第四十六話「捻転」
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メスガキ二人との対峙となります。
莉乃との模擬戦を終えて互いの武器を返還した冥月だったが、何やら大切なことを忘れているような気がして顔をしかめる。
「……そう言えば、アルル」
そう、アルルがこの現象をなんとかするために調査をしているのだ。
修練やらフォルネスやらに関わっているうちにすっかり忘れていたが、総選挙の段階である程度目処がついたと言っていたため、おそらくもうそろそろ何らかの形にはなっているだろう。
「冥にい、様子を見に行こうぜ? ちょうど修練も一息ついたとこだしな」
そんなことを言うと、莉乃は冥月の腕に自分の腕を絡ませる。
「そんなことをしなくても、私は逃げぬぞ?」
「照れない照れない、ほら、行こうぜ」
引っ張るような形で先導する莉乃を先頭に、冥月らはトレーニングルームを後にした。
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「冥月さん」
外に出ると意外なことにすぐさまアルルと鉢合わせた。
「アルル、『時空捻転現象』のことはどうだ?」
「はい、そのことについてちょうど冥月さんを呼ぼうと思っていたところです」
どうやら冥月が思った通り、ある程度結果をまとめることが出来たらしい。
「こちらです」
アルルが案内したのはフリューゲルの艦橋。そこではベルゼルトやボティスらが忙しそうにモニターや計器類をチェックしている。
「捗ってますか?」
「アルルさん、それに旦那たちも」
冥月らの登場に気づいたらしくベルゼルトは一旦作業を中断すると、困ったような笑みを浮かべた。
「何となくは掴めましたが、実際に動かすとなると……。というよりもこの船の航行システムは特殊過ぎる気がします」
「なるほど、しかし通常空間に復帰したらEMSから狙われることになるのは間違いありません。ある程度は動けるようにしておいて下さい」
「アルル、通常空間に復帰とはどういうことだ? まさか出方がわかったのか?」
冥月の言葉にアルルは口元に笑みをたたえながら頷いてみせる。
「その通りです。実際の試験はまだですが、私の計算が正しければ出ることが出来ると思います」
自信ありげなアルル。確か人工的に『時空捻転現象』を起こす場合はネクロス100人分という莫大な理気が必要なはずだ。
しかし冥月らにはそれほどのエネルギーをまかなえるほどの理気はない、ならばどのようにするつもりなのか?
「この船の動力炉はネクロスによらないものながら、それ以上の出力を出すことが出来るのは冥月さんもご存知ですね?」
そう言えばそんなことを前にアルルが言っていた気がする。動力炉の仕組みはわからないながらもそのエネルギー量に彼女は驚嘆していたが……。
「っ! まさかこの船の動力炉だけで『時空捻転現象』を引き起こせると言うのか?」
「正解です清白。この船の動力炉はいかなる仕組みかわかりませんがほぼ無限のエネルギーを供給することが出来ます。それを利用して『時空捻転現象』を引き起こします」
無限とは計り知れない単語だ。それにしてもアルルほどの人間が断念するほどの機構とは、古代の麒麟族はどれほどの技術を持っていたのか底が知れない。
「それともう一つ、どうやら座標指定をすれば別の場所への瞬間移動も可能なようです」
これに関しては『時空捻転現象』がどのような経緯で考えられたかを思えば驚くほどのことではないだろう。
「動力炉、転移装置、いずれの技術もEMSとは比べものにならないほど高度な技術、それ故に完全に解析することは困難です」
「……とにかく今の状況を何とか出来る方法が判明したならばそれで良い、それでアルル、戻れそうか?」
あくまでも先程までのアルルの説明はフリューゲルがこの空間から脱出出来ると言う話。実際に使ってみて安全かどうか、どのようなリスクがあるか等、すなわち現実的かどうかはまた別問題だ。
「……今のところ出来なくはないですが、辞めた方が良いと思います」
「? 辞めた方が良いってどういうことだよ?」
莉乃の問いかけに対してアルルはポケットの中から小さなサイコロを取り出す。
「空間転移を安全に行うためには『どこ』にいくのかを正確に座標指定する必要があります。要するに行き先ですね」
つまり転移にはかなり高度な計算が必要ということ。EMS内でもまだほとんど実用化されていない技術らしいが、これを正確にしなかったがために人が壁や地中、溶岩の中に転移する、空中戦艦がビルに突き刺さるなどの事故が多発しているのだとか。
「そのため誰かが一度使い安全と証明された経路を使うことが望ましいのですが、私はアベルディンやニムロドと言った都市圏の座標しか知らないため、一から計算する必要が……」
「なるほど、まだ時間がかかりそうというわけか……」
しかし全く希望がないというわけでもなさそうだ。
その計算とやらがどの程度かかるのかは不明だが、あと一歩というところか。
「アルル、引き続きよろしく頼む」
「承りました冥月さん。それと……」
もうしばらく修行をしていようと一同が踵を返したその刹那、アルルは冥月の頬に顔を寄せる。
「……アルル?」
「少しだけ、よろしいですか?」
そう告げると彼女は冥月を艦橋脇にある物置のような小部屋に連れ込んだ。
莉乃たちは冥月がアルルに捕まったことに気付いていないため、彼は一人追い込まれた形となる。
「貴方は莉乃のことをどう思っているのですか?」
「何? 莉乃、だと……?」
バイザーに隠されているためアルルの双眸は窺い知れないが、間違いなく真剣な表情をしているであろうことくらいは予想できそうだ。
「アルルがそんなことを言うとは、明日は雪かもしれんな……」
「茶化さずに答えて下さい。好きなのですか? それとも、答えられないのですか?」
しばらく冥月は何やら考えていたが、やがて観念したらしく口を開く。
「好きか嫌いかで言えば好きだが、それが色恋沙汰によるものかどうかはわからない。無論仲間としては大切に思っている」
「……なるほど、なんとなくわかりました」
どうやらアルルはアルルなりに納得いく答えを見つけたらしく、ゆっくりと冥月から離れた。
「私たちはEMSと言う強大な勢力に追われる身、いつまで無事かわかりません。もし互いに好き合っているならば今のうちに想いを交わしておかねば後悔することになると思っただけです」
「……えらく、具体的だな」
もしかしたらアルルにはそういう経験があるのかもしれない。彼女の過去は何一つ知らないが、身分差が激しいEMS人として生まれた以上何かしらあったのだろう。
「後悔なき選択を、それだけです」
「アルル、君は……」
冥月が疑念を口に出そうとしたその刹那、小部屋の扉が勢いよく開いた。
「冥にい? アルルとこんなとこで何やってんだ……?」
そこに立っていたのは莉乃。豊かな胸を押し上げるかのように腕を組んでいるが、身に纏う理気はどういうわけだか不穏である。
「……別に大した話しはしていませんよ。莉乃……」
飄々とした態度でそう告げるとアルルは扉の前に立つ莉乃の脇を通り、部屋から立ち去っていった。
「……アルルと、なんの話しをしてたんだよ?」
「……うむ、君についてのことだ」
腰をかがめて小部屋に入ってきた莉乃の熱気を感じながら冥月はそう答える。
「どう思ってるかを訊かれたからな。大切な仲間だと答えておいた」
「そっか、俺は冥にいの大切な仲間、か」
どうやら機嫌が直ったらしい莉乃はニヤニヤしながら冥月の手を掴むと彼を外へと連れ出した。
「トレーニングの前に娑婆の空気を吸いにいかねーか?」
「……娑婆って、まあ気分転換くらいにはなるかもしれぬな」
どうにもテンションが高い莉乃に引きづられるようにして、冥月は甲板の出入り口へと向かう。
「清白とマスティマはもう始めてるのか?」
「ああ、清白の奴も『七識』とやらを掴むって張り切ってたぜ」
甲板に出ると、先程来たときと変わらない船を包み込むオーロラのような光景が広がっていた。
「にしても変わり映えしない景色だな」
「……それももう少しの辛抱だ。今アルルが頑張ってくれている」
アルル、という言葉に一瞬だけ莉乃の表情に厳しいものが浮かぶ。
「なあ、冥にい、冥にいは……」
「……待て莉乃、何やら様子がおかしいぞ」
冥月の言葉通り、突如として甲板の中央に白い光のドームが巻き起こる現象、すなわち時空捻転現象が起こった。
「お、おい冥にい……!」
「ああ、何者かが出てくるぞ……!」
それぞれの武器を手に身構える冥月と莉乃。ドームが消え、凄まじい理気とともにそこから現れたのはそっくりの容姿を持つ双子軍人。
「あいつらは、アレーナルベルス城にいた……」
戦斧を構え直す莉乃だったが二人の様子がどうもおかしいことに気づき、目を細める。
一体何があったのかは不明だが、今の二人は身につけていた軍服をボロボロに引き裂かれており、ほっそりした肢体も肋が浮き出た上腹部も晒すという妙にみすぼらしい姿をしていた。
「あ、あいつら……」
「まさか本当に生きていたなんて……」
どうやら双子、オリンとフィーアにとってもこの展開は予想外だったらしく驚愕の表情を浮かべている。
「どうやってここまで……?」
冥月の質問に答えることはせずに、オリンは口から異様な粘液を吐き出した。
「むっ!」
慌ててこれをかわす冥月と莉乃だったが、粘液は甲板と船内をつなぐ出入り口に命中する。
「……っ!」
粘液が命中した出入り口はまるで膠かあるいは蜜蝋を張り付けたかのようになり、完全に封鎖されてしまった。
「クスクス、これで貴方たち二人は助けを呼べない」
「つまり私たちに嬲られるしかないってわけ」
どうやらオリンとフィーアはこの場で確実に冥月と莉乃を仕留めるつもりらしい。
「……お前たちがどうやってこの空間にまで来たのかは知らんが、身に降りかかる火の粉は払うまで」
麒麟剣を手に、油断なく身構える冥月。先程から漂う尋常ではない理気の流れ、間違いなくこの双子は何か切り札を用意している。
「クスクス、馬鹿な雄」
「EMS人も卑猩も雄の愚かさは変わらないわね」
双子は腹部に残っていた衣服を破り捨てると、その下にある滑らかな下腹部とほっそりした臍を晒した。
「なんだ、あの紋章……?」
訝しげに二人の腹部に刻まれた六芒星のような紋章を見つめる冥月。
一見したところは単なるファッションにしか見えないが、冥月の第六感はあれがただのタトゥーの類ではないと強く警告している。
「「はあああああ……!」」
直後、双子が周囲の力を収束させるとともに紋様が真紅の光を発し、凄まじい理気を放った。
「な、なんだと……!」
そのあまりにも強い理気に莉乃は険しい表情で呟く。だが脅威に思ったのは冥月も同じで、凄まじい力に全身が微かに痺れるかのように感じた。
「あの紋章が、双子に力を与えているのか……?」
ノリスやキャサリンが使っていたような外付けの部品とは明らかに雰囲気が違うような気もするが、おそらくその仮説は間違ってはいないだろう。
「素晴らしい力、これならば……!」
「さあ、私たちの姿を見なさい」
恍惚とした表情を浮かべながら双子は両手を広げて身体全体を激しく揺さぶった。
瞬間、オリンとフィーアの姿が歪み、その四肢が肥大化を始める。
主に腹部を中心として身体が膨張、幼さを残すが故に腹筋のない柔らかそうだった腹も瞬時に巨大化し、一瞬で妊婦を思わせる血管の浮かんだものへと変貌した。
申し訳程度に残っていた衣服は身体の膨張に耐えきれずに弾け飛び、小ぶりだった胸もまた経産婦を思わせるような巨大なものに膨れ上がる。
『クスクス、さあ、私たちの力に恐れ慄きなさい』
『そして雑魚虫らしく無様に死になさい』




