第四十四話「新たな役目」
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莉乃から見た冥月。
戦艦フリューゲルの廊下を歩く冥月とその後ろにつき従うフォルネス。
「待って下さい」
無言で歩くことに耐えかねてフォルネスはそう叫んだが、冥月は構わずにすぐそばにある小さな部屋に足を踏み入れた。
「……ふむ、なかなか良い部屋だな」
冥月がそんなことを呟いたのは、広さ自体はフリューゲルにある他の部屋と大して変わらない汎用的な空間である。
簡単なベッドや執務用の机は設えられているが、質素を通り越して殺風景と呼ぶべき部屋だ。
「さてと、ようやくこれで落ち着いて話しが出来そうだな」
フォルネスの前に椅子を引き寄せると、冥月は対面に座す形で小さなベッドに腰を下ろす。
「冥月様は、私をどうするおつもりですか……?」
椅子に座ることもせずにフォルネスは口を開いたが、その口調は追い込まれた人間の焦燥感に走るものだった。
「別にどうもしない。暫定的ではあるが艦長の秘書として色々な作業に従事してもらう」
「貴方は!」
フォルネスの大声に顔を上げる冥月だったが、その瞳の奥には優しげな光が宿っている。
「貴方は、私が憎くはないのですか?! 私は事情があったとは言え、貴方や貴方の仲間をEMSに売り渡そうとしたのですよ……?」
それはその通りだが、仮にオリンとフィーアの二人が冥月を亡き者にしたとしても、マスティマとルシルを解放するつもりがなかったのもまた周知の事実。
冥月から見れば知り合いの命を盾にされ、利用されたというのならばフォルネスもまマスティマ同様、立派な被害者だった。
「……人質を取られた状況では仕方ない、それに運が良かったとは言え、誰一人として死んではいない」
「ですが、私に対する罰は与えて然るべきです」
やれやれと言った調子で冥月は居住まいを正すと、フォルネスの瞳の奥を見据える。
「……君はもう罰を受けている。自分の仕業で他人を危険に晒したことを十二分に後悔しただろう?」
冥月の言葉に黙り込むフォルネス。あの双子の甘言に乗ったがために本来仲間であるはずの者たちを窮地に追いやろうとした。
それが間違いであることはわかっていながらも、マスティマを救うためにはそれしかないと自分を納得させて冥月とコンタクトを取ったのである。
スパイ活動をせずに最初から冥月に心からの助力を乞うていればと、フォルネスは何度も悔やんだ。
「それにマスティマとルシルはたまたま無事だったが、君の動き次第では本当に殺されていた可能性もあった。彼女らを救うために君がしたことは誰にでも出来ることではない」
君は自分なりに正しいと思うことをした、そう告げると冥月は呆然とした表情のフォルネスに右手を差し出す。
「もうマスティマもルシルも救い出したのだ、君はこれから自分のしたいことをすれば良い。我々にしたことを思い煩う必要もない」
「……冥月様、貴方は……」
呆然としたように呟くとフォルネスは冥月の右手を握った。彼の手は剣を振るうが故に標準サイズながらも無骨なものだったが、フォルネスにしてみれば爬人たる自分とは違う穏やかなものである。
そして彼女はこの瞬間、心からこの底抜けに優しく、同時にどこまでも強いものを秘めたこの青年についていこうと誓った。
マスティマやルシルに向けられた忠誠心とは違う憧憬のような感情である。
それがある種の好意であると気づいたのは、冥月が部屋から立ち去ったあとだった。
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「俺と冥にいのこと?」
フリューゲルのトレーニングルームでは冥月が去った後そのような話しが繰り広げられていた。
「……うむ、我らは冥月殿とともに戦ってきたというのに、かの者のことを何も知らぬ」
「冥月と一番昔馴染みなのは、莉乃、彼はどういう、人なの?」
清白とマスティマの質問に莉乃はしばらくの間考え込む。
言われてみればヤーハンでずっと寝食をともにし、一緒に野生の獣を狩っていたにもかかわらず彼のことは何も知らない。
「伝え聞いた話によれば、あの者はノリス・イェンセンの実験が原因で強い理気を備えるようになったらしいのう」
清白が言う通り、冥月はヴァスタ大陸の『禁足地』から掘り出された『メイプル』と呼ばれる化石と接続させる実験が原因であれほどの能力を手に入れた。
「……理気はともかく、彼の剣術、あれはどこで会得したのか、知ってる?」
言われてみれば冥月の剣術は荒削りな莉乃の武術に比べて明らかに洗練された、どちらかといえば清白のものに近い技巧派である。
「いや、俺もよく知らねーな。でも前に冥にい、記憶の一部に欠落があるみたいなことを言ってたっけな」
正確には前世のことは思い出せても、こちらの世界で接続実験以前何をしていたのか覚えていないということなのだが、どうやら莉乃は記憶喪失と受け取ったらしい。
「……なら、どこかで、会得したと考えるのが、自然、だけど……」
マスティマが見聞した限りでは冥月のような動き方をする剣術型は、それこそ清白が使うまで見たことがなかった。
工業都市ニムロドがあるガリアス大陸から始まり、アルディス大陸を旅する中でEMS側の兵士と戦うこともあったが、いずれも身体操作と手首の柔軟性を活かす剣術ではなかったのである。
となればEMS以外の和人や爬人にしか伝わらない剣術ということになるが、EMSが支配するこの世界で、そんな文明的な生活をするような者たちはいない。
「……ま、記憶喪失ならそのうち思い出すじゃろうな」
清白は一人納得したように頷くと、正面から莉乃の瞳を見つめた。
「……本題はここからじゃ。お主に訊いておきたいことがある」
いつになく真剣な清白の表情に莉乃は知らず生唾を飲み込み、次の言葉を伺う。
「お主は、冥月殿のことをどう思っておるのじゃ?」
「どうって、俺の兄さんで大事な仲間だけど……」
何を今更と言った様子で莉乃は答えたが、清白の目は真剣そのものだ。
「いや、そういうことじゃない。女子として冥月殿を愛しておるのか、ということじゃ」
「……愛?」
キョトンとした表情で莉乃はしばらく清白を見ていたが、ふと思い出したかのように手を叩く。
「あー、冥にいと俺がもうすでに夫婦の仲になってるって話しか?」
「違うっ! いや微妙に違わないが、お主は冥月殿に好意を抱いておるのかどうかということじゃっ!」
「そりゃ冥にいは好きだぜ? 俺を何度も助けてくれたし、けどちょっと優しすぎるところが心配だよな」
笑みを浮かべる莉乃。清白のほうは何やら脱力したように突っ伏しているが、反対にマスティマは真剣な表情で何やら考え込んでいた。
「……愛は理気の、根源の一つ……。もし貴女が、それを自覚出来たなら、さらに強くなれる」
「ほんとか!? じゃあ頑張って会得してやるぜ!」
俄然乗り気になる莉乃だったが、愛を会得するなどと言っているさまにはさすがの清白も苦笑する。
「会得するようなものではないぞ莉乃、お主が冥月殿をどう思っているかじゃ」
「いや、だから俺は冥にいを……」
「……それまで」
堂々巡りになりそうだったためか、マスティマは軽く手を叩いて話しを打ち切った。
「莉乃、貴女は冥月が好き。今はそれで、十分……」
「なーんかそう言われると照れんだよな……」
照れ隠しか何かのように髪をかきあげる莉乃。清白はそんな彼女をぼんやりと見つめる。
「……ま、初めはこんなものかもしれぬな」
「なんだよ?」
清白のつぶやきに莉乃は反応したが、彼女は微かに首を振った。
「なんでも、そんなことよりマスティマ。愛が理気の根源というのは?」
「理気は、精神的なことに、強い影響を受ける。中でも、下心のない純然たる愛は、かなりの力を、発揮する」
理気はあらゆる物質の根源となる生命の力、人間や鳥、武器や石、樹木と言った明確にその場に存在するものだけではなく空間のような非存在にも満ちている。
これを強い感情で攻撃や防御の形にイメージすることで自分や周りに満ちる理気を制御、あるいは操作することが可能となるのだ。
「どんなものでも、強い感情があれば、理気は扱える。憎しみや怒りと言った、他者に害を与えるような感情も、然り……」
マスティマによれば理気を完全に制御するには自分の感情をコントロールする術が求められるのだとか。
仮に強い理気を持つ者が瞬間的な怒りに支配された場合、本人の意思とは無関係に理気は怒りの対象だけでなくその一帯を破壊しようとする。
「……いわば暴走、そうなれば力を振るう人間にすら、歯止めが効かない、つまりは……」
「怒りや憎しみといった負の感情は愛よりも暴走しやすいということ、じゃな?」
先読みした清白の言葉にマスティマは頷いてみせた。
「そう、もっとも愛もまた、扱いを間違えれば、嫉妬や支配欲といった、負の感情に、置き換わる」
「……はあ、俺にはよくわかんねぇけど、誰かを殺したいみたいな感情だと、暴走するってことか?」
「……ひとまずはその理解で、良い、そして『七識』に至るには、その感情を抑制することが、必要……」
『七識』、たしか理気を扱える者が会得しうる新たな境地だったか?
「要は、単に暴走するだけの力を制御し、自在に操る境地。感情の起伏を自在に、することで、暴走する危険性を無くし、理気を最大限にまで、高めることが、出来る」
確かに感情をコントロール出来れば理気もまた扱いやすくなるかもしれないが、問題は果たしてそんなことが出来るかどうかである。
「はあ、そんな真似が出来るのは長いこと修行を積んだ修道士か、ずっと山奥に引きこもってる禅僧くらいじゃな」
身体を伸ばしながらそんなことを言う清白。人間生きていれば色々な欲望にとらわれるもの、それ故に人間の感情はいくらでも揺れ動くのだ。
「……でも、中には、自然とそれに近い、感覚を持ってる者も、いる」
ちらっとマスティマは莉乃を見たが、結局何も言わずに口を閉じる。
「……そろそろ、冥月も帰ってくる。清白、それまで、貴女の動きを、見せて?」
「うむ、願ったり叶ったりじゃ。儂もまだまだ強くならねばならぬからのう……」
マスティマに請われて清白は立ち上がると、刀を具現化させて鞘から引き抜いた。




