第五十四「エルリクムの支配者」
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ティーネとの対峙。
薄暗い研究室、様々な機器を忙しく動かしながらも、ほくそ笑む女性がいる。
彼女が向かう手術台のようなスペースには人の形をした何かが寝かせられており、下から伸びた様々な機械が四肢や心臓部に接続されていた。
「……ふふふ、完璧、ですわね」
どうやら満足行く結果が出せたらしく、彼女はそうひとりごちると口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべる。
「……さて、それじゃ次は捕まえた実験生物たちの身体を弄ってみようかしら? まだ採血しかしてなかったですし、ね」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらその女性が部屋から出ようとした刹那、施設内に警報が鳴り響いた。
「コマンダー!」
彼女の叫び声に応じて研究室にノリスと同じ顔をしたクローンが現れる。
「お呼びでしょうかマスターオフィルアス」
「この警報、何があったのか説明しなさい」
オフィルアスと呼ばれた女性の詰問にコマンダーは直立姿勢で答えた。
「急造の牢屋に押し込んでいた二人が逃げ出したようです。現在全力で追っています」
「はあ?! 実験生物を逃がすなんて、何をやってますの!」
イライラとオフィルアスは地面を蹴飛ばしたが、そんなことをしても状況は変わらない。
「二人とも良い素体になりそうなのに、逃すのは惜しいですわね。なんとしてでも捕らえなさいっ!」
「了解しました」
コマンダーが部屋から立ち去ると、オフィルアスは手術台に横たわる人型の生体に視線を向ける。
「……喜びなさい、貴女の出番は思ったよりも近いですわよ……」
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理気の導きを得ながら莉乃とヴィルヘルミナは施設内を進んでいたが、脱出を阻むように現れるクローンたちにいい加減辟易とし始めていた。
「なんなんだよこいつら、どうしてあの女と同じ顔してやがるんだよっ!」
奪った軍刀を自在に操りながらそのようなことを毒突く莉乃。右を見ても左を見てもノリスしかいないという頭がおかしくなりそうな光景をずっと見ていたが故の心情である。
「誰が何のために用意したかは知らんが、ノリス卿の細胞を使った複製人間だ」
薙刀を振り回しつつ次から次へと現れる兵士をなぎ払い、ヴィルヘルミナはそう答えた。
「戦闘能力はともかく資質に関してはオリジナル、ノリス卿と同一のはずだ」
「ちっ! 道理で見たことある動きをすると思ったぜ」
悪態を吐きながらもワラワラと現れるクローン兵士らを倒しながら先へ進んで行くと、何やら地響きのような音が聞こえてきたため、莉乃とヴィルヘルミナは表情を険しくする。
「……ここに来て面倒はごめんだぜ」
莉乃がそう呟くとともに廊下にいたクローン兵士を吹き飛ばしながら壁が破壊され、巨大な生体兵器が現れた。
「集結態とは、ここに来て厄介な……!」
現れたのは五メートルを超える巨体に金属質な肌、EMSで研究開発中の生体兵器ネクロス集結態である。
だが今回二人の前に現れた集結態は頭に何やら機械を取り付けられており、右手には大刀も保有していた。
「なんか頭にくっついてるみたいだぜ?」
訝しげな莉乃に対してヴィルヘルミナのほうは油断なく薙刀を構える。
「恐らくは奴をコントロールするための制御回路か何かだろう。武器を持っている以上理力剣も使えると見て間違いない」
ヴィルヘルミナの推察した通り集結態は刀を振り上げるとともに刀身に理気を収束、理力剣を放たんと予備動作を始めた。
「……要は前に俺が戦ったネクロアクアスの発展型ってわけかよっ!」
だがそれだけならばまだ対処のしようはある。莉乃は周りに倒れているクローン兵に意識を向けた。
「これならどうだっ!」
理法念力を用いて彼女らが腰に下げていた軍刀を浮遊させると、一斉に集結態めがけ矢のように放つ。
「ーーーーーー!!」
無論理気による強化をして刀自体の威力を上げることも忘れてはおらず、軍刀が命中するたびに集結態の表層では炎が舞い上がった。
「まだまだ行くぜっ!」
集結態の周りは暴風かあるいは竜巻かのようにいくつもの軍刀がまとわりついており、次々と攻撃を仕掛ける。
そんな攻撃な耐えきれるわけもなく、集結態は身体中を理気の炎に焼かれながら地面に倒れた。
「これで終わりだ!」
浮遊させていた軍刀をいくつも集結態に突き刺すと、理力剣を発動させる。
そのまま内側から焼かれ、集結態は絶叫を残す暇もなく焼滅した。
「……(信じられない、あの集結態、しかも最新型をこうも容易く、一方的に倒してしまうとは……!)」
莉乃が持つそのあまりの力に舌を巻くヴィルヘルミナ。かつてアルデア城でネクロアクアスに苦戦していたはずが、この短期間で信じられないほどに成長していたのである。
「……(やはりあの男、冥月は『太陽を喰らう者』ギラファの再来なのか?)」
あの男が率いる兵士は信じられない強さを持っていたというメアリの言葉をヴィルヘルミナは思い出していた。
そしてギラファ自身もまた途方もない力の持ち主、かの者がEMSに仇なす者となったように冥月もまた世界の脅威となり得る力を備えている。
「何ボサッとしてるんだよ、行くぞ!」
「っ! あ、ああ、そうだな」
莉乃の声にヴィルヘルミナは一旦思案を辞めると、微かに頭を振って意識を切り替えた。
まずはEMSから出た自分の身の振り方を考えねばならない。
そのために今はとにかく目の前の障害を取り除くことが必要である。
ヴィルヘルミナは迷いを一旦振り払うと、未だ警報が鳴り続けている研究施設を進んでいった。
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「どうやらこの先が出口らしいぜ」
クローンたちを押しのけて進む二人だったが、どうやらその終わりは近いらしく莉乃はニヤッと笑みを浮かべた。
「……そうだな。だが正直に言うと私はこれからどうすれば良いのかわからない」
ここまで様々なことがあったため忘れていたが、ヴィルヘルミナは今やEMSに追われる身、行くあてもない旅人なのである。
「じゃあとりあえず俺たちといれば良いんじゃねーかな?」
莉乃の言葉に目を開くヴィルヘルミナ。これまで自分は和人を迫害し、何度も冥月や莉乃の生命を狙ったにもかかわらずに味方に引き入れようというのだ。
「良いのか? 私はEMS人、お前たちの敵だった女だぞ?」
「でも今は違う、お前の理気と太刀筋を見てりゃそれくらいはわかる。お前俺をかばいながら戦ってたろ?」
クローン兵との攻防戦で莉乃とヴィルヘルミナは共同戦線を張っていたが、その中で彼女は明らかに仲間を守るような動き方をしていたのである。
「そんなことを、していたか?」
莉乃の指摘にヴィルヘルミナは微かに戸惑った。
本人は感知していないものの、実は和人を同じ人間と認めたことにより盾にするのではなく、自分が守るという戦い方を無意識的にしていたのである。
「ま、嫌ならいいけどよ。多分冥にいも賛成してくれると思うぜ?」
裏切る目的で近付いたフォルネスすらも赦すような冥月の性格を知っている莉乃はヴィルヘルミナにそう告げた。
「……私は」
「ふふ、そろそろ来る頃だと思っていましたわよ」
「なんだ、お前は……?」
二人の会話を遮るようなタイミングで現れた女性、莉乃は突然の邪魔者に眉をひそめる。
だがヴィルヘルミナの方はこの人物を見たことがあるのか、微かに目を細めて警戒心を露わにした。
「……久しぶり、だな。オットー=ティーネ、オフィルアス博士。行方不明と聞いていたが、こんなところで会えるとは奇遇だな……」
「オットー=ティーネ、たしかそいつは……」
莉乃も名前だけならばなんとなく聞き覚えがある。冥月がメイプルと接触するきっかけを作り、さらには時空捻転現象を研究する王族の令嬢だったか。
「ガドウィン家の令嬢、随分と品のない露出過多な格好ですわね。隣の卑猩とお似合いですわよ?」
蔑むような笑みを浮かべてフィーネは色が変わったヴィルヘルミナの髪や露出された太もも、さらにはピアスのはめられた臍を無遠慮に眺める。
「……どんな格好をしていようと私は私だ。それよりもティーネ博士、ノリス卿のクローンを作ったのはお前か?」
見知った人物をクローンに利用した行いに怒りを滲ませつつ、ヴィルヘルミナはフィーネに薙刀を向けた。
しかし対するフィーネの方はどこ吹く風のようで、相変わらずヴィルヘルミナに嘲笑の笑みを向けながら微かに顎を上げて彼女を見下す。
「その通り、そして私はこの軍勢を使って悪魔大陸を平定しますわ」
「デモニア大陸、だと? ならばここは『禁断の大陸』か……!」
ギラファが何処に跳ばしたのかわからなかったが、ティーネの言葉にようやくヴィルヘルミナはここがどこかを理解した。
「すでに大陸一の主要都市たるこの新星都市エルリクムを始めほとんどは制圧済み、残すは片田舎にある修道都市アラドラキアスのみですわ」
「……随分と勝手なことをベラベラと喋ってるみたいだがな……」
静かに軍刀を構えると、莉乃はティーネを睨みつける。
「俺『たち』がそんなことをさせると思うのか?」
強い理気と怒りを秘めた莉乃の言葉に流石のティーネも一瞬だけ怯むが、すぐさま持ち直した。
「躾のなっていない卑猩ですわね。実験が終わったらネクロスにせず屠殺して差し上げますわ」
「……いや莉乃、俺『たち』とは?」
仲間になった覚えがないヴィルヘルミナは自分が自然に巻き込まれてしまったことに抗議しようとしたが、言っても無意味なことはなんとなくわかっていたためそれ以上は言わず、代わってティーネに質問して隙を伺う。
「行方不明になったと聞いたが、実際はこの大陸に来ていたわけか。おまけに侵入すらできないこの大陸に渡る術すら秘密にしていたとはな」
「ふふふ、私がここに来れたのは実験中に起きた偶然の産物。ですがこの研究施設と一緒に来れたおかげで楽しませてもらってますわよ」
ヴィルヘルミナの言葉にクスクスと笑うティーネ。元老院の目が届かない場所でクローン製造という非人道的な真似を好き勝手やるとは、EMS人から見ても唾棄すべき行為だ。
「ま、私はEMS王族、仮に外で同じことをやってももみ消してしまうので罪には問われませんの」
悪びれることなくクスクスと笑うティーネにさすがのヴィルヘルミナも怒りを感じているらしく顔をしかめる。
「もう少し話していたいところですが、そろそろご退場願いますわね」
瞬間、莉乃とヴィルヘルミナが立っていた床が光り輝き、白い光のドームを生成させた。
「っ! 時空捻転現象っ!? 貴様、我々がここを通ると踏んで罠を……!」
「正解ですわヴィルヘルミナ、場所までは指定できませんでしたが、何処へなりとも消え失せなさいっ!」
ティーネは慌てふためく二人を前に勝利の笑みを浮かべる。最初から二人を罠にはめるために準備を進めていたのだ。
「冥にいっ!」
一瞬だけ莉乃の声が響いたかと思うと突然光のドームが高速で回転を始める。
「っ! なん、ですの、この凄まじい理気の暴風は……?」
予想外の結果に慄くティーネの前で一瞬だけドームが明滅したかと思うと、二人の姿はその場から忽然と消え失せた。




