第四十七話「覚醒の麒麟将」
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覚醒からの無双……。
変貌したオリンとフィーアの姿はもはや見慣れたもの。ノリスやキャサリンと同じく蟷螂と人間が混じった姿である。
『クスクス、今更謝っても遅いわよ雑魚虫』
『所詮クズは私たち貴族様に勝つことは出来ないの』
他人を見下す下卑た笑みを浮かべる双子の姿はとても人の上に立つ者には見えず、冥月も莉乃も微かに眉をひそめた。
「……ノリスやキャサリンほどの相手が二人、か……」
彼女らの厄介なところはその異常な再生力と信じられない速度で配下たる『魔螂獣』を増殖させるという点にもある。
早く倒さねば圧倒的な物量に押されてしまい、そのまま消耗させられるのがオチだ。
「けど冥にい、あいつらは……」
そう、二人いる以上片方が攻撃を行い、もう片方が魔螂獣を生み出し続ける。そんな真似をされたりしたら、さすがに勝ち目は薄い。
「……どうにかやるしかない」
麒麟剣を正眼に構える冥月。あの様子では出入り口を解放するにはかなりの労力が必要だ。
ならばその前になんとかこの双子の蟷螂を抑えねば、全員船と運命を共にすることになるのは間違いないだろう。
『覚悟は出来た?』
『なら今すぐ死んでっ!』
腹部の紋章を光らせるとともにオリンは右手からフィーアは左手からそれぞれ炎を放ったが、莉乃が使うような炎とはやや趣きが異なり、まるで爆炎のような激しさがあった。
炎を直接放っているわけではなく、まるで射線上の理気を爆破しているかのようである。
「そう簡単に死ぬわけにはいかない」
すぐさま麒麟剣を振り上げて理力剣を放つ冥月。だが二人の理気はあまりにも強いのか、防御には成功したもののさすがの冥月も両手が火照るように感じた。
「っ! さすがに、強いな……!」
軽く両手を振るって再び意識を集中させると、冥月は左手から雷を放つ。
『そんな電流』
『防御する必要もないわ』
冥月の属性攻撃が正面から命中したにもかかわらず、双子は腹部の紋章を輝かせることで命中前に打ち消した。
「……っ!」
『これならどう?』
双子は片手から無数の火炎弾を放ったが、これもまた莉乃が使うようなものではなく、着弾とともに爆発する代物である。
「っ! なんだ、こいつらは……」
「理気も属性攻撃も桁違いじゃねぇかっ!」
双子が放った爆裂弾と呼ぶべき属性攻撃によりすでにフリューゲルの甲板はあちこちが爆炎に包まれていた。
幸い古代技術によるものか被弾箇所は焼け焦げどころか傷一つついてはいないが、いつまでも争い続けられるほどの硬度ではないだろう。
『クスクス、ようやくわかったかしら?』
『逆立ちしたってあんたたちは貴族には勝てないの』
理気に関してはほぼ無限なのか休みなく爆裂弾を放ち続ける双子。今のところ二人はなんとか攻撃を捌いているが、それも理気による先読みと精神力によるものであり、いつまで続くかわからないという有様だ。
「これでは仮にマスティマたちが来れたとしても状況は変わらぬかもしれないな……」
攻撃を捌きながらそんなことを呟く冥月。オリンもフィーアも接近することすら出来ないほどに強すぎる。
何があったのかは知らないが、確かなことはこの双子が信じられないほどの強さを保有しているということだ。
「けど、こんなところで俺たちも負けるわけにはいかないぜ!」
己を奮い立たせるかのように発せられた莉乃の言葉に頷くと、冥月はとある覚悟を決める。
「……莉乃、もし私が暴走するようなことがあれば、迷わず背後から撃てっ!」
「……え? 冥にい、それはどういう……?」
莉乃の声を背中に受けながら冥月は麒麟剣を立てて祈るような構えをとった。
『ついに観念したらしいわね』
『雑魚虫が、手間取らせて、簡単には死なせないわよ』
双子から放たれた爆裂弾、しかし冥月はかわすことすらせずに意識を集中させてEMSに対する強い感情を理気に変換する。
「……(マスティマの言葉を思い出せ。心を正常に保ち、怒りを制御するのだ)」
たしかにEMSに対する怒りは消えてなどいない。しかし同時にキャサリンやアルルのように自らの生き方を選べないEMS人の存在もあり、冥月の中には彼女らを哀れむ気持ちもあった。
「……(オリン、フィーア、人の型を捨ててまでも私を追い、そのような強さに溺れてしまうとは……)」
それもまた他者を支配するつもりが、より強い力によって知らず知らずのうちに支配された結果。
彼女らがやっているのは支配され搾取されていることすら気づかず、あたかも他者を傷つけて自分の傷を見ないようにする行為である。
「……(そうか、『七識』とは、怒りを制御するとは……)」
瞬間、冥月の背中から凄まじい量の理気が漏れるとともに白い光の翼のようなものが展開された。
「……掴んだぞ、『七識』の極意を……!」
甲板のあちこちに被弾していた爆裂弾が瞬時に消滅、理気に変換されるとともに冥月に取り込まれる。
同時に冥月の姿が大きく変質し、その手にしていた麒麟剣もまたツヴァイハンダーのような巨大なものへと変化した。
全身から立ち上る黄金の理気に青く輝く満月を思わせる肌、その瞳は薄紫の角膜に濃紺の結膜という異形のものである。
さらに前回は腰から伸びていた光の翼は白い光を放ちながら背中から伸びており、その大きさもより巨大なものとなっていた。
まさに『麒麟将』、前回は偶発的に発生した力を今回は自分の意思で、しかも制御できる状態で発現させたのである。
『な、ま、まさか、こいつは……!』
『伝説に伝わる、『有角の悪鬼』……!』
冥月の頭から伸びる白光で構成された半透明の麒角を見て、オリンとフィーアは恐れ慄いた。
大気に満ちる理気もまた強く、同時に激しいものとなっており、まるで冥月を中心とした暴風が巻き起こっているようである。
しかし同時に莉乃は身体の奥から力が湧いてくるかのような不思議な感覚を味わっていた。
「これは、冥にいの理気が心が、俺を励ましてくれているのか……?」
莉乃の内側から理気が湧き上がる一方のオリンとフィーアの二人は空間を席巻する理気に心底威圧され、竦み上がっている。
もしかしたら理気を通じて他者の内面を見抜き、動きを先読みするのとは逆に、理気を通じて冥月の内面が他者に影響を与えているのかもしれない。
すなわち味方にとってこの空間は万の軍勢を得たように心を鼓舞させるものでも、敵対する者には絶海の孤島にいるような、孤立無援な寂寞とした感情を与えるのだ。
『ち、ちょっとフィーア、はやくあいつを……』
『あ、貴女がやってよオリン、あんなのと戦うなんていやよ……』
士気の低下はそのまま理気の精度にも関わってくる。威圧され萎縮したオリンとフィーアの二人はいまや満足に理気を振るうことも出来ず、冥月の処断を待つのみ。
互いが互いを押し退けあい、死の運命から逃れようとしていた。
「……哀れだな」
エコーがかかったような不思議な声で一言呟くと、冥月は右手をかざして理気を収束させてオリンとフィーアの二人から何やら力を奪う。
「え?」
「う、嘘、こんなことが……」
一瞬の後双子の身体は元どおり少女のものへと戻り、蟷螂の部分は完全に消滅していた。
「物体を理気に変換して、吸収したっていうのか……」
信じられないものを見るような瞳で冥月を見る莉乃。『七識』どころか、麒麟将として覚醒した今の冥月はその先にいるのではないか?
「もうお前たちに戦う力はない」
変化を解くとともに冥月はツヴァイハンダーから諸刃の直剣に戻った麒麟剣を鞘に納める。
「大人しく降伏しろ。悪いようにはしない」
冥月の言葉に双子は眉間に皺を寄せ、その美しい顔を憎しみと屈辱に歪めた。しかし次の瞬間には何を思ったのか軽く頭を下げる。
「……はあ、仕方ない」
「降伏してあげる」
とても降伏するような態度ではないがこれ以上血を流さずに済むならばそれに越したことはない。
「……冥にい、こいつら……」
理気の流れから不穏なものを感じたのか、莉乃は微かに顔をしかめた。
「……まあ、しばらく見ていろ」
どうやら莉乃が感じたものは冥月も察知しているらしく、軽く肩をすくめるとともに彼は二人に近づく。
「勇気ある決断に敬意を払う」
今の冥月は麒麟将の変化も解き、麒麟剣もまた腰に納めた丸腰状態だ。
そんな彼だが理気に関しては普段以上に集中している。
「……(胸、否心臓だな)」
そんな彼は双子に近づくにつれて自身の胸部にピリピリとしたものを感じていた。
まず間違いなくオリンとフィーアの二人が向ける意識だろう。
「甘いわよ!」
「これだから雑魚は……死ね!」
冥月が察していた通り、オリンとフィーアの二人は隠し持っていたダガーを下から突き上げた。
「……予測済みだ」
軽い調子で冥月は双子を理法念力を用いて空中に浮かべると、二人を衝突させる。
「がっ!」
「ぶっ!」
短い悲鳴を残して二人は地面に落ちると、もう抵抗する気力も失せたのか忌々しげに冥月を睨むのみとなった。
「あ、あががが、な、何……?!」
「い、いや、お腹が、熱い……!」
直後、身体をくねらせて痛みに悶えるオリンとフィーアだが、冥月の攻撃が当たっただけにしては様子がおかしい。
「お、おい、冥にい……?」
「……この理気、なんだ、これは……?」
様子を見守る二人の前で腹部の紋章が輝いたかと思うと、そこを中心に理気の炎が立ち上る。
「い、いやあああああああ……!」
「あ、熱い、熱いよおおおおおお……!」
呆然とする冥月と莉乃の前でオリンとフィーアは立ち上がると、そのまま欄干に手をかけて下に落ちていった。
「っ! 待てっ!」
慌てて冥月は二人が飛び降りた地点に駆け寄ったが、すでに二人の姿はなくそこにはただオーロラのような空間が広がるばかりである。
「よっこらせ、と……」
次の瞬間甲板の入り口がゆっくりと開き、ベルゼルトが姿を現した。
「旦那、姐御、無事でしたか?」
どうやら扉についていた粘液をようやく解除出来たらしい。
こちらに近寄るベルゼルトの手には大きな工具箱が握られており、彼の額にも汗が浮かんでいる。
「……二人とも無事だ。今さっきオリンとフィーア、あの双子は倒した」
「そうでしたか、遅くなって申し訳ありません」
「いや、直してくれたならそれで良い。感謝している」
そう告げると冥月は莉乃を見たが、彼女もまた険しい表情のままフリューゲルの外側に広がる空間に目を向けていた。
「なんか、あったんですか?」
心配そうに訊ねるベルゼルトに冥月は軽く首を振る。
「なんでもない。行こう、莉乃」
冥月は莉乃の背中を軽く叩くと、静かな足取りで艦橋へと戻っていった。




