第四十二話「七識」
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理気使いにも段階というかレベルがあると言うおはなし……。
光が固定化して現れた今回のホログラムは無数の小さな円盤のようなものだった。
『プログラムスタンバイ、これより戦闘教練を開始します』
瞬間円盤からレーザーが放たれたが、四方八方からくるために、かわすのは容易ではない。
「っ! これは、理気による先読みを最大限発揮しなければならない、か」
しかし先読みをしようにもこうせわしなく攻撃されていては、空間に満ちる理気に向かって意識を集中させることすら難しい。
「冥にい、これじゃ集中できねーぞ!」
しかも小柄な冥月と違い、人並以上の巨躯である莉乃はこうなってしまうと人よりも的が大きいと言えるため、回避に難儀している。
「……先読みをするには、いち早く、空間に満ちる、理気を掴む必要が、ある。でも、そのためには、一瞬で深い瞑想状態に、入る必要がある」
「瞑想状態、だと?」
そう、と頷くと、マスティマは両目を閉じた状態でまっすぐ歩き、レーザーが飛び交う中を無傷で歩き切ってみせた。
「それこそが、新たな境地、第六感を上回り、精神を自在にコントロールする、『七織』」
「精神を、だと?」
それはつまり怒りや憎しみといった負の感情すらも抑制することができると言うことではないのか?
「……『七識』の境地に至れば、怒りや憎しみに、振り回されることなく、必要な力だけを、引き出して、高めることが出来る」
修道士や禅僧のように厳しく己を律することが出来る境地というわけか。たしかに精神的な部分に依存する理気を扱うにあたり、感情を抑制できないならば制度は落ち、不安定にならざるを得ない。
ならば感情をコントロールし、己を律することが出来るように修行するのは急務と言えよう。
「……話しはわかったがよ、どうすりゃその『七識』とやらに行けるんだよ?」
なんとかレーザーをかわしながらそうマスティマに訊ねる莉乃。
「……精神を強く保ち、自分の理気と、空間に満ちる理気とを、融和させること、あとは、その状態を、維持するだけ」
簡単にいってのけるマスティマだが、敵襲のなかで精神状態を水平に維持して理気を高めるなど、間違いなく困難だ。
「とにかくやってみて、これが出来るのと、出来ないのとでは、どんな形で理気を扱っても、結果には雲泥の差が出る」
微かに頭を振ると冥月は必死になって意識を外側に向け、同時に集中を切らさぬように精神を内側に向ける。
「理気を掴むのでなく、理気の流れに身を委ねて……」
どこからともなく聞こえてくるマスティマの声。もし全てのものに理気が宿るならば世界は理気で構成されているようなもの。
こちらを攻撃する武器も、向けられた憎しみも全て理気から成るならば、何も恐れることはない。
「心も身体も理気も、その根幹は全て、同じ、単にアプローチが、違うだけ、意識、物質、そして生命、全ては一つ……」
マスティマの言葉に導かれる形で冥月は己の中に宿る理気を高めた。
「……(集中しろ、内側の理気と外側の理気を遮蔽しているのは己の身体、しかしそれもまた理気により形作られているのならば……!)」
高められた理気が冥月の奥で眠っていた感覚を揺さぶる。瞬間彼の中で強い力が生じ、まるで白い翼のような光が背中から発せられたが、それも一瞬のこと。
すぐさま光の翼は消え、円盤が放ったレーザーが冥月の足に命中した。
「……一瞬だけだったけど、どうやら、ラインには、立てた」
「すげーじゃんか冥にい、一瞬でもあんな強い理気を出すなんて」
感心したようにそう告げる莉乃とマスティマ、冥月の表情も微かに緩む。
『七識』の境地には未だ至れたわけではないが、生命を燃やして理気を高めることにより一瞬とは言え限界以上の力が出せた。
「……だが、これを維持するとなると……」
「成長すれば、常にフルパワーで、いる必要は、ない。精々二十分の一くらいで、発動、出来る」
そこに行き着くまでどの程度かかるのか分からず、やれやれと言った調子で冥月は肩をすくめる。
「……『七識』まで至る、EMS人は、私が知る限り、ほとんどいない。でも、変容した、キャサリンの力は、それに匹敵していた」
なるほど、とするならばノリスやキャサリンと言ったEMS人が変容することで限界を越えた理気を扱えるようになったのは、『七識』に匹敵する境地に無理やり押し上げていたからだったのか。
「マスティマよ、お前一体どうやってそんな力を身につけたんだ?」
莉乃の素朴な疑問に冥月だけではなく、ルシルまで彼女の顔を眺めていた。
「……戦いの中で、知らず知らずの、うちに、でも、それ以前から、なんとなく、知覚はしていた」
マスティマは自分の右手人差し指にはめられた橙色の指輪を見つめる。
「……幼い頃、この指輪を、手にしてから、それが、強くなっていた」
確かフォルネスによればマスティマはニムロドの出身で、理気の暴発から逃れる形で施設を脱したのだったか。
「そういえばその指輪、どこで手に入れたんだ?」
ちらっと冥月は莉乃の左薬指なはめられている赤い指輪を見てからマスティマに目を移した。
「……施設に忍び込んできた、爬人から貰った、名前は確か、ラルヴァンダート……」
「ラルヴァンダート……」
つまり彼女は宝珠の状態で指輪を得たのではなく、最初から指輪の形をしていたものを施設にいる頃、そのラルヴァンダートとやらから譲られたのか。
もしかすると彼女の理気が暴走したのは、指輪を手に入れて急速に強まったマスティマの力に肉体が追いつかず、それで暴発したのではないだろうか?
「……話しはこれまで、『七識』に至るまでは、まだ遠い……」
マスティマはそう呟くと、一時停止していた機械を操作して再び円盤を呼び出す。
「……来るぞ」
「ま、やれるだけやってみるさ」
冥月は剣を、莉乃は斧を構えて無数に浮遊する円盤を睨みつけた。
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それから数時間かけて修練を続けたものの、結局冥月も莉乃も常時『七識』の状態でいることは出来なかった。
「……まあ、こんなところ」
この境地に至るのがいかに困難かをよく知るマスティマは特に残念そうでもなく、むしろ結果に満足しているようにも見える。
「……二人とも、意識を集中して、理気を極限まで高めれば、『七識』に近い場所まで、行けるように、なった」
まだまだ荒削りではあるが、冥月と莉乃の二人はギリギリマスティマのメガネにかなったらしい。
「……はあ、めちゃくちゃ疲れたぜ」
基本的に体力が有り余ってる莉乃にしては珍しく、身体中から滝のように汗を流し、床にへたり込んでいた。
「まあ、肉体的にも精神的にもかなり酷使したからな」
そういう冥月もまた疲労困憊であり、莉乃のすぐ近くに座り込んでいる。
「二人とも、元の力が、かなり鍛えられてるから、ここまで来たら、何かのはずみで、覚醒すると、思う」
「覚醒、ね」
逆に言えばこれから先は単純な鍛錬ではダメということ。そのきっかけさえあればどうにかなるのだろうが、あまり悠長なことも言っていられない。
「もっと厳しい戦いに身を置くとかじゃ、ダメか?」
莉乃の質問に対してマスティマは静かに首を振って見せた。
「……今となっては、効率的では、ない。必要なことは、自分や他者を追い込むことじゃなく、むしろ、受け入れる、こと」
そうは言われてもイマイチ感覚がつかめない莉乃は微かに首をかしげる。
「……貴女なら、すぐにわかるように、なる。重要なことは、迷いを断ち、未来を見据え、今やるべきことに、集中すること……」
「今やるべきこと、か」
何を思ったのか莉乃はちらっと冥月に視線を向け、またマスティマに戻した。
「……私からも、良い?」
しばらく莉乃を無言で眺めていたマスティマだったが、おもむろに立ち上がると動いた直後で汗ばんだ彼女の腹筋に手を伸ばす。
「な、なんだよ……」
しばらく彼女の見事に鍛え抜かれた腹筋を撫で回すマスティマ。流石に莉乃も微かに紅潮しつつ後ろに下がった。
「くすぐったいぞマスティマ、何がしたいんだよ?」
「……やはり……。貴女、一体どうやって、ここまで鍛えたの?」
予想だにしなかったマスティマの質問に冥月と莉乃は顔を見合わせる。
「うーん、冥にいと会ってから、かな?」
「……いや莉乃よ、確かに私に会って以降随分と成長していたが、元々他の和人に比べたらかなり屈強な方だったぞ?」
そもそも肉体労働に従事する奴隷階級であったベルゼルトら爬人よりも屈強な時点でかなりのものと言えた。
冥月の指摘を受けてしばらく無言で考え込んでいた莉乃だったが、やがて答えをまとめたのか軽く頷く。
「気づいた頃にはこうなってたけど、やっぱ他の連中に追い出されて一人になってからだな」
確か莉乃は兄である平蓮との別れを惜しんだことが原因で共同体を追放されて、結果一人にされたのだ。
その後、森の中で時には肉食獣とも格闘しつつ、狩猟を行なってその日の糧を得ていたのである。
「……実はこの毛皮も俺が倒した肉食獣のものだぜ?」
胸を張りながら惜しげもなく晒された見事な肉体に、申し訳程度に身体に張り付いている獣皮を叩いてみせる莉乃。
「……想像以上に、壮絶な過去……」
思えばよく生きていたものだ。肉食獣と格闘するのもそうだが、場合によっては肉を生食すれば寄生虫に当たり命を失うこともあり得る。
「で、しばらくそんな生活をしてたら冥にいが来て、そこから俺たちはずっと一緒ってわけだ」
以降は行動を共にしてヤーハン、ゲネシスソイミートタワー、首塚、アルデアとあちこちで戦ってきたのだ。
「……肉を食べると、そうなるの?」
マスティマは莉乃の鍛え抜かれた身体と豊かな胸を見てから、自分のスレンダーな身体を眺める。
マスティマ自体も爬人らしく冥月よりも背は高く、普段は鎧で隠れているのだが腕や足を見るに細いながらもしなやかな筋肉がついているようだ。
しかしさすがに莉乃には敵わないらしく、しばらくマスティマは彼女の腹筋を見つめる。
「……なあ冥にい、もしかして女の中じゃ俺みたいな奴の方が珍しいのか?」
気になり出したのか自分の腹筋を撫でたり、豊かな胸を寄せては離しを繰り返す莉乃。
「……珍しいかもしれんが、別に気にする必要もないだろう?」
「まあ、そうなんだけどよ。冥にいは、どうなんだ? やっぱ痩せてる方が良いのか?」
不安げに上目遣いで冥月を見る莉乃。普段の彼女からは考えられないほどにしおらしい態度なのだが、何やら考えている冥月は気付かずに思ったことを口にしていた。
「特に見た目にはこだわらない、それにどんな姿でも莉乃は莉乃、献身的に私を支えてきてくれた君のことはいつも感謝している」
「そ、そうか、冥にいはそんなに俺のことが好きか……」
そんなことは一言も言っていないのだが、莉乃は髪をかきあげつつ何やら頬を染める。
「イチャイチャ……」
何やらマスティマが呟いたかと思うと、次の瞬間閉じたままだった扉が開き、トレーニングルームに清白が入ってきた。
「冥月殿、莉乃、すまぬがすぐに艦橋に来てくれぬか?」
さほど慌てた様子があるわけではないが、ちょうど教練もひと段落したところ、この辺りで外の空気を吸いに行くのも良いだろう。
「わかった、すぐに行く」
清白に倣う形で冥月と莉乃はトレーニングルームから出ると、艦橋へと向かった。




