第四十一話「理気」
いつもお読みいただきありがとうございます。励みになります。
四十一話目にしてようやく修行パートとなります。
「……ここがそうらしいな」
空間的にも次元的にも遠方の地、アベルディンにて自分のことが深く詮議されているとは露知らず、冥月は修練のため船の一角にあるトレーニングルームを訪れていた。
「よし、じゃあ冥にい、早く行こうぜ!」
何がそんなに楽しみなのか、もしも尻尾があればパタパタさせてそうな雰囲気で莉乃は冥月の手を引く。
「わかった、わかったから、そう強く引かんでくれ」
そんなやりとりをしつつ船内にある他のものに比べて大きな扉を開くと、そこには四十畳ほどの広いスペースがあった。
「……ほう、これはなかなか……」
感心したような声を出す冥月。基本的に白い壁と同じ色の床とかなりシンプルな部屋だが、壁の一角には柱のような形状の大きな機械が置かれており、部屋の隅にはウェイトリフティング用の機材もいくつか用意されている。
「冥月、莉乃……」
部屋の奥では先程まで稽古でもしていたのか、マスティマとルシルが木刀を手にしてこちらを眺めていた。
「マスティマ、ルシルの稽古か?」
「……そう、ルシルは、あまりにも、弱過ぎる」
汗ひとつかいていないマスティマに対してルシルのほうは疲労困憊と言わんばかりの疲れ具合。
まだまだ幼いルシルは体力もないのか、その場にへたり込んでいる。
「はあ、もうダメだよマスティマ姉さん、休憩させてよ」
「……実戦では、休憩など、できない」
厳しくそう告げると、マスティマは手にしていた木刀の切っ先をルシルに向けた。
「……まあまあ、そこいらでいいじゃねーか」
莉乃がマスティマの肩を叩くと、彼女は痛そうに顔をしかめる。
「貴女の力は、あまりにも、強い、理気がなくても、ムキムキ……」
男性の爬人と違い、女性であるマスティマは筋肉こそあるがベルゼルトら男性陣に比べると比較的ほっそりとしたものだ。
身長に関しても他の爬人の例に漏れず、冥月よりかは高いのだが、それでも2メートル近い莉乃の巨躯には敵わない。
「どう鍛えれば、そんなに、ムキムキに、なるの?」
マスティマは莉乃の見事な腕と大木のごとき太もも、そして鍛え抜かれた腹筋を見てからルシルの小さな身体に視線を向ける。
「ルシル、莉乃とは言わないから、せめてベルゼルトくらいには、自分を鍛えて?」
「ひええええ、あ、あんなにゴツくなるにはどれだけ鍛えないといけないの……?」
すがるような表情でルシルがこちらを見てきたため、冥月は微かに首を傾げて持論を述べた。
「……うむ、強くなるためには筋力トレーニングだけではなく、まずは技を鍛える必要がある。我々のような小柄な身は尚更な」
最低限の動きで武器を扱い相手を倒すことが出来れば、小柄な体格であっても十分戦えるはずだ。
「ルシルはしばらく清白に剣を教えてもらったほうが良いかもしれぬな。受け入れてくれるかどうかは知らんが……」
清白はほっそりした体躯で一見しただけでは非力な印象すら受けるが、その剣さばきは精妙の一言。
速度に関しても理気の加護がなければ捉えきれないのではないかと思わせるほどに早く正確なものである。
恐ろしいことに彼女はあれほどの技をこちらの世界に来てから身につけたのではなく、元の世界で会得していたのだというから驚きだ。
そんな彼女は現在調べ物がしたいとトレーニングルームではなくアレーナルベルス城から移した資料がある部屋にいる。
「……清白も、強い、この船にいる人が、力を合わせれば、EMSも、倒せる、かも?」
「それはさすがに言い過ぎというものだぞマスティマ。実力はともかく、地力がなければどうにもならん」
たしかに冥月らの力はすでにEMS、否元老院すら無視することは出来ないほどに強くなりつつあるのは事実だ。
だが結局拠点となる場所がない以上どこまで行っても根無しの放浪軍から抜け出すことは出来ない。
「……少なくとも、今の我々ではEMSを打倒することは不可能だろう」
今出来ることは少しでも力をつけ、強くなること。勝つことは出来ずとも生き残っていければ必ず道は開けるはずである。
「ま、俺はこの先何があっても冥にいについていくけどなっ!」
そのたくましい腕で万力のような力を用いて莉乃は冥月の腕を抱きしめたが、すんでのところで彼は腕に理気を込めたため、骨が悲鳴をあげるという未来は回避された。
「……そう」
じっとマスティマは冥月の腕にしがみつく莉乃を見ていたが、何を思ったのが右手を差し出す。
「……ん」
「ん?」
無言で突き出された手をどうすることも出来ず首をかしげる冥月。それに対してマスティマはじっと彼を見つめた。
「手」
それだけ告げるとマスティマは強引に冥月の右手を握りしめる。
「マスティマ? 君までどうした?」
「……別に、大した理由は、ない」
しばらくマスティマは冥月と莉乃を代わる代わる見ていたが、彼が表情一つ変えないのを見るとすぐさまその手を離し、地べたに寝たままだったルシルを引き起こした。
「……修練するなら、奥を使って、私は、それを見てる、から」
マスティマが何をしたかったのかはよくわからないが、どうやら彼女は冥月と莉乃の修練を見たいらしい。
「莉乃よ、いい加減離してくれぬか?」
「へへ、少しくらいいいじゃんか、照れてるのか?」
相変わらず人の話を聞こうとしないが、戦闘時には進んで危険な場所に飛び込む上、基本的に冥月の言葉を尊重するのでこれくらいは許しても良いのかもしれない。
「……まあ、修練が始まるまでだがな」
諦めたようにそう呟くと、冥月は部屋の奥まった場所にある柱のような機械を調べてみる。
「……ふむ、どうやらこれで操作が出来るらしいな」
「冥にい、わかるのか?」
掴んでいた腕から手を離しつつ呟いた莉乃の言葉に冥月は微かに首を傾げたが、すぐさま頷いてみせた。
「必要なことは理気が教えてくれるはずだ。これまで何度も我々を救ってくれたようにな」
ほとんど直感で操作していた冥月だが、どうやら操作自体はあっていたらしく大きな音ともに柱は作動し始める。
「よし、動いた」
いくつか操作をすると床がおぼろげな光を放ち、あろうことか光が固定化して何体かの機械人形を形作った。
「冥にい、こいつら全く理気を感じないぜ?」
「ホログラム、立体映像か何かのようだな」
『プログラムスタンバイ、これより戦闘教練を開始します』
上の方からアナウンスが聞こえたかと思うと、突如として機械人形らは手にした剣や長銃を手に冥月と莉乃に襲いかかる。
「おっ!」
いつの間にやら冥月の足元には剣、莉乃の足元には戦斧がそれぞれ突き刺さっていたが、よく見ると実体化しているのは柄の部分のみであり、刀身や鍔などそれ以外の部分はホログラムで形成されていた。
「なるほど、これを使えと言うことか」
すぐさま剣を引き抜いて接近していた機械人形を斬りつけると、両断された兵士は光の粒子になって消滅する。
「へへ、中々に俺好みになってきたじゃねーか!」
斧を手に切り掛かってくる前に距離を詰めて機械人形を切り捨てる莉乃。
相変わらず力任せな戦いに見えるが、空間に満ちる理気から相手の動きを先読みしているらしく、機械人形が放つレーザーを鼻歌交じりに弾いていた。
「……ふむ、どうやら際限なく現れるらしいな」
冥月と莉乃の手により機械人形は次々と切り捨てられていたが、斬っても斬っても次々と床から発する光から現れてくる。
「へへ、乱戦は魔螂獣で慣れてるぜ、とりゃあっ!」
瞬間斧を投擲して理法念力で軌跡を操る莉乃。さすがに実戦を経てきたというだけあってか操作は正確であり、機械人形はなす術なく全滅させられた。
「おら、まだまだいけるぜっ!」
ブーメランのように帰ってきた斧を回収すると、笑みを浮かべる莉乃。どうやらキャサリンとの戦いを経てまた強くなっていたらしい。
『戦闘教練終了、小休止に入ります』
短いアナウンスとともに床の光が消えて機械が一時停止する。
「……ふむ、単調ではあるが、たまに行う基礎練習には悪くないな」
冥月の手の中にあった剣は機械が停止したことにより鉄の棒のような基礎部分のみが残っていた。
「ああ、動きも悪くねーし、理気の修練にも良さそうだ」
「……マスティマお姉ちゃん、あの二人、何言ってるの?」
少し離れた場所で冥月らの動きを見ていたルシルは恐る恐ると言った調子でマスティマに訊ねる。
「あんな動きができるのに、あれ以上何を学ぶのかな?」
剣の振りすら見切ることすら出来なかったルシルとは違い、マスティマは理気の加護により、ある程度二人の動きを把握出来ていた。
「……修練に、終わりなし、多分あの二人、この世に並ぶ者がいなくなっても、修練を、続ける。それに……」
EMSの力は強大、これから先どこまで強くなったとしても、個人で戦うのならどこかで必ず限界が来るのは間違いない。
だからこそ互いに足を引っ張り合いながら一人で力をつけるのではなく、支え合える仲間とともに強くならねばならないのである。
「……そこが、冥月と、EMS貴族の、違いかも、しれない」
「何か言ったか?」
ちらっとマスティマの方を振り向く冥月に対して彼女は微かに手を振った。
「……何も、それより冥月、身体操作は、良いとして、遠距離攻撃の、反応が、0.1秒ほど、遅い」
「わかるのか?」
驚愕の表情を浮かべる冥月に対してマスティマは頷く。
「わかる。清白もだけど、冥月の型は、多分遠距離攻撃への反応を、予想して、作られてはいない。古い時代のもの、それでも、あの反応速度は、さすが……」
何故冥月がそんな剣術型を知っているのかは不明だが、どうやら彼の動きでは遠距離攻撃には対応しづらいらしい。
「剣捌きは精妙、手首のスナップを利かせて、変則的な動きも可能に、する。どこか、清白の剣を、より攻撃的にした、印象……」
清白の動きも古い時代の剣術らしく、どちらかと言えば力よりも身体操作に重きを置いた型だ。
そのため、何故使えるのかは別として冥月のものも古い時代の剣ならば、自然と運用方法も似てくるのかもしれない。
「……清白もそうだけど、どこで、覚えたの? 多分、EMSはおろか、どこにも、そんな剣術は、ない」
「……理気の導きに従って、剣を振ってきただけだ」
否、果たして本当にそうか? メイプルと接触した結果前世の記憶の一部が戻ったのと同様、理気が冥月の中にある技能を活性化させた可能性もある。
「……(何にせよ、稽古は怠るわけにはいかないな)」
「莉乃は、相変わらず、振りが、重い」
本来ならば両手で扱うような戦斧をその豪腕で軽々と扱うのだ。実際に剣を交わした者はたまったものではないだろう。
「隙はないけど、力が強い故に、一度崩されると、防御に回らざるを、得ない、もっとも……」
一瞬言い澱むマスティマ。理気で弾丸が飛んでくる方向すらわかる莉乃ならば攻撃を跳ね返して当てるくらいはできるのだ。
「……貴女には、無用な、心配かも、しれない」
「……まあ、極端な話し集中さえ切らさなければ何とかなる。問題はいかにして集中力を維持して、空間に満ちる理気を掴むか、かもしれないな」
冥月の言う通り、剣や斧と言った武器でこれまで戦い抜くことが出来たのは理気による先読みを最大限に活かしていたからである。
逆に言えば集中を切らしてしまい理気を掴めなくなれば、瞬時に蜂の巣にされるということも考えられた。
「……なら、そのための修行を、してみても、良いかも」
何やらマスティマが機械のスイッチをいれると、またしても床が光り輝く。
「……理気による先読みを、より正確に、より使いこなせるように、修行をしてみて?」




