第四十三話「罪の赦し」
いつもお読みいただきありがとうございます。励みになります。
船名についてのお話しです。
「船の名前、か」
二人が修行をしている間艦橋ではそのような話題になっていたらしく、冥月と莉乃が現れると、ベルゼルトは何やら神妙な調子で頷いた。
船の名前を決めるのは意外と大切なことで、場合によっては乗組員の士気にも関わるためこうして話し合いで決定するのも悪くないかもしれない。
それにもう何時間もこんな鉄の塊に閉じ込められているのだから、こういう催しがあれば少しは気分転換になるかもしれない。
「はい、それで艦長にも案を出していただこうかと……」
「ふむ……ん?」
あまりにも自然にそんなことをベルゼルトに言われたために反応が一瞬遅れたが、冥月は面食らったように顔を上げる。
「艦長? 誰が?」
「旦那以外に、誰が?」
あまりのことに混乱する冥月、それに対してベルゼルトの言葉に周りに居並ぶ爬人やアレーナルベルス城からついてきたEMS人たちは黙って頷いていた。
「旦那、これは多分この船にいる全員の総意です。ここまで俺たちを引っ張ってきたのは旦那、旦那以外に適任はいません」
「……そうじゃな、儂らのリーダーは冥月殿に決まりじゃ」
どうもよくわからないが艦長にされてしまったらしい冥月はいきなり任されたあまりの大任に苦笑する。
「……まあ、出来ることからやるしかない、な」
「じゃ冥にいにこの船の名前をつけてもらおうぜ」
莉乃の言葉に冥月は微かに首を振ると、すぐ近くに立っていたベルゼルトに視線を向けた。
「……ベルゼルトよ、候補名はいくつかあるのか?」
「ええ、艦橋にいる奴らから機関室、捕虜になってるEMS兵までみんなに聞いたのでそれなりに……」
ふむ、と冥月は顎に手を当てて考え込む。自分の一存で決めても良いが、それだとあまりにも面白味に欠ける。
ただでさえこの船にいる者はみんな窮屈な思いをしているのだ、少しは気分転換をして欲しい。
「よし、ならばいくつか船の名前を出して総選挙と行こうか」
「総選……なんだそれ?」
冥月の言葉に莉乃を始め、ベルゼルトら爬人は首を傾げたが清白や船内では少数派EMS人たちは微かに頷いた。
「つまりは全員で投票して船の名前を決めようということじゃ、何になるかはお楽しみと言ったところじゃな」
清白の説明にようやく莉乃たちは理解出来たのか笑みを浮かべる。
「面白そうじゃねーか、総選挙とやら……」
「するのは構いませんが、あまり白熱しないようにして下さいね」
いつの間にやら艦橋に左手に小さな紙の箱を持ったアルルが現れていた。
「アルル、忙しかったのでは……?」
「ある程度目処がついたところですので休憩しようと思いまして、それに……」
非常に珍しいことかもしれないが、アルルの口元に笑みが溢れる。
「このような面白そうな催し、参加しないわけにはいかないでしょう?」
意外なことにアルルはこういったイベントが嫌いではないらしい。
ずっと研究ばかりしていても息がつまるので、適度な息抜きは大切なのかもしれない。
「紙なら大量にありますのでご随意に、船名の候補はあるのですね?」
アルルの言葉に冥月が頷くと、彼女は静かに左手を差し出した。
「ではリストをこちらに、何枚か印刷して船内のあちこちに貼り付けておきましょう」
ベルゼルトからリストを受け取ると、アルルは軽く中身を確認してから笑みを浮かべる。
「……『ユグドラシル』、『エクスカリバー』なかなかバラエティに富んでますね」
「開票自体は二時間後くらいを目安にしている」
「それくらいが妥当でしょう。あまり時間をかけても投票率が上がるとは思えませんし……」
しばらくアルルは考え込んでいたが、やがて微かに頷いた。
「投票率を上げるために複数個箱を設置しましょう。結果が楽しみですね」
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「凄まじい数だな……」
うめき声に近い声で呟く冥月。実は密かに投票率の心配をしていたのだが、船内ではやることもないためかかなり高かったようでトレーニングルームで箱を開けてみると山のような投票用紙が出てきた。
一枚ずつ投票用紙を開きながら、冥月は船名が記された紙にチェックを入れていく。
公平にやるために選挙管理委員会は選挙権を辞退した艦長こと冥月、不正をするという発想がない莉乃、選挙に興味がないマスティマ、清白の四人で行われていた。
「冥にい的にはどんな名前が良かったんだ?」
開票作業をしながら冥月に訊ねる莉乃。彼女も何かに入れたらしいが、特に勝敗に興味はないらしい。
「個人的には『マハノン』や『エルドリッジ』というのを推したいのだがな」
「お主の場合は皆が楽しめれば、別に何でも良いのじゃろう?」
呆れたように呟く清白に対して、マスティマも同意とばかりに頷く。
「……気分転換になれば良い、そんな感じ、でしょう?」
「まあそうだが、あまり奇怪な名前にはならないようにとは祈っているよ」
酔った大学生が深夜のテンションでつけたような名前ならば冥月も物申すかもしれないが、これまでのところそういった名前はなく、穏やかなものだ。
「しかしわからぬのはこの船のことじゃ、キャサリン・フリューゲルはこれを『禁足地』から発掘して改修したのなら、原型は長い間土の中じゃったことになる」
そんな古い時代の遺物が反乱に利用されるほどに状態が良いのも驚きだが、明らかなオーバーテクノロジーであることもまた驚異的である。
しかも前に読んだセザンヌの記録から推察すると、このような兵器がまだあちこちに埋まっているらしいというのだから末恐ろしい。
「……実際、古代麒麟族の遺跡には、今と比べものにならない水準の、兵器が埋没してることも、ある。なかでも、地元の爬人たちの間で、忌み嫌われるような遺跡には、危険なものも、ある」
「『禁足地』って奴だな?」
つい最近行ったためかピンときたらしくすぐさま口を開く莉乃。どうやら正解だったようですぐさまマスティマは頷いた。
「そう、この戦艦みたいな、超兵器。船首の紋章から、これも麒麟族の遺物と、考えられる」
首塚にあった転送装置といい、この戦艦といい、麒麟族というのはEMSよりも遥かに高い技術があったのではないか?
「……(だとしたら、何故衰退したのだろうか?)」
冥月が引っかかるのはそこ、これほどの技術がありながらEMSに圧迫される結果となったのには必ず理由があるはずである。
それが何かはわからないがなんとなくEMSの根幹に関わるような部分ではないかと冥月は感じていた。
「『禁足地』か、冥月殿よ、確か帝国宰相クララが女王に上申し、発掘禁止令を解除させたのじゃったな?」
「ああ、何故禁止されていたかは知らないが、今は解かれてるはずだ。無制限とはいかないだろうが、隠れて調査をする者もいるかもしれないな」
女王に忠実な者ばかりとは言えないのがEMS。キャサリンが加盟していた反女王連盟のような政治結社があるように、貴族の中には謀反を企てる者もいるのだろう。
そういった者たちにしてみれば『禁足地』や『首塚』はまさに至宝、秘密裏に試掘をする者が現れてもおかしくはないと冥月は思っていた。
「……強すぎる力は、やがて自分を滅ぼす。多分『禁足地』にあるのは、常人には、御せないような力が、大半……」
手元を休めることをしないでそう呟いたマスティマに対して、莉乃も頷く。
「そうだな、『禁足地』なんて呼ばれてんだ。立ち入るのだって本当は禁止なんだろうな」
「……言葉の意味そのままじゃぞ、莉乃」
しばらく開票作業をしながら会話を続ける一同だったが、いつの間にやら表情も明るくなっていた。
ずっと何かに追い立てられていて精神的な余裕もなかったのだが、こうして同じ境遇の者たちと話をしたことで、気分転換になったのかもしれない。
「……よし、大体まとまってきたな」
「やっぱ、様変わりしても慕われてたみたいだな」
開票作業が終わると冥月は莉乃たち三人が行なっていた集計と自分のものも合わせる。
「ふむ、意外な結果に落ち着いたのう……」
「スポンサー、特典?」
総選挙の結果自体に興味がなかったはずの清白とマスティマにとってもこの結果は意外だったらしく、しばらく集計を見直していた。
「僅差だったが、選挙で決まったのならば仕方ないな」
集計に使った紙をまとめると、冥月と莉乃は静かに立ち上がったが、どういうわけだか他二人は無言のままその場を動こうとしない。
「……冥月、悪いけど、一人で発表してきて、くれない?」
「うむ、我々は莉乃に訊きたいことがある」
「……俺に?」
意外だったのか頓狂な声を出す莉乃。清白とマスティマの口ぶりから重要な案件というわけではなさそうだが、どうも気になる。
「私がいてはいけないのか?」
「うむ、すまぬが女子だけで話をしたいことじゃ、申し訳ないが我々だけにしてほしい」
しばらく冥月は清白とマスティマを代わる代わる見つめていたが、どうやら撤回する気はないらしい。
「……わかった。そういうことならば仕方ないな」
何やら引っかかるが無理やり聞き出すということは冥月の性格上出来そうにない。莉乃をその場に残して、冥月はトレーニングルームを後にした。
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「……ん?」
冥月が廊下に出ると、壁際にいくつかの人影が見えた。
シルエットから察するにアルデア城か、アレーナルベルス城から投降してきたEMS人の使用人らしい。
「そんなところに集まって何をしている?」
冥月が現れるとは思わなかったのか、彼女らは慌てて整列する。
「……フォルネス?」
人だかりの中にいたのはフォルネス、何やら下を向いていた。
「……説明してもらおうか」
不穏なものを察したらしい冥月はフォルネスと彼女を囲んでいた使用人に鋭い目を向ける。
「その、裏切者に落とし前をつけさせようかと……」
「……ほう、誰がそんなことを命じた?」
穏やかながら言葉の端々に理気が込められているかのような声に、使用人たちは震え上がった。
「彼女は確かに過ちを犯したがそれはもう過去のこと、すでに赦されている」
「ですが、一度でも間違った者は必ずまた罪を犯します」
「……ふむ、よかろう」
冥月は微かに頭を振ると、両手を広げてみせる。
「……では、この中で一度でも最初の勢力を離れたことのない者から石を投げよ」
その言葉に使用人たちは顔を凍りつかせた。彼女らもEMSにいたものの、戦いの中行くところがなくなったために冥月についてきたことを思い出したのである。
「そ、それは……」
「理解したか? 私も君たちもたまたま今まで重大な罪を犯す機会がなかったというだけで、生きている限り罪を犯す機会から逃れることは出来ない。だから必要以上に他人の罪科に厳しくするものではない」
冥月の言葉に圧倒されたらしく、使用人たちはそそくさとその場を立ち去っていった。
「……やれやれ、怪我はないな?」
「どうしてですか?」
フォルネスは弾かれたように顔を上げると、整った顔を歪めて冥月に詰め寄る。
「どうして貴方はそんなに優しいのですか?! 私は貴方の生命を狙ったのですよ? 罰してくださいっ!」
「奪われはせなんだ、それで十分だ」
「十分じゃありません! それとも何の罰も与えないことが、私に対する罰なのですかっ!?」
どうやらフォルネスは自分がしでかしたことを自分自身で許せないでいるらしい。
「……はっきり言っておくが、君はすでに罰を受けている。これ以上は不要だ」
しかし確かにこのままでは他の船員が納得しないかもしれない。
ならば彼女にもなんらかの責務を与えることが必要か。
「……よし、そこまで言うならば君の願い通りにしてやろう、ついてこい」
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冥月がフォルネスを連れてきたのは艦橋、すでにそこには総選挙の結果が気になる者がたくさん集まっていた。
「集まっているな、では船名を発表する」
ベルゼルトら多くの爬人が注目する中、冥月は手にしていた紙を読み上げる。
「船名は『フリューゲル』、この船を作った者の氏族名であり、翼の意味を持つ」
かつては誰よりも優しかったというEMS貴族キャサリン・フリューゲル、投票の結果船の名前に推すのは彼女の氏族名が最も多かったのだ。
どうやら性格が変わった後も、EMS人、爬人問わず多くの者に慕われていたらしい。
「それに伴い私は暫定的にではあるがこの戦艦フリューゲルの艦長を受けることにした。若輩者だが、精一杯頑張るつもりだ」
拍手する爬人たちの前で冥月は後ろに立つフォルネスに右手を向ける。
「そして彼女、フォルネスは様々な事情から艦長付きの秘書として私が監視する。異存がある者は挙手せよ」
冥月の言葉に対して誰一人として手を挙げなかったが、あちこちから「それが妥当」、「監視は必要」などの声が漏れていた。
「では以上、現在この現象についてはアルルが全力で当たっている。苦労をかけてすまないが、もう間も無く解放されるだろうから、それまで待って欲しい」
「旦那、いや艦長がそう言うならみんな従います」
ベルゼルトの声に艦橋に居並ぶ爬人たちはみな一様に頷いている。
「すまない、とにかくこれからもよろしく頼む」
冥月はそう告げると、爬人たちと挨拶を交わして呆気にとられたままのフォルネスを連れその場を後にした。
船名候補は見る人が見たら元ネタがわかるかも?




