第四十五話「雷の斧と炎の剣」
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ギラファの暗躍。
アルディス砂漠の僻地、かつてアレーナルベルス城があった場所は先日オリンとフィーアの爆撃により今や瓦礫と砂しかない荒れ果てた姿を晒している。
骨まで凍らせるかのような冷気が支配する夜の砂漠、砂嵐吹きすさぶ中に倒れ伏す二つの影があった。
「う、うう……」
「なんなの、この力は……」
四肢から血を流して倒れているのは精鋭部隊マルクトに属するイェンセン家の双子姉妹、オリンとフィーア。
冥月の命を狙い、アレーナルベルス城を破壊した張本人たちだが今は身体に傷を受け月の光のみが支配する砂漠に無様な姿を晒している。
その身体は無事な部分の方が多い最低限の場所しか切り裂かれてはいないが、どういうわけだかノリスやキャサリンのように再生しない、否出来なさそうだ。
「再生、出来ない……どう、して……?」
「あ、ありえない、わたしたちが……」
「……ふん、私の前では蟷螂の浅知恵など無力、それにしても、精鋭などと言われていても所詮はこの程度か……」
ふた振りの剣を腰に納めながら、二人の前に立つ漆黒の男はそう呟いた。
龍のような仮面に漆黒の鎧、背中から吹き出す黒い理気は翼のようであり、同時にオーラのようでもある不確かなものである。
『太陽を喰らう者』ギラファ、冥月の生死を確認するためにアルディス砂漠まで来たオリンとフィーアを強襲し、一太刀で片付けてしまったのはこの怪人物だ。
「な、なんなの、あんたは……」
「わたしたちにこんなことして、ただで済むと……」
まだそのようなことを言う力は残されているのか、双子は精一杯ギラファを恫喝しようとするが、彼には無意味である。
「……知らんな、元老院議長など私の前では塵芥も同じ、汝らのように他人を見下すしか能のない蟷螂貴族どもが何人死のうが私の知ったことではない」
オリンもフィーアもギラファを前にして戦おうとはしたのだが、生来の気質故に相手の力量を見誤り、その結果圧倒的な力にねじ切られ、現在に至るというわけだ。
「だが、汝らにはまだ利用価値がある。他人に吸い付いてしか生きられぬ汝らに役目を与えてやろう」
ギラファが右手をかざすと大気中の理気が活性化し、双子の傷ついた身体を瞬時に癒していく。
ノリスらのような肉体自体の再生力によるものではなく、彼は理気を使って癒したようだ。
「治った?」
「あ、あんた、私たちに何を……!」
「ギャーギャー喚くな小娘ども、汝らの敵、冥月らは生きている」
ギラファの言葉に双子は慌てたように顔を見合わせる。なんとなくわかっていたことだが、あれほどの攻撃で生きているなど考えたくはなかったのだ。
「そして私は汝らを冥月のいる彼の地に送ることが出来る。しかし今の汝らではすでに『七識』に近い境地にいる奴には勝てぬだろう」
そう告げるとギラファは彼の放つ威圧感と砂漠の冷気にガタガタと震えることしか出来ない双子を見下す。
「そこで汝らに力を授けてやる。汝らが頼る『魔螂族』の貧相な肉体変化に色をつけて、『七識』否、『八識』手前の働きが出来るようにしてやろう」
そう告げるとギラファは左手を振るい双子の腹部に向かって何やら真紅の理気を放った。
理気は彼女らの腹部に命中するや否やほっそりとした臍を中心として麻の葉を思わせる六芒星の赤い紋章を刻む。
「あぎ……!」
「ふ、くう……!」
あまりの熱に悶える双子には構わず、ギラファは右手をかざして理気を収束、二人の周囲に光のドームを出現させた。
『時空捻転現象』、アルルの言葉通りであるならばギラファはネクロス100体分以上に匹敵する理気を容易く用意したことになる。
「……さて、どのような結果になるかな?」
光とともに双子が消えると、ギラファは一人砂漠の月を見上げた。
「……抗ってみせよ詠冥」
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フォルネスと別れた冥月は再び修行をするためトレーニングルームに向かっていた。
「……遅くなったな」
どうやら莉乃たちの話しは終わっていたらしく、清白もマスティマに指南を受けていたのか冥月の登場に刀を納める。
「艦橋は、盛り上がって、た?」
マスティマの質問に冥月が頷くと、珍しいことに彼女は満足そうな笑みを浮かべた。
「……今度は、少し変則的な、教練を、してもらう」
そう告げるとマスティマはトレーニングルームの中央に立ち、両手を広げてみせる。
「冥月と莉乃で、模擬戦を行う、手の内を知り尽くしてる、相手なら、より理気による先読みが、重要に、なる」
なるほど、つまるところ相手に手の内を知られているからこそ、いかにしてその裏をつくのか、あるいはそれを読み取るのかが重要になるということか。
「へへ、冥にいと戦うのは初めてだな」
意外と莉乃は乗り気なようで、すでに右手に戦斧を呼び出しており準備万端といった様子で立ち上がった。
「莉乃か、実際に戦うとなると手強過ぎる相手だな」
冥月もまた麒麟剣を抜くと莉乃に倣う形でトレーニングルームの中央にまで至り、彼女と向き合う。
「……冥月、莉乃、今回は、互いの武器を、交換して」
マスティマからもたらされた意外な提案に冥月も莉乃も目を見開いた。
「一緒に戦う仲間の武器が、どういうものか、理解していたほうが、連携も、しやすい、はず……」
それに、と呟くとマスティマは二人の手の中にあるそれぞれの得物を代わる代わる見つめる。
「常に万全の状態で、戦いが始まるとは、限らない、不意打ちを受けて、限定的な力で、戦わざるを得ないことも、ある」
なるほどそれは一理あるかもしれない。今まではたまたま戦いの前に準備が出来ていただけであって、今後それが続くという保証はどこにもないのだ。
特にこれから先、EMS側が冥月らを警戒すればするほどに不意打ちを受ける確率は高くなると言えるだろう。
「よし、では莉乃、君の武器を……」
冥月が麒麟剣を鞘に納め、そのまま莉乃に差し出すと彼女は静かに受け取り、代わって自分の戦斧を差し出した。
「冥にいの剣、俺の斧よりもずっと軽いんだな……」
鞘から抜いた剣を片手で握り、軽く空を切る莉乃。反対に冥月の手にある戦斧は普段使う麒麟剣よりも重いが、理気による強化があれば両手でなくとも扱えるだろう。
「準備は、良い? それじゃ、始めて」
マスティマの合図とともに冥月と莉乃は互いに距離をとり武器を構え直した。
二人とも慣れない武器ではあるが、接近戦用の武器の扱い方は大体わかっているため構え方も動きも非常に洗練されたものである。
瞬間莉乃は麒麟剣を投擲、その軌跡を操ることで冥月に遠距離攻撃を仕掛けた。
「甘いなっ!」
しかしその一撃は戦斧の一閃で瞬時に弾かれ、その隙をついて冥月は距離をつめ、莉乃に斬りかかる。
「……流石に冥にい、隙はねーか」
今の莉乃は麒麟剣を手放して丸腰、このまま行けば冥月の一撃により彼女が負けることは間違いない。
「っ!」
だが次の瞬間莉乃は腰に帯びたままだった麒麟剣の鞘を理気で強化、冥月の一撃を正面から受け止めた。
「へへ、追い込まれたのは冥にいだな」
そのまま冥月の後ろからは先程投擲された麒麟剣がまっすぐ迫る。正面を莉乃に抑えられては後ろを振り向き、攻撃を防ぐことは出来ない。
「……さて、どうかな?」
微かに笑みを浮かべると、冥月は身体操作を生かして下から突き上げるような一撃を放ち、莉乃の構えを崩した。
「うわっ!」
たまらず声を上げる莉乃。そのまま冥月は彼女の股座をかいくぐるようにして背中に回り、麒麟剣を回避する。
「……ふんっ!」
続けざまに下段から一撃を放つ冥月だったが、莉乃は即座に理法念力で麒麟剣を回収、剣と鞘の二つを叩きつけるかのようにして戦斧の斬撃を受け止めた。
「……やるじゃねーか。俺の構えの、一番弱いところを見極めるなんて、な……!」
嵐のような攻防に額から汗を流しつつ、莉乃は心からの賛辞を口にする。
「君ほどではない、まさか鞘をそう使うとは思わなかったぞ?」
微かに笑みを浮かべる二人、そんな中先に攻撃を仕掛けてきたのは莉乃。麒麟剣と鞘を巧みに扱い、冥月に猛攻をかけた。
「……やってくれるな」
理気による先読みを生かして戦斧を振るい、莉乃の攻撃を着実に弾く冥月だったが、その剛腕から振るわれる斬撃は、理気を集中させねば容易く弾かれるほどに強く、重い。
「ならば、これならどうだ?」
下段から円を描くような形で連続して戦斧を振るう冥月。単純な下段からの攻撃ではなく、直前に手首のスナップや身体操作を利かせて斬撃の軌跡を曲げる変則的な攻撃である。
「うあっ! それ、斧でも出来るのかよっ!」
驚きながらも理気による先読みを活かして冥月の攻撃に対処する莉乃。何度も見てきた剣技ではあるが、斧に変わるとまた違って見えるため対処が難しくなるのだ。
「今初めて試してみたが、意外とどうにかなるものだな」
「簡単に言ってくれるぜ、冥にいは……!」
莉乃が麒麟剣を振るう場合直線的ではあるものの一撃一撃が極めて重い斬撃となる。
一方の冥月が斧を握ると力による攻撃ではなく、むしろ冥月本来の身体操作や手首の柔軟性を活かした戦い方が主軸となるようだ。
自分の得手不得手を理気により補ったり強化したりすることで、ここまで戦法に違いが出てくるのである。
「かなりの実戦経験を、積んできただけあって、二人とも強い、わね」
「うむ、修行らしい修行もせずにここまで戦えるとは末恐ろしい奴らよ……」
感心したようにそう呟くマスティマと清白。二人の技能は優劣つけ難く、互いに拮抗しているように見えた。
単純な力に関しては莉乃が圧勝していると言えるが、身体操作や剣技と言った技術面は冥月に軍配があがる。
二人とも自分の得意な部分で弱点を補った堅実な戦い方だ。
「……二人とも、それまで」
マスティマがパンパンと手を叩くと、冥月と莉乃の二人は同時に攻撃を止めて武器を下ろす。
「あんだよマスティマ、これからが良いところなのに……」
身体中から汗を流しながらもさわやかな笑みを浮かべて莉乃はそう呟いた。
「……これ以上続けても、勝敗はつかない、それどころか、いつまでも、休まずに、戦う、でしょう?」
その言葉に莉乃は痛いところを突かれたとばかりに顔をしかめる。
「冥月、莉乃、貴方たちの実力はよくわかった。このまま行けばそう遠くない未来、『七識』どころか『八識』に至れる」
マスティマの表情は一切変わったいないが、瞳の奥には明らかに喜色が浮かんでいた。
「後はその力を、誤った方向に、使わないこと、ね」
「……私利私欲のためには使わぬよ」
あくまでも力を振るうのはやむを得ない場合のみ。自分から嬉々として使うのは他人はもちろんのこと、己が身すらも危険にさらす。
「力の使い方は、よく考えねばならないな……」
冥月の言葉にマスティマだけでなく、莉乃や清白もまた深く頷いていた。




