EMS人特有の見下すような印象もない、柔らかな表情です」
フォルネスが言う通り絵画の中の女性、リーナはEMS人らしい外見でありながらも現代を生きる彼女らとは違い優しげな風貌をしている。
「リーナはEMS人どころか、和人爬人全ての民を区別することなくアラドラキアスに迎え入れたらしいからね。中々出来ることじゃない」
微かに頷くとフォルネスは小卓に乗っている紫の指輪を手にとった。
「これもリーナさんの……?」
「ああ、彼女が肌身離さず持っていたものらしい。この絵画にも描かれているね」
スサノオの説明に頷くフォルネスだったが、何か気になることがあるのか難しい表情で指輪をひっくり返す。
「……ん?」
冥月の左手にはめられている赤い指輪が微かな光を放った。
何かを警告するかのような光であり、よく見るとフォルネスの手の中にある指輪も同じように輝いている。
「……なんだ……っ!」
冥月が疑念を口に出す前に、下から突き上げるような衝撃が聖堂全体を襲った。
「っ! 冥月様っ!」
すぐさまフォルネスは指輪を小卓に戻すと、険しい表情で彼を見つめる。
内側から湧き上がる不吉な気配、間違いなく危機が迫っていると見て相違ない。
「まさか、奴らが……?」
心配そうな表情で聖堂の出口を睨みつけるスサノオ。彼女も不吉な気配を感じているのか、その表情は厳しいものだ。
「……ああ、どうやら来たらしいな」




